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第2部 闘技場騒乱
第十五話
――結論から言えば、ヴィクターとゼノンも、剣闘士の違法売買については何も知らなかった。
二人ともかなり驚いていたし、その反応からしても、嘘をついているようには見えなかった。
「次の剣闘士の違法売買の取引は、三日後の夜中、王都の北区で行われるという情報を僕たちは掴んでいるんだ」
ハルトが真剣な表情で唇を開いた。
「僕らは、その取引現場を強襲するつもりだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと強張った。
強襲ということは……つまり、恐らく命のやりとりになるということだ。
正直に言えば、こんな物騒な話は聞かなかったことにして、今すぐヴィクターとゼノンたちと一緒に皇城へ戻りたい。そもそも、メイドさんの誘拐事件が、こんな大きな話に繋がってくるとは思いもしていなかった。
なのに――どうしてだろう。
ハルトの真っ直ぐな眼差しを見ていると、逃げることができないのだ。
「シキ……もしも君が本当に、剣闘士の違法売買にも誘拐事件にも関与していないのなら――その証明として、その取引を止める手伝いをしてほしいんだ」
「……なに?」
思ってもみなかった言葉に目を見開く。
ハルトはさらに言葉を続ける。
「僕は……君のことを信じてるって言ったけれど……心のどこかで不安もあるんだ。だから、お願いだ。君の言葉を信じられるように、言葉だけじゃなくて、僕に行動で示してくれないか? そうしたら、僕以外の革命軍のみんなにも……ここにいるアメリにも、君のことを分かってもらえると思うんだ」
その言葉に、ヴィクターとゼノンが同時に反発の声を上げた。
「ずいぶんと上から目線の言い方ですね」
「てめぇの信頼なんてもんに、何の価値があるんだよ?」
しかし、ハルトはまったくひるむ様子もなく、真剣な眼差しで言葉をつづけた。
「君たちは皇国の貴族として、僕たち革命軍とは違う視点で、皇国の未来を見据えている人だと信じてる。人身売買は皇国法に反しているし、皇国の未来を蝕む行為だ。この点に関しては、僕たちは同じ側に立てるはずだ」
真摯に言葉を重ねるハルトに、おれは視線を伏せてから口を開いた。
「……だが、お前が持っているその情報だけでは曖昧すぎるし、そもそも情報源が革命軍のお前からということでは、皇国軍を動かすことはできない」
「表立って協力するのが難しいのも、君の立場も分かってるつもりだ。ただ……今回は相手も、強力な護衛を揃えているって聞いている。僕たちだけじゃ太刀打ちできないかもしれない。だから……君の力を借りられないかと思ってる」
ハルトは強い意志を宿した目で言った。
「……お願いだ、シキ。僕には、君の力が必要なんだ。僕たちだけでは、剣闘士たちが売られるのを止めることができないかもしれない」
――ハルトは、本当に強いやつだな。
自分の信念を貫いて、誰かのために戦うことができる。
……おれなんかとは、ぜんぜん違う。
小さくため息を吐く。
皇国を変えようと本気で思い、人々のために立ち上がった人間が、こんなにも近くにいるというのに、おれはというと……まだ、自分と、二人の部下のことしか考えられていない。
けれど――
「……皇国の貴族として、か。うまい言い方だな」
そう前置きし、おれは静かに言葉を続けた。
「たしかに人身売買は問題だ。剣闘士たちは罪人とはいえ、皇国の人材資源を他国に売り払って、私腹を肥やしているやつがいるんだからな。協力してやってもいい」
「本当!?」
ぱあっと顔を輝かせるハルト。あまりにも素直すぎる反応に、思わず目を細めてしまう。
少しだけ気がかりなのは、ブラッドリー大臣がこの人身売買に関与している可能性だ。
でも……もし本当にそうだとしたら、今回のメイド誘拐事件も、大臣かその部下が引き起こしたはずだ。
けれど、大臣はおれが「メイド誘拐事件の捜査をしたい」と申し出たとき、それを止めようとはしなかった。
もしも彼が事件に関わっていたのなら、そんな無駄足になりかねない捜査を、おれにさせるはずがない。
つまり、大臣はこの件に関わっていない。
となれば、誘拐事件の裏にいるのは、ブラッドリー大臣ではない……むしろ彼とは別の派閥の人間という可能性が高い。
そうだとすれば、今この場でおれが革命軍に少しばかり協力したところで、大臣に目をつけられる心配は……たぶん、ないんじゃないかな?
