転生者オメガは生意気な後輩アルファに懐かれている

秋山龍央

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第三十七話

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 おれは口をぽかんと開けて、ルーカスを見つめた。
 だが、ルーカスはなんだかキラキラした泣き笑いの表情で、こちらを見つめ返してくる。思わず素で尋ねていた。

「な、何を言ってるんだ、ルーカス? 頭がおかしくなったのか? おれとルーカスの婚約はもう終わったことだろう?」

「ああ、そうだね……僕たちは、一度は終わった。でも、今、君は僕の謝罪を受け入れてくれたじゃないか。僕の過ちを許してくれたってことは、再び僕と婚約するってことだろう?」

「は……はぁ!? 何がどうしたらそうなるんだ!?」

 掴まれた右手を振り払おうとするが、ぜんぜん離れない。
 くそっ、そういえば前もそうだったな……! アルファは握力も強いんだった!

「ルーカス、離してくれ! おれは婚約も結婚もするつもりはない!」

 おれが怒鳴り声をあげると、ルーカスは困ったような表情に変わった。

「リオ……どうしてそんな風に言うんだ? 僕と君が再び婚約すれば、何も問題はなくなるんだよ?」

 ルーカスはまるで、聞き分けの悪い駄々っ子を相手にしているかのような口調だった。よく見れば、その瞳には光がない。

「ルーカス……?」

戸惑うおれに、ルーカスは気味の悪い笑みを貼り付けたまま、言葉を続けた。

「君が僕と婚約しなおせば、みんな、今回の件はちょっとした婚約者どうしの痴話喧嘩だって分かってくれるんだ。白百合学院からの僕と先生への処分も撤回されるし、記者共に連日追いかけ回されることもなくなる。学院の皆から白い目で見られることもなくなるんだ。それなのに、どうして僕を困らせるんだい?」

「そ、そんなのはルーカスの自業自得だろう!? おれには関係ない!」

 怒りを通り越して、だんだんと、目の前の男に対する恐怖がじわじわと湧き上がってくる。

「ルーカス、離せ! おれは帰らせてもらう、お前と婚約し直すつもりは――」

 悲鳴に近い怒声をあげたところで、急に、左の頬にとてつもない衝撃が走った。ルーカスがようやく手を離したものの、おれは膝から力が抜けて、がくりと床へ崩れ落ちってしまった。頭の中がぐわんぐわんと揺れて、視界が定まらない。

 な――なんだ? いったい、何が起きたんだ?

「まったく……リオ、天邪鬼もここまで来ると可愛くないよ?」

 頭上から響くルーカスの声を聞きながら、手を頬に当てる。すると、ぬるりと生暖かいものが指先についた。赤いそれは、どうやらおれの鼻血らしい。
 一拍遅れて、ようやく、自分がルーカスに殴られたのだということに気がついた。

「ルーカス、お前……!」

「ああ、でも大丈夫。本当は君が僕を好きだってことも、僕を振り回したいがためにこんなことをしたのも、全部分かっているさ」

 ルーカスは、やれやれといった調子で肩をすくめた。
 おれは呆気にとられて、そんな彼を見つめた。しかし、その表情を見る限り、どうやらルーカスは冗談で言っているわけではないらしい。信じがたいことに、本気でそう言っているのだ。

「お、おれがルーカスを好き? ミレイ嬢にやきもち?」

「そうだよ。だって君は、僕と婚約してからすぐに手紙を送り続けてきたじゃないか。僕が面倒くさがって返事をしなくても、しつこいくらいに何度も何度も一方的に……」

「それは――」

 いや、それは、せっかく父が苦労してまとめてくれた婚約の相手なのだから、粗相がないようにと思っただけで……

「それに、僕が白百合学院エルパーサへの合格が決まった直後に、君も同じ王都にある魔術学院スカルベークへ入学したいって言い出しただろう。当時の僕は、そこまでして僕のそばにいたいのかとずいぶん驚いたよ」

 いや、当時のおれは、ルーカスが白百合学院エルパーサに入学するなんて全然知らなかったぞ。
 だってお前、今自分でも言ってたけれど、おれの手紙にぜんぜん返事くれなかっただろ。どうやったらおれがその情報を知ることが出来るんだよ……
 そもそも、婚約者のそばにいたいって理由なら同じ学校に通うのでは?

