四天王に転生したら部下の双子に想像以上に執着されてるんだけど

秋山龍央

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第2部 闘技場騒乱

第二十四話

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 人身売買の取引現場となっていた廃倉庫をあとにし、おれとヴィクター、ゼノンの三人は、覆面を外して夜の町を歩いていた。

 石畳が夜露に濡れ、街灯の光を反射して鈍く光っている。
 時刻はすでに深夜。人影はなく、ただ遠くから犬の遠吠えや、どこかの家の中から漏れた話し声がかすかに響いてくるだけだ。
 昼間の喧騒が嘘みたいに静まりかえった通りに、やけに息が詰まるような思いがした。

 そんな中、ヴィクターとゼノンの話し声だけが低く響く。

「しかし、まさかあのローズが裏で人身売買を行っていたとは……」

「かなり意外だよな。そんな裏工作が得意なタイプには見えなかったぜ」

 意外そうに呟くヴィクターに、ゼノンが肩をすくめる。
 冷たい夜風が通り抜け、外套の裾を揺らすのを見つめながら、おれは黙って二人の会話を聞いていた。

「今日聞いた話では、つまりウルガ族の制圧作戦のときも……ウルガ族の女たちを殺したと見せかけて、直属の部下にとらえさせ他国へ売り渡していたということですよね。同じ戦場にいたのに、まったく気づきませんでしたよ」

 ヴィクターがそう言うと、ゼノンがふと思い出したように口角を上げた。

「そういや知ってるか? あの女自身も、過去に親から売られたって話」

 その言葉に、ヴィクターが目を丸くした。

「そうなのですか? それは初耳ですね」

「メイド連中の話してた噂だけどな。もともとは子爵家の妾の娘だったらしいが、金に困った当主が売り払ったんだと。まあ、真偽のほどは分からねぇけどさ」

 ゼノンの口調は軽いが、その眼差しは妙に冷ややかだった。かつて彼ら兄弟も、過去に家族に奴隷商に売られた経験があるから、思うところがあるのだろう。
 ヴィクターはしばらく黙り込んでいたが、やがて眉間に皺を寄せて首を横に振った。

「それが本当だとすれば……今度は自分が売る側に回った、ということですか。因果なものですね。シキ様はどう思いますか?」

 足元の石畳ばかり見て歩いていたおれは、唐突に名を呼ばれてはっと顔を上げた。
 だが、話半分にしか聞いていなかったせいで、とっさに返す言葉が見つからない。

「あっ、すまない……ぼうっとしていた。えっと……」

 あわてて謝ると、ヴィクターは深くため息を吐き、ゼノンは呆れたような表情を浮かべた。

「コロッセオの件が気になってるんですね?」

「隠してるつもりかもしれねぇけど、バレバレだぜ?」

「うっ……!」

 図星を突かれ、思わず言葉に詰まる。

 すると、ヴィクターとゼノンは同時に足を止め、揃っておれのほうへ向き直った。
 夜道に立ち塞がる二人の視線は鋭く、心の奥まで覗き込まれているような錯覚に襲われる。

「……ローズの件は確かに見過ごせません。ですが革命軍に手を貸せば、皇国軍や大臣を裏切ることになります。それがどれほど危険なことか、分かりますよね?」

「それに、俺は革命軍なんかと組む気はないぜ。今回は誘拐事件の捜査に必要だったから、特別に助けてやっただけだ」

「……も、もちろん、わかっている」

 二人の言葉はもっともすぎて、反論の余地はなかった。
 おれは思わず顔を伏せ、夜露に濡れた石畳へと視線を落とす。

 ……二人の言う通りだ。
 ここでおれたちが革命軍に協力してローズと敵対したら、原作の展開を壊すなんてものじゃない。

 おれは四天王や貴族の地位を追われ、ブラッドリー大臣とも完全に敵対することになるだろう。
 そうなれば……ひよレジの展開のように、おれは酷い目に合わされるかもしれない。

 いや、おれ一人ならまだいい。巻き添えでヴィクターやゼノンまで危険に晒すかもしれない。

 脳裏に、今日ゼノンがロペルに傷を負わされた光景がよぎる。
 あのときは神薬があったから助かったけれど……もしも一撃で心臓を貫かれでもしていたら、神薬で回復できたかどうか分からない。

 しかも『連理のピアス』の制約がある限り、おれが死ねば二人も道連れになる。

 だから、コロッセオに行ってハルトたちを助けたいだなんて……言えるはずがない。

 でも――どうしても考えてしまう。

 ひよレジでのコロッセオ戦は革命軍にとって最悪の結末を迎えた。
 もしおれが行かなければ、原作通りの惨劇がまた繰り返されるかもしれない。

 考えるたび、息が浅くなり、胸の奥がじわじわと苦しくなっていく。
 頭の中がぐるぐると回り、どこにも出口が見つからない。
 考えれば考えるほど、息苦しさだけが増していく。

 そんな時だった。不意に、ヴィクターが口を開いた。
 先ほどまでの厳しい口調とはうってかわり、やわらかな声音だった。

「シキ様はどうしたいんですか?」

「え……?」

 突然の問いに顔を上げ、まじまじとヴィクターを見つめてしまう。
 月明かりが横顔を照らし、眼鏡の奥の異なる色の瞳が、まるでおれの胸の奥を覗き込むように静かに光っている。

