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プレルス領
しおりを挟む「……オ様……ツオ様…………テツオ様…」
身体が揺さぶられる。
心地良い虚脱感から目蓋が重い。
「朝ですよ、テツオ様」
エナの少し困ったような優しい声が聞こえてくる。
女性に朝起こしてもらうってこんなに甘い気持ちになるのか。
俺をさする腕を掴み、引き寄せてキスをする。
おはようのチュウは最高だ。
エナは顔を赤くして、はぁはぁと息を乱している。
睡眠により、無事魔力は全快していた。
巫女エナ、天使レミエル、そのどちらもどういう訳か、エッチしてる間に魔力が回復していくのを感じていた。
【魔力回復】の特殊能力があるのかもしれない。
行ってきますのチュウをすると、制服姿のエナは元気に部屋を出て行った。
天使の加護があるのだから、もう学校なんて行かずに俺の近くにいればいいと思ったが、聖女になる夢を応援したい気持ちもある。
さてと、エナのいない部屋にこれ以上いても仕方ない。
エナの下着をそっとタンスに戻し、家に帰る事にした。
————————
——デカスドーム・テツオホーム
俺の中で、この世界にきて七日目の朝。
リビングルームの食卓テーブルには、今朝も女性達が全員揃って俺の到着を待っていた。
朝食の時間だ。
いつも通り女達一人一人と、順番に視線を合わせていく。
目を合わせれば、ある程度の健康状態はすぐに分かるというもの。
昨日抱いた女と目が合うと、いつもより熱い視線を感じるような。
中には恥ずかしいのか俯く女もいた。
えっと君達……名前何だっけ?
以前メルロスが記載したデータを、視覚へ映し出す。
今では魔石眼鏡が無くとも、魔力で読み込む事が出来る。
そうそう、シルビア、レヴィン、キュリオ、ノアだ。
名前以外にも年齢や身長、体重、スリーサイズが浮かび上がった。
もっと読み込めば出身地、家族構成等の情報も分かるが、今はそこまで見る必要はないだろう。
ふむ、今日もみんな元気だ。
食事中は私語厳禁とかにはしていないので、歓談する者が増えてきている。
賑やかなのは大歓迎だ。
笑顔があるだけで食卓が楽しくなる。
俺もトークに混ざりたい。
食事をしながら、メルロスに今日の予定を伝える。
あれ?
伝達事項しか話題が無い。
小粋なジョークなど浮かばないし、無理して喋ろうとすれば、吃るか噛むかの二択に終わるのが関の山だ。
大体、この世界の世間話って何だ?
何を話題にしてるのか?何が話題になるのか?
耳を澄ますと、下着の生地がどうとか、髪のケアがどうとかの話が聞こえてくる。
駄目だ、俺が入れる内容じゃない。
悶々としながら、食事をする女達の胸元や脇、口元をチラチラ見ている事しかできないいつもの俺であった。
結局、隣で黙って食事を取るリリィに、今日の予定を伝える。
ああそうだ、俺には伝達事項しか話題がない。
「あーリリィ、今日は南の森に入る為の下準備で終わると思うから、時間が出来たらまた俺に稽古をつけて欲しい」
「え?
