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お針子をして生計を立てているエルヴィナ16歳、お世話になっている縫製工房に突然「友人」を名乗る珍客が現れた。
「ひさしぶり~元気だったぁ?」
その顔に見覚えが無い彼女は頭に”?”を浮かばせて「どちら様でしょう」と首を傾げた。身形から貴族令嬢とは分かったが、平民のエルヴィナと面識があるとは到底思えない。
「ひっどーい!王都学園で知り合ったカーラよぉ!美少女カーラを忘れるなんてあり得ない!」
「やはり人違いです、私は学園に通うような身分ではないので。それに私の名を一度も呼びませんよね?知り合いのフリはやめてください」
エルヴィナはそう言って作業に戻ろうと工房の奥へと引っ込もうとした。ところが諦めない令嬢は仮縫い中のドレスを引っ張り引き止める。
軽く縫っただけのそれは見事に解れて床に落ちそうになった、大切な客の品物を汚すわけにいかない。カッとなった彼女は令嬢に何をするのかと怒鳴った。あまりの剣幕に驚いた令嬢は後ろにこけて尻もちを着く。そして大音量で泣き出した。
騒ぎを聞きつけた工房長がやってきて顛末を聞くと珍客カーラを追い出した。
「良かったのですか、相手は貴族みたいです」
「いいのよ、うちの客じゃないし。既製服を着て威張るあたり傾いた家の者でしょう。何かあっても上がなんとかするわ」
各所にある縫製工房を運営するのは侯爵家だ、些細な諍い程度は握りつぶしてしまうに違いない。雇い主の威を借るのは気が引けたが、このようなトラブルは茶飯事なので許可されていた。
「さぁ、解れた箇所を直してしまいなさい。仮縫いで良かったわ」
「はい、お手間を掛けました」
***
一方、追い出された令嬢ことカーラはプリプリと怒って「父に言いつけてやる」と愚痴りながら街中を歩いていた。馬車もなく侍女すら伴っていない辺り工房長の予想は当たっているようだ。カーラの家は貴族街の端にひっそり佇む古い屋敷だった。
庭師を雇う余裕もないのか、猫額ほどの庭は雑草でぼうぼうだ。
彼女が乱暴に玄関を開けてズカズカ入ると、通いメイドの老女が面倒そうに「おかえりなさいませ」と言った。それを無視して真っ直ぐと父親がいるであろう書斎へ飛び込む、だが主は不在だった。
領地を持たない貧乏男爵は会計事務所に勤めているのだ、平日に屋敷にいるほうがおかしい。だが我儘な令嬢は何故いないのかとヒステリックに叫ぶ。
「カーラ、勝手に書斎に入ってはいけないと注意したでしょ」
「お母様!聞いてよぉ!」
騒ぎを聞きつけたらしい母親が居室から出てきて娘を窘めたが、聞く耳を持つ気はないようだ。困ったものだと母は溜息を吐いた。もうすぐ成人だというのに聞き訳が悪く、我儘放題でいくら見合いをしても嫁ぎ先が決まらない。選り好みする立場にないことを娘は認めないのだ。
「あのね!素敵な殿方をみつけたの!とても素晴らしい方だったわ、調べたら子爵家に昇格したばかりのベンノ・オルバーン様だったわ!あの方こそ私に相応しいと思ったわ」
興奮する娘カーラによれば偶然立ち寄ったカフェに子息がいたらしい。そして、見惚れていると視線がバチっとあたり互いに見初め合ったと言うのだ。
だが母親は「またか」と頭を振った、目が合っただけで恋に落ちたとか真実の愛が芽生えたと聞くのはこれが初めてではないからだ。声さえ掛け合っていないのにどうしてそういう落ちになるのか理解ができない。
「ストーカーまがいの事は止めなさいと言ったでしょう!憲兵隊からも次は注意だけでは済まさないと警告されているのよ」
なんとか諭そうと母親は粘って言い聞かせたが、カーラには届かない。
「あのね、運命なの!今度こそ間違いないわ!あの優しい眼差しは私に恋したものだったわ、でもねぇ邪魔な虫が付いていたの。町のお針子をしてる平民娘が纏わりついていたわ、なんとか掃わないと」
「カーラ……」
