死刑宣告を受けた王宮魔術師、最後の夜に暗殺者に攫われる

秋山龍央

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第5話

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 村長さんへの挨拶を終えて家に戻ったあと、今度はゼロが、家の中での過ごし方をひと通り教えてくれた。
 調理器具の使い方に、暖炉の火のつけ方と消し方。裏手にある井戸の場所や洗濯場、床下の食糧貯蔵庫を案内される。

 とはいえ、思ったより困ることはなかった。
 おれも魔術塔に入る前は、孤児院で育った身だからだ。子どもの頃の記憶を頼りにすれば、こうした生活に戸惑うことは少なかった。

 その後は、室内の壁際――さきほどまで星図や観測記録が山積みにされていた机に腰を下ろしていた。ゼロが、この一角を使っていいと言ってくれたからだ。

 昼食までは特にすることもないから本でも読んでいればいい――彼がそう言ってくれたその言葉通り、よく見ると、棚には様々な分野の専門書や魔術書が並んでいた。
 どれも興味をそそられる内容で、全部読むには一年あっても足りなさそうだ。もしかすると、おれの気分転換になればと気を遣ってくれたのかもしれない。

 けれどおれは、本棚には手を伸ばさなかった。
 その代わり、机に向かって腰を据え、ゼロから借りた筆記具で、思いついたことを紙に書きつけていた。

 さっき出会ったエミリーさんの言葉が、どうにも耳から離れなかったのだ。

「ユウリちゃん、そろそろ昼飯の用意でも……って、なに書いてんの?」

「わっ!?」

 一心にペンを走らせていた時――不意に背後から声をかけられ、びくっと肩が跳ねた。思わず取り落としたペンを、ゼロは器用にも、床に落ちる直前でキャッチする。
 あわてて紙を隠そうとしたが手遅れで、彼はおれの背中越しに紙を覗きこんできた。

「えーっと、なになに? 視力の補助をするための魔術装具……? あ、もしかしてさっき会ったエミリーさんの言ってたこと、気にしてんの?」

「う、うん……」

 おずおずと彼を見上げる。怒られたらどうしようという不安で、胸がいっぱいだった。
 そんなおれに対し、ゼロはむしろ戸惑ったような様子だった。

「えっ、なんでそんな顔してんの? なんか俺やらかした!?」

「ご、ごめん。さっき注意されたばかりなのに……」

「ああ、俺が貴族らしく振る舞えって言ったアレか。まあ、そうだねぇ……さすがの俺も、ユウリちゃんが生きてるってバレそうなものを作られるのは困っちゃうかなー」

「ご、ごめん。その、話を聞いたらどうしても考えが止まらなくて……! 実際に作ったりはしないから」
「もう、そんなに泣きそうな顔しないでよ。それがユウリちゃんの性分だってのは分かってるからさ」

 ゼロはそう言うと、苦笑混じりに肩をすくめた。

「むしろさぁ、冤罪で死刑宣告された後で、よく他人を助けてあげようって思えるよね。なんでそんなに他人のことに一生懸命になれんの?」

「えっ?」

「え、なにその不思議そうな顔」

 ――どうして他人のことに一生懸命になれるのか。

 ゼロは不思議そうに言ったけれど……それを言うなら、おれこそ聞きたい。

 もしそれが本心からの言葉なら――どうしてゼロは危険を冒してまで、おれを牢から助けてくれたんだろう?

 やっぱり……おれを助けたのは、ゼロの意思じゃなくて、カリス殿下からのご命令だったんだろうか……?

