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第三話

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「ところで先輩、お昼食べた? まだなら俺と外に食いに行こーよ」

「……悪いけど、おれ、自分で弁当持ってきてるから」

「じゃあ中庭でいっか。この時間なら物売りが来てるだろうし」

 いや、遠回しに断ったつもりだったんだが……

 おれは呆れてレックスを見上げた。だが、彼は素知らぬ顔をして隣を歩いている。

 ーーおれとレックスは図書室を出た後、学院の中庭へ向かって歩いていた。

 というか、そもそもおれは図書室で本を借りた後に、中庭へ言って昼をとるつもりだったのだが、なぜかレックスが隣にならんで一緒に歩きはじめたのである。

 先ほど、図書室で助けてもらった手前もあるので、邪険にするのもためらわれて、そのまま彼と一緒に歩いていたのだが……どうやら、昼食も一緒にするつもりのようだ。

 けれど、レックスと昼食をとったり、行動をともにするのが今日が初めてではない。
 彼はよくこうしておれのところにやってきて、ちょっかいをかけたり、一方的に話しかけてくるのだ。

 同学年の友人からは「リオはずいぶんとあの後輩に懐かれたなぁ」なんていって揶揄されたが、正直、どうしてレックスがおれなんかにこうも関わろうとしてくるのか、理由がさっぱり分からない。

 なにせ、レックスは学年も違う上に、アルファだ。

 その容姿は一度出会ったら絶対に忘れないくらいの美形で、この後輩と道を歩いていると、男女を問わず何人もの人間が振り返って見惚れているのをよく目にする。
 しかも、レックスは今年、この〈魔術学院スカルベーク〉に首席で入学をした。〈魔術学院スカルベーク〉に入学するには、在校している生徒か教師、または卒業生から推薦状を書いてもらい、その上で筆記試験を受ける必要がある。とはいえ皆、推薦状を書いてもらえるレベルの学力はあるので、この筆記試験で落ちる生徒はほとんどいない。
 だが、噂に聞くところによると、レックスはなんと全問満点だったらしい。

 しかも、それだけではない。レックスは〈魔術学院スカルベーク〉に入学したあともすごかった。
 彼が在籍しているのは〈従魔獣学科〉であり、この学科は、モンスターや妖精、精霊を従魔術によって自分に使役させる学科だ。ちなみにおれは〈魔法薬学科〉に在籍している。

 レックスはこの〈従魔獣学科〉に入ってそうそう、世紀の大発見を行った。
 それは〈人類以外に第二の性別をもつ生物の発見〉である。

 今年までにおいて、アルファ・ベータ・オメガという三種の〈第二の性別〉を持つ生き物は、世界中で人間だけであり、他の哺乳類や動植物は〈第二の性別〉を持たないというのが定説であった。

 しかし、それを覆したのがレックスだ。
 彼は入学してそうそう、スライムの一種であるホーリースライムに〈第二の性別〉があるという仮説を発表した。

 ホーリースライムとは、スライムの中でもかなりレアなスライムで、回復魔法を使うことのできるモンスターだ。
 なんでも、他のスライムには〈第二の性別〉は存在しないのだが、ホーリースライムのみに〈第二の性別〉が存在するというのだ。

 〈従魔獣学科〉に所属する教授と教員たちの検証の結果、レックスの仮説は正しいことが認められた。現在は、秋に行われる国際魔術学会へ向けて、正式な発表準備を行っているそうだ。
 つまり、レックスという後輩は、容姿端麗で頭脳明晰な上に、この国の学会史に名前を残すことが確定している男なのである。

 先程、おれに絡んできた後輩くんがレックスに怯えていた理由もここに起因する。
 これまでのことから、レックスは、一年生にして魔術学院スカルベーク創立以来の秀才とさえ呼ばれているのだ。当然、教授たちからの覚えも良い。
 誰だって、こんな男を敵に回したくはないだろう。

 ならば逆に、どうしてこんなにすごい後輩が、おれの隣でのんきに鼻歌を歌いながら歩いているのかというと――実は、その理由がさっぱり分からなかったりする。

 おれとレックスが知り合ったのは、学院の入学式だ。
 とはいっても、たいした出会いでもない。

 入学式の日に、なんだか学院の中庭のベンチでぼんやりと座っている男子学生がいて、そのベストが臙脂色だったから『あの一年生、もしかして講堂の場所が分からないのか?』と思い、おれから声をかけたのが始まりだった。

 遠目だったから、ブローチの色は最初は見えていなかった。声をかけた後で、目の前の青年がアルファだということに気がついたが、まぁ道を教えるくらいなら大丈夫だろうと思ったのだ。

