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第32話
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それからルクサール伯爵の案内で屋敷内をしばらく歩いたおれたちは、とうとう外へと出た。
どうやらここは、敷地内でも一番奥まった場所のようだ。恐らくは、屋敷内にいる兵士さんたちの訓練場のような場所なのだろう。
見上げれば、空はもうすっかり闇夜に染まり満月が上っている。そして、その冴え冴えとした月光が降り注ぐ真下には――巨大な生き物がいた。
以前おれが見たワイバーン種の竜と比べて、身体が二倍以上も大きい。今は折りたたまれている翼もかなり大きいみたいだ。ガーネットのような赤い鱗は月光を受けて、緑や紫などの様々な反射してきらきらと光っている。
今の状況も忘れて、思わず感嘆の息が零れてしまう。おれが今まで見てきた生物の中でも、いちばん美しい生き物だった。
「――シャスル!」
グレアムさんが大きな、そして喜びに満ちた声を上げる。
やっぱりあの赤い竜がグレアムさんの誓約竜だったのだ。
シャスルというのが名前なのだろうが、意外と可愛らしい名前だ。
グレアムさんは居ても立っても居られないといわんばかりに、竜に向かって駆け出した。おれもグレアムさんに続き、おそるおそる竜へと近づいてみる。
竜は尻尾を体に巻き付けて、まるで猫のように丸くなって眠っていた。
瞼を閉じて唸り声のような寝息を立てている竜に、グレアムさんはそっと掌で触れると、何度も名前を呼ぶ。
「シャスル……おい、シャスル……?」
嬉しそうな顔で竜の名前を呼び続けていたグレアムさんだったが――にわかに、その声が陰りを帯びた。
どうしたのかと問いかける前に、グレアムさんが振り向く。そして、空気がびりびりと震えるような怒鳴り声をあげた。
「リンド! これはどういうことだ!? いったいこいつに何をした!?」
「何を、とはどういうことかね?」
「とぼけるな! 主たる俺が声をかけてもまるで反応しない――いや、それどころか目を覚ましさえしない! それにこの身体中の傷はなんだ!?」
グレアムさんの言葉にハッとして、再び竜を見つめる。
確かに――改めてまじまじと竜を見れば、身体中にはいたるところに傷がついている。身体の陰になっていた一番深い傷からは、今もなお赤黒い血がじわじわと滴ってすらいた。
「確かに中央騎士団とは、俺の竜を一年間預けるという取り決めを交わした。だが、このような扱いをされるとは聞いていないし、こんな無法を許した覚えもない! どういうことか説明をしろ!」
怒りのこもった声を上げるグレアムさんに対し、ルクサール伯爵は皮肉気な笑みを浮かべた。
「竜が眠っているのは、私の竜珠の力だよ。それにしても、まだ理解できないとはね」
「なにっ!?」
「中央騎士団との取り決めなぞ、知ったことではない。私は最初から、グレイプニル種の竜の血が必要だっただけだ。私の望みを叶えるためにね」
「望みを叶える、だと? まさか貴様、本当に黒魔術を……!?」
グレアムさんが愕然とした表情を浮かべる。だがすぐに思考を切り替えたらしく、その腰に吐いていた長剣を素早く抜き去り手に携えた。
「アオイ、下がっていろ! 俺はこいつを……!」
「――おーっと! そんなことしたら、この神父さんがタダじゃおかないぜ?」
闇夜に新たに響いた声音は、おれもグレアムさんも聞き覚えのあるものだった。
声がした方向にハッと顔を向ける――すると、建物の陰から、二人の人影が出てきた。
そこにいたのは、舞踏会の会場で指輪を盗もうとした金髪男――日本から来たという転生者だ。そして金髪男は、片手に短剣を持って、その切っ先をある男性の首筋に突きつけている。
捕えられた男性は、はしばみ色の瞳を大きく見開いて唇を震わせた。
「ア、アオイ……? どうしてあなたがここに……!」
「――神父様!」
おれは喜びと驚きの入り混じった声を上げた。
だが、再会を喜んでばかりもいられない。なにせ、状況は考えられる限り最悪だ。
やはり神父様を攫ったのは金髪男――この状況から察するに、ルクサール伯爵が手を引いていたと思われる。
けれど、どうしてルクサール伯爵が神父様を?
