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第五話

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 正直に言って、おれはレックスと正反対の人間だ。学院内に友人こそいるものの、それは同じ学科のよしみで出来たようなものであって、彼らとあまり深い付き合いはしていない。というのも、彼らはベータで、おれがオメガだからだ。

 オメガは<ヒート>という特性を持っているため、社会での地位は低い。発情期がくれば働くどころかまともに動くこともままらなないし、ヒート中にうっかりアルファに出くわそうものなら、アルファを狂暴な発情状態に誘発してしまう。
 国の一部には、『オメガは十代になったら隔離施設にいれるべきだ』『番のいないオメガを自由に行動させるべきではない』といった意見を提唱するオメガ差別主義者すらいるほどだ。

 なので、学科の仲間たちは授業内やゼミ内では友人として接してくれはするものの、学院外での付き合いをしようとしたり、外の遊びにおれを誘うことはなかった。
 まぁ、無視をされることなく、友人として接してくれるだけでありがたいものだ。

 だから、レックスのことがますます不思議なのだ。

 学科も違えば、学年も違うおれとレックス。くわえておれはオメガだし、こうして会話をしていてもとくだん面白い人間でもないはずだ。

 レックスはいったいどうして、おれに近づいてきたのだろう?
 それに、謎はもう一つある。この後輩が入学早々に打ち立てた功績だ。

 ホーリースライムに〈第二の性別〉があるという世紀の大発見。
 だが、その内容は、おれがプレイしていた『聖なる百合園の秘密』のゲームの中には出てこなかったものなのだ。

 『聖なる百合園の秘密』の作中では、ホーリースライムに第二の性別があるなんてことは知られていなかったし、ゲームの主人公たちもそんな発見は成しえなかった。

 また、ゲームのストーリーには、主人公が終盤に<オメガ用発情抑制薬>と<アルファ用発情抑制薬>を作り出すことに成功する。しかし、その試作品の薬を主人公が飲んだところ、薬の副作用によって主人公が体調不良になって寝込んでしまう……というイベントがあった。
 ホーリースライムに〈第二の性別〉があると分かっていれば、自分で試す前に、ホーリースライムで薬の効果を試していたはずだ。

 そして、『聖なる百合園の秘密』のゲームの主人公はまだ存在していない。
 彼女が誕生するのは、今からおよそ一年後だ。これはゲームの中に出てきた西暦から分かった。そして、主人公が<白百合学院エルパーサ>へ入学するのは、今から十八年後のはずだ。

 つまり、今は『聖なる百合園の秘密』よりも十八年も前の時代なのだ。
 なのにゲームの中では、ホーリースライムが<第二の性別>を持っていることは誰も知らなかった。

 どうして十九年後の『聖なる百合園の秘密』の時代に、ホーリースライムのことが伝わっていなかったのだろう?
 知識が失伝するような長い期間でもない。

 考えられるとすれば……レックスの学説が間違っている、ということだろうか? 

 だが、学院の教授たちの検査結果でも、ホーリースライムに<第二の性別>があるという裏付けは取れたようだ。国際魔術学会で発表するということだから、それはもう間違いのない事実なのだろう。

 または、他に考えられるとしたら……なんらかの理由でゲームのストーリーに狂いが生じている、とかだろうか?

 つまり、レックスの発見は、ゲームの歴史通りだったら起きなかった、ということだ。

 おれが<魔術学院スカルベーク>に入学したのは、ゲーム内にはない行動だ。
 おれがこの学院に入学し、ゲームのストーリーを変えている影響で、もしかしたらレックスもゲームのストーリーにはない行動を起こしているのではないだろうか?

 しかし、そこまで考えて、おれは自分の驕った思考に苦笑いが浮かんだ。

 おれがゲームの流れを変えたから、レックスもゲームのストーリーから外れた行動をしているなんて、あまりにも驕った考えだ。

 この世界はゲームではなく、現実だ。
 レックスは自分で考えて、自分の意志で生きている人間だ。ゲームのストーリーにない行動を起こすなんて、人間なら当たり前じゃないか。

 それを、おれが学院に入学したから、レックスもストーリーから変わった行動をしているなんて考えるのは、あまりにも自分本位な考え方だった。

 ひとまず、この件を考えるのはよそう。レックスの発見はすごいことで、世の中の人々の役に立つことだ。今はそれだけでいいじゃないか。

 そんなことを考えていた時、ふと、東の空から一羽の<妖精鳥>がこちらへ向かって飛んでくるのが見えた。

 <妖精鳥>は、この世界の魔術師が使う伝達手段だ。聖銀という特殊な金属でつくった鳥に、自身の魔力を注ぎ込むと、まるで本物の鳥のようにさえずり、動き出すのだ。
 優れた魔術師は<妖精鳥>をさらに加工して、唄を歌わせたり、羽やボディを加工してさらに本物の鳥のようにしたり、アクセサリーをつけたり、なんだったら目を光らせてビームとか出せるようにする。

 目からビームはさすがにどうかと思うが、便利は便利だ。この世界には電話やメール等の通信手段が存在していないため、遠く離れた他人と連絡を取り合う時には、<妖精鳥>に手紙を持たせて飛ばせるのが一般的だった。
 前世の概念でたとえるなら、機械仕掛けの伝書鳩、という表現が分かりやすいかもしれない。

 東の空から飛んできたのは、明るい水色の<妖精鳥>だった。羽の先が金色に塗られている。

 おれにとっては見慣れた<妖精鳥>だったが、隣に座るレックスもこの<妖精鳥>の持ち主を知っていたらしい。その証拠に、<妖精鳥>の姿を見るなり眉をひそめて、不機嫌そうな顔になった。

「あー……その<妖精鳥>って、先輩の婚約者のやつだよな?」

「ああ、そうだ」

 やはりレックスは知っていたようだ。
 明るい水色の<妖精鳥>は、おれの婚約者のものだった。膝の上に降り立った<妖精鳥>から、くわえていた紙を手に取って開く。

 それは、手紙というよりは、走り書きのメモに近かった。内容はひどく端的で『月末の学院交流会に向けて話をしておきたい』という旨と、店の場所と日時が書いてあるだけだ。末尾には婚約者の名前であるルーカス・ブラウンの記載があるが、宛名であるおれの名前は書いていない。

 おれはすこし迷った。店の場所と日時は、今日の夜七時に貴族街にある料理店を指定している。だが今しがた、レックスから夕食に誘われたばかりだ。

 先にレックスの方が夕食に誘ってくれたのに、相手が婚約者といえど、この提案を受諾していいものだろうか。
 だが、このメモ書きにはおれが断りの文句や、別の日時を記載できるスペースはどこにもない。どうやらルーカスは、おれが自分の誘いを断ることをみじんも考えていないようである。

「先輩、俺との約束は別にいいよ。また今度、先輩の都合のいい日に行こうぜ」

「そうか? 悪いな、そう言ってくれると助かるよ」

 なんと言ったものか迷っている間に、レックスの方がそう言ってくれた。おそらく、困っているおれを見かねてのことだろう。
 おれは礼を言うと、ペンを取り出してメモ書きの端っこに小さく了承の旨を書いた。それを<妖精鳥>へ渡すと、明るい水色の鳥はさっと羽をひろげて、あっという間に空へ飛び上がった。

 あっという間に小さくなる鳥の姿を目で追っていると、不意に、おれの肩に隣から腕を回された。見れば、レックスがおれの肩に腕を回している。まるで、鳥を追うおれの目線を自分に引き戻すかのようだった。

「月末の学院交流会、先輩も行くんだ?」

「ああ、婚約者殿は<白百合学院エルパーサ>の代表の一人に選ばれたらしくてな。婚約者がいる人間は、基本的に婚約者同伴で参加するのが慣習らしい」

「あー、そっか」

「たしか、お前も出るんだろう? うちの学院の代表として」

「まぁね。でも、俺は婚約者なんていないから、一人寂しく参加だよ」

 そう言って、レックスはちらりとおれの顔を見た。

「あーあ。先輩がフリーだったら、先輩を誘ったんだけどなぁ」

 おれは肩をすくめた。

「わざわざおれなんか誘わなくても、お前のパートナーになりたい奴ならいっぱいいるさ。一人で参加して目立つのが嫌なら、友達に声をかけてみたらどうだ?」

「……そういうことじゃねーんだけど」

 レックスは苦笑いを浮かべると、ゆっくりとおれの肩から手を離した。

 そして、なぜかその後は、あまり会話が弾まなくなってしまった。
 おれとレックスは言葉少なになり、もそもそと残りのサンドイッチを黙って食べた後、なんだか気まずい空気のまま、お互いの所属する学科にそれぞれ戻ったのであった。
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