9 / 10
恐怖の一夜
しおりを挟む
ロクサーヌが居室を出て妹を探す最中に、凄まじい鳴き声と地を揺るがすような轟音が屋敷の間近に届き始めた。魔の森から溢れる魔物たちはとうとう領地に到達して、夥しい数の魔物が屋敷周辺を走り回り庭園を踏みつぶしていく。
階段の途中で喧騒を耳にしたロクサーヌだが他人事のように呟く。
「まるで戦地のようね、獣声が法螺貝のように聞こえるわ」と笑ってみせたのだ。
屋敷全体を取り囲むように暴れる魔物の軍勢を、避難した最上階と屋上から目の当たりにした義両親と侍従達は悲鳴を上げる。いくら魔石を渡されたからと言え、惨状の中にいては生きた心地はしないだろう。
「いやぁー!怖いわ貴方!どうにかして!」
「う、煩い!俺だって耐えるだけで精いっぱいなのだ!」
本邸の最上階にて身を寄せ合う義両親たちは互いに縋るばかりで何も出来ずにいた。時折、大型の魔物が突進して窓ガラスを割る音が聞こえる。
もしも屋内に侵入されたらと想像した夫妻は恐怖のあまり失神した。
門兵と僅かな護衛程度では太刀打ちできないのは目に見えていた。離れの屋敷とは違って魔石で強化されていない本邸はボロボロにされて行くばかりだ。
ただ、エレメント系の浮遊型魔物がが混在していなかったことだけは不幸中の幸いである。
一方、たったひとりで居室に取り残されたままのシルヴァンは耳を劈く獣の声に怯えベッドの上で半べそだ。
一向に戻らない妻や愛人の心配など微塵もしていない、ただ己が助かる方法を思案していた。しかし、脆弱な彼が名案など浮かぶはずもない。
「チクショー!こんな事なら王都へ逃げていた方が良かった!あそこなら頑強な城壁があるし、騎士達がいる……あぁ新聞情報なんて鵜呑みにすべきじゃなかった!」
妻が去ってから暫くしてドアをノックする音がした。それを聞いた彼はベッドから飛び出して助けを請う。
「ロクサーヌか?何をしていたんだ!魔物が到達してしまったぞ!いますぐに俺を助けろ!」
防御と結界魔石で守られている居室は安全だというのに、愚かな彼は激しくドアを叩いて妻を恫喝する。
「あら、申し訳ありません。階下に降りて妹を探しましたがどこにもいませんのよ、どこかに避難したと思いますが今一度探そうと思います」
再び離れて行こうとする妻の言葉を聞いた夫シルヴァンは「巫山戯るな助けろ!」と喚き散らす。
「困った人、この屋敷内で一番安全にして差し上げたのに……どこまで腰抜けなのかしら?」
ドアを開けようとノブをガチャガチャ鳴らすシルヴァンだが、結界でガチガチにされた状態にあるため、ドアはピクリともしなかった。せっかく守られていると言うのに理解しない彼は恨み言ばかりを叫ぶのだ。
***
極限の恐怖の夜、臆病な夫はロクサーヌに面倒ごとを丸投げして部屋で縮こまる。
妻の方は妹を探しつつ屋敷の見回りをしてるというのに情けないことである。
空が白み始めた頃、徐々に暴走が収まって来る。だがそれでも魔物たちの咆哮は絶え間なく聞こえてくる。
「まだか、いつまで待たせる気だ!」
一人きりで心細いと見える夫は情けない自分を棚上げして一向に戻らない妻に苛立つ。
翌日の昼、恐怖に眠れずにいた彼だったがやがて疲労が限界にきたのか船を漕ぎ始める。
外の騒ぎはほとんど聞こえなくなっていた、気を緩めた彼は深い眠りに落ちた。
しかし、寝落ちて小一時間ほどした時、ドアを蹴破らんとするような大音に仰天して目覚めた。
「何事だ!?ロクサーヌか!いや人間がこんな暴れるような音はたてるわけがない」
恐怖と緊張で身を固くしたシルヴァンだが、黙ってやられるわけにもいかないと壁に飾っていた長剣を手に取る。
そして、耳を劈く獣声と共にドアが破られた。
「ウワァアアア!ちきしょー!」
黙って殺られるくらいならば一矢報いたいと彼は動いた、長剣を握り締め飛び込んで来た黒い塊に向かって彼は剣を振り上げて斬りかかった、「ガァアア!」という断末魔の声を上げたそれが床に転がった。
「やった!やったぞ!俺だってやれば出来るんだよ!……チッ、脅かしやがって」
こと切れたらしいその黒い生き物に蹴りを入れる、ゴロンと向きを変えたソレは目をカッと見開いていた。まるで彼を睨むかのように。
少々ビビリるもその遺体を凝視する彼の顔がみるみると絶望に歪んだ。
「え……嘘だ……嘘だろ!どうしてキミがそこにいるんだよ!マリィ!!!」
