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第4話
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温かなスープと黒パンで満たされた胃を抱え、おれは木椅子の背にもたれて小さく息をついた。同時に、ゼロが椅子から立ち上がる。
「じゃ、腹ごなしがてら、村の中を案内してあげるよ。この服に着替えて」
ゼロが棚から取り出した衣服を受け取って、広げてみる。
生成りのシャツに、落ち着いたグレーのズボン。そして、ココアブラウンのウールコートはふんわりと厚みがあり、袖口と裾に小さな刺繍が入っている。おまけに、柔らかそうなブーツまで手渡された。
どれも新品ではないけれど、きちんと手入れされていて、品の良さを感じさせる代物だった。“天文学者の友人の補佐として静養に来た青年”という設定にも、しっくりくる服装だ。
「サイズは合うと思うけど、どう?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
もらった服に袖を通すと、ちょうどぴったりで驚いた。
簡素で落ち着いた色合いの衣服は、王宮魔術師として過ごしていたころの華美な装飾のついたローブよりも、ずっと軽やかに感じられる。
なお、ゼロもまた、偽の肩書きにふさわしい装いに着替えていた。
落ち着いた深緑のジャケットに、アイボリーのハイネックシャツと濃い色のズボン。ただ、その腰にはさりげなく細身の短剣が下げられている。
「じゃあ行こうか! 何かあっても俺がフォローするからさ、気楽に行こうぜ」
「う、うん。よろしくお願いします……!」
「あはは、そんなに固くならなくても大丈夫だって」
そして、ゼロが玄関の扉を開けた途端――冷えた風が頬を撫でた。
けれど、それは冷たいというより、むしろ清々しい感覚だった。
「わぁ……」
家の外には、想像していた以上にのどかな光景が広がっていた。
踏み固められた土の道がゆるやか坂を描いてのびている。その両脇には、素朴な木造の家々が並び、つきでた煙突から、朝の炊事を知らせる白い煙が立ちのぼっていた。
歩くうちに、道の向こうから、朝の仕事に出ていたであろう村人たちがこちらにやってきた。緊張のあまり、心臓の鼓動が早くなる。
そしてとうとう、村人たちがおれたちの正面へとやってきた。彼らに向けて、ゼロは片手を振ってにこやかな笑顔を浮かべた。
「おはようございます、皆さん。朝から精が出ますね」
「スヴェイン様、おはようございます! いつこちらに来られたのですか? 知っていれば皆でおもてなしをしましたのに……!」
「昨日の夕方です。今回は友人と一緒に来たので、二人でゆっくり過ごしたくて。これから村長さんへ挨拶をしに行こうかと思っていたところなんですよ」
おれは内心でかなり驚いていた。
ゼロの喋り方も、声のトーンも、先ほどまでとはガラリと変わったからだ。
先ほどまでの砕けた軽口は影をひそめ、落ち着いた口調と洗練された物腰――これが、この村における“貴族であり天文学者のゼロ・スヴェイン”の姿なのだろう。
そんなゼロに応じて、村人たちはすっかり安心したように笑顔を返してくる。疑われるどころか、おれにさえ親しげな微笑を向けてきた。
そんな彼らに対し、おれも慌てて頭を下げる。
「は、はじめまして、ユウタと言います。しばらくこちらに滞在させていただきます」
「あらあら、ご丁寧にありがとうございます」
「彼は疲労がたたって体調を崩しましてね。この村のことを話したら、ぜひ静養もかねて一緒に来たいと言ってくれて」
「あらまぁ、そうなのですか。では、何もない村ですが、ぜひゆっくりしていってください。必要なものがあれば、なんでも言ってくださいね」
「ありがとうございます……」
「それでは、私たちはこの辺で。皆さんの仕事の邪魔をしては悪いですからね」
ゼロの言葉を皮切りに、村人たちはにこやかに会釈して、また道を歩き始めた。