『きみ、一年生だろう? そろそろ入学式が始まるぞ。講堂の場所が分からないなら案内しようか?』

『うん? ああ、いえ、講堂の場所は分かるんですけどね。なんか、ちょっと面倒になっちゃって、ここでサボるのもありかなって思って』

『……そうか。おれにはよく分からない感覚だが、そういうのもありなのかな。これが噂に聞くジェネレーションギャップというやつだろうか……』

『あはは、なにそれ? センパイと俺、一コしか年ちがわないじゃん。ところで先輩、その左手の怪我ってどうしたんです?』

『ん? ああ、これか。子どものころにちょっと怪我してな』

 レックスが尋ねてきたのは、おれの左手にある古傷だった。子どものころに負ったもので、今でも赤い痕が残っているのだ。
 普段はシャツやベストで隠れているのだが、その日は天気が良かったので、長袖のシャツを肘上までまくっていたのだった。

『痕めちゃくちゃ残ってるじゃん。痛かったでしょ、それ』

『べつに? ぜんぜん痛くなかったぞ。それよりも君、入学式くらいはやっぱり出たほうがいいんじゃないか。ご両親だって来てるんだろう?』

『んー……』

 ベンチに座っていた青年はしばし考え事をしていたが、おもむろに立ち上がると、おれの手を掴んできた。

『分かった。じゃあ入学式行くからさ、講堂まで案内してよ、センパイ』

『え? きみ、さっき講堂の場所は分かるって言ってなかったか?』

『言ったっけ、そんなこと。先輩の聞き間違いじゃねーの?』

『え、ええ……? 確かに言ってたと思うんだが』

『いいじゃんそんな細かいこと。ホラ、早く案内してよ先輩。そういや俺、入学式で答辞読めって言われてたの思い出したわ』

『答辞!? ちょっと待て、それが本当ならこんなところでのんびりしてる暇はないぞ!?』

 おれは慌てて青年の手を掴みなおして講堂へ向かった。それがレックスとの初めての出会いだ。
 そして二回目の出会いは、彼の方からおれを尋ねてきた。

 おれが所属する〈魔法薬学科〉の学院棟までやってきたレックスが「入学式に講堂まで案内してくれたお礼に、俺が奢るんで、夕飯食べにいきましょーよ。先輩の好きなもんでいいですよ」と言ってきたのだ。

 どうしようかと思ったが、場所が場所なだけに、周囲にいた友人や知人たちにジロジロと注目されていた。周囲に『異なる学科までわざわざお礼をしにきた後輩からの誘いを無下にする男』と思われてもまずいと感じて、その申し出を受けてしまった。
 あれくらいのことで夕飯を奢ってもらうのは気がひけたので、そう告げたところ、「じゃあ次は先輩がなんか奢ってよ」と言われてしまい……気がつけば、こうしてレックスと行動を共にするのが当たり前のようになってしまった。
 ちなみにレックスが奢ってくれたのは、超高級ステーキ店だった。サーロイン美味しかった。

 今思い返しても、レックスとの出会いの際に、大した出来事があったわけでもない。
 あの些細やりとりの中に、彼の興味を引くような言動があったとも思えない。

 強いて注目するならば、レックスは最初はなんとなくではあるが敬語っぽい喋り方だったのに、途中から完全にタメ口に切り替わったな……というところだろうか。まぁ、その点はさほど問題ではない。

 レックスがおれに距離をつめてくる理由がさっぱり分からないまま、気がつけば、入学式から四ヶ月の月日が経過していた。

 なお、この国には四季が存在せず、春、秋、冬の三つしか季節がない。そのため今は秋になっており、衣替えもない。

 レックスと出会った日の中庭は、花壇に色とりどりの花が咲いていたものの、今ではすっかりと枯れてしまっている。かわりに、ベンチの脇に日差し避けとして植えられた広葉樹が見事な紅葉を迎えていた。

 おれは空いていたベンチの一つに座った。レックスの方は荷物を置いてから、中庭の脇にいる物売りたちのところへと向かった。

 昼時になると、この中庭には外部の人間が弁当や菓子を売りに来る。学院が許可証を与えたものたちしか来ていないため、物売りに見せかけたスリや盗人が入ってくることはない。おれの元の世界でいうところの購買のようなものだ。
 見れば、物売りたちの前には人だかりができており、その中にはおれと同じ〈魔法薬学科〉の生徒の姿もちらほらと見える。

 レックスはあらかじめ買うものが決まっていたのか、すぐに戻ってきた。小走りで戻ってきた彼は隣に勢いよく座る。
 おれは顔をしかめた。レックスが勢いよく座ったことにではない。その手に持ったものを見て、思わず自然と苦い顔になってしまったのだった。
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