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コミケに行こう
第14話
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「何かトラブルでしょうか」
蘭子の待つ島へと近づくにつれて、遠目からでも周囲から頭一つ抜けて長身である優雨の姿が確認できた。その隣に妙ちきりんな格好の男がおり、何やらわめいている様子だ。
「大佐かなー・・・・・・変な人だけど、悪い人じゃないと思うよ。たぶん」
大佐の性格を考慮すると、あれは揉め事というより何かの弾みでヒートアップしているだけに違いない。彼にはそういう道化じみたところがあった。
「来たみたいだぜ」
流歌たちの到着に真っ先に気がついたのは蘭子だった。いかにも待ちわびていたといった感じに、優雨と大佐の二人にもこちらへと注意を向けるよう促す。すると、優雨に詰め寄っていた大佐がぴたりとその口を噤んだ。ぐるりと流歌の方へ向き直ると、彼の血走った目が視界に入る。さしもの流歌もそれを見て前言を撤回すべきか悩んでしまった。
「なんと・・・・・・」
水着姿の流歌にすっかり見惚れてしまった大佐が口をあんぐりと開けたまま言葉を失った。優雨の方を見ると、これまた口を真一文字に結んで目を白黒させている。
「どうかな」
恋人繋ぎをしていた千歳の手を無意識に握り直すと、流歌は黙ったままの優雨に感想を求めた。
「に、似合ってます。とても」
声を掛けられてはっとした彼が顔を真っ赤にして答える。そのリアクションに満足した流歌は、
「ありがと」
破顔一笑すると握りしめていた手に込めた力を緩めた。そんな流歌の心境の変化に気づいた千歳がやれやれといった風に肩をすくめる。
「お久しぶりです。その節はご迷惑をお掛けしました」
声を掛ける頃合いを見計らっていた千歳が、優雨に向かって丁寧にお辞儀した。
「顔を上げてください」
そう言ったきり一向に面を上げようとしない千歳に耐えかねたように、優雨が彼女に声を掛ける。この一週間でSNSや匿名掲示板の槍玉に上げられたのは流歌と千歳だけではなかった。
「気にしてませんから」
優雨が慌てたように言う。ただでさえ大佐のせいで周囲の視線が集まっているというのに、これ以上人目を引くのは避けたいと思っているようだ。
「君の周りには美女しかいないのだな」
他人行儀な二人を見ながら、大佐が白けたように目を細めて言った。内心では羨ましくて仕方ないのだろう。
「あんたがいればソッコーで完売だな。お友達もこっち来るか?」
だしぬけに、流歌と千歳にサークルスペースの内側に来るよう蘭子が促した。
「いいんですか?」
「ああ、いいぜ」
売り子は未経験だったが、興味がないといえば嘘になる。
「男どもは他所へ行きな」
「仕方ないですね」
思わず閉口する大佐を連れ立って、優雨は買い物の続きに戻ることにしたようだ。周囲には早くも流歌の美貌に目敏く気がついた男性客たちが足を止め始めている。蘭子の言う通り、彼が売り子を勤めればあっという間の完売も現実になるかもしれなかった。
*
午後になってサークルスペースの方に戻ってみると、それぞれに絵柄の異なる三人のキャラクターが描かれたイラストに「完売御礼」の文字が添えられたページを表にしたスケッチブックがテーブルの上に置かれていた。イラストは談笑している蘭子たちがそれぞれに描いたものだろう。今日一日で随分と打ち解けた様子だ。
テーブル上にはそれ以外に何も見当たらず、どうやら本当に完売させてしまったらしい。蘭子にプロ作家としての知名度があるにせよ、そこそこの冊数はあったはずなのに。
「本当に売れたんですね」
優雨が声を掛けると、三人が満面の笑みで出迎えた。まるでオアシスに咲き誇る花々のようだ。彼女らを見ていると、まるでこの場だけが夏の熱気がこもる周囲と隔絶されているかのような、清涼な空気が流れていると錯覚させられる。
「大佐はどうしたの」
「コスプレ広場に写真撮りに行ったみたいですよ」
「一人でかよ。マジでキモいな」
蘭子の言葉に無視できない語弊があるのは否めないが、大佐がキモいという点は否定しきれない。曖昧に頷いて応えると、
「折角だし三人でどっか回ってこいよ。あたしはここにいるからさ」
蘭子が事もなげに提案した。すると、
「あっ、私も残ります」
意外なことに千歳が彼女の方を見ながら言った。まるで結託の意思があるように。