「プリンツ市から王都に来ても、君はずっと相変わらずだったね。僕がいくら無視をしても、何度も何度も手紙を送ってくるし……僕が君の都合をきかずに一方的に呼び出しても、一度も断ることもなかった」

 ルーカスは歌うような口調のまま、自身の上着のポケットへ手をやるとごそごそとまさぐり始めた。おれはこの隙に立ち上がろうとするが、いまだに頭の中がぐらぐらと揺れて、足に力が入らない。

「正直に言おう。僕はそんな君の気持ちをずっと重く感じていたんだ。そのせいで君を遠ざけてしまった……だから、君はこんな真似をしたんだね。僕が君を放っておいて、ミレイにばかりかまけていたせいで……」

 おれの目の前にしゃがみこんだルーカスは、ポケットから取り出した硝子瓶をおれの前に突きつけた。そして、おれの顔に向けてスプレーを発射した。噴射口から吹き出された液体の粒子をもろに吸い込んでしまい、反射的にげほげほと咳き込む。だが、ルーカスはおれが咳き込むのもかまわず、二度三度とスプレーを吹きかけてきた。

「げほっ、ごほっ! な、なにするんだ……ゲホッ!」

「前に話しただろう? オメガ用の発情促進剤だよ、手に入れるのにずいぶん苦労した」

 おれはぎょっとしてルーカスを見つめた。

「え……え? そ、それは違法な薬だろう!? なんでそんなもの……!」

 慌てて薬を吐き出そうと、喉の奥へ指を入れようとする。だが、その前におれの腕はルーカスに掴まれて止められてしまった。

「もちろん、僕と君の婚約のためだよ」

 ルーカスは優しげな笑みを浮かべてみせた。しかし、その瞳は変わらずどろりと淀んでいる。
 こんなに彼の穏やかな表情を見るのは、これが初めてだった。だが、今までで一番恐ろしい笑みだった。

「君はまだ、自分の気持ちに素直になれないみたいだからね。だから、薬の力を借りて元の君に戻ってもらおうと思って」

「も、元のおれ……?」

「ああ。僕に従順で、自分の立場をわきまえたお利口さんなオメガの君に、ね」

 もはや、おれの胸の内には恐怖しかなかった。先ほどから、この男とちっとも会話が成立していない。
 足に力が入らないため、床に座り込んだままずりずりと後退りをして、ルーカスから距離をとろうとする。だが、ルーカスはそんなおれの身体を突き飛ばすと、上にのしかかってきた。

「ど、どけ、ルーカス……おれはお前なんか好きじゃない!」

「やれやれ、まだそんな憎まれ口を叩くのかい。でも、身体の方は従順になってきたみたいだ」

「ひっ!?」

 ルーカスがおれの股間を、ズボン越しに掌で触れてきた。
 薬の効果がさっそく出始めたらしく、すでにそこは勃ちあがり始めていた。心なしか身体も熱っぽく、皮膚がざわつく。心臓の鼓動も早くなっている。

「い、いやだ、触るな……ッ!」

「この薬のいいところは、普通のオメガの発情状態と違ってフェロモンが出ないんだ。だから、僕が発情状態になることはない。でも、うなじを噛めばちゃんと番は成立するんだって。良かったね、リオ」

 満足気な笑みを浮かべたルーカスが、おれの服を裂くように剥いでいく。あっという間に、上着とシャツは脱がされて、胸元がはだけられてしまった。ルーカスはあらわになったおれの胸に手をのばすと、その上で尖っている乳首へ思い切り爪を立てた。

