戦乙女が望んだ人は、厨房係で偽名の男。

喜楽直人

文字の大きさ
1 / 10

1.戦乙女が望んだ人は、厨房係で偽名の男

しおりを挟む

「大儀であった! その方の活躍があってこそ今日という日を目出度くも迎えることが出来た。よって褒美を取らせたいのであるが、金と名誉は勿論のこと更なる褒賞を与えたいと思うのじゃが。何か要望はないか? 何でもよいぞ。なんなら我が息子バカスでもよい。次代の王となるあれをすぐ傍で支えてくれるのがリンデ将軍ならこのヘルイム王国の未来も安泰であろう。美しく強い戦乙女を王妃とするというのもなかなか映えるのではいか」

 10年以上にも及ぶ隣国との長い長い戦争が終わった。
 2年前には国の英雄であったジーク・ゲルト将軍を喪い、ついには王都のすぐ傍まで敵国軍が迫るほどの敗戦一色だったそこから一転、連戦連勝をおさめ隣国から敗北宣言と多大なる賠償金を?ぎ取ることに成功した国王は、その満面に喜色を浮かべてガハハハと豪快に笑いながら勝利の立役者である新たな英雄であり前将軍の孫でもあるリンデ・ゲルトへ豪気な褒賞を提示した。
 その横で王太子であるバカスの顔色が蒼褪めていくのにも気が付いていない。

 急逝した偉大なる将軍に代わり、その孫とはいえ年若く美しい10代の少女を『総大将に任命する』と、国王陛下が宣言をした際に、リンデの武威を目の当たりにしたことのない貴族達がその対抗馬として担ぎあげたのがリンデより5つ年上の王太子バカスであった。

 確かに、リンデ・ゲルト伯爵令嬢は美しい女性であった。
 艶のある金色の滝のような髪も、けぶるような長い睫毛に縁どられた朝焼け色の瞳ははっとするほど印象的だ。メリハリのある曲線を描く肢体は男なら誰でも傍に寄るだけでふるいつきたくなるような極上の女性である。
 しかし。その見目麗しく嫋やかに見える令嬢が、ひとたび武器を持った途端、その印象はがらりと変わる。
 印象だけではない。実際に彼女は強い。

「英雄の孫娘だからといって、それが戦場でなんになる」
 そういって戦いを挑んだバカスは完膚なきまでボロカスに叩きのめされた。
 王太子の面目どころか、ひとりの男としてのプライドまでずたぼろである。
 それに対して「私には、成さねばならないことがあります故。お許しを」と頭を下げたリンデの揺ぎ無き意志にまた、誰もが心を打たれたのだ。
 美しい令嬢が、これほどの戦闘能力を手に入れるまでの努力をしたということ。
 その成し遂げたい事が、この戦争の勝利をもぎ取ることであるならば、彼女を総大将とすることになんの問題があるだろう。
 そうして。実際に彼女はそれをやり遂げたのだ。 

 そうして。どんなに美しくあろうとも、あの心技体すべてが揃ったその強さと死角のなさに、バカスにはリンデを女性としてみることなどできはしなかった。ましてや娶るなどまったくもって考えられない。
 王太子としてまたその側近たち一同も、何度か彼女の指揮の下戦場へ参加したことがある。
 その時、思ったのだ。
『女じゃねえ』いや、女性として見れなくなった、というのが正しい。
 リンデの事を尊敬すべき武人としか彼等には思えなくなっていた。

 だからむしろ、『絶対に指名されませんように』とバカス以下側近一同、天に祈る気持ちで願っていた。

 そんなバカスたちの心のうちなどまったく気が付いていないリンデは、片膝をつき胸に右腕を添えた騎士礼を捧げて伏せていた顔を上げ主君を仰いだ。
 その長い睫毛に縁どられた大きな瞳を嬉しそうに煌めかせずっと秘め続けていた震える胸の内を言の葉に乗せた。

「ありがたき幸せ。是非、陛下のお言葉に甘えさせて戴きたいと思います。是非、未来の伴侶として、厨房係のハンス(偽名)を、是非、わたくしに戴きたいと存じます」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

さよなら、悪女に夢中な王子様〜婚約破棄された令嬢は、真の聖女として平和な学園生活を謳歌する〜

平山和人
恋愛
公爵令嬢アイリス・ヴェスペリアは、婚約者である第二王子レオンハルトから、王女のエステルのために理不尽な糾弾を受け、婚約破棄と社交界からの追放を言い渡される。 心身を蝕まれ憔悴しきったその時、アイリスは前世の記憶と、自らの家系が代々受け継いできた『浄化の聖女』の真の力を覚醒させる。自分が陥れられた原因が、エステルの持つ邪悪な魔力に触発されたレオンハルトの歪んだ欲望だったことを知ったアイリスは、力を隠し、追放先の辺境の学園へ進学。 そこで出会ったのは、学園の異端児でありながら、彼女の真の力を見抜く魔術師クライヴと、彼女の過去を知り静かに見守る優秀な生徒会長アシェル。 一方、アイリスを失った王都では、エステルの影響力が増し、国政が混乱を極め始める。アイリスは、愛と権力を失った代わりに手に入れた静かな幸せと、聖女としての使命の間で揺れ動く。 これは、真実の愛と自己肯定を見つけた令嬢が、元婚約者の愚かさに裁きを下し、やがて来る国の危機を救うまでの物語。

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

公爵さま、私が本物です!

水川サキ
恋愛
将来結婚しよう、と約束したナスカ伯爵家の令嬢フローラとアストリウス公爵家の若き当主セオドア。 しかし、父である伯爵は後妻の娘であるマギーを公爵家に嫁がせたいあまり、フローラと入れ替えさせる。 フローラはマギーとなり、呪術師によって自分の本当の名を口にできなくなる。 マギーとなったフローラは使用人の姿で屋根裏部屋に閉じ込められ、フローラになったマギーは美しいドレス姿で公爵家に嫁ぐ。 フローラは胸中で必死に訴える。 「お願い、気づいて! 公爵さま、私が本物のフローラです!」 ※設定ゆるゆるご都合主義

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

旦那様は、転生後は王子様でした

編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。 まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。 時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。 え?! わたくし破滅するの?! しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

処理中です...