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トンマゾという男
しおりを挟む「それではお元気で」
「あ~はいはい、御機嫌ようお姉様!さっさと出て行って頂戴」
肩を竦めて生家を出て行く彼女は「いままでありがとう」と屋敷に向かって呟く。
すれ違いざまにとある男が屋敷に入って行った、彼は勝ち誇った顔をしていてベルナティを見下していた。
「……あの人がブリジッタの良い人かしら、見目はともかくとして貴族には見えないけれど」
彼女はチラリと後ろを振り向き彼の背を見た、どうみても所作がよろしくない。猫背で肩を揺らして歩く様は破落戸のそれだった。
「まあいいわ、私には無関係だもの」
ベルナティは肩を竦め立ち去る、馬車は使わない、だって馭者さえ暇を出して馬もいないから。それほどに逼迫していたのである。
「まぁまぁ!トンマゾ、良く来てくれたわ!」
ブリジッタは彼の姿を見つけると満面の笑みでもって歓迎した、ちょっと皮肉そうな笑みを浮かべてトンマゾと呼ばれた男は「やぁ」と短く挨拶をする。
ちょっとした騒ぎに奥の部屋から出て来た母アンブラは何事かと訝しむ、すると目の前に綺麗とは言い難い人物を見て嫌そうな顔をした。
「ブリジッタ、その方は誰なの?新しい使用人かしら」
「まあ!お母様ったら御冗談を!彼は私の恋人ですの、トンマゾと言うのよ」
「なんですって?」
どう見ても平民の男である、落ちぶれたとはいえ子爵家に相応しいとは到底思えない。アンブラは数歩引いて更に男の様子を伺う。クラバットは付けていたが上等とは思えない、服も靴も草臥れていて小奇麗とは言い難い。
「ブリジッタ、冗談を言っているのは貴女でしょう。笑わせないで」
「いいえ、お母様は彼の素晴らしさを知らないから、いまはこんなですが着飾れば立派になります!」
「えええ……彼に何を期待しているの?」
眩暈を覚えたアンブラはヨロロとよろけてソファに沈んだ。それだと言うのにブリジッタは気にも留めず彼とイチャイチャしていた。
「あぁ、なんてことかしら。悪夢ならば覚めて頂戴……」
昏倒する間際にトンマゾの薄ら笑いを見た母は悍ましいと思う。
「ここが私たちの部屋よ、もっと贅沢に飾ろうと思うのよ。日当たりも良いし素敵でしょ?」
「ああ、そうだな。俺達に相応しく飾ってくれよ、この天蓋は気に入らないな青が良い」
「ふふ、そうね!何もかも新調しましょう、なんたって3億あるのだもの!」
「3億……ふふ、そうか素晴らしいな」
彼の瞳には厭らしく物欲の色が見て取れた、ブリジッタの事など見ていない。薄汚い口からは優しい言葉が出てくるが本心はドロドロなのだ。
「嬉しいよブリジッタ、俺なんかの為に」柔らかに微笑む彼は温和な仮面を被りそこにいた。
「何を言っているの当然じゃない!」
色呆けしている彼女には真実は見えていないようだった。
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