「っ、エルトン……!」
今にもルクサール伯爵に切りかからんとしていたグレアムさんが、苦々しい顔つきで金髪男を睨みつける。
この時――おれもグレアムさんも、新たに現れた金髪男と神父様に気を取られて、ルクサール伯爵からわずかに意識を逸らしてしまっていた。それがいけなかった。
ルクサール伯爵は隙をついて懐から一本の笏杖を取り出すと、それを地面に突き立てた。瞬間、その先端部についていた宝玉が怪しい輝きを放ち――地面から光の線が走る。
その光の線はおれとグレアムさん、そして眠り続ける竜の足元へ伸びた。そして、光による怪しい幾何学模様が描かれ始める。
「な――なんだ? これは一体……」
「っ! いけません、二人とも! 早くその場から離れてください!」
神父様が悲鳴に近い叫び声をあげる。
しかし、それと同時にグレアムさんが、ぐうっ、と苦しげな声をあげた。そのまま、がくりと地面に膝をついてしゃがみこんでしまう。
おれは慌てて膝をつき、グレアムさんを立たせようとした。だが、グレアムさんはしゃがむことすら出来なくなってしまい、そのまま地面へと倒れこんでしまう。
「グレアムさん!? いったいなにが……!」
「っ、くそ、なんだ……!? この腕輪から、力が吸い取られるような……いや、この光が、力を吸い取っているような……ぐっ、ぐああああっ!」
「グレアムさん!」
慌てておれはグレアムさんの身体を持ち上げ、この光る地面から引きずりだそうと試みた。だが、グレアムさんの身体は鉛で出来ているかのように重く、動かすこともままならない。まるで地面に縫い付けられているみたいだ。
そんなグレアムさんの様子を見下ろし、ルクサール伯爵は鼻で笑った。
「やれやれ……大人しく私に腕輪を譲り渡してくれれば、苦しむ必要はなかったのにな。まあ、命まではとられやしないだろう」
「っ、ぐ……やはり貴様が、ラグラン侯爵から聖白銀の指輪を盗もうと……それが成せなかったから、代わりに俺の持つ腕輪を欲しがって……ぐっ、ああッ!」
「ご明察だ。これから私が行う秘儀において、グレイプニル種の竜の血、聖白銀、そして我が妻の血族たるものの血肉が必要になるのでね。そのために彼を舞踏会へ送り込み、ラグラン侯爵から指輪を盗ませようとしたのだが……貴殿の活躍によってそれも失敗に終わった。だが、こうして貴殿自身が聖白銀の腕輪を持って我が屋敷へのこのことやってきてくれたのだから、ありがたい限りだよ」
おれはグレアムさんの身体をなんとか持ち上げようとしながら、ルクサール伯爵を睨みつけた。
「では、グレアムさんの竜が暴れだした事件も貴方の仕業だったのですね?」
「……ふむ。どうやらグレアムよりも君の方が聡いようだな」
ルクサール伯爵はおれとグレアムさんを交互に見ると、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「さらに言えば、ジョゼフィーヌ夫人をたきつけたのも私だよ。まあ、あれは彼女の耳に事件の概要が届くように仕向けただけで、画策というほどのことでもないが」
「ジョゼフィーヌ夫人って……グレアムさんのお母様の……?」
確かグレアムさんの話では――グレアムさんは竜が暴れだしたことに不信感を覚えて、事件を調べようとしていた。
けれど、一連の騒動を知ったグレアムさんのお母様であるジョゼフィーヌ夫人が、過去の時のように心を病みかけてしまい……周囲の圧力も重なって、それで竜を手放すのに同意せざるを得なくなったのだという。
つまり――事件のあらましをジョゼフィーヌ夫人が知ることになったのも、ルクサール伯爵が手を引いていたということなのか。
どうやらルクサール伯爵は、おれたちの想像以上に暗躍していたようだ。
その事実を知ったグレアムさんは、地面に倒れ伏しながらも、歯を食いしばって憎々しげにルクサール伯爵を睨みつけた。
「貴様、なんと卑劣な……!」
「私を卑劣漢だというなら、貴殿は私の想像以上に愚鈍な男だったな」
「くそっ、身体さえ動けば貴様なぞ……ぐっ、ぅあっ!」
苦しむグレアムさんを尻目に、ルクサール伯爵の持つ笏杖の先端からは、地面にどんどんと光の線が伸びていた。光の線は、さらに複雑な模様を描き始めている。竜とグレアムさんを中心にした模様は、だんだんと魔法陣のような形を成していく。
おれは地面から立ちあがり、ルクサール伯爵を睨みつけた。しかし、ルクサール伯爵に向かって駆け出そうとする寸前に、他方から鋭い声が飛ぶ。
「おい、お前! 妙な真似をしたら、こいつの耳を切り落とすぞ!」
「っ……!」
「ア、アオイ! 私のことはかまいません、どうか貴方だけでも逃げてください……!」
金髪男がこれみよがしに神父様へと短剣を突きつける。
神父様は青ざめた顔で逃げるようにと促してくるけれど、そんなことができるはずもない。
おれは金髪男とルクサール伯爵を交互に見てから、金髪男へと向き直った。
二人の内、どちらかを説得するなら金髪男の方がまだ話が通じそうだ。
なにせ、彼はおれと同じ日本人なのだから――とはいえ、おれと彼がいたのは、どうも同じ日本ではなさそうだけれど。
「君はおれと同じ日本人だよね? どうしてルクサール伯爵に手を貸してるんだ?」
おれの問いに、金髪男がにやりと笑った。
「ああ……顔立ちからしてそうじゃねーかとは思ってたけどな、やっぱりアンタも転生者か。なら、オレの気持ちが分かるだろ」
「気持ちが分かるって、なんの話をしてるんだ?」
「決まってるだろ! いい加減、オレは日本に帰りたいんだよ!」
吐き捨てるように叫んだ男の言葉は、おれの予想外のものだった。
日本に帰るって……だって、彼は元の世界で死んで、こちらの世界に転生したんじゃないのか……?
