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番外編
【番外編・2-5】蜜月時間はもう終わり?
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「ただいま戻りました」
中庭から王城へ戻る出入口にいた年嵩の侍女が手にしたバスケットを引き受けてくれたので、フリッツはサリを見せびらかすようにエスコートしながら執務室へと戻った。
決められていた昼休みより半刻というより一刻近く遅れてしまっていたが、フリッツに悪びれる様子は全くない。
軽く頭を下げて挨拶を口にすると、そのまま仕事に戻ろうとする。
しかし、エスコートしていたサリが、執務室の入り口でその足を止めた。
「私は、そろそろ失礼します」
「なんだって! そんなことひと言も言ってなかったじゃないか」
慌てて引き留めようとするフリッツに、サリが笑いかけた。
「元々、私はフリッツへ昼食を届けに来ただけですから。午後はトーマスに色々教えて貰う約束をしていたのよ。伯爵夫人となったからには、早く自分の仕事を覚えなくてはいけないでしょう? 少しでも早く、あなたの隣で恥ずかしくない存在になりたいのです」
「サリ……」
健気なサリの言葉を喜べばいいのか、サリと時間を過ごすことになるトーマスを妬けばいいのか。
究極の選択に、フリッツの心は千々に乱れた。
妻には傍にいて欲しいと希うフリッツではあったが、サリの決意も嬉しくある。その思いを邪魔することもできそうになかった。
「だから、あまりサボってばかりいてはいけないと思うの」
サリは笑顔でそう言い切ると、首を傾げてフリッツを見上げた。
はにかんだ笑顔が、眩しい。
「サリ!」「きゃっ」
──あぁ、これ午前中にも見たな。
執務室内のすべての瞳が、死んだ魚のように薄ぼんやりと濁りを帯びる。
本格的に、目の前でクルクルとやられる前にアンドリューがゴホンゴホンとわざとらしい咳払いをしながら新婚夫婦の間に割って入った。
「あー、あ゛ーっ。ゴホンゴホン。シーラン夫妻は午後の分の仕事は持って帰ってするといい。明日は学園に出るのだろう? 早く帰って、明日こそフリッツひとりで仕事になるよう努めるといいんじゃないかな」
王族として、完璧な作り笑いには自信を持っていたアンドリューであったが、今は自分の顔がきちんと笑みを刻めているのかどうか、全く分からなくなっていた。ハッキリ言って、自信がなかった。
だが、伝えるべき言葉をなんとかして紡ぐまでは、この笑みを崩す訳にはいかないのだ。
感情のまま怒りをぶつけるのは、フリッツがひとりの時のみだ。
サリ夫人が横にいる状態で、それをする気にはさすがのアンドリューにも無理だった。
ところで、アンドリューは決して背が低い訳ではない。
この国の成人男性の平均身長である175センチより7センチも高いのだ。十分体格に恵まれているのではあるが、碌に鍛えている風でもない理系男であるフリッツは、そのアンドリューより更に8センチも背が高いのである。
そのフリッツへ視線を合わせれば、小柄な夫人は目に入らなくなるのだ。
健気で、でもちょっと強気で。小さくて可愛い小動物系の幼妻。
最近になって、『実は馬鹿なのではないか』と疑い始めている、頭の良さで選んだ筈の側近の嫁とするには、いささか勿体なかったのではないかとさえ感じているサリ夫人に嫌われる勇気はアンドリューにはまだ持てなかった。
だから殊更、側近にだけ視線を向ける。
これから、それを告げなければならないのだから。
「それと……君達は次に一緒に王城で昼食をとる時は……いや、昼食ではなくとも、なんだが……あの四阿は使わないように。いや、ふたりきりでなければいいが。いや、よくないか。同席した者の精神が削られ過ぎる」
だんだんと、それを告げるアンドリューの声が小さくなっていく。
不審げな顔をするフリッツの横で、サリの小さな顔が、蒼くなったり赤くなったりと忙しい。
「殿下、それはどういう意味で……」
「フリッツ! し、失礼致しました。以後は決して! はい、もう決して致しませ……いえ、してないです! 致してなんか……もう、ヤダー!!」
真っ赤になって走って逃げていくサリを、フリッツとアンドリューは呆気にとられて見送る。
けれど、一瞬はやく正気に戻ったフリッツが慌てて愛妻を追いかけていく。
騒がしい嵐のようなふたりが去ったその後で、アンドリューは力なく、しゃがみ込んだ。
「……これは、嫌われたな」