「だから、おれは手を貸してもいいんだが――ヴィクター、ゼノン。お前たちは、どうしたい?」
そう問いかけると、ふたりは無言で顔を見合わせた。
短い沈黙のあと、先に口を開いたのはヴィクターだった。
「私たちは……そうですね。剣闘士の違法売買という話だけなら、確かに見過ごすわけにはいきません。私たちもかつて、違法な奴隷商に売られていたところを、シキ様に助けていただいた身ですから」
「この皇国でそんな不届き者がのさばってるのは、俺らも見過ごせねぇよ。でもなぁ、よりによって革命軍と協力ってのが気に食わねぇんだよな」
ゼノンがわざとらしく舌打ちを交えて不満をあらわにする。
そういえば――ヴィクターとゼノンは、幼い頃に家族の金策のために違法な奴隷商へと売られ、劣悪な環境で暮らしていたことがある。だからか、人身売買という行為には強い憤りがあるみたいだ。
しかし――今回の情報提供者は革命軍。
しかも、ふたりが戦場で直接剣を交えた相手のハルトからの話ということもあって、乗り気にはなれない様子だ。
そんなおれたちのやり取りを見ていたハルトが、不思議そうに首を傾げながら口を開いた。
「そこの二人は、シキの部下なんだろう? 命令してやらせたりはしないんだね?」
今度は、おれのほうがきょとんとしてしまった。
「相手は手練れの護衛を揃えてるんだろ? その取引現場に二人を向かわせるとなれば、一番リスクを負うのはこいつらだ。そんな危険なことを命令してやらせるなんて、できるわけがないだろう?」
言い終えると、ハルトとアメリが同時に目を見開いた。
「あっ……そ、そうだよね。ごめん……」
ハルトが気まずそうに視線を逸らし、アメリも肩の力を抜きながらぽつりと呟く。
「驚いた。さっきから思ってたけど……あんた、話してみると、けっこうイメージと違うのね」
アメリがまじまじとおれを見つめてくるのに、居心地の悪さを覚えていると、不意にいきなり近くにいたゼノンがおれを抱きしめてきた。
「へへっ、俺らはシキ様に可愛がられてるもんな!」
ちょっ、なにしてるんだこいつ!?
ハルトとアメリがびっくりしてるだろうが!
思わずヴィクターに、助けを求めるように視線を向ける。しかし、彼はいつになく誇らしげな顔で眼鏡のつるを押し上げた。
「私たちはシキ様に大切にされていますからね。あなたたちのような理想主義者の寄せ集め集団とは違うんですよ」
「はぁ? あんたたちが革命軍の何を知ってるって言うのよ!」
すぐさまアメリが食ってかかる。しかし、ゼノンはおれをぎゅうぎゅうと抱きしめたまま、皮肉たっぷりの笑みを返した。
「この前、コロッセオで捕虜になったやつらに尋問したけどよー。お前ら革命軍って下っ端にマトモな給料も払ってないんだってな? それじゃ、てめぇらが非難してる『平民を搾取する貴族』と何が違うんだよ?」
「っ、それは……ぜ、ぜんぜん違うわよ! あたしたちには志があって、この国を変えるために一丸となってるの!」
「志で飯が食えるかよ。その点、シキ様はちゃんと俺たちを労ってくれるもんなー」
ゼノンはそう言って、含みのある笑みを浮かべながら、おれの頬に指先をすべらせてくる。肌の感触を確かめるようでもあり――まるでハルトたちに見せつけるような挑発的な仕草でもあった。
指先が皮膚をなぞるたびに、ぞくりと背筋を撫でるような感覚が奔る。
だ、だから、今はそういうのやめろって!
いや、今じゃなければいいっていう話でもないけれど!