「お二人でどうぞ。折角ですし、優雨さんに写真でも撮ってもらったらどうです?」
「そりゃいいな。あたしらにも後でそれ送れよ」
思わず流歌と顔を見合わせると、彼はすぐさま照れたように顔を伏せた。その様子になんだかこちらまで気恥ずかしくなってしまう。
「休まなくて平気?」
流歌がこちらを見上げながら、不安げに聞いた。しばらく歩き通しだったが、こまめに水分も摂っていたし気分も高揚していたので疲労感はまだ覚えていなかった。
「俺なら大丈夫ですよ」
これまでの成果物を蘭子に手渡すと、代わりに小さめの保冷バッグを受け取る。彼女が自身と千歳の分の飲料をそこから抜き取りながら、
「じゃ、後は任せたぜ。お二人さん」
わざとらしくウインクして言った。それを見た流歌はいかにもお手上げといったポーズで天井を仰ぎ見ると、テーブルに両手をついて立ち上がる。
「いこっか」
しかし、そう言った彼の顔には満更でもなさそうな笑みが浮かんでいた。つられて優雨も口元を綻ばせると、「ええ」と答える。そんな二人を見比べながら、蘭子と千歳もにやにやしながら彼らをスペースから送り出した。
*
二人で歩いていると、どうしてもあの晩のことを思い出してしまう。決して嫌な思い出というわけではないのだが、当事者の流歌が隣にいるとなるとそれなりに緊張感を伴うものではあった。
「アシさん、彼女いたんですね」
蘭子とSNSなどで交流のあるイラストレーターや作家を見かけては挨拶していると、流歌を見た彼ら・彼女らが口々にそう言った。はっきりと否定するのも憚られるので「友人です」とだけ答えておいたが、どうせ信じてもらえないのはわかっていたので流歌が男であることは口にしないでおいた。
買い物が終わってからも、更衣室の閉まる時刻までにはまだ余裕があった。時間を持て余した二人が通路脇で顔を見合わせる。
「写真、撮っておきますか」
そう提案してみたのものの、会場は未だに混雑しており、その上コスプレ広場は日の当たる野外にある。イベント慣れしていない流歌のコンディションも気になる頃合いではあった。
「元気があれば、ですけど」
「ん、ボクなら平気。行ってみよ?」
優雨が自分の言葉にそう付け加えると、流歌が全く問題ないという風に答えた。
「カメラを用意しておくべきでしたね」
「売り子だけだと思ってたから」
街中を歩いていたとき以上に流歌の姿は人目を引いていた。そういった視線に馴れっこであるはずの彼も、流石に時折気にしている様子が窺える。男性であるにも関わらず女性用の水着を身に着けている特殊な状況なのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。
「大変なことになっちゃったね」
道中で流歌がぽつりと言った。
「警察がなんとかしてくれますよ」
何の慰めにもならない言葉を作りながら、優雨はあえて今現在直面している問題から目を背けようとした。
駅での一件が世間のごく一部を騒がすと、翌日には当事者たちのプロフィールが明るみとなっていた―――流歌と優雨に関するプライベートな情報がネット上に晒されたのだ。不幸中の幸いか、千歳はその災難から逃れていたものの、写真にははっきりとその顔が映っていたため、二人のように個人情報を特定される危険性は今も十分に残っていた。
「本当にごめん」
流歌が顔を伏せて言った。心底から申し訳なく思っているのだろう。自分だけならともかく、優雨まで巻き込んでしまったことによる罪悪感を抱いて。
「俺なら平気ですから」
心配なのは流歌の方だった―――優雨とは異なり、彼の場合は明らかに別件の盗撮と思しき写真までネット上に次々とアップロードされたのだから。
「もう、夏休み終わったらどんな顔して学校に行けばいいのやら」
流歌が笑いごとかのように言う。この件で大学側からペナルティを通告されることはなかったようだが、一介の男子大学生が女装してファッションモデルを勤めていたことが世に明るみとなってしまったのだ。このことがネット上では話題になり、とある匿名掲示板では流歌の非公認ファンクラブまで組織されたらしい。これでは、今まで通りの平穏な学校生活など望むべくもないだろう。
事態を重く見た誠が、それらをストーカーの手口として即日警察に通報したが、犯人は未だに捕まっていない。
「そんなことより、今日は楽しみましょう」
優雨が努めて笑顔を作ると、流歌をこれ以上悩ませないように話題を変えた。
「広場に直行でもいいですけど、何処か回ってみたいところとかあります?」