仕方がない。侍女頭から小言が届いては、上司として苦言を呈するしかないのだから。
「ただいま戻りました」
中庭から王城へ戻る出入口にいた年嵩の侍女が手にしたバスケットを引き受けてくれたので、フリッツはサリを見せびらかすようにエスコートしながら執務室へと戻った。
決められていた昼休みより半刻というより一刻近く遅れてしまっていたが、フリッツに悪びれる様子は全くない。
軽く頭を下げて挨拶を口にすると、そのまま仕事に戻ろうとする。
しかし、エスコートしていたサリが、執務室の入り口でその足を止めた。
「私は、そろそろ失礼します」
「なんだって! そんなことひと言も言ってなかったじゃないか」
慌てて引き留めようとするフリッツに、サリが笑いかけた。
「元々、私はフリッツへ昼食を届けに来ただけですから。午後はトーマスに色々教えて貰う約束をしていたのよ。伯爵夫人となったからには、早く自分の仕事を覚えなくてはいけないでしょう? 少しでも早く、あなたの隣で恥ずかしくない存在になりたいのです」
「サリ……」
健気なサリの言葉を喜べばいいのか、サリと時間を過ごすことになるトーマスを妬けばいいのか。
究極の選択に、フリッツの心は千々に乱れた。
妻には傍にいて欲しいと希うフリッツではあったが、サリの決意も嬉しくある。その思いを邪魔することもできそうになかった。
「だから、あまりサボってばかりいてはいけないと思うの」
サリは笑顔でそう言い切ると、首を傾げてフリッツを見上げた。
はにかんだ笑顔が、眩しい。
「サリ!」「きゃっ」
──あぁ、これ午前中にも見たな。
執務室内のすべての瞳が、死んだ魚のように薄ぼんやりと濁りを帯びる。
本格的に、目の前でクルクルとやられる前にアンドリューがゴホンゴホンとわざとらしい咳払いをしながら新婚夫婦の間に割って入った。
「あー、あ゛ーっ。ゴホンゴホン。シーラン夫妻は午後の分の仕事は持って帰ってするといい。明日は学園に出るのだろう? 早く帰って、明日こそフリッツひとりで仕事になるよう努めるといいんじゃないかな」
王族として、完璧な作り笑いには自信を持っていたアンドリューであったが、今は自分の顔がきちんと笑みを刻めているのかどうか、全く分からなくなっていた。ハッキリ言って、自信がなかった。
だが、伝えるべき言葉をなんとかして紡ぐまでは、この笑みを崩す訳にはいかないのだ。
感情のまま怒りをぶつけるのは、フリッツがひとりの時のみだ。
サリ夫人が横にいる状態で、それをする気にはさすがのアンドリューにも無理だった。
ところで、アンドリューは決して背が低い訳ではない。
この国の成人男性の平均身長である175センチより7センチも高いのだ。十分体格に恵まれているのではあるが、碌に鍛えている風でもない理系男であるフリッツは、そのアンドリューより更に8センチも背が高いのである。
そのフリッツへ視線を合わせれば、小柄な夫人は目に入らなくなるのだ。
健気で、でもちょっと強気で。小さくて可愛い小動物系の幼妻。
最近になって、『実は馬鹿なのではないか』と疑い始めている、頭の良さで選んだ筈の側近の嫁とするには、いささか勿体なかったのではないかとさえ感じているサリ夫人に嫌われる勇気はアンドリューにはまだ持てなかった。
だから殊更、側近にだけ視線を向ける。
これから、それを告げなければならないのだから。
「それと……君達は次に一緒に王城で昼食をとる時は……いや、昼食ではなくとも、なんだが……あの四阿は使わないように。いや、ふたりきりでなければいいが。いや、よくないか。同席した者の精神が削られ過ぎる」
だんだんと、それを告げるアンドリューの声が小さくなっていく。
不審げな顔をするフリッツの横で、サリの小さな顔が、蒼くなったり赤くなったりと忙しい。
「殿下、それはどういう意味で……」
「フリッツ! し、失礼致しました。以後は決して! はい、もう決して致しませ……いえ、してないです! 致してなんか……もう、ヤダー!!」
真っ赤になって走って逃げていくサリを、フリッツとアンドリューは呆気にとられて見送る。
けれど、一瞬はやく正気に戻ったフリッツが慌てて愛妻を追いかけていく。
騒がしい嵐のようなふたりが去ったその後で、アンドリューは力なく、しゃがみ込んだ。
「……これは、嫌われたな」
仕方がない。侍女頭から小言が届いては、上司として苦言を呈するしかないのだから。
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