おれはゼノンの手をそっと払いのけると、アメリに向かって小さく頭を下げた。
「ゼノン、あまり女性をからかうものじゃない。すまなかったな、こいつは誰に対してもこうなんだ。真面目に相手をしなくていい」
「へっ? え、あっ、うん……」
アメリは反射的に頷いたあと、信じられないものでも見たかのように、ぽかんとおれを見つめてきた。
その様子に満足したのか、ようやくゼノンが腕を離してくれる。そして、肩をすくめながら再び唇を開いた。
「ちぇっ、シキ様は女に優しいよなぁ。前もよ、山賊パイソンに攫われた女を助けに行こうとか言い出してさぁ」
「パイソン……? あれ、それって僕たち革命軍が取り逃がした、蛇使いのパイソンのこと?」
ハルトが目を見開き、ハッとしたように声を上げる。
「ああ、そういやパイソンの野郎、自分は革命軍に追われて逃げてきたとか言ってたな」
「感謝してくださいね? あなたたちが取り逃がした山賊一味が、別の村で好き放題していたのを、私たちがきっちり討伐して差し上げたんですから」
「……そういえば、別働隊が取り逃がしたパイソンが、何者かに討伐されたって報告があったけど……そうか、あれは君たちだったんだね」
ハルトは柔らかな表情で頷いたが、アメリのほうは、まるで子犬のようにきゃんきゃんとわめきたてた。
「ふん、あたしはそんなの信じないわよ! 自分の目で見たことじゃなきゃね! もしもアンタたちが取引を止めるのを手伝うっていうなら、ハルトに免じて信じてあげてもいいけれど……でも、アンタたちはその気はないんでしょ?」
「では、こうしましょうか」
そんなやりとりを区切るように、ヴィクターが一歩前に出た。
「今回の件は、どちらにとっても手詰まりの状況です。そこで提案ですが――情報は共有するが、各自の判断で行動する。正式な協力関係を結ぶわけではないが、今回に限っては現場で遭遇したとしても、敵対行動は控える……そのような取り決めでいかがでしょうか?」
言い終えたヴィクターは、ちらりとこちらに視線を寄こした。
うん、妥当な落としどころだと思う。
おれは彼に向かって、小さくうなずいて見せた。
そして、ヴィクターの提案に、ハルトとアメリもそれぞれ頷いた。
「……わかった。それでぜひお願いするよ」
「あたしもそれでかまわないわ」
ようやく場の緊張が緩み、おれはようやくほっと息を吐いた。
それにしても……メイド誘拐事件に続いて、剣闘士の違法売買。しかもハルトたちと一時的な協力関係を結ぶことになるなんて予想だにしなかった。
原作にない展開ばっかりが起きて、そろそろ頭が破裂しそうだ。
いったい、どうしてこんなことになるのかなぁ……
二人ともかなり驚いていたし、その反応からしても、嘘をついているようには見えなかった。
「次の剣闘士の違法売買の取引は、三日後の夜中、王都の北区で行われるという情報を僕たちは掴んでいるんだ」
ハルトが真剣な表情で唇を開いた。
「僕らは、その取引現場を強襲するつもりだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと強張った。
強襲ということは……つまり、恐らく命のやりとりになるということだ。
正直に言えば、こんな物騒な話は聞かなかったことにして、今すぐヴィクターとゼノンたちと一緒に皇城へ戻りたい。そもそも、メイドさんの誘拐事件が、こんな大きな話に繋がってくるとは思いもしていなかった。
なのに――どうしてだろう。
ハルトの真っ直ぐな眼差しを見ていると、逃げることができないのだ。
「シキ……もしも君が本当に、剣闘士の違法売買にも誘拐事件にも関与していないのなら――その証明として、その取引を止める手伝いをしてほしいんだ」
「……なに?」
思ってもみなかった言葉に目を見開く。
ハルトはさらに言葉を続ける。
「僕は……君のことを信じてるって言ったけれど……心のどこかで不安もあるんだ。だから、お願いだ。君の言葉を信じられるように、言葉だけじゃなくて、僕に行動で示してくれないか? そうしたら、僕以外の革命軍のみんなにも……ここにいるアメリにも、君のことを分かってもらえると思うんだ」
その言葉に、ヴィクターとゼノンが同時に反発の声を上げた。
「ずいぶんと上から目線の言い方ですね」
「てめぇの信頼なんてもんに、何の価値があるんだよ?」
しかし、ハルトはまったくひるむ様子もなく、真剣な眼差しで言葉をつづけた。
「君たちは皇国の貴族として、僕たち革命軍とは違う視点で、皇国の未来を見据えている人だと信じてる。人身売買は皇国法に反しているし、皇国の未来を蝕む行為だ。この点に関しては、僕たちは同じ側に立てるはずだ」
真摯に言葉を重ねるハルトに、おれは視線を伏せてから口を開いた。
「……だが、お前が持っているその情報だけでは曖昧すぎるし、そもそも情報源が革命軍のお前からということでは、皇国軍を動かすことはできない」
「表立って協力するのが難しいのも、君の立場も分かってるつもりだ。ただ……今回は相手も、強力な護衛を揃えているって聞いている。僕たちだけじゃ太刀打ちできないかもしれない。だから……君の力を借りられないかと思ってる」
ハルトは強い意志を宿した目で言った。
「……お願いだ、シキ。僕には、君の力が必要なんだ。僕たちだけでは、剣闘士たちが売られるのを止めることができないかもしれない」
――ハルトは、本当に強いやつだな。
自分の信念を貫いて、誰かのために戦うことができる。
……おれなんかとは、ぜんぜん違う。
小さくため息を吐く。
皇国を変えようと本気で思い、人々のために立ち上がった人間が、こんなにも近くにいるというのに、おれはというと……まだ、自分と、二人の部下のことしか考えられていない。
けれど――
「……皇国の貴族として、か。うまい言い方だな」
そう前置きし、おれは静かに言葉を続けた。
「たしかに人身売買は問題だ。剣闘士たちは罪人とはいえ、皇国の人材資源を他国に売り払って、私腹を肥やしているやつがいるんだからな。協力してやってもいい」
「本当!?」
ぱあっと顔を輝かせるハルト。あまりにも素直すぎる反応に、思わず目を細めてしまう。
少しだけ気がかりなのは、ブラッドリー大臣がこの人身売買に関与している可能性だ。
でも……もし本当にそうだとしたら、今回のメイド誘拐事件も、大臣かその部下が引き起こしたはずだ。
けれど、大臣はおれが「メイド誘拐事件の捜査をしたい」と申し出たとき、それを止めようとはしなかった。
もしも彼が事件に関わっていたのなら、そんな無駄足になりかねない捜査を、おれにさせるはずがない。
つまり、大臣はこの件に関わっていない。
となれば、誘拐事件の裏にいるのは、ブラッドリー大臣ではない……むしろ彼とは別の派閥の人間という可能性が高い。
そうだとすれば、今この場でおれが革命軍に少しばかり協力したところで、大臣に目をつけられる心配は……たぶん、ないんじゃないかな?
「だから、おれは手を貸してもいいんだが――ヴィクター、ゼノン。お前たちは、どうしたい?」
そう問いかけると、ふたりは無言で顔を見合わせた。
短い沈黙のあと、先に口を開いたのはヴィクターだった。
「私たちは……そうですね。剣闘士の違法売買という話だけなら、確かに見過ごすわけにはいきません。私たちもかつて、違法な奴隷商に売られていたところを、シキ様に助けていただいた身ですから」
「この皇国でそんな不届き者がのさばってるのは、俺らも見過ごせねぇよ。でもなぁ、よりによって革命軍と協力ってのが気に食わねぇんだよな」
ゼノンがわざとらしく舌打ちを交えて不満をあらわにする。
そういえば――ヴィクターとゼノンは、幼い頃に家族の金策のために違法な奴隷商へと売られ、劣悪な環境で暮らしていたことがある。だからか、人身売買という行為には強い憤りがあるみたいだ。
しかし――今回の情報提供者は革命軍。
しかも、ふたりが戦場で直接剣を交えた相手のハルトからの話ということもあって、乗り気にはなれない様子だ。
そんなおれたちのやり取りを見ていたハルトが、不思議そうに首を傾げながら口を開いた。
「そこの二人は、シキの部下なんだろう? 命令してやらせたりはしないんだね?」
今度は、おれのほうがきょとんとしてしまった。
「相手は手練れの護衛を揃えてるんだろ? その取引現場に二人を向かわせるとなれば、一番リスクを負うのはこいつらだ。そんな危険なことを命令してやらせるなんて、できるわけがないだろう?」
言い終えると、ハルトとアメリが同時に目を見開いた。
「あっ……そ、そうだよね。ごめん……」
ハルトが気まずそうに視線を逸らし、アメリも肩の力を抜きながらぽつりと呟く。
「驚いた。さっきから思ってたけど……あんた、話してみると、けっこうイメージと違うのね」
アメリがまじまじとおれを見つめてくるのに、居心地の悪さを覚えていると、不意にいきなり近くにいたゼノンがおれを抱きしめてきた。
「へへっ、俺らはシキ様に可愛がられてるもんな!」
ちょっ、なにしてるんだこいつ!?
