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epilogue/prologue
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「――これが馬車か。思ったよりも大きいんだな」
おれは目の前にある馬車を見つめて、感嘆の息を吐いた。
本物の乗合馬車なんて初めて見たよ。ドーム型の屋根のついた幌馬車には、サラブレッドのごとく大きな体躯の黒鹿毛の二頭の馬が繋がれている。
だが、おれが元の世界で見た馬とはいささか異なるようだ。なにせ、足が六本あるのである。
もしゃもしゃと草を食む六本足の馬を眺めていると、不意に、おれの背後にがばりと何者かが抱き着いてきた。
「カナトちゃん、何見てんの?」
顔を見ずとも誰か分かる。ノインだ。
おれは苦笑いをしながら顔だけで後ろを振り返った。思った以上に、すぐ近くにノインの顔があった。
「いや、馬も馬車も初めて見たから、珍しくてな」
「ふーん」
「……どうかしたか? なんだか機嫌が悪そうだな」
「えー、だってホラ。カナトちゃんのこと散々抱き潰したのに、魔法で宿屋に戻ってきたら、なんかカナトちゃんピンピンしてんだもん……“ヒール”で治したの?」
「まぁ、そんなところだ」
おれはノインの手をやんわりと解いて、再び馬車に向き直る。
この馬車はまずは隣町へ向かい、そこで馬を休ませた後に隣の町へ向かうそうである。おれ達が最終地点までの切符をとっているので、この馬車に最後まで乗ることとなる。なお、時間が夜明け直後と早いせいか、客はおれ達二人しかいないようだ。
「つまんねー、せっかく弱ったカナトちゃんが見れるかと思って楽しみにしてたのに」
ノインはおれの隣に移動すると、不満げに唇をとがらせながら、目の前の馬を指先でちょいちょいと触った。
しかし、馬はノインの指先など気にする様子はなく、もしゃもしゃと草を生み続けている。
ちなみに、ノインから見たら、おれが『God's Garden』からログアウトして、再び宿屋に戻ってきたのはつい数時間前のことだと感じているようだが、おれにとっては違う。
おれは昨夜、ノインとのセックスから逃れるようにして『God's Garden』からログアウトした後、風呂に入りなおしてベッドに入り、その翌朝には会社に向かった。そして、会社での仕事を終えて、夕食をとって風呂に入った後、再びこの『God's Garden』へとログインしたのである。
だから、おれからしてみれば、ノインと行為をしたのは昨夜の同じ時間――だいたい24時間前というわけだ。
つまり、あちらの世界での24時間が、こちらの世界ではだいたい約3時間相当という感じらしい。逆に、『God's Garden』の世界で一時間過ごした場合、おれの世界では10分しか経過していなかった。
先行体験期間の時は、こちらの世界とおれの世界の流れは同一だったから、だいぶ融通が利くようになったみたいだ。
ここらへんの時間の差異は、これからも『God's Garden』をプレイする際に意識していきたいところだ。また折を見て、ノインにも説明しないとな。
「ほら、遊ぶのもいい加減にしろよ、ノイン。そろそろ出発の時間みたいだぞ」
少し離れた所にいた馬車の御者が、手を振りながらこちらに歩いてきた。どうやら出発の時間が近づいてきたようで、おれはノインの肩を軽く叩く。
肩を叩かれて、顔を上げた彼に向かって、おれは手を差し伸べた。その掌を見て、ノインはきょとんとした表情を浮かべる。
「カナトちゃん、これなに?」
「何っていうか……せっかくのおれ達の新しい門出だし、一つ、握手でもしておこうと思ってな」
「えー? なにそれ、めっちゃウケんね」
おれの言葉を聞き、けらけらと笑い声をあげるノイン。けれど、笑い声を上げながらも彼はおれの手を取り、ぎゅうっと握り返してくれた。