「そうだなー」
流歌が人差し指を唇に当てながら思い悩む様子を見せる。視線が宙を漂う表情も、シャッターに収めておきたいと思わされる愛らしさがあった。相変わらずどの仕草をどんな角度から切り取っても画になる人だ。
「とりあえず、先に写真撮っとく?」
流歌の言葉に頷くと、このまま予定通りに優雨は屋外のコスプレエリアに彼を連れていくことにした。
「外は暑いですから、体調には十分気をつけて。異変を感じたらすぐに教えてください。撮影中でも遠慮は無用です」
優雨が注意すると、ラフな敬礼のポーズで流歌が「了解」と返答した。
「綺麗に撮ってね」
照れたようにはにかんだ流歌が言うと、
「っ、善処します」
つい胸がときめくのを感じながら、優雨は改めて気を引き締めた。表情が強張っていたのか、それを見た流歌がくすくすと笑う。
「期待してる」
*
屋外のコスプレエリアも屋内に負けず劣らずの混雑具合だった。滅多なことではこういった場所には来ないのだが―――好き好んでここに来たがる大佐の気持ちが知れない。溢れる人混みは最早うねりを打つ波のようで、とてもじゃないがこんな場所で撮影の順番待ちやシャッターチャンスに身構える気にはなれない。
「すごいね」
流歌も呆気に取られた様子で呟いた。この中で写真撮影をするとなるとかなり骨が折れるに違いない。
「とりあえず一回りして、空いてるところがあったら撮りましょうか」
優雨はそう言いながらも内心では半ば諦めていた。
「撮りたい人が見つかったら教えてくださいね。撮らせてもらえるか、二人でお願いしてみましょう」
彼の言葉にこくこくと流歌が頷いて応える。そして、意を決した二人が人の波に分け入ろうとしたところ、
「あの、すみませんっ」
誰かに背中から声を掛けられた。初めに気がついたのは流歌の方だ。続いてキャラクターの名前で呼び止められたせいで、自分が声を掛けられたのだとわかったらしい。流歌にワイシャツの袖を引っ張られて足を止めた優雨が、驚いて彼の方へと振り返る。
「どうかしたんですか」
流歌の答えを聞くまでもなく、期待の眼差しをこちらに向けている男女のグループが目に入ったことですぐに事情を察した。
「ボクのこと撮りたいみたい」
彼らの手にはそれぞれのスマホが握られており、シャッターチャンスを今か今かと待ちわびている様子だ。
「彼氏さんですか」
そのうちの一人がやや気圧されたようにおずおずと優雨の方を見た。周囲の人だかりから頭一つ以上抜けた長身の優雨が、無意識のうちに警戒の色をその目に宿していたからだ。
「わっ」
流歌に両脇を握られた優雨が驚いた拍子に間の抜けた声を上げた。何事かと彼に非難するような目を向けると、
「顔恐いよ。笑って笑って」
流歌が小声で自分にだけわかるように伝えた。必要以上にナーバスになっていたらしいことに気づかされた優雨は、その顔にぎこちない笑みを浮かべながら撮影場所の確保に移る。
「ありがとうございました」
撮影を済ませた男女のグループが、口々に礼を述べながら退散していった。しかしそれだけでは終わらず、
「お願いします」
既に出来上がっていた後続たちが列を成して流歌の撮影を始めた。その一人一人に彼は見たものをうっとりとさせるような笑顔で応えている。この様子だと誰一人として流歌の本来の性別には気がついていないのだろう。
「ごめんなさい」
撮影の合間に一言断りを入れると、カメラマンにくるりと背を向けた流歌が脇に控えていた優雨の方を振り仰いだ。彼の目を見ただけで、優雨がその意思を汲み取って即座に動いた。
「大丈夫ですか」
保冷バッグから取り出した飲み物を手渡しつつ、彼の額に浮かんでいた汗をハンカチで丁寧に抑えていく。まさに以心伝心といった働きだった。
「ありがと」
そんな二人のやり取りに、撮影の順番待ちをしていたギャラリーたちの誰もが羨むような目を向けた。
「無理だけはしないでくださいね」
流歌を慈しむような優雨の態度に、周囲が二人の関係性を見出しているのがわかる。しかしながら、この際、勘違いされた方が都合がいいのは確かだった。自分が睨みを利かせている間は、流歌に馴れ馴れしく接する輩も減ることだろう。
「イチャイチャするのは後にしてもらえないか」
唐突に二人の間で流れる甘いムードを断ち切るように、無粋にも不機嫌な声音を投げかける者が現れた。
「まだいたんですか」
優雨が呆れたように声の主に向かって言う。大佐だった。彼がにやにやしながらこちらを眺めているのを見て、思わず優雨が口の端を歪める。
