お針子と勘違い令嬢

音爽(ネソウ)

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「ごきげんよう!美少女カーラよ!貴女の名前がわかったわ、エルヴィナというのでしょう。正式に友人にしてあげるわ喜びなさい!」
「また、あなたですか……」
「そして、友人の私にベンノ様を譲りなさいよ!これは命令だから」
「はぁ!?ムチャクチャだわ」
急に恋人の名を出されたエルヴィナは驚く、しかも譲れとは横暴なことだ。人間は物品ではないのだから。
エルヴィナは友人になる気も無いし、恋人を譲る意味も無いと突っぱねて工房へと逃げ入った。


工房へ出勤して早々にウザ絡みされたエルヴィナは朝から疲れてしまう。令嬢はよほど暇なのか工房が開く時間前から出入り口に張っていたようだ。工房長が見咎めて注意をしたようだが「貴族に楯突くな」と脅してきたと言う。
相手をするのは無駄と察した工房長は放置するつもりだ。
「就業の邪魔をするようなら迷わず通報するわ、身分で押さえつける時代ではないと思い知らせてあげるわ」
工房長は頼もしい言葉を吐きお針子たちに就業開始と手を叩いて鼓舞する。

「それにしてもやぁね、朝からやってくるなんて」
「そうよ、ここはテーラーの下請け工房で販売店ではないのだから」
自称美少女カーラは入れろと戸口で暫く騒いでいたが、すぐに憲兵に通報されて連行されて行った。少々暴れそれが余計に罪を増やした。執行妨害がついたカーラは三日間ほど拘束された。

とうとう前科持ちになったカーラは父親から次にやったら勘当だと叱責を受けたがやはり彼女は反省はしない。
「なによ、お父様のバカ!娘の幸せを壊すなんて」
身内さえ敵認定した彼女はどうにかエルヴィナ達を破局できないかと考えた。だが浅慮な計画しかたてることができない。

「男とは色香に弱いものだわ、愛され美少女の私が誘惑すればきっと……うふふふ♡」
堅物そうな思い人ベンノだとて、篭絡するのは簡単だろうと彼女は考えた。挨拶したことさえない相手にどうやって接触するつもりなのか。

粘着なカーラは町中に彼の痕跡を捜し歩いた、そしてとうとう日々の習慣を嗅ぎ取ってしまうのだ。
「うふ、朝は自宅庭園で犬と散歩、その後、職場へ昼食は三日に一度行きつけのカフェで過ごして、五日に一度夕飯をエルヴィナと……チッ!最後のが気に入らないわ!」
だが、気に入らないがつけ入る隙を見つけた彼女はニタリと嗤った。月曜の昼食だけはたった一人でカフェに行くことを知ったからだ。

生真面目な彼は仕事初めの月曜は気を引締める為に一人で行動することが多いらしい。
密かに付け狙われているとは知らないベンノはいつも通りのことをしてしまう、そして……。

「ごきげんよう!いつも会いますわね、今日はご一緒して良いかしら?」
「なんですかいきなり……いつもとはどういう」
「まーまー細かい事はいいから、お食事の時まで書類に目を通すなんて勤勉でいらっしゃるのねぇ。お食事は私が手ずから手伝って差し上げますわ」
見知らぬ女性にグイグイ来られたベンノは瞠目して仰け反った。恋人以外の異性に触れられることが嫌なのだ。潔癖症気味な彼が気を許すのは愛しているエルヴィナ唯一人だ。

「止さないか!なんて汚らわしいんだ!あぁ皿を勝手に触れて……汚くて食べられない!」
「あらぁ、照れ屋さんなのね。汚いだなんて心にもない事を遠慮しなくて良いのよ?ほらほらぁ」
「やめろと言っている!」
怒鳴って拒否をするベンノだがネジがぶっ飛んでいるらしいカーラには通じなかった。
「愛らしい美少女に恐れをなしてるの?可愛いのね」
「は?少女という年齢には見えないが……いったい何者なんだよ」

存外ベンノは女性慣れしていないと踏んだカーラは調子に乗って胸元を寄せて距離を詰めていく。触れられたくない彼は益々と椅子の端へと追いやられていった。

とうとう青褪めて勢いよく立ち上がったベンノはテーブルを弾いてしまい、グラスや皿を盛大に床に落としてしまった。いつも物静かな常連客の異変に気が付いた従業員たちが一斉にテーブルへ集まって大騒ぎになった。
「お怪我はありませんかオルバーン様!」
「あ、あぁ取り乱して済まなかった。ボクよりこの失礼な客をどうにかしてくれ。先ほどから絡まれて食事がままならない」

穢された食事を下げさせて、彼は奥の席へと移動した。
そして、店側は上客を立腹させた元凶であるカーラを拘束して憲兵を呼ぶ。再び豚箱行きとなりそうだと覚った彼女は逃げようと暴れる。様々な物品を壊した彼女は罪を重ねて御用となった。
二度も家名に傷がつくことを恐れたカーラの父は多めの示談金と損害金を出してなんとか収めた。だが、約束通りにカーラを勘当をして辺境の修道院へ送ることにした。

***

どうして!私は愛を欲しかっただけなのに、私の方がベンノ様に相応しい存在なのに!」
修道院の懲罰室に入れられてさっそく躾が始まったが、相変わらずカーラは反省をしない。親元から引き離された彼女は余計に根性がねじれてしまったのだ。
「どこをどうすればこのように捻じ曲がるのか、疑問しか浮かばないのでございます」
院長が眉間に皺を寄せて礼拝堂で神に祈るが、答えが返るはずもない。そのうち悪魔に憑りつかれたのではと噂が立つ。
そしていくら諭しても逃げ出そうと暴れるばかりの彼女は懲罰室から出されることができなくなりそこで暮らした。
そのうちに気を病んで、身まで蝕み儚くなった。享年20歳の春だった。


やがて季節は巡って子爵家を出た次男ベンノは市井に下って、お針子のエルヴィナと結婚した。
三男二女を授かった夫妻は仲睦まじく暮らした。小さなテーラーを開いた彼らは何不自由なく幸せな日々を送る。


――次女が3歳になった春のことだった。
「ねぇ貴方、この子だけ毛色が違うのだけど……茶色の髪がだんだんと金色に」
「そうだねぇ、突然変異か神の悪戯だろうか?」
近頃は面差しさえ夫妻から遠ざかりつつあったその子は、親の悩みなど知らずに嬉しそうに誕生日ケーキの蝋燭を消そうと頑張っている。





”うふふ、やっと手に入れた。大好きよベンノ様”



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