が、その手が不意に強く引かれたかと思うと、強引な仕草でノインの方へ引き寄せられる。
あっと思った時には、もう彼の顔がすぐ目の前にあった。
目を見開くおれとは正反対に、悪戯っぽい笑みを浮かべたノインの唇に、ちゅっと音を立ててキスをされた。
「っ、ノイン……」
「えへへー。門出の記念っていうなら、こっちの方がいいでしょ?」
上機嫌なノインは、再び顔を寄せてくると、今度はおれの頬にもリップ音を立てて口づけた。
怒ろうかとも思ったが、ノインがあまりにも楽しそうで、なんだか毒気が抜かれてしまった。しょうがないやつだなぁ、と苦笑いさえ零れてしまう。
その時、ぎらりと視界の端を染めるものがあった。
顔をそちらに向ければ、薄鼠色に近い白んだ空の向こう、山の稜線が真っ赤に染まっていた。目を焼くような深紅は、日の出が近いだ。
「……綺麗だなぁ」
おれの世界とは違う空――高層ビルも電信柱も電線も、住宅街も何もない。人工物に遮られることのない、自然のあるがままの夜明け。視界の端から端まで、背の高い山々が覆う地平は、今やその稜線がすべて赤色に染まっている。
「うん……すごく綺麗」
あまりにも美しい夜明けにすっかり見惚れていると、傍らのノインも同意が返ってきた。
だが、なぜかノインはおれとは別の方向――山の稜線ではなく、なぜかこちらをじっと見つめていた。
何を見ているんだと尋ねようとした矢先、背後から「旦那方、そろそろ出発しますぜ!」と声をかけられた。見れば、いつの間にか御者が馬車に乗り込んでいる。
「すみません、今乗ります! ほら、ノイン、行くぞ」
おれは咄嗟にノインの手を握った。
すると、ノインの指がおれの指に絡み、きゅっと握り返してくる。
「……うん! 行こう、カナトちゃん」
――おれにとってこの世界の最初の町であり、ノインの生まれ故郷であったガスコーシティ。
おれ達二人はもう二度と、この町に足を踏み入れることはないだろう。そこに、寂しさがないわけではない。けれど、今はそれ以上に、未来への期待に胸が高鳴っている。
――目指すはオースト。
国中から腕利きの冒険者が集まるという、ダンジョン都市である。
おれは目の前にある馬車を見つめて、感嘆の息を吐いた。
本物の乗合馬車なんて初めて見たよ。ドーム型の屋根のついた幌馬車には、サラブレッドのごとく大きな体躯の黒鹿毛の二頭の馬が繋がれている。
だが、おれが元の世界で見た馬とはいささか異なるようだ。なにせ、足が六本あるのである。
もしゃもしゃと草を食む六本足の馬を眺めていると、不意に、おれの背後にがばりと何者かが抱き着いてきた。
「カナトちゃん、何見てんの?」
顔を見ずとも誰か分かる。ノインだ。
おれは苦笑いをしながら顔だけで後ろを振り返った。思った以上に、すぐ近くにノインの顔があった。
「いや、馬も馬車も初めて見たから、珍しくてな」
「ふーん」
「……どうかしたか? なんだか機嫌が悪そうだな」
「えー、だってホラ。カナトちゃんのこと散々抱き潰したのに、魔法で宿屋に戻ってきたら、なんかカナトちゃんピンピンしてんだもん……“ヒール”で治したの?」
「まぁ、そんなところだ」
おれはノインの手をやんわりと解いて、再び馬車に向き直る。
この馬車はまずは隣町へ向かい、そこで馬を休ませた後に隣の町へ向かうそうである。おれ達が最終地点までの切符をとっているので、この馬車に最後まで乗ることとなる。なお、時間が夜明け直後と早いせいか、客はおれ達二人しかいないようだ。
「つまんねー、せっかく弱ったカナトちゃんが見れるかと思って楽しみにしてたのに」
ノインはおれの隣に移動すると、不満げに唇をとがらせながら、目の前の馬を指先でちょいちょいと触った。
しかし、馬はノインの指先など気にする様子はなく、もしゃもしゃと草を生み続けている。
ちなみに、ノインから見たら、おれが『God's Garden』からログアウトして、再び宿屋に戻ってきたのはつい数時間前のことだと感じているようだが、おれにとっては違う。
