獣人世界で添い寝屋さんに就職したおれ(人間)の話

秋山龍央

文字の大きさ
5 / 10

【二人目】レイジ・D・カリヤ(犬獣人、37歳男) ②

しおりを挟む
「ふむ、やはり上半身の筋肉のつき方がわれわれ獣人と微妙に異なるんだな……手に触ってもいいかい? ありがとう、指の関節は……こちらは私と同じだな。けれど爪はすごく薄いし、やわらかいんだな」

 さて。おれは今、レイジさんに通された客室のソファに座っている。
 レイジさんとソファに横並びに座っているのはさっきと一緒だけれど、一つ違う点は、おれが服を脱いで上半身裸の状態でいることだろう。
 そしてレイジさんはそんなおれの手の甲や腕に触れて、しげしげとおれの身体を観察している最中だ。

「この爪は普段はどういった用途で使っているんだい? もっと鋭く尖らせたら紙を切ったり布を裂いたりできるのかな?」

「いえ、それは無理ですね。ちなみに素手で土を掘るとかも難しいです、途中で爪が折れて皮膚が裂けると思います」

「そうなのか……なるほど、そのかわりに細かい作業が得意なんだね。ふむ、肉球はないがそれでも手のひらはすごくやわらかい。猿系獣人と似ているようで少し違うな……」

 レイジさんは最初こそ、遠慮がちにおれの身体に触れていたが、だんだんと遠慮がなくなっていたるところにペタペタと触ってくるようになっていた。今はうたうような調子で独り言をつぶやきながら、おれの手のひらを指先でぷにぷにとつついている最中だ。

 なお、部屋の中はオフホワイトの絨毯と壁紙に、黒いベッドシーツや黒いブラインドといったモノトーンで統一されていて非常に居心地のよさそうな空間だ。壁には、客間にあったのとは違う画家の人物画が飾られている。どうやらレイジさんは、風景画や静物画よりは人間が描かれたものがお好きみたいだ。

 なお、先ほど聞いたところによると、レイジさんはこの家にお一人で住まわれているらしい。
 家事や掃除はアシスタントAIロボットに任せているから問題ないとのこと。

「今度は腕を触らせてもらってもいいかな? ふむ……毛皮がないのはともかく、体毛自体がほとんどないんだな。それに獣人とくらべて皮膚も薄いし……おや? ここの腕の赤くなっている部分はどうしたんだい?」

「あ、これですか? この前、釘が飛び出てたところにひっかけちゃったんですよね」

「なんと。それだけでこんな風に赤くなってしまうのかい?」

 レイジさんは驚いたように目を見開く。同時に、おれの二の腕に触れていた指の力がほんの少し力が弱まった。

「じゃあ注意して触れないといけないな……いや、もちろん最初からそのつもりだったけれどね。ところで、暑さや寒さに対してはどうかな?」

「獣人さんと比べたら、暑さにも寒さにも弱いですね。前にニュースで熊獣人さんがブリザードの中を上半身裸で駆け回っているのを見ましたが、同じことを人間がやったらほとんどの人は凍傷になるかと」

「そうなのか!? ああ、だからか……前に人間たちがスケートをしている絵画を見たんだが、みんな分厚い洋服を着て丸々としていたのが不思議だったんだ。もっと薄着の方が滑りやすいんじゃないかと思っていたんだが、そういうことか……」

「厚着をしているのは防寒対策もありますが、怪我の対策もあると思いますよ? スケートリンクで転んだ場合、場合によっては骨折するでしょうし」

「骨折!? その程度で!? あ、いや、すまない、君たち人間を馬鹿にしているわけじゃないんだが……」

「あはは、気にしてないので大丈夫ですよ」

 種にもよるけれど、人間と比べると獣人さんたちは身体の造りも頑丈だし、暑さや寒さの環境変化にとても強い。そもそもの遺伝子変化プロジェクトにおけるコンセプトが「過酷な自然環境に耐えうることのできる新人類」だったからだ。

 ちなみにおれは獣人の母と人間の父から生まれたハーフなので、純粋な純血の人間とくらべると身体は頑丈なほうだ。ちなみに本来なら、人間と獣人のハーフの場合は獣人側の特徴を受け継ぐものなのだが、おれの場合は偶然にも外見的な特徴を受け継がなかった。

 とはいえ、おれの身体が頑丈というのはあくまでも“人間”と比べてであって、獣人たちよりは劣る。

 部屋の中は暖房がきいているとはいえ、長い間、上半身裸の状態でいたのですこし肌寒くなってきた。思わずふるりと身体を震わせると、レイジさんがハッとしたような表情になった。