突進してきたと思っていた魔物は愛しいマリエッタだったのだ。だが、彼はずるりと床に崩れただけで亡骸に縋るようなことはしなかった。信じられない光景を前にして茫然自失の状態で座り込む。
「まぁ、ドアが……結界石で開かないはずなのに」
転がる亡骸が妹と気が付かないのかロクサーヌは冷静なまま部屋へ入って来る。
「ロ、ロクサーヌ……俺は」
「どうされたの旦那様、あら返り血を浴びられたのね。ばい菌が繁殖する前に湯浴みされた方が良いわ」
「え、血?」
妻に指摘を受けて我に返り、己の状態にやっと気が付く。
乾きはじめたらしい赤黒いものが頬と手の平を強張らせていた、そして彼は今更に叫び声を上げてやらかした過ちに苦しみだした。
「あああああー!マリィ!俺が殺した殺めてしまったぁー!愛してたのにどうして!どうして!ウワァア!」
発狂して床の上でのた打ち回り、己の犯した罪に苛まれている。彼の絶叫は声が枯れるまで続いた。
後に惨事を見分した憲兵によれば、妹のマリエッタは憑依型の魔物に憑りつかれており、自我を乗っ取られて暴れたのだという。
「どちらにせよ、娘さんは真人間には戻れなかったよ」
「そうですか……言い方はアレですが、人に危害を加える前に死んで良かったのかもしれませんわ」
荼毘に付された妹の遺骨を抱いて姉は気持ちを吐露する。
しかし、腑に落ちない部分が残る。
あれほど優れた結界魔石が何故効力を発揮しなかったのか……。
それは作り手のロクサーヌにしか知り得ない。
階段の途中で喧騒を耳にしたロクサーヌだが他人事のように呟く。
「まるで戦地のようね、獣声が法螺貝のように聞こえるわ」と笑ってみせたのだ。
屋敷全体を取り囲むように暴れる魔物の軍勢を、避難した最上階と屋上から目の当たりにした義両親と侍従達は悲鳴を上げる。いくら魔石を渡されたからと言え、惨状の中にいては生きた心地はしないだろう。
「いやぁー!怖いわ貴方!どうにかして!」
「う、煩い!俺だって耐えるだけで精いっぱいなのだ!」
本邸の最上階にて身を寄せ合う義両親たちは互いに縋るばかりで何も出来ずにいた。時折、大型の魔物が突進して窓ガラスを割る音が聞こえる。
もしも屋内に侵入されたらと想像した夫妻は恐怖のあまり失神した。
門兵と僅かな護衛程度では太刀打ちできないのは目に見えていた。離れの屋敷とは違って魔石で強化されていない本邸はボロボロにされて行くばかりだ。
ただ、エレメント系の浮遊型魔物がが混在していなかったことだけは不幸中の幸いである。
一方、たったひとりで居室に取り残されたままのシルヴァンは耳を劈く獣の声に怯えベッドの上で半べそだ。
一向に戻らない妻や愛人の心配など微塵もしていない、ただ己が助かる方法を思案していた。しかし、脆弱な彼が名案など浮かぶはずもない。
「チクショー!こんな事なら王都へ逃げていた方が良かった!あそこなら頑強な城壁があるし、騎士達がいる……あぁ新聞情報なんて鵜呑みにすべきじゃなかった!」
妻が去ってから暫くしてドアをノックする音がした。それを聞いた彼はベッドから飛び出して助けを請う。
「ロクサーヌか?何をしていたんだ!魔物が到達してしまったぞ!いますぐに俺を助けろ!」
防御と結界魔石で守られている居室は安全だというのに、愚かな彼は激しくドアを叩いて妻を恫喝する。
「あら、申し訳ありません。階下に降りて妹を探しましたがどこにもいませんのよ、どこかに避難したと思いますが今一度探そうと思います」
再び離れて行こうとする妻の言葉を聞いた夫シルヴァンは「巫山戯るな助けろ!」と喚き散らす。
「困った人、この屋敷内で一番安全にして差し上げたのに……どこまで腰抜けなのかしら?」
ドアを開けようとノブをガチャガチャ鳴らすシルヴァンだが、結界でガチガチにされた状態にあるため、ドアはピクリともしなかった。せっかく守られていると言うのに理解しない彼は恨み言ばかりを叫ぶのだ。
***
極限の恐怖の夜、臆病な夫はロクサーヌに面倒ごとを丸投げして部屋で縮こまる。
妻の方は妹を探しつつ屋敷の見回りをしてるというのに情けないことである。
空が白み始めた頃、徐々に暴走が収まって来る。だがそれでも魔物たちの咆哮は絶え間なく聞こえてくる。
「まだか、いつまで待たせる気だ!」
一人きりで心細いと見える夫は情けない自分を棚上げして一向に戻らない妻に苛立つ。
翌日の昼、恐怖に眠れずにいた彼だったがやがて疲労が限界にきたのか船を漕ぎ始める。
外の騒ぎはほとんど聞こえなくなっていた、気を緩めた彼は深い眠りに落ちた。