足音が遠ざかるのを聞きながら、おれは大きく息を吐いた。気がつけば、緊張のために背中がびっしょりと汗ばんでいる。
その背中を、いきなりばしりと叩かれて、思わず「ひゃっ!?」と変な声が出た。
「あはは、ユウリちゃん良かったよ! あとはもうちょい肩の力を抜けば完璧!」
「う、うん……でも、びっくりしたよ。この村では、ゼロってあんな喋り方なんだね」
「そりゃそうだよ。貴族で天文学者のゼロ・スヴェイン様が、いつものこの調子で喋ってたら、威厳もへったくれもないでしょ?」
「……それは、まあ……」
思わず苦笑いがこぼれる。
けれど、先ほどのやりとりを思い返して、ふと疑問が浮かんだ。
「そういえば、ゼロって、村の人たちからずいぶん尊敬されてるみたいだったけど……?」
「貴族で天文学者っていう設定作りのために、この村にはけっこう金銭的な支援をしたからね。あとは、ときどき香辛料とか酒とか、村じゃ手に入りにくいものを差し入れしたりもしてるよ」
「へぇ……」
「ちなみにだけど、ちゃんと王都の役所には“ゼロ・スヴェイン”って名前の戸籍があるよ。スヴェイン男爵家っていう貴族家もきっちり登録済み。書類上は完璧に実在する人間ってことになってるんだぜ?」
ゼロは楽しげに笑いながら、さらりと怖いことを言った。
……こういう話を聞くたびに、おれは本当に、とんでもない王宮の陰謀に巻き込まれてしまったのだなぁと実感してしまう。
まさか、しがない下級魔術師だった自分が、こんな目にあう日が来るなんて夢にも思わなかった。
……けれど……
顔を上げて、空を見上げる。
晴れ渡る空には、白い雲がぽつぽつと浮かんでいた。
道の向こうに広がる畑には、うっすらと霜が降りており、日差しを受けてきらきらと輝いている。羊たちの鳴き声と、どこからか聞こえてくる鶏の鳴き声が、緑の丘の向こうへずっと響き続けていく。
……本当なら、今頃おれは、絞首台に立っていたはずなのに。
そんなおれが、かりそめの身分を得て、この穏やかな村を歩いているというのは……かなり奇妙な状況だ。
けれど、なぜだろうか。この不思議な状況に、ほんの少し……穏やかなやすらぎを感じている自分がいる。
肌をなでる風や、どこか懐かしい土の匂いのおかげだろうか。それとも――
そうしておれは、ゼロと並んでさらに道を進んだ。
すると今度は、家の前で洗濯物を干していた白髪の女性が、おれたちに気づいて声をかけてきた。
「おはようございます、スヴェイン様。いらしていたとは知りませんで……」
「やあ、エミリーさん。今回は友人と来ましてね」
「はじめまして、ユウタと言います」
「まあまあ、それはそれは……ユウタ様、よろしくお願いいたします。スヴェイン様には本当にいつもよくして頂いて……」
様付けで呼ばれるのは、どうにもむずがゆい。けれど、今後のことを思えば、慣れていくしかないんだろう。
そう思っていた時だった。
「あらっ……!」
エミリーさんが足元の洗濯籠に足をひっかけ、籠がごろりと倒れてしまったのだ。中にあった洗いたての衣類が地面に散らばっていく。
「だ、大丈夫ですか?」
おれは反射的に駆け寄って、落ちた洗濯物を拾い集めた。土で汚れていないか確認しながら、籠の中へ戻していく。
そんなおれを見て、エミリーさんが慌ててしゃがみこんだ。
「まあまあ、ユウタ様……! 申し訳ありません……!」
小さな体を折りたたむようにして頭を下げるエミリーさんに、おれは安心させるように笑って見せた。
「大丈夫ですから、気にしないでください」
「本当に申し訳ありません……! 最近はどうにも目が悪くなってきてしまって……手元がよく見えなくて……」
洗濯物をすべて拾い終えると、エミリーさんはさらに申し訳なさそうに目を伏せた。
そして、恥ずかしさと気まずさが入り混じった声で、ひとりごちるように呟いた。
「年をとるというのは嫌なものですねぇ……この頃は、もう針の穴に糸を通すのも一苦労で……」
「それは大変ですね」
「昔は夜でも縫い物ができたのに、いまでは昼間でも、針が見えにくくて……でも、誰にも頼らずに自分でやりたいんですよ。って、ああ、ごめんなさい! こんなつまらない話で引き留めてしまいまして」