「オジョくんは大丈夫かね」
いかにもイライラしていた様子はただの演技だったようで、撮影を中断したのを見て取った彼が流歌を気遣うように声を掛けてきた。
「列を区切ってこようか」
こうしている間にも順番待ちの列は伸び続けている。事態の深刻さに気付かされた優雨と流歌が思わずお互いの顔を見合わせた。流歌は人の頼みをはっきりと断れるような性質ではない。今も目の前の光景にただただ困ったような表情を浮かべるのみだ。優雨はそんな彼に代わって大佐に頼むことにした。
「お願いしてもいいですか」
優雨の真摯な眼差しを正面から受け止めた大佐はただ一言「任せろ」と発すると、踵を返して撮影の順番待ちをしている人々の列の最後尾に向かった。これ以上撮影者が増えないように断りを入れる憎まれ役を自ら買って出たのだ。
そんな彼の後ろ姿に頼もしさを覚えたのは、これが初めてのことだった。
*
「今日は助かりました」
更衣室へと向かう流歌を二人して見送ってから、優雨が改まったように大佐へと頭を下げる。
「相変わらず馬鹿がつくほど丁寧なやつなのだな、君は」
それを見た大佐が呆れたように言った。それでも彼に気を悪くした様子はない。
「どうしても礼がしたいというのなら、あの金髪美女のプライベートな連絡先を、」
「駄目です」
優雨が余計な気を遣わないよう、大佐が先回りして道化を演じる。不服そうに肩をすくめる大佐を見て、彼の人となりがなんとなく分かってきたような気がした。
「私は友人のところに戻るよ。また面白そうなことがあったら教えてくれ」
優雨へ向けた敬礼に使った右手をそのまま後ろ手に振ると、大佐はそれを別れの挨拶とした。そうして、彼の後ろ姿が人混みに紛れる。見てくれは変人そのもののくせに、意外な場面で好漢らしさを見せてくれたものだ。
「さて」
後は着替えを済ませた流歌と合流して、蘭子と千歳の待つサークルスペースに戻るだけだ。片づけを済ませて撤収すれば、今日一日の楽しかった思い出を家まで持ち帰ることができる。
「お待たせ」
メイクを落としてさっぱりとした様子の流歌が戻ってくると、二人で蘭子たちのもとへと向かう。道中は二人で初めてのコスプレ撮影を振り返った。大佐の支援もあって流歌が体調を崩すこともなければ、彼にしつこく付きまとうような輩も優雨が目を光らせている前には現れなかったのが幸いだ。
「誘ってくれてありがとね」
流歌の言葉に優雨の顔も思わず綻んだ。実に楽しそうに今日の体験を語る彼を見ているだけで、会場を散々歩き回った疲れも労われるというものだ。
*
帰路は二手に別れることとなった―――流歌が千歳を自宅まで送り届け、優雨はささやかな祝勝会を蘭子の自宅で彼女と二人で行うことに。後者はイベント参加後に恒例となった流れだ。
珍しく日中に活動した疲れからか、帰りの電車でうとうとした蘭子が吊革代わりに優雨にしがみついた。微睡んだ彼女が自分の額を彼の鳩尾辺りへ押し付けるようにしながら、じっとして動かなくなる。流歌たちと別れた後だったので、すっかり気が抜けてしまったのだろう。
蘭子が転んだりしないように、優雨はしっかりとその肩を抱いた。彼女の体温にほっとするような安心感を覚えながら、胸中で「お疲れさま」と労いの言葉を作る。大きな充実感が生まれ、身体に残った疲労感よりも心地よさが勝った。
蘭子を自宅まで送り届けると、彼女はすぐさまベッドにダイブしたきり眠りこけてしまった。これでは祝勝会どころか、下手をしたら翌朝まで目覚めないかもしれない。
待ちぼうけはごめんだ。優雨は寝起きに蘭子が食べられるような食事の用意だけ済ませると、彼女のスマホに書置き代わりのメッセージを送信して自分は帰宅することにした。
気分が高揚していた優雨は、ふといつもとは違う道を通って帰ろうと思った。最寄駅から自宅までの変わり映えのない道のり―――それも違う角度から眺めれば、普段と異なる景色が見られると思って。
いつもなら人通りの多い道を選ぶのが常だった。多少帰りが遅くなっても街灯が明るく照らしてくれる広い道。しかし、今日は気まぐれに人気のない路地裏を選んだ。それが大きな過ちになるとも知らずに。
最初に聞こえたのは車のブレーキ音だった。続いて、自分の背後に迫る何者かの気配。すっかり浮かれていたせいか、危機意識など皆無だった。
真夏に場違いな厚着の男。怒気を孕んだ荒々しい息遣い。目深に被ったフードの下から覗く殺意に満ちた眼光。気づいたときには何もかもが遅かった。