 内心でそう首をかしげていた時、不意に、窓を小さく叩く音が響いた。
 コツ、コツ、と一定のリズムで叩かれる音に、反射的に顔を向ける。けれど、おれよりも前にゼロが窓へと向かっていた。

 彼が窓を開けると、そこには一羽の鳩が止まっていた。
 ロは慣れた手つきでその足に括られた筒を外し、中からくるりと丸められた小さな紙を取り出した。

 そして、しばらくのあいだ無言で目を走らせた後、ぱっと顔を上げておれに笑顔を向けてきた。

「朗報だぜ、ユウリちゃん! カリス殿下が回復に向かってるって、仲間から連絡がきたよ」

「本当!?」

 椅子を押しのけるようにして立ち上がり、ゼロのもとへと駆け寄る。
 とはいえ、手紙の内容は暗号で書かれており、おれに読むことはできなかった。

「……よかった……」

 それでも、たまらず目頭が熱くなった。
 慌てて目元をこすって誤魔化し、小さく呼吸を整える。

「まだ意識は戻ってないらしいけどな。でもさ、殿下が目を覚まして、今回の事件を再調査してくれれば、ユウリちゃんの冤罪も晴れるぜ。それまでの辛抱だ」

「……うん。ありがとう、ゼロ」

「ってことでさー、さっきの紙、もう一度見せてよ」

「えっ? で、でも……」

「ユウリちゃんが生きてるってバレそうな魔術装具を作られるのは困るけどさ。でも、殿下が回復して冤罪が晴れれば、ユウリちゃんだって魔術塔に復帰できるだろ? それから改めて研究をすればいいじゃん。なっ?」

「う、うん……」

 ゼロの優しい言葉は、素直に嬉しかった。
 でも……自分でも意外だったけれど、魔術塔に復帰という言葉に、少しだけ胸が重たくなってしまう。

 冤罪を着せられたあの時、魔術塔の仲間たちは――誰ひとり、おれを庇ってはくれなかった。

 自分の立場が危うくなるのを恐れてという気持ちは、もちろんわかる。
 けれど……今まで親しくしていたはずの友人たちにさえ、心配の声も、慰めの言葉すらもかけてもらえなかったのは、正直、かなり堪えた。

 今さらあそこに戻れたとして……おれは今まで通り、あそこで働いていけるのだろうか?

 モヤモヤした気持ちを胸の奥に押し込んだまま、改めて、さっきまで書きこんでいた紙をゼロに渡す。

「ふーん、老眼鏡かぁ……やっぱりユウリちゃん、発想が面白いよなぁ。俺にはこんなの思いつかないもん!」

「あ、ありがとう。その、今この国にある眼鏡は、貴族向けの高級品で庶民にはまず手が届かないからさ。だから魔術式を使って、もっと費用を抑えて作れないかなって考えてみたんだけど……」

 おれは大きくため息を吐いた。
 なにせ、今書いているものは――ゼロに止められるまでもなく、実用化が不可能なものだからだ。

「魔術で工夫をしてコストを抑えても、どうしてもコストが嵩んじゃうだよね……まあ、どっちみち今は工房への伝手もないから、魔術装具の試作品を作るための材料も仕入れられないし……」

 肩を落とすおれを見て、ゼロは慰めるように言った。

「それじゃあしょうがない。でも、視力がどんなに高かろうが、俺は針仕事とかヤル気になんないな。あの小さい穴に糸を通すのとか、その時点でイヤになりそう」

「……小さい穴に糸を通す、か……」

 思わず、その言葉を反復する。

「えっ、なに? 俺なんか変なこと言った?」

 ゼロが不安そうに眉をひそめる。
 そんな彼に向かって、おれは笑顔を向けた。彼の言葉に、頭の中で一つのひらめきが生まれていたからだ。

「ううん、むしろ助かったよ! ありがとう、ゼロ!」

「えぇ? よく分かんないけど……どういたしまして?」

 声を弾ませるおれに対し、ゼロは不思議な新種の生きものを見るかのような顔をしていた。
 けれど、どんなに奇妙に思われようとも--今しがた頭の中に思いついたイメージを、形にする方が大事だった。
 再び壁際に置かれた机へ戻ると、勢いのままペンを手に取る。

 そして、思いついた物を、紙の上へと書きつけていった。書いているうちに、どんどんと頭の中の“それ”がはっきりと形を成していった。

 そんなおれの様子を、ゼロは、どこか呆れたようにじっと見つめていた。
 けれど、しばらくしてから、ため息まじりに小さく呟いた。

「……ったく、どんな時でも、誰かのために一生懸命なんだから。そういうところ、本当に変わらないよね」
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