母親は相手していられないと言うと頭痛を訴えてメイドを呼びつけ寝室に籠ってしまった。
「ひさしぶり~元気だったぁ?」
その顔に見覚えが無い彼女は頭に”?”を浮かばせて「どちら様でしょう」と首を傾げた。身形から貴族令嬢とは分かったが、平民のエルヴィナと面識があるとは到底思えない。
「ひっどーい!王都学園で知り合ったカーラよぉ!美少女カーラを忘れるなんてあり得ない!」
「やはり人違いです、私は学園に通うような身分ではないので。それに私の名を一度も呼びませんよね?知り合いのフリはやめてください」
エルヴィナはそう言って作業に戻ろうと工房の奥へと引っ込もうとした。ところが諦めない令嬢は仮縫い中のドレスを引っ張り引き止める。
軽く縫っただけのそれは見事に解れて床に落ちそうになった、大切な客の品物を汚すわけにいかない。カッとなった彼女は令嬢に何をするのかと怒鳴った。あまりの剣幕に驚いた令嬢は後ろにこけて尻もちを着く。そして大音量で泣き出した。
騒ぎを聞きつけた工房長がやってきて顛末を聞くと珍客カーラを追い出した。
「良かったのですか、相手は貴族みたいです」
「いいのよ、うちの客じゃないし。既製服を着て威張るあたり傾いた家の者でしょう。何かあっても上がなんとかするわ」
各所にある縫製工房を運営するのは侯爵家だ、些細な諍い程度は握りつぶしてしまうに違いない。雇い主の威を借るのは気が引けたが、このようなトラブルは茶飯事なので許可されていた。
「さぁ、解れた箇所を直してしまいなさい。仮縫いで良かったわ」
「はい、お手間を掛けました」
***
一方、追い出された令嬢ことカーラはプリプリと怒って「父に言いつけてやる」と愚痴りながら街中を歩いていた。馬車もなく侍女すら伴っていない辺り工房長の予想は当たっているようだ。カーラの家は貴族街の端にひっそり佇む古い屋敷だった。
庭師を雇う余裕もないのか、猫額ほどの庭は雑草でぼうぼうだ。
彼女が乱暴に玄関を開けてズカズカ入ると、通いメイドの老女が面倒そうに「おかえりなさいませ」と言った。それを無視して真っ直ぐと父親がいるであろう書斎へ飛び込む、だが主は不在だった。
領地を持たない貧乏男爵は会計事務所に勤めているのだ、平日に屋敷にいるほうがおかしい。だが我儘な令嬢は何故いないのかとヒステリックに叫ぶ。
「カーラ、勝手に書斎に入ってはいけないと注意したでしょ」
「お母様!聞いてよぉ!」
騒ぎを聞きつけたらしい母親が居室から出てきて娘を窘めたが、聞く耳を持つ気はないようだ。困ったものだと母は溜息を吐いた。もうすぐ成人だというのに聞き訳が悪く、我儘放題でいくら見合いをしても嫁ぎ先が決まらない。選り好みする立場にないことを娘は認めないのだ。
「あのね!素敵な殿方をみつけたの!とても素晴らしい方だったわ、調べたら子爵家に昇格したばかりのベンノ・オルバーン様だったわ!あの方こそ私に相応しいと思ったわ」
興奮する娘カーラによれば偶然立ち寄ったカフェに子息がいたらしい。そして、見惚れていると視線がバチっとあたり互いに見初め合ったと言うのだ。
だが母親は「またか」と頭を振った、目が合っただけで恋に落ちたとか真実の愛が芽生えたと聞くのはこれが初めてではないからだ。声さえ掛け合っていないのにどうしてそういう落ちになるのか理解ができない。
「ストーカーまがいの事は止めなさいと言ったでしょう!憲兵隊からも次は注意だけでは済まさないと警告されているのよ」
なんとか諭そうと母親は粘って言い聞かせたが、カーラには届かない。
「あのね、運命なの!今度こそ間違いないわ!あの優しい眼差しは私に恋したものだったわ、でもねぇ邪魔な虫が付いていたの。町のお針子をしてる平民娘が纏わりついていたわ、なんとか掃わないと」
「カーラ……」
母親は相手していられないと言うと頭痛を訴えてメイドを呼びつけ寝室に籠ってしまった。
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