完結 振り向いてくれない彼を諦め距離を置いたら、それは困ると言う。

音爽(ネソウ)

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悪足掻き

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公爵令嬢の後ろ盾を失ったと聞いたナサニエルの父親は絶望の声を上げた、無駄に大きく声が通るために小さな劇場の外にまで漏れ聞こえてしまう。
「落ち着いてよ父さん」
「馬鹿者!これが落ち着けるか!次の公演はうちの劇団の命運をかけているのだぞ、しかもお前を主演に抜擢したものだ……それなのに、準備の半ばにきて令嬢に逃げられるなんて!」
資金繰りに窮している劇団は古い演目を交互に繰り返してなんとかやってきた。だが、いい加減客側も飽きていて客足は順調とは言いかねている。

新作の演目披露は来週に迫ってきていた、演技のほうは練習を重ねて仕上げに入っていたが、肝心の舞台設備のほうが中途でとまっているのだ。しかもアメリアの援助を当てにしていたものだから良質の背景画を外注してしまっている。公演中止にしたとしてもその支払いは待ってはくれない。

頭を抱える団長とその息子は顔色を悪くして項垂れるばかりだ。
そこにブルムゲット歌劇団の看板女優サンドラがフラリと現れて彼らを嘲笑した。それを耳障りに思った親子は同時に彼女を睨む。
「サンドラ!まるで他人事のように振る舞うのだな!この窮地になぜそんな」
「あらぁ?お言葉ね、こちとら給与を下げられても在籍してあげていたのよ。いままでだって故・伯爵の愛人になって資金を作ってあげたわ。演じる為ならなんでもしてきた……はぁ虚しいったらないわ」

屈辱に耐え女優を続けて来た彼女は役立たずでしかない親子を睨み返す。バツが悪くなった団長は視線を外して「すまなかった」と小さく懺悔した。
「ほんとよねぇ、アンタの妻の身代わりになって体を張ってきたのにさ。なのに報酬は下がる一方でアンタの嫁は寝たきりの金喰い、もうウンザリ……潮時なのよわかるでしょ?団長」
最愛の妻を穀潰しのように言われた団長は歯ぎしりしたが、反論したところでどうにもならない。彼女のこれまでの貢献を考えれば仕方がないのだ。

かつて存命だった頃の何某伯爵が愛人にと指名したのは彼の妻の方だった。
見返りは劇団への全面支援だ、だが当時の彼の妻は病に侵されはじめていて要望に応えることが出来なかったのだ。生まれたばかりの息子ナサニエルと劇団員の未来を護るために団長は売り出したばかりのサンドラに頭を下げた。
身代わりの愛人にと請われたサンドラは初めから快諾したわけではない。

当時の新作演目の主役に抜擢するという対価で彼女は受け入れたのだ。
団長の妻と遜色のない美女であったサンドラは、伯爵に認められて長年愛人として尽くす事となった。

「私も若くないし引退しても良いと思ったの、年相応の役をやればいいけれど、でもこの劇団に骨を埋める義理もないのよね」
「サ、サンドラ……劇団を見捨てるのか?」
「は?見捨てる?見捨てたのはそちらでしょう、いつまで私を食い物にする気なの。次はあんたの息子の番でしょ、劇団の為ならなんでもしなよ、ずっとライトを浴びていたければね」

彼女はそれを捨て台詞にしてブルムゲットを去って行った。

***

いよいよ追い詰められて、なりふり構っておれなくなったナサニエルは学園でアメリアの姿を探して禁を破った。
平民生徒が貴族生徒の学び舎へ許可なく立ち入ることは厳禁なのだ。
彼は予め用意していた貴族生徒用の紫のネクタイをしめて紛れ込むことに成功した。演じることに長けている彼はカツラを被り眼鏡をかけた、どこかの令息のような振りをしたのだ。

貴族に多い濃い目の金髪をした彼はカフェや食堂に足を踏み入れて彼女を探す。
そして、とうとう彼女の姿を捕らえたのだ。アメリアは見知らぬ令嬢と親し気に談笑して食事を摂っていた。上品な所作で食むのは彼の三日分の食費が飛びそうな豪華なものだった。
「クソッ!お貴族様め!」
彼女から遠く離れた席について彼はブツクサと文句を吐いた、ただのレモン水だけを手に取ったナサニエルは空腹を訴える腹を拳で押して耐える。

やがて食事を終えた彼女らは各々席を立ち食堂から出て行く、それを待っていた彼は忍び足で後方から追っていく。
彼女はカフェの方へと歩いて行ったが、その反対側の通路を選び貴族舎の中庭へと消えていった。
不慣れな彼は慌ててそちらへ駆けた、だが慌てるまでもなく彼女は庭中央のベンチに腰を落として本を開いていた。
読書に夢中らしい彼女は忍び寄る人物に気が付かない。

そして、彼が正面に立ち手元に影が出来てからアメリアはやっと視線を上に向けた。
真正面に立っていた人物に小首を傾げ「ごきげんよう」と声をかける、貴族舎には警備員が常に警邏していることに油断していたのか彼女が慌てる様子はなかった。

「アメリア、どうか話を聞いてくれ!」
「え?」
貴族に扮したナサニエルはいきなり彼女の腕を握ってきた、咄嗟のことに彼女は逃げられずにされるがままになる。
見覚えのない男子生徒と思っていたが、聞き覚えのある声に気が付いて彼女は渋面になった。




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