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第四話

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「レックス。お前また、そんなに甘いものばかり買って……」

「えー? だって、頭使うと糖分が欲しくなるしさぁ」

「気持ちはわかるけどな。甘いものばかり一気に食べると血糖値が上昇するから、午後の授業がつらくなるぞ」

「じゃあ先輩に半分あげる。かわりに先輩のサンドイッチ、半分もらうわ」

「……たしか二日前も、このベンチでお前とほとんど同じ会話をして、弁当交換したよな」

「いいじゃん。先輩だってじつは甘いの好きなんだろ?」

 レックスはそう言うと、おれの返事を待たずに、膝の上に広げてあったランチボックスからサンドイッチをさっと素早く取っていってしまった。
 あいたスペースには、レックスが物売りから買ったシュネーバレンが置かれる。全部で何個買ったのか知らないが、六つのシュネーバレンをどさどさと置かれて、おれは慌てた。

「おい、レックス。こんなにいらないぞ」

「だって先輩が、血糖値の上昇がどーのこーのうるさいからさ。ま、残ったらおやつに食べてよ」

 ちなみにシュネーバレンとは、直径十センチほどの丸い形の揚げ菓子だ。小麦粉、卵、砂糖、バター、生クリーム、蒸留酒から作った生地を細長く切り、専用の型に入れて回転させながら揚げて、真ん丸な形にしていく。しかも、揚げたあとでさらに粉砂糖やシナモン、チョコレートをまぶすのだ。

 正確に計測したことはないが、作り方を聞いただけでも、栄養価はほとんどなさそうなのにカロリー値は死ぬほど高そうな菓子である。

 レックスは甘党らしく、よく物売りからこういう菓子を買っている。超高級ステーキ店に行ったときも、最後にチョコレートパフェをぺろりとたいらげていた。

 それはいいのだが、レックスは昼食や夕食を甘い菓子だけで済ませようとすることが多い。おれは一応レックスの先輩だから、見かねて注意をするのだが、そうすると今みたいにレックスはおれの弁当なんかを強引に交換したり、あるいは一方的に奪っていくのだ。

 あまりにもその頻度が多いものだから、おれも最近は、こいつの分まで多めに弁当やツマミを作ってくるようになってしまった。
 昼食の時にレックスに会わなかったとしても、その後に高確率で、レックスの方から「先輩、小腹がすいたんだけど、今日はなんか持ってねーの?」って尋ねに来るので、今のところおれの準備が無駄に終わったことはない。

「お。今日は先輩にしては、珍しく具が豪華じゃん」

「珍しくは余計だ」

 とはいえ、たしかにレックスの言う通り、今日はおれが作ったものにしては具が豪華なサンドイッチだ。
 エビとアボカド、フリルレタスのサンドイッチと、ベーコン、レタス、トマト、卵のサンドイッチの二種類である。

 いつもはベーコン、レタス、トマトのBLTサンドイッチを作っていたのだが、二日前にレックスから「先輩の作るやつ、うまいんだけどさー。ここ何ヶ月もずっと同じで飽きたから、今度は違うの作ってきてよ」と言われてしまった。なので、今回は前世で食べたサンドイッチの記憶を頼りに、違う味のものを作ってみたのだ。

 べつにおれがレックスの要望に従う必要はないのだが……こいつ、放っておくと、本当に甘いものと肉ばっかりしか食わないからな……

 まぁ、おれもレックスには食事を何度か奢ってもらったりしているし、今みたいにお菓子をもらったりしているので、これぐらいの手間なら別にいいかと思った次第である。

 なお、おれは〈魔術学院スカルベーク〉の敷地内にある学生寮に入っている。
 実家のある港町は王都よりだいぶ離れた場所にあるので、学生寮に入らざるを得なかった。なお、レックスも同じく学生寮に入寮している。

 この学生寮では、寮費とは別にお金を払えば、朝と夜の食事、そして昼食用の弁当も用意してくれる。だが、自分で作ったほうが安上がりなので、おれは頼んでいない。

 この学院に入学するだけでも、両親には入学金と授業料の支度で負担をかけてしまった。だから、節約できるところはなるべく節約したかったのだ。
 前世で会社員だった時は、アパートで一人暮らしをしていたから、ある程度の自炊の経験もあったしな。

 なお、もしも自分で作ることができない時でも、昼時にはこうして物売りが弁当や惣菜を売りにくるし、学生寮に届け出をすれば夜でも町へ行くことができるので、学院の外に飯を食べに行くことができる。繁華街に行けば、学生寮の食事よりも安い食堂が山程あるので、さほど苦労はしていない。

 なんなら、レックスも学生寮に三食の用意をしてもらえばいいと思うのだが、そう言ったところ「味は悪くはないんだけどさ。ちょっとお上品すぎるんだよね」とのことだった。

 ……言い換えると、おれの作るものは「上品」からかけ離れた味ということだろうか。
 ちょっと複雑な気分である。

「なぁ、先輩。これもっとねーの?」

「あるぞ。どっちが欲しいんだ?」

「エビのやつがいい」

 おれはランチボックスに入れていた包みから、新しくエビとアボカドのサンドイッチを取り出すとレックスに渡してやった。

 なお、ランチボックスには〈冷温魔法〉という魔法がかけられているので、中のものが冷たいまま、もしくは温かいまま長時間の持ち運びができるすぐれものだ。今度は〈冷温魔法〉をかけたスープジャーを持ってきて、温かいスープを一緒に持ってきてもいいかもしれない。
 レックスは放っておくと、本当に自分の好きなものしか食べようとしないのだ。嫌いなわけではないらしいが「野菜ばっかり使った上品な料理は実家で食い飽きた」と言っていた。
 はっきりと聞いたことはないが、レックスの偏食はどうやら彼の実家に原因があるらしい。

「先輩先輩。これ、気に入ったから明日も作ってきてよ。材料費と手間賃払うからさ」

「これくらい別にいいよ。以前、お前に奢ってもらったステーキ店の借りも、なんだかんだまだ返せてないしな」

「あ、そういやそのステーキ店の姉妹店が、南の大通りにできたの知ってる? 今日の夜食べにいこうぜ。どうせ先輩、予定とかないだろ?」

「……お前はどうしてそう一言余計なんだ」

 やれやれ、と肩をすくめるおれに対し、レックスはおかしそうに笑った。そうやって笑うと、普段よりも年相応に見える。

 レックスはいつもこんな調子で、相手がおれに限らず、誰に対してもあけすけな物言いをする。
 けれども、不思議とこの後輩を嫌っている人間は少ない。気難しいと噂される〈従魔獣学科〉の古株の教授でさえ、レックスが大のお気に入りだという噂も聞いた。
 彼の打ち立てた功績によるところもあるのだろうが、基本的に要領がよく、人好きのする性格なのだと思う。

 ……しかし、ますます不思議だ。

 友人や味方も多いこの後輩は、いったい何が楽しくておれにかまうのだろうか?
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