おれの戸惑いをよそに、金髪男はどこか投げやりな態度で言葉を続ける。
「そりゃあ、最初はチート使いまくりで楽しかったけどさぁ……日本と比べて飯もうまくねぇし、町もなんか不衛生だし。そもそもスマホもゲームも配信もない世界とか楽しくねーし」
なんとも現代っ子的な発言だ。まあ、確かに日本と比べると、こちらの世界は通信整備やインフラ事情は遅れているといわざるを得ないけれど。
というか、この彼……今の言動から察するに、おれが思ってる以上にもっと年下なのだろうか。
気になるところだけれど、今はひとまず本題に戻らなければ。
まず、金髪男はどうしてルクサール伯爵に協力しているのか、だ。
「日本に戻ることと、ルクサール伯爵に協力することになんの関係が?」
「ふん、やっぱ知らねーのか。この黒魔術が完成すれば、どんな願いでも叶うんだよ。俺はこの儀式を完成させて日本に戻るんだ!」
得意げに胸を張って情報をしゃべってくれる金髪男。その表情や発言からは、やっぱりどことなく幼さを感じる。
神経質そうな顔立ちと髪の色、そして異世界の服装のせいで年齢が分かりづらかったけれど……やっぱり彼は、おれが当初に予想していたよりも年齢が若いみたいだ。まだ学生さんという可能性もありそうだ。
おれは彼の注意を引くため、さらに質問をしようとした。
しかし、遮るようにルクサール伯爵が冷たい声音を投げつけた。おれの思惑に勘づいたのかもしれない。
「お喋りはその辺にしておいてくれ。そろそろ魔法陣が完成しそうだ、最後の素材をもってこい」
「ああ、分かったよ」
金髪男はおれを一瞥すると、突然、神父様の身体をおれの方へと突き飛ばした。あわてて神父様の身体を受け止めたが、勢いあまってそのまま地面へと二人そろって倒れこんでしまう。
「う、ぐっ……!」
「ア、アオイ! すみません、私のせいで……!」
「大丈夫です、神父様はなにも悪くありませんから……」
おれは身体を起こして、神父様を見つめた。神父様は両腕を背中側で縛られており、身体を起こすのもままならない様子だった。
おれは神父様の腕を縛る縄を外そうと手をかける。だが、結び目はがっちりと固く、とても手では解けそうにない。
しかし、その時――ルクサール伯爵が持つ笏杖が、まぶしいほどの強い光を放った。
同時に地面に描かれた魔法陣も強い光を放ち始める。それと同時に、神父様がうめき声をあげて苦しみ始めた。
「ぐあ、ぁ、ああああッ!」
「し、神父様!?」
神父様の苦しみ方は、グレアムさん以上にひどかった。もはや呼吸もままならない様子で、悲痛な声をあげて地面をのたうちまわっている。
慌てて神父様の身体を抱き起こすも、神父様の意識はすでになかった。頬からは血の気が失われ、唇は紫に変わっている。かなりまずい状態だ。
そういえば――さっきルクサール伯爵は、『儀式には竜の血と、聖白銀、我が妻の血族たるものの血肉』が必要になるって言っていたよな?
『我が妻の血族たるものの血肉』が神父様のことだとすると……この状況って、かなりまずいんじゃないのか!?
そんな神父様の苦しみように、金髪男がルクサール伯爵をおそるおそる尋ねる。
「お、おい、あれ大丈夫なのかよ? 下手したら死んじまうんじゃ……」
「……問題ないから安心したまえ。それよりも、今は儀式を完成させることを考え、あの者たちを見張っていろ。元いた国に戻りたいのだろう?」
「そりゃ、そうだけどよ……」
金髪男は、不安と期待に心が揺れているのだろう。ルクサール伯爵と、苦しみ続ける神父様をちらちらと交互に見ていたものの――しかし、元の世界へ戻れるという希望には抗えなかったようだ。それ以上はルクサール伯爵に何も尋ねようとはしなかった。
その間にも、おれは必死で考えを巡らせた。
くそっ、どうしたらいいんだ……!?