「いっ……!」

「はは。いくらすました顔をしていても……やっぱり君も所詮はオメガだな!」

「い、いたい、ルーカス……ひっ、ぐ!」

 ルーカスはおれの乳首へギリギリと爪を立てて、乱暴につねってきた。
 とてつもない痛みに涙がにじむ。そのくせ、身体は薬のせいで発情状態になっているものだから、そんな暴力の中でもかすかに快感を拾ってしまう。自分が情けなかった。

「僕の両親は、昔からずっと言っていたよ。オメガはアルファがいなければ真っ当に生きることすら出来ない劣等種なんだって……最近の君は、そんな自分の立場を忘れているみたいだからね。だから、僕がちゃんと躾けてあげる」

「ル、ルーカス……!」

 ルーカスの手がおれのうなじへと伸びた瞬間、今まで以上に血の気が顔から引いた。
 彼がそこを噛んで、番関係を成立させようとしていると分かったからだ。反射的に、自分のうなじを掌で覆った。だが、ルーカスは無理矢理に引き剥がそうとしてくる。
 おれは首を横に振ってルーカスの手を遠ざけようとすると、今度は彼は、再びおれの胸元へと手を伸ばしてきた。そして、今度は血がにじむほどに強く爪を突き立ててくる。

「い゛ッ!」

「いい加減にしてくれ、リオ! 君と僕が婚約しなおせば、全てうまくいくんだよ! どうせ君だって、庇護してくれるアルファなら、相手は誰でもいいんだろう!?」

 奇しくも、その言葉はかつてレックスに言われたものと同じだった。
 けれど――ぜんぜん違う。

 今なら分かる。あの時のレックスはおれのことを思って言ってくれていた。

 ルーカスは――こいつは、最初から最後まで、おれのことなんかちっとも見ていない……!
 こいつが見ているのは自分と、自分に都合のいい妄想だけだ!

「っ……ックス……」

 思わず、ぎゅうっと目をつぶると、閉じた瞼から涙が溢れた。
 多分、このままだとおれは力で押し負ける。そうなったら、ルーカスにうなじを噛まれてしまうだろう。そうなったらどうなるのだろう。レックスとの番はうまく成立していなかったみたいだから、ルーカスの番になってしまうのだろうか。

 やっぱり、あの時、もう一度レックスに噛んでおいて貰えれば良かったなぁ……

「――なに、おい、なんだ? どうしてこの部屋に……」

 不意に、暗闇の向こうでルーカスの戸惑った声が響いた。そして次の瞬間には、身体がふっと軽くなった。突然、上にのしかかっていたルーカスが消えたようだった。

 何が起きたのか分からず、おれはこわごわと目を開けた。すると、視界に飛び込んできたのは、光だった。
 閉ざされていたはずのドアが開かれており、光が薄暗い室内へと差し込んでいる。見れば、おれから少し離れたところでルーカスが床に倒れていた。彼はうめき声をあげて、お腹を抑えて苦しんでいる。

 そして――そんなルーカスの傍らに、レックスが立っていた。
 ドアから差し込まれる光を帯びて、レックスの銀髪が輝いている。レックスは敵意を込めて怖い表情で倒れ伏すルーカスを見下ろしていたが、一拍の間をおいて、視線をおれに移した。

「先輩、大丈夫か?」

「レックス……お前、なんでここに……」

 呆然としていると、ふと、彼の視線がおれの顔から胸元に移った。すると、その表情がますます恐ろしいものへと変わった。
 おれははたと、今の自分の格好を思い出し、あわててシャツを閉じようとした。だが、ルーカスに無理矢理に引き裂かれたせいで、前が全然閉まらない。どうしようと思っていると、レックスがおれの傍に来ると、自身の上着を脱いでおれの肩にかけてくれた。