ハルトとアメリがびっくりしてるだろうが!
思わずヴィクターに、助けを求めるように視線を向ける。しかし、彼はいつになく誇らしげな顔で眼鏡のつるを押し上げた。
「私たちはシキ様に大切にされていますからね。あなたたちのような理想主義者の寄せ集め集団とは違うんですよ」
「はぁ? あんたたちが革命軍の何を知ってるって言うのよ!」
すぐさまアメリが食ってかかる。しかし、ゼノンはおれをぎゅうぎゅうと抱きしめたまま、皮肉たっぷりの笑みを返した。
「この前、コロッセオで捕虜になったやつらに尋問したけどよー。お前ら革命軍って下っ端にマトモな給料も払ってないんだってな? それじゃ、てめぇらが非難してる『平民を搾取する貴族』と何が違うんだよ?」
「っ、それは……ぜ、ぜんぜん違うわよ! あたしたちには志があって、この国を変えるために一丸となってるの!」
「志で飯が食えるかよ。その点、シキ様はちゃんと俺たちを労ってくれるもんなー」
ゼノンはそう言って、含みのある笑みを浮かべながら、おれの頬に指先をすべらせてくる。肌の感触を確かめるようでもあり――まるでハルトたちに見せつけるような挑発的な仕草でもあった。
指先が皮膚をなぞるたびに、ぞくりと背筋を撫でるような感覚が奔る。
だ、だから、今はそういうのやめろって!
いや、今じゃなければいいっていう話でもないけれど!
おれはゼノンの手をそっと払いのけると、アメリに向かって小さく頭を下げた。
「ゼノン、あまり女性をからかうものじゃない。すまなかったな、こいつは誰に対してもこうなんだ。真面目に相手をしなくていい」
「へっ? え、あっ、うん……」
アメリは反射的に頷いたあと、信じられないものでも見たかのように、ぽかんとおれを見つめてきた。
その様子に満足したのか、ようやくゼノンが腕を離してくれる。そして、肩をすくめながら再び唇を開いた。
「ちぇっ、シキ様は女に優しいよなぁ。前もよ、山賊パイソンに攫われた女を助けに行こうとか言い出してさぁ」
「パイソン……? あれ、それって僕たち革命軍が取り逃がした、蛇使いのパイソンのこと?」
ハルトが目を見開き、ハッとしたように声を上げる。
「ああ、そういやパイソンの野郎、自分は革命軍に追われて逃げてきたとか言ってたな」
「感謝してくださいね? あなたたちが取り逃がした山賊一味が、別の村で好き放題していたのを、私たちがきっちり討伐して差し上げたんですから」
「……そういえば、別働隊が取り逃がしたパイソンが、何者かに討伐されたって報告があったけど……そうか、あれは君たちだったんだね」
ハルトは柔らかな表情で頷いたが、アメリのほうは、まるで子犬のようにきゃんきゃんとわめきたてた。
「ふん、あたしはそんなの信じないわよ! 自分の目で見たことじゃなきゃね! もしもアンタたちが取引を止めるのを手伝うっていうなら、ハルトに免じて信じてあげてもいいけれど……でも、アンタたちはその気はないんでしょ?」
「では、こうしましょうか」
そんなやりとりを区切るように、ヴィクターが一歩前に出た。
「今回の件は、どちらにとっても手詰まりの状況です。そこで提案ですが――情報は共有するが、各自の判断で行動する。正式な協力関係を結ぶわけではないが、今回に限っては現場で遭遇したとしても、敵対行動は控える……そのような取り決めでいかがでしょうか?」
言い終えたヴィクターは、ちらりとこちらに視線を寄こした。
うん、妥当な落としどころだと思う。
おれは彼に向かって、小さくうなずいて見せた。
そして、ヴィクターの提案に、ハルトとアメリもそれぞれ頷いた。
「……わかった。それでぜひお願いするよ」
「あたしもそれでかまわないわ」
ようやく場の緊張が緩み、おれはようやくほっと息を吐いた。
それにしても……メイド誘拐事件に続いて、剣闘士の違法売買。しかもハルトたちと一時的な協力関係を結ぶことになるなんて予想だにしなかった。
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