神父様の苦しみ方は尋常じゃない、ルクサール伯爵の言葉はきっと嘘だ。このまま儀式が完成すれば、神父様もグレアムさんも無事でいられるかどうか怪しい。
もしかすると、あの金髪男が日本に戻れるという約束だって嘘かもしれない。なにせ、女神であるイオリナ様でさえ金髪男を強制送還することができないと言っていたくらいなのだ。
けれど、ここでおれがルクサール伯爵に向かっていっても、あの金髪男に制圧されるだけだろう。なら、武力行使では駄目だ。
それなら、おれに出来ることと言えば――
「――ルクサール伯爵、本当のことを教えてください! この魔術が完成すれば、そこの彼が日本に帰れるっていうのは真実なのですか!?」
おれの問いに対し、ルクサール伯爵は唇を弧の形に描いて嗤った。
「そんなことは知らないな。この馬鹿を懐柔するためにいった出まかせだからな」
傍らで聞いていた金髪男が、ルクサール伯爵の発言にぎょっと目を見開く。
しかし、それはルクサール伯爵も同じだった。彼もまた、自分自身の発言に驚いたかのように目を見開き、掌で自分の口元を抑える。
「な、なんだ? 今、なぜ私は……」
「オイ、今のはどういうことだ!? この儀式が完成すれば、オレは元の世界に戻れるんじゃねーのかよ!」
途端に言い争いを始めた二人に、おれは内心でガッツポーズをした。
よし、ようやく催眠がきいた!
ルクサール伯爵はまったく隙のない人だったけれど――この瞬間だけは、儀式の完成を目前にしたことで高揚感に溢れているようだった。恐らく、この儀式は彼にとってはそれだけ大事なものなのだろう。
おれはその心の隙をついて、催眠をかけた。相手の心に隙がある状態なら、言葉さえ届けば催眠はかかる。そしてかけた催眠はいたってシンプルなもの――本当のことを言ってください、とお願いしただけだ。
そして、真実を聞いた金髪男は、顔を真っ赤にしてルクサール伯爵に掴みかかった。
「テメェふざけるな、オレをだましたのか!?」
「く、くそっ! どけ、私の邪魔をするな!」
ルクサール伯爵は金髪男を跳ねのけようと手を振り上げる。しかし、チート能力持ちの金髪男の膂力の方が強かったようで、逆にその手を払いのけられてしまった。反動で、ルクサール伯爵が持っていた笏杖を取り落とす。
「っ! まずい、竜珠が――竜が目覚め……!」
ルクサール伯爵が焦った声をあげた時だった。
おれの後ろで、今まで死んだように眠っていた竜が、突然、ぱちりとその瞼を開いた。
黄金の瞳がぎらりと戦意に輝くと、弾かれたようにルクサール伯爵と金髪男に向かって駆け出す。あっ、と思った時には、竜が振り上げた尻尾によって二人の身体は屋敷の壁に叩きつけられていた。
う、うわぁ……あれ、大丈夫なのかな?
二人ともうめき声を上げているから、生きてはいるみたいだけれど……
二人を弾き飛ばした後も、竜はふしゅーっと熱い鼻息を立てながらいまだに睨みつけている。
あの場に割って入ったら、おれまで竜に敵として認識されてしまいそうだ。
いったいどうしたら……と戸惑うおれの背後から、震える声が響いた。
「シャ、シャスル……もういい、戻れ……」
はっとして見ると、そこにはよろよろと立ち上がるグレアムさんがいた。笏杖が離れたことか、あるいはルクサール伯爵が昏倒したせいかは分からないが、魔法陣の放っていた光もおさまっている。
グレアムさんに命じられた竜は、こころなしか嬉しそうに尻尾をふりながらこちらへ戻ってきた。そのまま傍に来ると、瞳を細めてぐりぐりと鼻先をグレアムさんの顔へと押し付ける。
「よしよし、シャスル。いい子だな……」
対するグレアムさんも、嬉しそうに微笑みながら竜の顎を掌で撫でていた。心和む光景に、おれも思わず口元がほころぶ。
その時、おれの腕の中にいた神父様が「う……」と小さな声をあげて身じろぎをした。
「っ、うぁ……アオイ……? いったい、今はどうなって……」
「神父様! 目を覚まされたのですね、よかったです!」
先ほどまで真っ青だった神父様の顔色も、血色が戻りつつあった。だが、どうやら神父様の意識はまだ本調子ではないらしく、茫洋とした瞳でおれを見つめている。
「神父様、もう大丈夫ですよ。西ルムルのみんな、神父様のお帰りを待って……」
ほっとしながら神父様に笑いかけた瞬間――どうしたことか、神父様がそのままおれの胸元へと抱き着いてきた。
思いがけない事態に、身体がぎしりと固まる。
「し、神父様? もしかして、まだどこか痛いですか……?」