「あ、ありがとう、レックス……」

「…………」

 レックスは黙ったままおれを見下ろした。その沈黙が怖くて、二の句が告げずにいると、視界の端でルーカスがよろよろと立ち上がったのが見えた。

「君は……レックス・ウォーカーだな、魔術学院スカルベークの代表生徒の……」

「ああ、そうだよ。ただ、俺はあんたと違って、他人の研究を盗んで発表なんざしてねーけどな」

「……ッ!」

 ルーカスは顔を真っ赤にして、レックスを睨みつけた。そして、口角から唾を飛ばして怒鳴り始めた。

「知ったふうな口を聞くなッ! いいから、さっさと僕のリオから離れろ! 彼は僕の婚約者なんだぞ!」

「はぁ? あんたと先輩の婚約はもう終わっただろ?」

 呆れたようなレックスの言葉に、ルーカスの顔は赤を通り越して、赤黒く変わる。物凄い形相だった。

「だからもう一度婚約するんだよ、理解力のない奴だな! そもそも、この婚約はオウバル家が申し入れてきたものなんだぞ! それを勝手に、こちらの都合も聞かずに一方的に婚約破棄だなんて、恥ずかしくないのか!?」

「あんた、頭おかしいんじゃねーの?」

 レックスが冷めた口調で答えると、ルーカスはおれに顔を向けた。

「リオ、僕は君に聞いているんだ! 大体、いい歳をして親に言いつけるなんて、恥ずかしくないのか!? 君の両親に頼んで、プリンツ市のうちの工場の賃貸料や、港湾の使用料を来月から四倍にするなんて卑怯だぞ!?」

「それは、おれが頼んだわけじゃ……そもそもその話、おれも今初めて知ったし」

「そんなの嘘だ、僕に嘘をつくんじゃない!」

 ルーカスは顔を赤黒くして、子供のように地団駄を踏み始めた。
 その様子に、おれとレックスは「うわぁ……」と同時に呟いて、ドン引きしてしまう。

「くそ、くそ! 父さんも母さんも『お前のせいだからなんとかしろ、もう一度あのオメガと婚約しろ。出来ないのなら家には戻ってくるな』なんて言うし! 兄弟からは『婚約者という立場にあぐらをかいたせいだ、二度を顔を見せるな』なんて言ってバカにされるし……!」

 突如、ルーカスはハッとした表情に変わって、そこで言葉を切った。そして、忌々しそうにレックスを睨みつける。

「わかったぞ、君が唆したんだな!?」

「ルーカス……少し落ち着け。さっきから言っていることが支離滅裂だ」

「リオ、君はそいつに騙されているんだ! リオ、君はそいつが誰だか知っているのか!?」

「誰って――」

「あの日から、僕はそいつのことを調べたんだ! そいつは王宮魔術師団団長を務めているウォーカー家の長男、レックス・ウォーカーだろう!?」

 おれは息を呑んだ。それは、初めて聞く情報だったからだ。
 ウォーカー家は、国の中でもトップに位置する名門貴族だ。代々、当主は王宮魔術師団の団長を務めており、その名を知らぬものはいない。国内にいる傍系親族を含めれば千人以上になるとすら言われている。
 レックスは貴族だろうとは思っていたが……まさか、ウォーカー一族の本家の長男だとは想像もしていなかった。

「レックス……ルーカスの言っていること、本当なのか?」

「……ああ」

 レックスはおれの顔を見ようとはせず、小さく頷いた。その顔はひどく苦々しい。
 ルーカスはそんな俺たちを見て、嬉しそうな高笑いをし始めた。

「ほら、見ろ! リオ、やっぱり君は騙されていたんだよ! ウォーカー家はね、アルファの子どもを産むために、必ずオメガを嫁に迎えている一族なんだ! その男が入学して君に近づいたのは、次代のアルファを生むためのオメガが必要だったからだ、君を好きなわけじゃないんだよ!」

「っ、黙れ! 違う、俺はずっと先輩のことが――!」

 レックスはそう怒鳴って、ルーカスに向かって拳を振り上げて殴りかかろうとした。
 おれは咄嗟にそんなレックスへとしがみついた。しかし、違法薬のせいで身体の力が入らないため勢いあまって転びそうになってしまう。