 言葉に詰まっていると、続けてゼノンが口を開いた。

「今、俺たちが言ったのは、革命軍に協力するデメリットの話だ。でもよ、あんた自身の気持ちはどうなんだ?」

「おれ自身の……気持ち?」

「ああ。しがらみとか立場とか、そういうのは全部抜きにした時にさ……シキ様は、どうしたいんだ?」

 ゼノンは腕を組み、少し身をかがめておれの顔を覗き込んできた。冗談めかした笑みを浮かべているが、その声音は真剣そのものだった。

 二人の言葉に、おれはしばし考えた。

 おれ自身が、どうしたいか。

 四天王、皇国軍、貴族――そんな立場やしがらみを、すべて取り払えたとしたら、おれはどうしたいのか。

 そう考えた瞬間、答えは、意外なほどあっさり見つかった。
 さっきまで頭の中をぐるぐると巡っていた葛藤や悩みが、霧が晴れるように消えていく。

 そして、おれの口からは、するりと言葉がこぼれた。

「……おれは……ローズを止めたい。これ以上、誰にも傷ついてほしくない」

 おれの声は、夜の静けさに溶けてしまいそうなほど小さかった。
 それでも、ヴィクターとゼノンには確かに届いたらしい。二人は静かに顔を見合わせ、口元に笑みを浮かべて頷きあった。
 まるで、初めからおれの答えを知っていたかのように。

「分かりました、そういうことなら仕方ありませんね。今からコロッセオに向かいましょうか」

「はっ!?」

 あまりにも平然とした口調に、思わず声が裏返える。

 えっ? き、聞き間違いじゃないよな?
 たしかに、これからコロッセオに行くって言ったよな……!?

「な、なんで急にそんな……!?」

「しょうがねぇな。まっ、ちょうど暴れ足りねぇと思ってたところだ、もう一仕事してやるか!」

「ゼ、ゼノンまで!?」

 ヴィクターに続き、ゼノンもあっけらかんと笑ってそう告げる。
 二人のあまりの手のひら返しぶりに、たまらずおれは声を張り上げた。

「ちょ、ちょっとまてお前たち!? さっき散々、おれに『ローズと敵対するな』とか『革命軍と協力はできない』って言ってただろ!?」

「あれは、あくまでもローズと敵対した際のデメリットを述べたまでです」

「俺も、革命軍と組むのはごめんって言っただけだぜ。戦うのが嫌だとは、一言も言ってねぇ」

「そ、それってどう違うんだ……?」

 困惑していると、ヴィクターがふっと笑い、そっとおれの手を取った。
 温かい掌に包まれて、心臓がどきりと脈を打つ。

「私たちにとって一番大事なのは……シキ様がどうしたいか、ですから」

「おれが、どうしたいか?」

 困惑して聞き返すおれに、ヴィクターは穏やかに微笑んだ。

「シキ様がしてほしいと望むなら、私たちがどんなに嫌だと言おうが、やれと命令すればいいんですよ。それこそ、昔のように」

「で、でも……それじゃあおれのわがままで、二人を死地に向かわせることになるじゃないか」

 ヴィクターは口元に穏やかな笑みを浮かべた。

「ええ。ですが、私は必ずやり遂げて、あなたのもとに帰ってきます。そのための力は、あなたが授けてくださったのですから」

 そう言って、ヴィクターはおれの手の甲に恭しく唇を寄せた。
 柔らかい唇がそっと押し当てられ、吐息が皮膚をくすぐる。
 その瞬間、自分の頬が一気に赤く染まったのが分かった。

「ヴィクター…」

 ヴィクターがそっとおれの手を離した瞬間、今度はゼノンが横合いから勢いよく抱きついてきた。

「そうそう。最近のシキ様は可愛いけどよ、昔みたいにもっとワガママ言ってくれていいんだぜ? なんなら昔みたいに、ヒステリー起こして二階の窓から椅子ぶん投げてもいいしな!」

 おれ、そんなことしてたの!?

「い、いや、それはさすがに……」

「まあ、それは冗談だけどさ」

 ゼノンは口元を緩めつつも、声色を少し落とした。

「シキ様は、俺たちとの約束をちゃんと守ろうとしてくれてるよな。俺たちを信頼するし、もう二度と置いていくような真似はしない……って約束。だからさ、俺もあんたの気持ちに応えたいんだよ」

「ゼノン……」

「したいことがあるならなんでも言えよ。俺が絶対に叶えてやるから」

 ゼノンはおれの前髪に指を差し入れ、そっとかき上げる。そして、額に触れるだけの優しいキスを落とした。
 その一瞬の温もりは、くすぐったさとともに胸の奥へ深く染み込んでいくようだった。

 ゼノンが離れていったあと、おれはしばしその場に立ち尽くし、黙って考えを巡らせた。――おれがしたいこと。
 そして、その行動の先に待っているであろう展開の数々。

 それでも、答えはもう決まっていた。
 おれは二人に向き直り、あらたまった表情で口を開いた。

「ヴィクター、ゼノン……悪いが、もう少しおれのわがままに付き合ってほしい。ローズの蛮行を止めるため、力を貸してくれ」

「お任せください」

「了解! 派手に暴れてやるよ」

 二人が揃って笑顔を向けてくる。迷いはもうなかった。
 そしておれたちは、夜の路地を並んで歩き出した。
 湿った石畳を踏む足音が静かな町に響き、月明かりが行く先を淡く照らしている。

 向かう先は、血と歓声の渦巻くコロッセオ――決戦の場だ。
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