不意に何かを首筋に押し付けられた感触―――直後に訪れた強烈な痛みで優雨の目の前は真っ白になった。
蘭子の待つ島へと近づくにつれて、遠目からでも周囲から頭一つ抜けて長身である優雨の姿が確認できた。その隣に妙ちきりんな格好の男がおり、何やらわめいている様子だ。
「大佐かなー・・・・・・変な人だけど、悪い人じゃないと思うよ。たぶん」
大佐の性格を考慮すると、あれは揉め事というより何かの弾みでヒートアップしているだけに違いない。彼にはそういう道化じみたところがあった。
「来たみたいだぜ」
流歌たちの到着に真っ先に気がついたのは蘭子だった。いかにも待ちわびていたといった感じに、優雨と大佐の二人にもこちらへと注意を向けるよう促す。すると、優雨に詰め寄っていた大佐がぴたりとその口を噤んだ。ぐるりと流歌の方へ向き直ると、彼の血走った目が視界に入る。さしもの流歌もそれを見て前言を撤回すべきか悩んでしまった。
「なんと・・・・・・」
水着姿の流歌にすっかり見惚れてしまった大佐が口をあんぐりと開けたまま言葉を失った。優雨の方を見ると、これまた口を真一文字に結んで目を白黒させている。
「どうかな」
恋人繋ぎをしていた千歳の手を無意識に握り直すと、流歌は黙ったままの優雨に感想を求めた。
「に、似合ってます。とても」
声を掛けられてはっとした彼が顔を真っ赤にして答える。そのリアクションに満足した流歌は、
「ありがと」
破顔一笑すると握りしめていた手に込めた力を緩めた。そんな流歌の心境の変化に気づいた千歳がやれやれといった風に肩をすくめる。
「お久しぶりです。その節はご迷惑をお掛けしました」
声を掛ける頃合いを見計らっていた千歳が、優雨に向かって丁寧にお辞儀した。
「顔を上げてください」
そう言ったきり一向に面を上げようとしない千歳に耐えかねたように、優雨が彼女に声を掛ける。この一週間でSNSや匿名掲示板の槍玉に上げられたのは流歌と千歳だけではなかった。
「気にしてませんから」
優雨が慌てたように言う。ただでさえ大佐のせいで周囲の視線が集まっているというのに、これ以上人目を引くのは避けたいと思っているようだ。
「君の周りには美女しかいないのだな」
他人行儀な二人を見ながら、大佐が白けたように目を細めて言った。内心では羨ましくて仕方ないのだろう。
「あんたがいればソッコーで完売だな。お友達もこっち来るか?」
だしぬけに、流歌と千歳にサークルスペースの内側に来るよう蘭子が促した。
「いいんですか?」
「ああ、いいぜ」
売り子は未経験だったが、興味がないといえば嘘になる。
「男どもは他所へ行きな」
「仕方ないですね」
思わず閉口する大佐を連れ立って、優雨は買い物の続きに戻ることにしたようだ。周囲には早くも流歌の美貌に目敏く気がついた男性客たちが足を止め始めている。蘭子の言う通り、彼が売り子を勤めればあっという間の完売も現実になるかもしれなかった。
*
午後になってサークルスペースの方に戻ってみると、それぞれに絵柄の異なる三人のキャラクターが描かれたイラストに「完売御礼」の文字が添えられたページを表にしたスケッチブックがテーブルの上に置かれていた。イラストは談笑している蘭子たちがそれぞれに描いたものだろう。今日一日で随分と打ち解けた様子だ。
テーブル上にはそれ以外に何も見当たらず、どうやら本当に完売させてしまったらしい。蘭子にプロ作家としての知名度があるにせよ、そこそこの冊数はあったはずなのに。
「本当に売れたんですね」
優雨が声を掛けると、三人が満面の笑みで出迎えた。まるでオアシスに咲き誇る花々のようだ。彼女らを見ていると、まるでこの場だけが夏の熱気がこもる周囲と隔絶されているかのような、清涼な空気が流れていると錯覚させられる。
「大佐はどうしたの」
「コスプレ広場に写真撮りに行ったみたいですよ」
「一人でかよ。マジでキモいな」
蘭子の言葉に無視できない語弊があるのは否めないが、大佐がキモいという点は否定しきれない。曖昧に頷いて応えると、
「折角だし三人でどっか回ってこいよ。あたしはここにいるからさ」
蘭子が事もなげに提案した。すると、
「あっ、私も残ります」
意外なことに千歳が彼女の方を見ながら言った。まるで結託の意思があるように。
「お二人でどうぞ。折角ですし、優雨さんに写真でも撮ってもらったらどうです?」
「そりゃいいな。あたしらにも後でそれ送れよ」
思わず流歌と顔を見合わせると、彼はすぐさま照れたように顔を伏せた。その様子になんだかこちらまで気恥ずかしくなってしまう。