しかし、寝落ちて小一時間ほどした時、ドアを蹴破らんとするような大音に仰天して目覚めた。
「何事だ!?ロクサーヌか!いや人間がこんな暴れるような音はたてるわけがない」
恐怖と緊張で身を固くしたシルヴァンだが、黙ってやられるわけにもいかないと壁に飾っていた長剣を手に取る。
そして、耳を劈く獣声と共にドアが破られた。
「ウワァアアア!ちきしょー!」
黙って殺られるくらいならば一矢報いたいと彼は動いた、長剣を握り締め飛び込んで来た黒い塊に向かって彼は剣を振り上げて斬りかかった、「ガァアア!」という断末魔の声を上げたそれが床に転がった。
「やった!やったぞ!俺だってやれば出来るんだよ!……チッ、脅かしやがって」
こと切れたらしいその黒い生き物に蹴りを入れる、ゴロンと向きを変えたソレは目をカッと見開いていた。まるで彼を睨むかのように。
少々ビビリるもその遺体を凝視する彼の顔がみるみると絶望に歪んだ。
「え……嘘だ……嘘だろ!どうしてキミがそこにいるんだよ!マリィ!!!」
突進してきたと思っていた魔物は愛しいマリエッタだったのだ。だが、彼はずるりと床に崩れただけで亡骸に縋るようなことはしなかった。信じられない光景を前にして茫然自失の状態で座り込む。
「まぁ、ドアが……結界石で開かないはずなのに」
転がる亡骸が妹と気が付かないのかロクサーヌは冷静なまま部屋へ入って来る。
「ロ、ロクサーヌ……俺は」
「どうされたの旦那様、あら返り血を浴びられたのね。ばい菌が繁殖する前に湯浴みされた方が良いわ」
「え、血?」
妻に指摘を受けて我に返り、己の状態にやっと気が付く。
乾きはじめたらしい赤黒いものが頬と手の平を強張らせていた、そして彼は今更に叫び声を上げてやらかした過ちに苦しみだした。
「あああああー!マリィ!俺が殺した殺めてしまったぁー!愛してたのにどうして!どうして!ウワァア!」
発狂して床の上でのた打ち回り、己の犯した罪に苛まれている。彼の絶叫は声が枯れるまで続いた。
後に惨事を見分した憲兵によれば、妹のマリエッタは憑依型の魔物に憑りつかれており、自我を乗っ取られて暴れたのだという。
「どちらにせよ、娘さんは真人間には戻れなかったよ」
「そうですか……言い方はアレですが、人に危害を加える前に死んで良かったのかもしれませんわ」
荼毘に付された妹の遺骨を抱いて姉は気持ちを吐露する。
しかし、腑に落ちない部分が残る。
あれほど優れた結界魔石が何故効力を発揮しなかったのか……。
それは作り手のロクサーヌにしか知り得ない。
14
あなたにおすすめの小説
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
最強魔術師の歪んだ初恋
黒瀬るい
恋愛
伯爵家の養子であるアリスは親戚のおじさまが大好きだ。
けれどアリスに妹が産まれ、アリスは虐げれるようになる。そのまま成長したアリスは、男爵家のおじさんの元に嫁ぐことになるが、初夜で破瓜の血が流れず……?
売られた先は潔癖侯爵とその弟でした
しゃーりん
恋愛
貧乏伯爵令嬢ルビーナの元に縁談が来た。
潔癖で有名な25歳の侯爵である。
多額の援助と引き換えに嫁ぐことになった。
お飾りの嫁になる覚悟のもと、嫁いだ先でのありえない生活に流されて順応するお話です。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
【完結】夢見たものは…
伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。
アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。
そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。
「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。
ハッピーエンドではありません。
契約が終わったら静かにお引き取りくださいと言ったのはあなたなのに執着しないでください
紬あおい
恋愛
「あなたとは二年間の契約婚です。満了の際は静かにお引き取りください。」
そう言ったのはあなたです。
お言葉通り、今日私はここを出て行きます。
なのに、どうして離してくれないのですか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる