死刑宣告を受けた王宮魔術師、最後の夜に暗殺者に攫われる

秋山龍央

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第6話 SIDE:王都

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「――どういうことだ、ヴェルナー! なぜ見逃した!?」

 王宮のきらびやかな執務室に、怒声が響きわたった。
 重厚な椅子から身を乗り出し、机に拳を叩きつけたのは、この国の第二王子であるイザークであった。金の刺繍が施された上等な外套が乱れ、形良く整えられた銀の髪が無造作に揺れる。

 その視線の先にいる上級魔術師ヴェルナーは、苦々しい表情で下唇を噛んだ。

「ご、ご存じの通り……牢には常に監視の衛兵がついておりましたし、一時間ごとに見回りもしておりました」

「では、死体が偽物である可能性は!?」

 ――ユウリの遺体は、地下牢の鉄格子にシャツを結びつけ、首を吊った状態で巡回中の衛兵によって発見された。
 検死の結果、外見・魔力の波長ともに一致し、魔術塔の魔術師たちによって「間違いなくユウリ・アマギ本人である」と断定された。

「私も直接確認しましたが……確かに、あれはユウリでした」

「……ちっ」

 イザークは舌打ちをひとつすると、睨みつけたまま椅子へと腰を沈める。

 ――計画は、うまくいっていたはずだった。

 誕生祝いの晩餐会で、目障りな第一王子カリスの酒に毒を盛り、その犯人としてユウリ・アマギを仕立て上げる。
 毒殺に成功せずとも、カリスが重篤な状態に陥れば、それで十分だった。本当の狙いは、カリス派の貴族たちがユウリの「魔術装具を用いた義肢の研究」に価値を見出す前に、ユウリを潰すことだ。

 そして――命を餌に取引を持ちかけることで、今度こそ、あの青年を自分の手に入れること。

 今度こそ、ユウリは自分のものになる――そう信じていたのに。
 それがまさか、明朝の処刑を待たずして、自ら命を絶つなど……

(……本当に、そうだろうか?)

 イザークの脳裏に、あの夜の記憶がよみがえる。

「……ユウリの死因は首吊りだと言ったね?」

「ええ。自身の着ていたシャツを脱ぎ、それをロープ代わりにして鉄格子に括り付けて首を吊っていました」

 ヴェルナーの言葉に、イザークは無言で唇を嚙みしめた。

 ――やはり、おかしい。

 ユウリが死んだ夜、自分は彼に会いに行き、鉄格子越しに会話をかわしたのだ。そして、ヴェルナーの言葉が本当なら、彼と最後に会ったのは自分だ。

 そして、あの時……ユウリの顔は恐怖と絶望に強張っていた。自分の一挙手一投足に、ひどく怯えて、小動物のように身体を震わせていた。

 けれど、最後まで彼は頷かった。
 自分の命がかかっているというのに――それでもなお、嘘はつけないと言った。

(そんなユウリが、自分で命を絶つ?)

 あの時、自分は、口に出しはしなかったが、ユウリのことを愚かだと感じだ。
 けれども、同時に彼の心の清らかさが、ひどく胸を打った。

 思えば、最初に出会った時からそうだ。繊細で、汚れを知らなくて。
 言葉少ななのに、時おりふとこちらを見る瞳に、まるで心を見透かされたような気分にさせられる。

 ――ユウリと初めて出会ったのは、三年前のことだった。

 当時、彼はヴェルナーの新たな補佐として魔術塔に配属され、イザークが研究室を訪れた際に紹介されたのが最初だった。
 孤児院出身の庶民で、魔術塔内に後ろ盾もない彼は、ヴェルナーのもとで薄給のまま、都合よく使われていた。

 年齢のわりに華奢で、幼く見える青年を、イザークは一目で気に入った。
 だから、少し遊んでやろうと思い――たわむれに声をかけた。

 甘い声で優しい言葉を吐けば、たいていの人間は自分になびく。ついでに、ヴェルナーのもとへ行くたびにユウリにちょっとした贈り物をやった。

 だが、いつもユウリは、困ったように笑うだけだった。

『おれなんかよりも、もっとふさわしい人に差し上げてください』

 最初は、自身に遠慮しているのだろうと感じた。だから、何度か繰り返せば、次第にユウリも自分へ媚びるようになるだろうと思った。

 けれど、ユウリは、一度だって自分へ媚びへつらうことも、甘えることもしなかった。
 ただ、困ったように笑って礼を言って、自分との距離を一定に保とうとした。

(……どうして僕を拒むんだ……?)

 まるで、自分のことなど最初から「特別な存在」として見てなどいないような態度だった。
 いや――事実そうだった。

 権謀術数渦巻く王宮で、妾腹の王子として育ってきたイザークにとって、ユウリは初めて出会う存在だった。
 自分を「妾腹の子」と蔑むでもなく、「第二王子」としてこびへつらうのでもない。

 次第にイザークの中で、他の人間と共にいる時でさえ、ユウリのことを考えるようになっていった。

 最初は戯れのつもりだったのに、いつしか本気になっていた。
 あの清らかな青年を、自分のいる場所へと引きずり墜とし、その顔を歪ませて、泣かせて――最後には、この自分を求めさせたい。

 それができるはずだったのに――
 三年前、自分はそれに失敗した。ある邪魔者の手によって。

 そして今――ユウリは、死んだ。
 毒殺未遂の犯人として牢に繋がれ、処刑を待たずに、自ら命を絶った。

 一度ならず、自分は二度も、あの青年を手に入れるのに失敗したのだ。

 イザークは、椅子の肘掛けをぎり、と握りしめた。

「ヴェルナー」

「は、はいっ!」

「ユウリの遺体だが……本当に、本当にあれは本人だったんだね?」

 一瞬の沈黙のあと、すぐにヴェルナーは頷いた。

「はい。顔も体格も、そして死体に残っていた魔力も……すべて一致しておりました。……私だけではなく、複数の魔術師が確認をしております」

「……だとしても、何か引っかかる。あのユウリが……最後まで僕を拒んだユウリが、自ら死を選ぶとは思えない……」

 胸の奥で、ざらりとした予感が蠢く。

 あの夜、鉄格子越しに見たユウリの眼差しは――死の恐怖に怯えながらも、出会った頃と変わらない清廉さを湛えていた。

 もし――ユウリが何らかの方法で、自らの死を偽装していたとしたら……
 彼は今も、どこかで生きていることになる。

 しかも、ひとりで牢を脱け出せたとは到底思えない。
 そこには、必ず協力者がいたはずだ。

 そんな想像をした瞬間、心に憎悪の炎が燃え上がった。

 最後まで自分に媚びようとしなかったユウリが、その“誰か”には、迷いなく頼り、甘えた顔を見せているかもしれない――
 そう思っただけで、握り締めた拳に爪が食い込み、皮膚を裂いて血がにじんだ。

「……死体は偽装の可能性がある。部下たちに命じて、ユウリに似た年恰好の男の目撃情報を集めろ」

「えっ、で、ですが、ユウリの死体は確かに――」

「ヴェルナー、これは命令だ。いいからさっさと動け」

 青ざめた顔のヴェルナーは、慌てて執務室を退出した。
 だがその頃には、すでにイザークの意識から彼の存在は抜け落ちていた。

(――そんなこと、許せるはずがない。君は……僕のものなんだから)

 イザークの瞳は、まるで亡霊でも睨み据えるように、虚空を鋭く見つめていた。
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