おれは昨夜、ノインとのセックスから逃れるようにして『God's Garden』からログアウトした後、風呂に入りなおしてベッドに入り、その翌朝には会社に向かった。そして、会社での仕事を終えて、夕食をとって風呂に入った後、再びこの『God's Garden』へとログインしたのである。
だから、おれからしてみれば、ノインと行為をしたのは昨夜の同じ時間――だいたい24時間前というわけだ。
つまり、あちらの世界での24時間が、こちらの世界ではだいたい約3時間相当という感じらしい。逆に、『God's Garden』の世界で一時間過ごした場合、おれの世界では10分しか経過していなかった。
先行体験期間の時は、こちらの世界とおれの世界の流れは同一だったから、だいぶ融通が利くようになったみたいだ。
ここらへんの時間の差異は、これからも『God's Garden』をプレイする際に意識していきたいところだ。また折を見て、ノインにも説明しないとな。
「ほら、遊ぶのもいい加減にしろよ、ノイン。そろそろ出発の時間みたいだぞ」
少し離れた所にいた馬車の御者が、手を振りながらこちらに歩いてきた。どうやら出発の時間が近づいてきたようで、おれはノインの肩を軽く叩く。
肩を叩かれて、顔を上げた彼に向かって、おれは手を差し伸べた。その掌を見て、ノインはきょとんとした表情を浮かべる。
「カナトちゃん、これなに?」
「何っていうか……せっかくのおれ達の新しい門出だし、一つ、握手でもしておこうと思ってな」
「えー? なにそれ、めっちゃウケんね」
おれの言葉を聞き、けらけらと笑い声をあげるノイン。けれど、笑い声を上げながらも彼はおれの手を取り、ぎゅうっと握り返してくれた。
が、その手が不意に強く引かれたかと思うと、強引な仕草でノインの方へ引き寄せられる。
あっと思った時には、もう彼の顔がすぐ目の前にあった。
目を見開くおれとは正反対に、悪戯っぽい笑みを浮かべたノインの唇に、ちゅっと音を立ててキスをされた。
「っ、ノイン……」
「えへへー。門出の記念っていうなら、こっちの方がいいでしょ?」
上機嫌なノインは、再び顔を寄せてくると、今度はおれの頬にもリップ音を立てて口づけた。
怒ろうかとも思ったが、ノインがあまりにも楽しそうで、なんだか毒気が抜かれてしまった。しょうがないやつだなぁ、と苦笑いさえ零れてしまう。
その時、ぎらりと視界の端を染めるものがあった。
顔をそちらに向ければ、薄鼠色に近い白んだ空の向こう、山の稜線が真っ赤に染まっていた。目を焼くような深紅は、日の出が近いだ。
「……綺麗だなぁ」
おれの世界とは違う空――高層ビルも電信柱も電線も、住宅街も何もない。人工物に遮られることのない、自然のあるがままの夜明け。視界の端から端まで、背の高い山々が覆う地平は、今やその稜線がすべて赤色に染まっている。
「うん……すごく綺麗」
あまりにも美しい夜明けにすっかり見惚れていると、傍らのノインも同意が返ってきた。
だが、なぜかノインはおれとは別の方向――山の稜線ではなく、なぜかこちらをじっと見つめていた。
何を見ているんだと尋ねようとした矢先、背後から「旦那方、そろそろ出発しますぜ!」と声をかけられた。見れば、いつの間にか御者が馬車に乗り込んでいる。
「すみません、今乗ります! ほら、ノイン、行くぞ」
おれは咄嗟にノインの手を握った。
すると、ノインの指がおれの指に絡み、きゅっと握り返してくる。
「……うん! 行こう、カナトちゃん」
――おれにとってこの世界の最初の町であり、ノインの生まれ故郷であったガスコーシティ。
おれ達二人はもう二度と、この町に足を踏み入れることはないだろう。そこに、寂しさがないわけではない。けれど、今はそれ以上に、未来への期待に胸が高鳴っている。
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