「……本当に、アオイなのですね。まさか、あなたが私を助けに来てくれるなんて、思いませんでした。私はあんなにひどい態度をとったのに……」
神父様はさらに言葉を続けた。涙声だった。
「あの時のこと……ずっと後悔していたんです。あれがあなたとの最後の会話になるのなら、もっと優しい言葉をかければよかった、笑顔で送り出すべきだったと……っ」
「神父様……」
おれは躊躇いながら、おずおずと神父様の身体を抱きしめ返した。すると、神父様の腕の力がさらに強まる。
しばらくの間、おれはそうして神父様を抱きしめ続けた。
どうやらここは、敷地内でも一番奥まった場所のようだ。恐らくは、屋敷内にいる兵士さんたちの訓練場のような場所なのだろう。
見上げれば、空はもうすっかり闇夜に染まり満月が上っている。そして、その冴え冴えとした月光が降り注ぐ真下には――巨大な生き物がいた。
以前おれが見たワイバーン種の竜と比べて、身体が二倍以上も大きい。今は折りたたまれている翼もかなり大きいみたいだ。ガーネットのような赤い鱗は月光を受けて、緑や紫などの様々な反射してきらきらと光っている。
今の状況も忘れて、思わず感嘆の息が零れてしまう。おれが今まで見てきた生物の中でも、いちばん美しい生き物だった。
「――シャスル!」
グレアムさんが大きな、そして喜びに満ちた声を上げる。
やっぱりあの赤い竜がグレアムさんの誓約竜だったのだ。
シャスルというのが名前なのだろうが、意外と可愛らしい名前だ。
グレアムさんは居ても立っても居られないといわんばかりに、竜に向かって駆け出した。おれもグレアムさんに続き、おそるおそる竜へと近づいてみる。
竜は尻尾を体に巻き付けて、まるで猫のように丸くなって眠っていた。
瞼を閉じて唸り声のような寝息を立てている竜に、グレアムさんはそっと掌で触れると、何度も名前を呼ぶ。
「シャスル……おい、シャスル……?」
嬉しそうな顔で竜の名前を呼び続けていたグレアムさんだったが――にわかに、その声が陰りを帯びた。
どうしたのかと問いかける前に、グレアムさんが振り向く。そして、空気がびりびりと震えるような怒鳴り声をあげた。
「リンド! これはどういうことだ!? いったいこいつに何をした!?」
「何を、とはどういうことかね?」
「とぼけるな! 主たる俺が声をかけてもまるで反応しない――いや、それどころか目を覚ましさえしない! それにこの身体中の傷はなんだ!?」
グレアムさんの言葉にハッとして、再び竜を見つめる。
確かに――改めてまじまじと竜を見れば、身体中にはいたるところに傷がついている。身体の陰になっていた一番深い傷からは、今もなお赤黒い血がじわじわと滴ってすらいた。
「確かに中央騎士団とは、俺の竜を一年間預けるという取り決めを交わした。だが、このような扱いをされるとは聞いていないし、こんな無法を許した覚えもない! どういうことか説明をしろ!」
怒りのこもった声を上げるグレアムさんに対し、ルクサール伯爵は皮肉気な笑みを浮かべた。
「竜が眠っているのは、私の竜珠の力だよ。それにしても、まだ理解できないとはね」
「なにっ!?」
「中央騎士団との取り決めなぞ、知ったことではない。私は最初から、グレイプニル種の竜の血が必要だっただけだ。私の望みを叶えるためにね」
「望みを叶える、だと? まさか貴様、本当に黒魔術を……!?」
グレアムさんが愕然とした表情を浮かべる。だがすぐに思考を切り替えたらしく、その腰に吐いていた長剣を素早く抜き去り手に携えた。
「アオイ、下がっていろ! 俺はこいつを……!」
「――おーっと! そんなことしたら、この神父さんがタダじゃおかないぜ?」
闇夜に新たに響いた声音は、おれもグレアムさんも聞き覚えのあるものだった。
声がした方向にハッと顔を向ける――すると、建物の陰から、二人の人影が出てきた。
そこにいたのは、舞踏会の会場で指輪を盗もうとした金髪男――日本から来たという転生者だ。そして金髪男は、片手に短剣を持って、その切っ先をある男性の首筋に突きつけている。
捕えられた男性は、はしばみ色の瞳を大きく見開いて唇を震わせた。
「ア、アオイ……? どうしてあなたがここに……!」
「――神父様!」
おれは喜びと驚きの入り混じった声を上げた。
だが、再会を喜んでばかりもいられない。なにせ、状況は考えられる限り最悪だ。
やはり神父様を攫ったのは金髪男――この状況から察するに、ルクサール伯爵が手を引いていたと思われる。
けれど、どうしてルクサール伯爵が神父様を?