「そんなことないです。ご挨拶ができて嬉しかったです」
「ではエミリーさん、また今度ゆっくり話を聞かせてください」
そうして、おれたちはエミリーさんと別れた。
彼女の家が完全に見えなくなったところで、隣を歩くゼロがやれやれといったように肩をすくめた。
「ユウリちゃんさぁ……一応、俺は“男爵家の次男”っていう設定で、君はその友人ってことになってるんだよ? だからさ、ああいう場面でおばあちゃんといっしょに洗濯物を拾うとか、ほんとはダメだからね」
「うっ……!」
ゼロの指摘に、言葉に詰まった。
た、たしかに――そう言われてみれば、その通りだ。
おれたちは今、「貴族とその友人」という偽の身分で村に滞在しているのだ。
「……ご、ごめん。つい身体が動いちゃって……」
いたたまれなさに視線を落とすと、ゼロはやれやれとため息をついた。
「はぁ……まあ、君らしいといえば君らしいけどね」
おそるおそる彼の見上げる。
てっきり呆れているだろうと思いきや、以外にも、彼はやわらかい微笑みを浮かべておれを見つめていた。
「今回は初回ってことで大目に見てあげるよ。でも、次は気をつけるように!」
「ご、ごめん。今度からは気をつける……」
と、答えたはいいものの――実は、ちょっと自信がない。
再び誰かが同じように困っている場面に出くわしたら、おれは手を出さずにいられるだろうか?
それに――今だって、先ほどのエミリーさんの言葉が耳に残って離れない。
目が見えづらくなって、針に糸を通すのさえ辛くなった。それでも、誰にも頼らず、自分でやりたいのだと語ったエミリーさん。
その言葉が、どうしてもおれの前世――ユウタの最期と重なってしまう。
あのときの自分が、周囲の人々に助けてもらったように……彼女を助けてあげることができないかと、つい考えてしまうのだ。
人助けをして、正体がばれたらどうするのか。
ここまでしてくれたゼロの行動を、裏切るような真似をしてはだめだと。
そう、分かっているはずなのに――
どうしても、心の声を無視することができなかった。
「じゃ、腹ごなしがてら、村の中を案内してあげるよ。この服に着替えて」
ゼロが棚から取り出した衣服を受け取って、広げてみる。
生成りのシャツに、落ち着いたグレーのズボン。そして、ココアブラウンのウールコートはふんわりと厚みがあり、袖口と裾に小さな刺繍が入っている。おまけに、柔らかそうなブーツまで手渡された。
どれも新品ではないけれど、きちんと手入れされていて、品の良さを感じさせる代物だった。“天文学者の友人の補佐として静養に来た青年”という設定にも、しっくりくる服装だ。
「サイズは合うと思うけど、どう?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
もらった服に袖を通すと、ちょうどぴったりで驚いた。
簡素で落ち着いた色合いの衣服は、王宮魔術師として過ごしていたころの華美な装飾のついたローブよりも、ずっと軽やかに感じられる。
なお、ゼロもまた、偽の肩書きにふさわしい装いに着替えていた。
落ち着いた深緑のジャケットに、アイボリーのハイネックシャツと濃い色のズボン。ただ、その腰にはさりげなく細身の短剣が下げられている。
「じゃあ行こうか! 何かあっても俺がフォローするからさ、気楽に行こうぜ」
「う、うん。よろしくお願いします……!」
「あはは、そんなに固くならなくても大丈夫だって」
そして、ゼロが玄関の扉を開けた途端――冷えた風が頬を撫でた。
けれど、それは冷たいというより、むしろ清々しい感覚だった。
「わぁ……」
家の外には、想像していた以上にのどかな光景が広がっていた。
踏み固められた土の道がゆるやか坂を描いてのびている。その両脇には、素朴な木造の家々が並び、つきでた煙突から、朝の炊事を知らせる白い煙が立ちのぼっていた。
歩くうちに、道の向こうから、朝の仕事に出ていたであろう村人たちがこちらにやってきた。緊張のあまり、心臓の鼓動が早くなる。
