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政敵

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「まさか誘拐を計画していたとは、大胆なことだ」
キンケル侯爵を探らせた結果をまとめた書面を読み終えたガルディオは面白そうに笑う。仮にも婚約者を拐す謀を知ったとは思えない態度である。
「少しくらい心配の片鱗を見せて下さいな、仮でも婚約者ですよ」
「くっく、心配はしたさ、キンケルの方をな。長く傍に置いていたのだからわかっているのさ、お前が大人しく攫われるタマか?」
「む」

主の物言いに少々苛立ったミリアムだが、貴族の私兵などにやられるほどミリアムは柔ではない。その自覚と自信があったので口を噤む他ない彼女だ。
「しかし、捕縛したわけではないのですね、泳がせるのですか?」
「あぁ、実行したわけではないからな。狐親父は口頭でのみ指示していた、ヤツの侍従から証言をとったとて”捏造”だと白を切られればそれまでだ」
初動の指示とは違うことを聞いたミリアムは誘拐計画には他家も絡んでいるのだと察した。

「どこの家が結託したのですか?」
「うむ、察しが早くて助かる。令嬢の生家はもちろん組しているが、ドボル伯爵家が噛んでいた。あの家はなにかときな臭い噂があったからな腑が落ちたよ」
ドボル家は三代続く名家ではあるが、長年資金繰りが不明な家であった。さして大きくも無い領地であるにも関わらず羽振りの良さが目立つのだ。

いくら見栄を張ることが貴族の生き方であろうと三大公爵家に匹敵するほどの贅を尽くした邸宅を所有し、服飾品を身に着けているのは不自然であった。
「闇ギルドが裏にいるのですね、もしくはドボル自身が……」
「ああ、その通りさ。ずっと尻尾を掴めずにいたが、今度こそ一網打尽にしてくれる」
ガルディオはギリリと歯を噛み、握った拳は強すぎて爪が食い込んでいた。

「お気持ちはわかりますが、ご自愛ください」
「ああ、すまない」
彼は握ったその手を開くと些か血が滲んでいた、ミリアムはその手の平を手巾で拭う。
「も少し優しく拭え、雑な奴め」
「あら、すみません。殿下はこれくらいで痛がるような方ではないと思いまして」
「ふん」

皇族は毒や痛みに耐えるように幼少から仕込まれる、政敵に狙われて命を落とさぬようにと様々な訓練を受けていた。ガルディオは15歳になるまで三回ほど死線を彷徨ったことがある。成人した今ではどんな毒を食らってもケロリとしている。
「毒スープはとても刺激的な味だった、懐かしいな」
「はい、そうですね。胃を焼くような感覚は面白かったです」
彼に劣らずミリアムも訓練を受けて来た様子だ、彼女もまた多少の毒を口にしても平気なのだ。
「お前も大概だな」
「恐れ入ります」

***

夜会から数日後、さっそくとミリアムの居室へ賊が押し入る騒ぎが起きた。

「そのような脆弱さで私を襲うなど片腹痛い」
少数精鋭で乗り込んで来た三人の死客はあっさりと彼女に返り討ちにあって虫の息である。ボコボコに伸され、顔は判別がつかないほど腫れ上がり、両手両足の腱を切断されたその者たちは役立たずになって転がる。
「容赦ないな、殺さなかったことは褒めてやる」
「そうですか、両脚と利き手くらい落としておくべきかと思いましたが」
「おいおい……」

あまりに残忍なミリアムの発言を聞いて、ガルディオは歓喜に震える。少々マゾヒスト嗜好を持っているらしい。
「うーん、真の夫婦になれないのが残念だ」
「……職務であるからこその言動であって趣味ではございませんが?」
ミリアムは変態な主から数歩離れて気色悪そうにする。
「逃げるな傷つくぞ」
「気のせいです」


大暴れした居室は使い物にならなくなって、暫くは客人用の部屋を使用することになった。
「ふぅ、王女用の部屋も贅沢だったけど客室も負けず劣らずね」
金の彫金で縁を飾られた調度品を撫でて彼女は言う、把手はもちろん金ピカで小粒のダイヤが埋め込まれている。
「これひとつあったら私は捨てられなかったのかな」
かつて街角に放置されて震えて暮らした切なさを思い出したミリアムは改めて身分差を思い知らされた。

”真の夫婦になれないのが残念だ”
ほんの数刻前にガルディオが発した台詞を反芻して、彼女は悲しい顔をした。秘めた思いを誰にも吐露出来ぬまま朽ちるしかないことがとても苦しいと目を閉じる。

「疲れた……少し暴れ過ぎたかしら」
どさりと寝具に身を沈めた彼女は睡魔が訪れるのを待った。だが、いくら待ってもやってきてくれない。
止む無く目を開けて小さく子守歌を口ずさんだ。
主に拾われた晩は眠れずに寝返りばかりしていた、すると幼い心を労わるようにガルディオが耳元で歌ってくれたのだ。

己とてまだ6歳の幼子だというのに、少女を護ろうと虚勢を張ったのだ。
『眠れ良い子 朝は必ずくる――闇が怖いなら お日様を瞼に思い出せ 』
『うん、あるじ』
さらに小さなミリアムはガルディオの寝間着を握って目を閉じたものだ。か細く紡がれる子守歌を聞きながらそうやって朝を迎えた。

「ああガルディオ……その名を呼んだら取り返しがつかなくなりそうで怖い」
愛しくも畏れ多いその名を心の奥で何度も叫ぶ。




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