「っ、エルトン……!」
今にもルクサール伯爵に切りかからんとしていたグレアムさんが、苦々しい顔つきで金髪男を睨みつける。
この時――おれもグレアムさんも、新たに現れた金髪男と神父様に気を取られて、ルクサール伯爵からわずかに意識を逸らしてしまっていた。それがいけなかった。
ルクサール伯爵は隙をついて懐から一本の笏杖を取り出すと、それを地面に突き立てた。瞬間、その先端部についていた宝玉が怪しい輝きを放ち――地面から光の線が走る。
その光の線はおれとグレアムさん、そして眠り続ける竜の足元へ伸びた。そして、光による怪しい幾何学模様が描かれ始める。
「な――なんだ? これは一体……」
「っ! いけません、二人とも! 早くその場から離れてください!」
神父様が悲鳴に近い叫び声をあげる。
しかし、それと同時にグレアムさんが、ぐうっ、と苦しげな声をあげた。そのまま、がくりと地面に膝をついてしゃがみこんでしまう。
おれは慌てて膝をつき、グレアムさんを立たせようとした。だが、グレアムさんはしゃがむことすら出来なくなってしまい、そのまま地面へと倒れこんでしまう。
「グレアムさん!? いったいなにが……!」
「っ、くそ、なんだ……!? この腕輪から、力が吸い取られるような……いや、この光が、力を吸い取っているような……ぐっ、ぐああああっ!」
「グレアムさん!」
慌てておれはグレアムさんの身体を持ち上げ、この光る地面から引きずりだそうと試みた。だが、グレアムさんの身体は鉛で出来ているかのように重く、動かすこともままならない。まるで地面に縫い付けられているみたいだ。
そんなグレアムさんの様子を見下ろし、ルクサール伯爵は鼻で笑った。
「やれやれ……大人しく私に腕輪を譲り渡してくれれば、苦しむ必要はなかったのにな。まあ、命まではとられやしないだろう」
「っ、ぐ……やはり貴様が、ラグラン侯爵から聖白銀の指輪を盗もうと……それが成せなかったから、代わりに俺の持つ腕輪を欲しがって……ぐっ、ああッ!」
「ご明察だ。これから私が行う秘儀において、グレイプニル種の竜の血、聖白銀、そして我が妻の血族たるものの血肉が必要になるのでね。そのために彼を舞踏会へ送り込み、ラグラン侯爵から指輪を盗ませようとしたのだが……貴殿の活躍によってそれも失敗に終わった。だが、こうして貴殿自身が聖白銀の腕輪を持って我が屋敷へのこのことやってきてくれたのだから、ありがたい限りだよ」
おれはグレアムさんの身体をなんとか持ち上げようとしながら、ルクサール伯爵を睨みつけた。
「では、グレアムさんの竜が暴れだした事件も貴方の仕業だったのですね?」
「……ふむ。どうやらグレアムよりも君の方が聡いようだな」
ルクサール伯爵はおれとグレアムさんを交互に見ると、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「さらに言えば、ジョゼフィーヌ夫人をたきつけたのも私だよ。まあ、あれは彼女の耳に事件の概要が届くように仕向けただけで、画策というほどのことでもないが」
「ジョゼフィーヌ夫人って……グレアムさんのお母様の……?」
確かグレアムさんの話では――グレアムさんは竜が暴れだしたことに不信感を覚えて、事件を調べようとしていた。
けれど、一連の騒動を知ったグレアムさんのお母様であるジョゼフィーヌ夫人が、過去の時のように心を病みかけてしまい……周囲の圧力も重なって、それで竜を手放すのに同意せざるを得なくなったのだという。
つまり――事件のあらましをジョゼフィーヌ夫人が知ることになったのも、ルクサール伯爵が手を引いていたということなのか。
どうやらルクサール伯爵は、おれたちの想像以上に暗躍していたようだ。
その事実を知ったグレアムさんは、地面に倒れ伏しながらも、歯を食いしばって憎々しげにルクサール伯爵を睨みつけた。
「貴様、なんと卑劣な……!」
「私を卑劣漢だというなら、貴殿は私の想像以上に愚鈍な男だったな」
「くそっ、身体さえ動けば貴様なぞ……ぐっ、ぅあっ!」
苦しむグレアムさんを尻目に、ルクサール伯爵の持つ笏杖の先端からは、地面にどんどんと光の線が伸びていた。光の線は、さらに複雑な模様を描き始めている。竜とグレアムさんを中心にした模様は、だんだんと魔法陣のような形を成していく。
おれは地面から立ちあがり、ルクサール伯爵を睨みつけた。しかし、ルクサール伯爵に向かって駆け出そうとする寸前に、他方から鋭い声が飛ぶ。
「おい、お前! 妙な真似をしたら、こいつの耳を切り落とすぞ!」
「っ……!」
「ア、アオイ! 私のことはかまいません、どうか貴方だけでも逃げてください……!」
金髪男がこれみよがしに神父様へと短剣を突きつける。
神父様は青ざめた顔で逃げるようにと促してくるけれど、そんなことができるはずもない。
おれは金髪男とルクサール伯爵を交互に見てから、金髪男へと向き直った。
二人の内、どちらかを説得するなら金髪男の方がまだ話が通じそうだ。
なにせ、彼はおれと同じ日本人なのだから――とはいえ、おれと彼がいたのは、どうも同じ日本ではなさそうだけれど。
「君はおれと同じ日本人だよね? どうしてルクサール伯爵に手を貸してるんだ?」
おれの問いに、金髪男がにやりと笑った。
「ああ……顔立ちからしてそうじゃねーかとは思ってたけどな、やっぱりアンタも転生者か。なら、オレの気持ちが分かるだろ」
「気持ちが分かるって、なんの話をしてるんだ?」
「決まってるだろ! いい加減、オレは日本に帰りたいんだよ!」
吐き捨てるように叫んだ男の言葉は、おれの予想外のものだった。
日本に帰るって……だって、彼は元の世界で死んで、こちらの世界に転生したんじゃないのか……?