そしてとうとう、村人たちがおれたちの正面へとやってきた。彼らに向けて、ゼロは片手を振ってにこやかな笑顔を浮かべた。
「おはようございます、皆さん。朝から精が出ますね」
「スヴェイン様、おはようございます! いつこちらに来られたのですか? 知っていれば皆でおもてなしをしましたのに……!」
「昨日の夕方です。今回は友人と一緒に来たので、二人でゆっくり過ごしたくて。これから村長さんへ挨拶をしに行こうかと思っていたところなんですよ」
おれは内心でかなり驚いていた。
ゼロの喋り方も、声のトーンも、先ほどまでとはガラリと変わったからだ。
先ほどまでの砕けた軽口は影をひそめ、落ち着いた口調と洗練された物腰――これが、この村における“貴族であり天文学者のゼロ・スヴェイン”の姿なのだろう。
そんなゼロに応じて、村人たちはすっかり安心したように笑顔を返してくる。疑われるどころか、おれにさえ親しげな微笑を向けてきた。
そんな彼らに対し、おれも慌てて頭を下げる。
「は、はじめまして、ユウタと言います。しばらくこちらに滞在させていただきます」
「あらあら、ご丁寧にありがとうございます」
「彼は疲労がたたって体調を崩しましてね。この村のことを話したら、ぜひ静養もかねて一緒に来たいと言ってくれて」
「あらまぁ、そうなのですか。では、何もない村ですが、ぜひゆっくりしていってください。必要なものがあれば、なんでも言ってくださいね」
「ありがとうございます……」
「それでは、私たちはこの辺で。皆さんの仕事の邪魔をしては悪いですからね」
ゼロの言葉を皮切りに、村人たちはにこやかに会釈して、また道を歩き始めた。
足音が遠ざかるのを聞きながら、おれは大きく息を吐いた。気がつけば、緊張のために背中がびっしょりと汗ばんでいる。
その背中を、いきなりばしりと叩かれて、思わず「ひゃっ!?」と変な声が出た。
「あはは、ユウリちゃん良かったよ! あとはもうちょい肩の力を抜けば完璧!」
「う、うん……でも、びっくりしたよ。この村では、ゼロってあんな喋り方なんだね」
「そりゃそうだよ。貴族で天文学者のゼロ・スヴェイン様が、いつものこの調子で喋ってたら、威厳もへったくれもないでしょ?」
「……それは、まあ……」
思わず苦笑いがこぼれる。
けれど、先ほどのやりとりを思い返して、ふと疑問が浮かんだ。
「そういえば、ゼロって、村の人たちからずいぶん尊敬されてるみたいだったけど……?」
「貴族で天文学者っていう設定作りのために、この村にはけっこう金銭的な支援をしたからね。あとは、ときどき香辛料とか酒とか、村じゃ手に入りにくいものを差し入れしたりもしてるよ」
「へぇ……」
「ちなみにだけど、ちゃんと王都の役所には“ゼロ・スヴェイン”って名前の戸籍があるよ。スヴェイン男爵家っていう貴族家もきっちり登録済み。書類上は完璧に実在する人間ってことになってるんだぜ?」
ゼロは楽しげに笑いながら、さらりと怖いことを言った。
……こういう話を聞くたびに、おれは本当に、とんでもない王宮の陰謀に巻き込まれてしまったのだなぁと実感してしまう。
まさか、しがない下級魔術師だった自分が、こんな目にあう日が来るなんて夢にも思わなかった。
……けれど……
顔を上げて、空を見上げる。
晴れ渡る空には、白い雲がぽつぽつと浮かんでいた。
道の向こうに広がる畑には、うっすらと霜が降りており、日差しを受けてきらきらと輝いている。羊たちの鳴き声と、どこからか聞こえてくる鶏の鳴き声が、緑の丘の向こうへずっと響き続けていく。
……本当なら、今頃おれは、絞首台に立っていたはずなのに。
そんなおれが、かりそめの身分を得て、この穏やかな村を歩いているというのは……かなり奇妙な状況だ。
けれど、なぜだろうか。この不思議な状況に、ほんの少し……穏やかなやすらぎを感じている自分がいる。
肌をなでる風や、どこか懐かしい土の匂いのおかげだろうか。それとも――
そうしておれは、ゼロと並んでさらに道を進んだ。