「すまない、このくらいにしておこう。今日は私のわがままに付き合ってくれて本当にありがとう。おかげで研究の新しい切り口が掴めそうだよ」

「もういいんですか? おれならまだ大丈夫ですし、お時間もまだ残っていますよ」

 レイジさんが予約したのは八時間コースだ。
 おれがここに来て、まだ一時間ちょっとしか経っていない。

「いや、本当にもう充分だよ。帰りの自動タクシーは手配済みかい? もしも足がないのならこのままうちに泊まってもらってもかまわないし、それとも――」

 ソファから立ち上がろうとするレイジさん。おれは反射的にそのシャツのすそうを掴んで彼を引き留めた。

「……セイくん? どうかしたかい?」

 あ、初めて名前で呼んでくれた。

「レイジさん。添い寝はいらないって言ってましたけれど、せっかくだからしてみませんか? それにベッドの中ならおれも寒くないですから、もっとお話できますし」

「…………」

 思い切って提案をしてみる。
 しかし、レイジさんは一気に難しい表情になって、そのまま黙りこくってしまった。あからさまに芳しくない反応の彼に、おれは慌ててシャツを掴んでいた手を離す。

「すみません、無理強いするつもりはなかったんです。えっと、おれもう帰りますね。今日はありがとうございました」

 傍らにたたんであったシャツを手に取り、袖を通す。しかし、今度はレイジさんがそんなおれの手首を掴んだ。先ほど触れてきた時とは比べ物にならないくらいに、力強く。

「っ、レイジさん?」

「違うんだ、嫌なわけじゃなくて……すまない、驚いて言葉に詰まってしまって。その、君と添い寝するのが嫌なわけではないんだ。それ自体にはすごく興味があるし、実はもともとそのつもりで君をうちに呼んだわけで」

 しどろもどろになって説明を続けるレイジさん。
 この慌てっぷりを見るに、確かにおれとの添い寝が嫌というわけではなさそうだ。
 
 というか、レイジさんはもともと添い寝してもらうつもりでおれを呼んだのか。でも、確かに人間の身体の観察がしたいだけならわざわざ高い料金を払って八時間コースで申し込む必要はないよな。せいぜい二時間コースで充分だ。

 それならどうして、レイジさんは途中で気が変わったんだろう?

 人間との添い寝はともかく、おれ個人がいやだ、という話になるともはやどうしようもないけれど……この様子を見るにそういうわけじゃなさそうだし。

「じゃあどうして、さっきは『添い寝が目的じゃない』なんて言ったんですか?」

「……その……君が、思ったよりも小さかったから」

「はい?」

 思わずきょとんと首をかしげる。
 だって、小さいといわれても全然ピンとこない。さっきも言った通り、おれは獣人と人間のハーフだから一般的な男性の平均以上には身長も筋肉もついているはずだ。

 あっけにとられているおれに対し、レイジさんは焦ったように言葉をつづけた。

「いや、だって君の会社のキャスト紹介欄には『19歳』と記載があったじゃないか! うちのゼミの学生たちと同じ年だ! なのに、ここにきた君は私よりも頭二つ分は小さいし身体もこんなに薄いし……! 私と添い寝なんかさせたらケガをさせそうで怖くて……!」

「あー……」

 確かに、同世代の獣人と比べたらおれは小さいといえなくもない。

 あと、うちの母親もよくレイジさんと同じことを言ってたな。
 おれが子供の頃は『人間の子供ってこんなに小さいものなの!? どんなにご飯食べさせても全然大きくならないんだけど!?』と言って大騒ぎして、父になだめられていたものだ。おかげさまで小学生の頃のおれはかなりふくよかな体形だった。

「あはは、それうちの母親も言ってましたね。ぷちっと潰しそうで怖い、とか。でも、おれはこう見えてけっこう頑丈なんで、添い寝くらいなら全然大丈夫ですよ」

「し、しかし……」

 それでもレイジさんは決心がつかない様子で言葉を濁した。
 決めあぐねているようだが、心の天秤は添い寝コースにだいぶ傾きかけているようだ。その証拠に、彼の視線はちらちらとおれの顔と身体を交互に行き来している。

 おれは彼の天秤を傾けるため、一石を投じることにした。

「ちなみにレイジさんが希望するなら、ハグや腕枕しながらの添い寝もできますよ! さっきみたいに指で触るだけじゃなくて、もっとしっかり人間の身体を確認できるチャンスだと思いますが!」

「――ぜひお願いしたい」

 よし、落ちた!

 ミッションコンプリート……!
 いや、ミッション自体はこれから始まるんだけれどね。

 そういうわけで今夜はもともとの予定通り、犬獣人のレイジさんとの添い寝となった。
 ティモシーさんとはどう違うのかさっそく楽しみだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

処理中です...