おれの戸惑いをよそに、金髪男はどこか投げやりな態度で言葉を続ける。
「そりゃあ、最初はチート使いまくりで楽しかったけどさぁ……日本と比べて飯もうまくねぇし、町もなんか不衛生だし。そもそもスマホもゲームも配信もない世界とか楽しくねーし」
なんとも現代っ子的な発言だ。まあ、確かに日本と比べると、こちらの世界は通信整備やインフラ事情は遅れているといわざるを得ないけれど。
というか、この彼……今の言動から察するに、おれが思ってる以上にもっと年下なのだろうか。
気になるところだけれど、今はひとまず本題に戻らなければ。
まず、金髪男はどうしてルクサール伯爵に協力しているのか、だ。
「日本に戻ることと、ルクサール伯爵に協力することになんの関係が?」
「ふん、やっぱ知らねーのか。この黒魔術が完成すれば、どんな願いでも叶うんだよ。俺はこの儀式を完成させて日本に戻るんだ!」
得意げに胸を張って情報をしゃべってくれる金髪男。その表情や発言からは、やっぱりどことなく幼さを感じる。
神経質そうな顔立ちと髪の色、そして異世界の服装のせいで年齢が分かりづらかったけれど……やっぱり彼は、おれが当初に予想していたよりも年齢が若いみたいだ。まだ学生さんという可能性もありそうだ。
おれは彼の注意を引くため、さらに質問をしようとした。
しかし、遮るようにルクサール伯爵が冷たい声音を投げつけた。おれの思惑に勘づいたのかもしれない。
「お喋りはその辺にしておいてくれ。そろそろ魔法陣が完成しそうだ、最後の素材をもってこい」
「ああ、分かったよ」
金髪男はおれを一瞥すると、突然、神父様の身体をおれの方へと突き飛ばした。あわてて神父様の身体を受け止めたが、勢いあまってそのまま地面へと二人そろって倒れこんでしまう。
「う、ぐっ……!」
「ア、アオイ! すみません、私のせいで……!」
「大丈夫です、神父様はなにも悪くありませんから……」
おれは身体を起こして、神父様を見つめた。神父様は両腕を背中側で縛られており、身体を起こすのもままならない様子だった。
おれは神父様の腕を縛る縄を外そうと手をかける。だが、結び目はがっちりと固く、とても手では解けそうにない。
しかし、その時――ルクサール伯爵が持つ笏杖が、まぶしいほどの強い光を放った。
同時に地面に描かれた魔法陣も強い光を放ち始める。それと同時に、神父様がうめき声をあげて苦しみ始めた。
「ぐあ、ぁ、ああああッ!」
「し、神父様!?」
神父様の苦しみ方は、グレアムさん以上にひどかった。もはや呼吸もままならない様子で、悲痛な声をあげて地面をのたうちまわっている。
慌てて神父様の身体を抱き起こすも、神父様の意識はすでになかった。頬からは血の気が失われ、唇は紫に変わっている。かなりまずい状態だ。
そういえば――さっきルクサール伯爵は、『儀式には竜の血と、聖白銀、我が妻の血族たるものの血肉』が必要になるって言っていたよな?
『我が妻の血族たるものの血肉』が神父様のことだとすると……この状況って、かなりまずいんじゃないのか!?
そんな神父様の苦しみように、金髪男がルクサール伯爵をおそるおそる尋ねる。
「お、おい、あれ大丈夫なのかよ? 下手したら死んじまうんじゃ……」
「……問題ないから安心したまえ。それよりも、今は儀式を完成させることを考え、あの者たちを見張っていろ。元いた国に戻りたいのだろう?」
「そりゃ、そうだけどよ……」
金髪男は、不安と期待に心が揺れているのだろう。ルクサール伯爵と、苦しみ続ける神父様をちらちらと交互に見ていたものの――しかし、元の世界へ戻れるという希望には抗えなかったようだ。それ以上はルクサール伯爵に何も尋ねようとはしなかった。
その間にも、おれは必死で考えを巡らせた。
くそっ、どうしたらいいんだ……!?