すると今度は、家の前で洗濯物を干していた白髪の女性が、おれたちに気づいて声をかけてきた。
「おはようございます、スヴェイン様。いらしていたとは知りませんで……」
「やあ、エミリーさん。今回は友人と来ましてね」
「はじめまして、ユウタと言います」
「まあまあ、それはそれは……ユウタ様、よろしくお願いいたします。スヴェイン様には本当にいつもよくして頂いて……」
様付けで呼ばれるのは、どうにもむずがゆい。けれど、今後のことを思えば、慣れていくしかないんだろう。
そう思っていた時だった。
「あらっ……!」
エミリーさんが足元の洗濯籠に足をひっかけ、籠がごろりと倒れてしまったのだ。中にあった洗いたての衣類が地面に散らばっていく。
「だ、大丈夫ですか?」
おれは反射的に駆け寄って、落ちた洗濯物を拾い集めた。土で汚れていないか確認しながら、籠の中へ戻していく。
そんなおれを見て、エミリーさんが慌ててしゃがみこんだ。
「まあまあ、ユウタ様……! 申し訳ありません……!」
小さな体を折りたたむようにして頭を下げるエミリーさんに、おれは安心させるように笑って見せた。
「大丈夫ですから、気にしないでください」
「本当に申し訳ありません……! 最近はどうにも目が悪くなってきてしまって……手元がよく見えなくて……」
洗濯物をすべて拾い終えると、エミリーさんはさらに申し訳なさそうに目を伏せた。
そして、恥ずかしさと気まずさが入り混じった声で、ひとりごちるように呟いた。
「年をとるというのは嫌なものですねぇ……この頃は、もう針の穴に糸を通すのも一苦労で……」
「それは大変ですね」
「昔は夜でも縫い物ができたのに、いまでは昼間でも、針が見えにくくて……でも、誰にも頼らずに自分でやりたいんですよ。って、ああ、ごめんなさい! こんなつまらない話で引き留めてしまいまして」
「そんなことないです。ご挨拶ができて嬉しかったです」
「ではエミリーさん、また今度ゆっくり話を聞かせてください」
そうして、おれたちはエミリーさんと別れた。
彼女の家が完全に見えなくなったところで、隣を歩くゼロがやれやれといったように肩をすくめた。
「ユウリちゃんさぁ……一応、俺は“男爵家の次男”っていう設定で、君はその友人ってことになってるんだよ? だからさ、ああいう場面でおばあちゃんといっしょに洗濯物を拾うとか、ほんとはダメだからね」
「うっ……!」
ゼロの指摘に、言葉に詰まった。
た、たしかに――そう言われてみれば、その通りだ。
おれたちは今、「貴族とその友人」という偽の身分で村に滞在しているのだ。
「……ご、ごめん。つい身体が動いちゃって……」
いたたまれなさに視線を落とすと、ゼロはやれやれとため息をついた。
「はぁ……まあ、君らしいといえば君らしいけどね」
おそるおそる彼の見上げる。
てっきり呆れているだろうと思いきや、以外にも、彼はやわらかい微笑みを浮かべておれを見つめていた。
「今回は初回ってことで大目に見てあげるよ。でも、次は気をつけるように!」
「ご、ごめん。今度からは気をつける……」
と、答えたはいいものの――実は、ちょっと自信がない。
再び誰かが同じように困っている場面に出くわしたら、おれは手を出さずにいられるだろうか?
それに――今だって、先ほどのエミリーさんの言葉が耳に残って離れない。
目が見えづらくなって、針に糸を通すのさえ辛くなった。それでも、誰にも頼らず、自分でやりたいのだと語ったエミリーさん。
その言葉が、どうしてもおれの前世――ユウタの最期と重なってしまう。
あのときの自分が、周囲の人々に助けてもらったように……彼女を助けてあげることができないかと、つい考えてしまうのだ。
人助けをして、正体がばれたらどうするのか。
ここまでしてくれたゼロの行動を、裏切るような真似をしてはだめだと。
そう、分かっているはずなのに――
どうしても、心の声を無視することができなかった。
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