「休まなくて平気?」
流歌がこちらを見上げながら、不安げに聞いた。しばらく歩き通しだったが、こまめに水分も摂っていたし気分も高揚していたので疲労感はまだ覚えていなかった。
「俺なら大丈夫ですよ」
これまでの成果物を蘭子に手渡すと、代わりに小さめの保冷バッグを受け取る。彼女が自身と千歳の分の飲料をそこから抜き取りながら、
「じゃ、後は任せたぜ。お二人さん」
わざとらしくウインクして言った。それを見た流歌はいかにもお手上げといったポーズで天井を仰ぎ見ると、テーブルに両手をついて立ち上がる。
「いこっか」
しかし、そう言った彼の顔には満更でもなさそうな笑みが浮かんでいた。つられて優雨も口元を綻ばせると、「ええ」と答える。そんな二人を見比べながら、蘭子と千歳もにやにやしながら彼らをスペースから送り出した。
*
二人で歩いていると、どうしてもあの晩のことを思い出してしまう。決して嫌な思い出というわけではないのだが、当事者の流歌が隣にいるとなるとそれなりに緊張感を伴うものではあった。
「アシさん、彼女いたんですね」
蘭子とSNSなどで交流のあるイラストレーターや作家を見かけては挨拶していると、流歌を見た彼ら・彼女らが口々にそう言った。はっきりと否定するのも憚られるので「友人です」とだけ答えておいたが、どうせ信じてもらえないのはわかっていたので流歌が男であることは口にしないでおいた。
買い物が終わってからも、更衣室の閉まる時刻までにはまだ余裕があった。時間を持て余した二人が通路脇で顔を見合わせる。
「写真、撮っておきますか」
そう提案してみたのものの、会場は未だに混雑しており、その上コスプレ広場は日の当たる野外にある。イベント慣れしていない流歌のコンディションも気になる頃合いではあった。
「元気があれば、ですけど」
「ん、ボクなら平気。行ってみよ?」
優雨が自分の言葉にそう付け加えると、流歌が全く問題ないという風に答えた。
「カメラを用意しておくべきでしたね」
「売り子だけだと思ってたから」
街中を歩いていたとき以上に流歌の姿は人目を引いていた。そういった視線に馴れっこであるはずの彼も、流石に時折気にしている様子が窺える。男性であるにも関わらず女性用の水着を身に着けている特殊な状況なのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。
「大変なことになっちゃったね」
道中で流歌がぽつりと言った。
「警察がなんとかしてくれますよ」
何の慰めにもならない言葉を作りながら、優雨はあえて今現在直面している問題から目を背けようとした。
駅での一件が世間のごく一部を騒がすと、翌日には当事者たちのプロフィールが明るみとなっていた―――流歌と優雨に関するプライベートな情報がネット上に晒されたのだ。不幸中の幸いか、千歳はその災難から逃れていたものの、写真にははっきりとその顔が映っていたため、二人のように個人情報を特定される危険性は今も十分に残っていた。
「本当にごめん」
流歌が顔を伏せて言った。心底から申し訳なく思っているのだろう。自分だけならともかく、優雨まで巻き込んでしまったことによる罪悪感を抱いて。
「俺なら平気ですから」
心配なのは流歌の方だった―――優雨とは異なり、彼の場合は明らかに別件の盗撮と思しき写真までネット上に次々とアップロードされたのだから。
「もう、夏休み終わったらどんな顔して学校に行けばいいのやら」
流歌が笑いごとかのように言う。この件で大学側からペナルティを通告されることはなかったようだが、一介の男子大学生が女装してファッションモデルを勤めていたことが世に明るみとなってしまったのだ。このことがネット上では話題になり、とある匿名掲示板では流歌の非公認ファンクラブまで組織されたらしい。これでは、今まで通りの平穏な学校生活など望むべくもないだろう。
事態を重く見た誠が、それらをストーカーの手口として即日警察に通報したが、犯人は未だに捕まっていない。
「そんなことより、今日は楽しみましょう」
優雨が努めて笑顔を作ると、流歌をこれ以上悩ませないように話題を変えた。
「広場に直行でもいいですけど、何処か回ってみたいところとかあります?」
「そうだなー」
流歌が人差し指を唇に当てながら思い悩む様子を見せる。視線が宙を漂う表情も、シャッターに収めておきたいと思わされる愛らしさがあった。相変わらずどの仕草をどんな角度から切り取っても画になる人だ。