い、いいわよ」
突然話を振られたリリィは、ビックリしている。
なんでだよ。
とにかく、先日は東の森で全く役立たずだった。
ここは自力を上げるしかない。
次にアデリッサに【思念伝達】で指令を出した。
こいつにはプレルス領の内偵調査をしてもらいたい。
悪魔を探すなら、悪魔を使うのが一番効果的だ。
城の仕事は、ラウールとメイド達に任せておけば何とかなるだろう。
朝食を終え、アデリッサを連れて三階にある俺のプライベートルームへと【転移】する。
ここには【転移】でしか入室できない。
室内は、無灯火で暗いまま。
ベッドの奥、壁一面の窓前に、所謂体育座りでデカス山の景色を眺めるシルエットがあった。
その人影は完全に気配を消してる俺に気付き振り返る。
「あ、ご主人しゃま」
「気付くとは流石だな」
「ご主人しゃまの匂いはもう覚えまちた」
下着姿のニーナが俺の来訪に喜び、近付こうとするが、ピタリと足を止めた。
俺の背後から漂う、只ならぬ気配を察知したからだろう。
赤く光る目がニーナを見ているのだ。
「城で見た女……」
「こいつはニーナ。
こっちはアデリッサだ。
二人共仲良くしろ」
「あっ、はい。
ニーナさん宜しくお願いします」
「え?」
アデリッサの物腰柔らかい意外な対応に、ニーナが戸惑っている。
今、確かに凶悪な気配を放っていたのだが。
「アデリッサはサルサーレ公爵の娘であり、悪魔でもある。
俺の使い魔だから、そんなに警戒しなくてもいいぞ」
ニーナが服を着るのを眺めながら、指令を伝える。
「ニーナにはアディと一緒に、今からプレルス領の内偵に向かって欲しい。
お前の事を匿うとは言ったが、他領地だし、このアディがいれば、命の心配は無いだろう。
こいつの様に、悪魔に化けている人間を探し出すんだ。
出来るか?」
以前城に忍び込んだ際、アデリッサの正体に気付いたという話を本人から確認した。
こいつの鋭い【感知】スキルは役に立ちそうだ。
ニーナはコクリと頷いた。
アデリッサを警戒してるからか、黙ってしまっている。
まだまだ調教が足りないようだ。
「じゃあ、頼むぞ」
二人を抱えて、さっそくプレルス領に【転移】する。
————————
——プレルス領・上空
【転移】した途端に、いきなり横殴りの吹雪に見舞われる。
瞬時に【風の膜】を張り、事なきを得た。
「今日は凄く吹雪いてるな」
サルサーレ領の遥か西、険しい谷に挟まれた位置にプレルス領の街がある。
年中風が強い地域で、街の周りには風除けの高い塀や壁が設置されている。
街に降りると、なんとなんと、雪は降っているのに風を殆ど感じない。
なるほど、これが暴風地域に住む人々の知恵なのか。
ゆっくりと街を眺める。
どんな街かは、民の顔を見れば自ずと分かるだろう。
俺の場合は美女探しも兼ねているがな。
プレルス領に初めてきたのだろうアデリッサが、スカートを靡かせ、駆け回ってはしゃいでいる。
こう見るとただのお嬢様なんだよなぁ。
ニーナは、俺の背後で完全に気配を遮断し、足音を一切立てずに付いてくる。
警戒するのはいい事だが、少し怖いよ。
「たくさんの人がいますね。
それに活気もあります。
いい街ですね」
アデリッサの言う通りなのだ。
街の人々には、笑顔も活気もある。
プレルス領の周囲は、それぞれ別の領地と繋がっているので、冒険者や商人達が多数行き交う。
南は巨大で深い谷があり、そこで貴重な鉱石や魔物が多数発見された事が、このプレルス領を発展させる一因となった。
逆に言えば、人の出入りが激しいからこそ、人攫いの格好の的になるという見方もあるか。
この情報は、ここを通ってサルサーレ領へとやってきたというリリィの受け売りだ。
この領地で、悪魔が人攫いをしている事に気付いている者が、果たしてどれだけいるのだろうか。
早速、アデリッサとニーナを街に送り込む。
アデリッサは自由に散策すると言い、ニーナは裏で密偵すると言う。
さて、何が出てくるか?
折角なので、俺もこの街を軽く散策していこう?