「っ、先輩?」

 おれの様子に気が付いたレックスが、慌てておれの身体を抱きとめて支えてくれた。彼の掌が腰にまわると、そのかすかな刺激だけで、下腹部にぞくぞくとしたものが奔る。思わず、甘い吐息を零すと、レックスが眉をひそめた。

「先輩、大丈夫か? もしかして、あのクソ野郎になにかされたのか?」

「っ……薬を吹きかけられた……最近、闇市で出回り始めた違法の発情促進剤だそうだ」

「発情促進剤ぃ? ちっ、あの野郎、どこまで腐ってやがる……」

 レックスが憎々し気な声を零すが、耳元に吐息がかかると、おれの喉からは勝手に「っ、ぅ」と甘い声が漏れてしまった。

「ん、ぅっ、レックスぅ……」

「…………」

「ひゃっ!? ぁ、ちょ、お前、どこ舐めて……!」

「いや……なんか先輩が可愛い声で俺の名前呼ぶから、つい」

「ついじゃない! ル、ルーカスが見てるんだぞ!? ぁっ、ばか、だからやめろって……」

 とめたいのに、とめなければいけないと、分かっているのに――レックスがおれの腰を抱き寄せて、耳たぶを食むたびに背筋を淡い快感が突き抜ける。そして、それ以上に、心に歓びが生まれていた。
 レックスがこんな風に触れてくるのは、すごく久しぶりで……そのことがとても嬉しくて、なんだか安心してしまって。
 駄目だと分かっているのに、思わず、彼の身体にすり寄ってしまう。

「なんだよ、先輩もだめだって言いながら乗り気じゃん」

「これは……薬、薬のせいだから……んっ、ふっ」

「はは、ほんと可愛いなぁ。じゃあ、先輩が誰のものか、あいつに見せつけてやろうぜ」

「リ……リオ?」

 ルーカスが呆然とした表情でおれの名前を呼ぶ。だが、それと同時にレックスがおれの顎を捉えて口づけてきたため、答えることは出来なかった。

「ん、ふ、ぅっ……」

 レックスの舌がおれの口内に割り入って、舌に絡みつくと、ますます頭がぼうっとしてきた。
 次第に、ルーカスに見られているということもどうでも良くなってきて、彼に両手でしがみついてしまう。

「な……な、なっ……リ、リオ! 何してるんだ!?」

「んっ……ははっ、薬のせいかな。いつもの先輩より積極的だな」

 キスを終えると、おれとレックスの唇の間に銀の橋が出来た。レックスはおれの唇ごとその唾液を舐めとると、嘲笑うような表情をルーカスに向けた。

「ま、見ての通りなんで。先輩はもう俺のものだから」

「なっ……ば、馬鹿な! リ、リオは僕の婚約者で、僕の番なんだぞ!?」

「ああ、それね。悪いけど、先輩のうなじはもう俺が嚙んじまったから。この意味、分かるよな?」

「……そ、そんな……あ、あのリオが……」

 ルーカスは顔を青ざめさせて、ふらふらと後ろによろめく。
 レックスはそんな彼を小馬鹿にするような視線を向けると、再びおれの唇に自分の唇を重ね合わせた。部屋の中に、再びくちゅりという水音が響く。

「っ……!」

 ルーカスは絶望しきった表情で、見ていられないというように、おれ達に背を向けて部屋から出て行った。ドアの向こうへと走り去った後すぐに、階段を何かが転がり落ちるような音が響いた。その後、扉を大きく開け放つ音と、大勢のどよめきが聞こえてきた。その音を聞いたレックスはキスを止めて唇を離すと、ドアの方向へと首を巡らせた。

「ああ、ちょうどいいタイミングで衛兵が到着したみたいだ。良かったよ」

「衛兵……?」

「ここに来る途中で俺が呼んでおいたんだ。とりあえず別の部屋に移動しようぜ、ここは空気が悪いし……あいつの取った部屋になんてこれ以上いたくないだろ?」
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