「とりあえず、先に写真撮っとく?」
流歌の言葉に頷くと、このまま予定通りに優雨は屋外のコスプレエリアに彼を連れていくことにした。
「外は暑いですから、体調には十分気をつけて。異変を感じたらすぐに教えてください。撮影中でも遠慮は無用です」
優雨が注意すると、ラフな敬礼のポーズで流歌が「了解」と返答した。
「綺麗に撮ってね」
照れたようにはにかんだ流歌が言うと、
「っ、善処します」
つい胸がときめくのを感じながら、優雨は改めて気を引き締めた。表情が強張っていたのか、それを見た流歌がくすくすと笑う。
「期待してる」
*
屋外のコスプレエリアも屋内に負けず劣らずの混雑具合だった。滅多なことではこういった場所には来ないのだが―――好き好んでここに来たがる大佐の気持ちが知れない。溢れる人混みは最早うねりを打つ波のようで、とてもじゃないがこんな場所で撮影の順番待ちやシャッターチャンスに身構える気にはなれない。
「すごいね」
流歌も呆気に取られた様子で呟いた。この中で写真撮影をするとなるとかなり骨が折れるに違いない。
「とりあえず一回りして、空いてるところがあったら撮りましょうか」
優雨はそう言いながらも内心では半ば諦めていた。
「撮りたい人が見つかったら教えてくださいね。撮らせてもらえるか、二人でお願いしてみましょう」
彼の言葉にこくこくと流歌が頷いて応える。そして、意を決した二人が人の波に分け入ろうとしたところ、
「あの、すみませんっ」
誰かに背中から声を掛けられた。初めに気がついたのは流歌の方だ。続いてキャラクターの名前で呼び止められたせいで、自分が声を掛けられたのだとわかったらしい。流歌にワイシャツの袖を引っ張られて足を止めた優雨が、驚いて彼の方へと振り返る。
「どうかしたんですか」
流歌の答えを聞くまでもなく、期待の眼差しをこちらに向けている男女のグループが目に入ったことですぐに事情を察した。
「ボクのこと撮りたいみたい」
彼らの手にはそれぞれのスマホが握られており、シャッターチャンスを今か今かと待ちわびている様子だ。
「彼氏さんですか」
そのうちの一人がやや気圧されたようにおずおずと優雨の方を見た。周囲の人だかりから頭一つ以上抜けた長身の優雨が、無意識のうちに警戒の色をその目に宿していたからだ。
「わっ」
流歌に両脇を握られた優雨が驚いた拍子に間の抜けた声を上げた。何事かと彼に非難するような目を向けると、
「顔恐いよ。笑って笑って」
流歌が小声で自分にだけわかるように伝えた。必要以上にナーバスになっていたらしいことに気づかされた優雨は、その顔にぎこちない笑みを浮かべながら撮影場所の確保に移る。
「ありがとうございました」
撮影を済ませた男女のグループが、口々に礼を述べながら退散していった。しかしそれだけでは終わらず、
「お願いします」
既に出来上がっていた後続たちが列を成して流歌の撮影を始めた。その一人一人に彼は見たものをうっとりとさせるような笑顔で応えている。この様子だと誰一人として流歌の本来の性別には気がついていないのだろう。
「ごめんなさい」
撮影の合間に一言断りを入れると、カメラマンにくるりと背を向けた流歌が脇に控えていた優雨の方を振り仰いだ。彼の目を見ただけで、優雨がその意思を汲み取って即座に動いた。
「大丈夫ですか」
保冷バッグから取り出した飲み物を手渡しつつ、彼の額に浮かんでいた汗をハンカチで丁寧に抑えていく。まさに以心伝心といった働きだった。
「ありがと」
そんな二人のやり取りに、撮影の順番待ちをしていたギャラリーたちの誰もが羨むような目を向けた。
「無理だけはしないでくださいね」
流歌を慈しむような優雨の態度に、周囲が二人の関係性を見出しているのがわかる。しかしながら、この際、勘違いされた方が都合がいいのは確かだった。自分が睨みを利かせている間は、流歌に馴れ馴れしく接する輩も減ることだろう。
「イチャイチャするのは後にしてもらえないか」
唐突に二人の間で流れる甘いムードを断ち切るように、無粋にも不機嫌な声音を投げかける者が現れた。
「まだいたんですか」
優雨が呆れたように声の主に向かって言う。大佐だった。彼がにやにやしながらこちらを眺めているのを見て、思わず優雨が口の端を歪める。
「オジョくんは大丈夫かね」
いかにもイライラしていた様子はただの演技だったようで、撮影を中断したのを見て取った彼が流歌を気遣うように声を掛けてきた。
「列を区切ってこようか」