神父様の苦しみ方は尋常じゃない、ルクサール伯爵の言葉はきっと嘘だ。このまま儀式が完成すれば、神父様もグレアムさんも無事でいられるかどうか怪しい。
もしかすると、あの金髪男が日本に戻れるという約束だって嘘かもしれない。なにせ、女神であるイオリナ様でさえ金髪男を強制送還することができないと言っていたくらいなのだ。
けれど、ここでおれがルクサール伯爵に向かっていっても、あの金髪男に制圧されるだけだろう。なら、武力行使では駄目だ。
それなら、おれに出来ることと言えば――
「――ルクサール伯爵、本当のことを教えてください! この魔術が完成すれば、そこの彼が日本に帰れるっていうのは真実なのですか!?」
おれの問いに対し、ルクサール伯爵は唇を弧の形に描いて嗤った。
「そんなことは知らないな。この馬鹿を懐柔するためにいった出まかせだからな」
傍らで聞いていた金髪男が、ルクサール伯爵の発言にぎょっと目を見開く。
しかし、それはルクサール伯爵も同じだった。彼もまた、自分自身の発言に驚いたかのように目を見開き、掌で自分の口元を抑える。
「な、なんだ? 今、なぜ私は……」
「オイ、今のはどういうことだ!? この儀式が完成すれば、オレは元の世界に戻れるんじゃねーのかよ!」
途端に言い争いを始めた二人に、おれは内心でガッツポーズをした。
よし、ようやく催眠がきいた!
ルクサール伯爵はまったく隙のない人だったけれど――この瞬間だけは、儀式の完成を目前にしたことで高揚感に溢れているようだった。恐らく、この儀式は彼にとってはそれだけ大事なものなのだろう。
おれはその心の隙をついて、催眠をかけた。相手の心に隙がある状態なら、言葉さえ届けば催眠はかかる。そしてかけた催眠はいたってシンプルなもの――本当のことを言ってください、とお願いしただけだ。
そして、真実を聞いた金髪男は、顔を真っ赤にしてルクサール伯爵に掴みかかった。
「テメェふざけるな、オレをだましたのか!?」
「く、くそっ! どけ、私の邪魔をするな!」
ルクサール伯爵は金髪男を跳ねのけようと手を振り上げる。しかし、チート能力持ちの金髪男の膂力の方が強かったようで、逆にその手を払いのけられてしまった。反動で、ルクサール伯爵が持っていた笏杖を取り落とす。
「っ! まずい、竜珠が――竜が目覚め……!」
ルクサール伯爵が焦った声をあげた時だった。
おれの後ろで、今まで死んだように眠っていた竜が、突然、ぱちりとその瞼を開いた。
黄金の瞳がぎらりと戦意に輝くと、弾かれたようにルクサール伯爵と金髪男に向かって駆け出す。あっ、と思った時には、竜が振り上げた尻尾によって二人の身体は屋敷の壁に叩きつけられていた。
う、うわぁ……あれ、大丈夫なのかな?
二人ともうめき声を上げているから、生きてはいるみたいだけれど……
二人を弾き飛ばした後も、竜はふしゅーっと熱い鼻息を立てながらいまだに睨みつけている。
あの場に割って入ったら、おれまで竜に敵として認識されてしまいそうだ。
いったいどうしたら……と戸惑うおれの背後から、震える声が響いた。
「シャ、シャスル……もういい、戻れ……」
はっとして見ると、そこにはよろよろと立ち上がるグレアムさんがいた。笏杖が離れたことか、あるいはルクサール伯爵が昏倒したせいかは分からないが、魔法陣の放っていた光もおさまっている。
グレアムさんに命じられた竜は、こころなしか嬉しそうに尻尾をふりながらこちらへ戻ってきた。そのまま傍に来ると、瞳を細めてぐりぐりと鼻先をグレアムさんの顔へと押し付ける。
「よしよし、シャスル。いい子だな……」
対するグレアムさんも、嬉しそうに微笑みながら竜の顎を掌で撫でていた。心和む光景に、おれも思わず口元がほころぶ。
その時、おれの腕の中にいた神父様が「う……」と小さな声をあげて身じろぎをした。
「っ、うぁ……アオイ……? いったい、今はどうなって……」
「神父様! 目を覚まされたのですね、よかったです!」
先ほどまで真っ青だった神父様の顔色も、血色が戻りつつあった。だが、どうやら神父様の意識はまだ本調子ではないらしく、茫洋とした瞳でおれを見つめている。
「神父様、もう大丈夫ですよ。西ルムルのみんな、神父様のお帰りを待って……」
ほっとしながら神父様に笑いかけた瞬間――どうしたことか、神父様がそのままおれの胸元へと抱き着いてきた。
思いがけない事態に、身体がぎしりと固まる。
「し、神父様? もしかして、まだどこか痛いですか……?」
「……本当に、アオイなのですね。まさか、あなたが私を助けに来てくれるなんて、思いませんでした。私はあんなにひどい態度をとったのに……」
神父様はさらに言葉を続けた。涙声だった。
「あの時のこと……ずっと後悔していたんです。あれがあなたとの最後の会話になるのなら、もっと優しい言葉をかければよかった、笑顔で送り出すべきだったと……っ」
「神父様……」
おれは躊躇いながら、おずおずと神父様の身体を抱きしめ返した。すると、神父様の腕の力がさらに強まる。
しばらくの間、おれはそうして神父様を抱きしめ続けた。
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