まずはやっぱりギルドだな。
ギルドお馴染みの鉄枠の木扉を開け、中へと入る。
ギルド内は今まで見た事が無いくらい、たくさんの冒険者達で賑わっていた。
二百人以上はいるだろうか。
出入りも激しく、受付窓口には長い列が着いている。
そんなにいい依頼があるのか気になり、壁に貼ってある依頼書を眺めていく。
見たところブローノ大渓谷関連の依頼ばかりだ。
それにしても……
壁に新しい依頼書を貼っている受付嬢に質問してみた。
「なんでこんなに賑わっているんですか?」
「あー、ここにいる殆どの冒険者さんは、この街の二大クランの団員さん達ですねー」
「はぁ」
「どちらのクランも似たような勢力、規模なんですけど、街一番のクランになる為に、先に高額依頼を抑えようと、毎朝張り合っているんですよー」
なるほど。
クラン同士が競いあうのはいい事だ。
強いクランがいれば、外敵から街を守ってもらえるし、渓谷の探索も進むし、いい事尽くしだな。
ちなみにプレルス領に在籍する金等級冒険者の人数を聞くと、十八人もいた。
多いな。
悪魔の居場所さえ分かれば、依頼を出して討伐させたいくらいだ。
ギルドを出て、次は宿屋へ向かった。
宿屋の掲示板には、ギルドでは扱っていない級外依頼が多く貼ってある。
捜索、配達などが主な内容だ。
ギルドは基本的に、危険生物の討伐や危険区域の探索など、危険レベルが高くて等級を持つ冒険者が必要だと判断されたものが、等級依頼となる。
それ以外の、上記の様なお使いレベルの依頼は雑多に扱われがちだ。
だが稀に、人探しの依頼などが、魔物や悪魔の仕業だと分かれば、ギルドが等級依頼へと格上げし引き継ぎを行う。
依頼を確認すると、掲示板には古くて一年前、新しくて三日以内の捜索依頼があった。
少なく見積もっても百枚くらい貼ってある。
中には、古過ぎて字が読めない依頼書もあった。
「あんた、人探してんのか?」
「え?」
突然、宿屋の親父が話し掛けてきた。
周りを見渡すが、ここには俺と親父しかいない?
「人探しというか、知り合いが行方不明でして…………」
そう言うと親父はカウンターの上に、羊皮紙がぎっちり纏められた束を幾つも出した。
「こんな世の中だ。
人が居なくなる事は日常茶飯事だと分かっている。
でもな、街の人間がこんなにいなくなってるんだぜ?」
何人分あるのだろうか。
一束百枚としても、五十束程あるから五千人はゆうに超えている。
「なんて数の……」
「これがこの街の闇だ。
何かが潜んでやがるのさ。
もし興味があるならいつでも聞いてくれ。
そういう冒険者を探してるんだ」
うーむ、興味があるなぁ。
だが、これ以上いると時間を食い過ぎる。
アデリッサを呼び出して、宿屋の親父から聞き取りをさせよう。
そろそろ戻ろうかと宿屋を出ると、雪が止んでいた。
改めて街を眺めると、広告板や商店街の商品などから、やたらとブローノ大峡谷の文字が目に入ってくる。
峡谷へはこちらから!と丁寧に案内まで出して。
この街から、直に峡谷へ行けるのか。
それならちょっとだけ見て行こう、かな?
看板の案内に従い、通路を歩いていく。
大きな壁の門を超えると、またも吹雪に見舞わられたが、目が慣れてくると谷の全貌が見えてきた。
それはまるで、大地を一直線に切り裂いた巨大な裂け目だった。
一応、膝の高さまであるショボい柵がついてるので、強風に煽られながら、その裂け目に近付いてみる。
「凄い。
底が見えない……」
幅は大河の様に広く、底は真っ黒で何も見えない。
渓谷と名付けられてはいるが、ただの崖にしか見えない。
見ていると吸い込まれそうだ。
ん?光っている?
よく見ると、いくつも層があり、階層毎に明かりが漏れている。
視認できる一番下の層でも、かなり深い。
一層ずつ数えていったが三十層超えた辺りで数えるのが面倒になってきた。
どんだけ深いんだってばよ。
「おい、あんた!
そこは【深淵の監視者】の乗降場だぞ!」
後ろで行商人が何か叫んでいる?
俺に言ってるのか?
アビ……シューなんだって?
早口で何言ってるのかよく聞き取れないぞ。
「どけーっ!」
何処からか女の声がする?
「上っ!上だよスカタンッ!」
声のする方を見上げたと同時に、俺の顔に尻が直撃していた。
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