こうしている間にも順番待ちの列は伸び続けている。事態の深刻さに気付かされた優雨と流歌が思わずお互いの顔を見合わせた。流歌は人の頼みをはっきりと断れるような性質ではない。今も目の前の光景にただただ困ったような表情を浮かべるのみだ。優雨はそんな彼に代わって大佐に頼むことにした。
「お願いしてもいいですか」
優雨の真摯な眼差しを正面から受け止めた大佐はただ一言「任せろ」と発すると、踵を返して撮影の順番待ちをしている人々の列の最後尾に向かった。これ以上撮影者が増えないように断りを入れる憎まれ役を自ら買って出たのだ。
そんな彼の後ろ姿に頼もしさを覚えたのは、これが初めてのことだった。
*
「今日は助かりました」
更衣室へと向かう流歌を二人して見送ってから、優雨が改まったように大佐へと頭を下げる。
「相変わらず馬鹿がつくほど丁寧なやつなのだな、君は」
それを見た大佐が呆れたように言った。それでも彼に気を悪くした様子はない。
「どうしても礼がしたいというのなら、あの金髪美女のプライベートな連絡先を、」
「駄目です」
優雨が余計な気を遣わないよう、大佐が先回りして道化を演じる。不服そうに肩をすくめる大佐を見て、彼の人となりがなんとなく分かってきたような気がした。
「私は友人のところに戻るよ。また面白そうなことがあったら教えてくれ」
優雨へ向けた敬礼に使った右手をそのまま後ろ手に振ると、大佐はそれを別れの挨拶とした。そうして、彼の後ろ姿が人混みに紛れる。見てくれは変人そのもののくせに、意外な場面で好漢らしさを見せてくれたものだ。
「さて」
後は着替えを済ませた流歌と合流して、蘭子と千歳の待つサークルスペースに戻るだけだ。片づけを済ませて撤収すれば、今日一日の楽しかった思い出を家まで持ち帰ることができる。
「お待たせ」
メイクを落としてさっぱりとした様子の流歌が戻ってくると、二人で蘭子たちのもとへと向かう。道中は二人で初めてのコスプレ撮影を振り返った。大佐の支援もあって流歌が体調を崩すこともなければ、彼にしつこく付きまとうような輩も優雨が目を光らせている前には現れなかったのが幸いだ。
「誘ってくれてありがとね」
流歌の言葉に優雨の顔も思わず綻んだ。実に楽しそうに今日の体験を語る彼を見ているだけで、会場を散々歩き回った疲れも労われるというものだ。
*
帰路は二手に別れることとなった―――流歌が千歳を自宅まで送り届け、優雨はささやかな祝勝会を蘭子の自宅で彼女と二人で行うことに。後者はイベント参加後に恒例となった流れだ。
珍しく日中に活動した疲れからか、帰りの電車でうとうとした蘭子が吊革代わりに優雨にしがみついた。微睡んだ彼女が自分の額を彼の鳩尾辺りへ押し付けるようにしながら、じっとして動かなくなる。流歌たちと別れた後だったので、すっかり気が抜けてしまったのだろう。
蘭子が転んだりしないように、優雨はしっかりとその肩を抱いた。彼女の体温にほっとするような安心感を覚えながら、胸中で「お疲れさま」と労いの言葉を作る。大きな充実感が生まれ、身体に残った疲労感よりも心地よさが勝った。
蘭子を自宅まで送り届けると、彼女はすぐさまベッドにダイブしたきり眠りこけてしまった。これでは祝勝会どころか、下手をしたら翌朝まで目覚めないかもしれない。
待ちぼうけはごめんだ。優雨は寝起きに蘭子が食べられるような食事の用意だけ済ませると、彼女のスマホに書置き代わりのメッセージを送信して自分は帰宅することにした。
気分が高揚していた優雨は、ふといつもとは違う道を通って帰ろうと思った。最寄駅から自宅までの変わり映えのない道のり―――それも違う角度から眺めれば、普段と異なる景色が見られると思って。
いつもなら人通りの多い道を選ぶのが常だった。多少帰りが遅くなっても街灯が明るく照らしてくれる広い道。しかし、今日は気まぐれに人気のない路地裏を選んだ。それが大きな過ちになるとも知らずに。
最初に聞こえたのは車のブレーキ音だった。続いて、自分の背後に迫る何者かの気配。すっかり浮かれていたせいか、危機意識など皆無だった。
真夏に場違いな厚着の男。怒気を孕んだ荒々しい息遣い。目深に被ったフードの下から覗く殺意に満ちた眼光。気づいたときには何もかもが遅かった。
不意に何かを首筋に押し付けられた感触―――直後に訪れた強烈な痛みで優雨の目の前は真っ白になった。
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