完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)

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愛の種はなかった

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時は十五年を遡る――



「可愛い、とても良く似合っているよ」
「ありあと!にいたま」
三歳になったばかりのポラーナは兄から受け取った髪飾りをつけてご満悦だ。今日はポラーナの誕生日なのだ。五歳離れた兄ライネルは”こんな可愛い妹が自分の傍にいていいのか”とベタぼれしていた。
その感情はまだ恋だとは知らない。

「えへへ、にいたま大好き」
「はは、ありがとう。私も大好きさ」

何処に行くにもポラーナは兄の後ろを付いて行く、まさに金魚の糞であるとアーリエント卿は苦笑いだ。
「まぁ貴方ったら!ポラーナを糞扱いだなんて酷いわ!」
「え、ああ、済まない。だがどう表現したら良い?」
「ええ……と、腰巾着?」
「……おい、あまり良い意味じゃないな」

呑気そうにそう話し合う夫妻は二人の美しい兄妹を見て「流石我が子」と目を細める。互いに「自分に似た」と主張するのだ。淡い飴色の髪の毛をフワフワさせたポラーナは卿によく似ていた。


ポラーナが十二歳になった頃、頻繁にやって来る客がいた。ラルダス伯爵その人である。実は侯爵家には二つ目の爵位があり、子爵としての資格を持っていた。どうにかして侯爵と縁を結びたいと思っているのだ。
「ポラーナ嬢は子爵を継がれるのでしょう?是非ともうちのベイトンを!我が息子ながら中々な商才を持っております」
「そうは言ってもですなぁ、本人の気持ちを優先させたいと考えます」
アーリエント卿はなかなか良い返事をくれない。そこでラルダスは一計を案じ、二人を引き合わせたいとお見合いのようなことをしてはどうかと言い出した。


「貴方、何故そんな約束を?いい加減うんざりですわ」アーリエント夫人はプリプリと怒った。図々しいにも程があると苦言を呈する。
「いや、わかっている。ポラーナの嫁ぎ先なら困らない事だろう。しかし、あの男は諦めそうも無くてな」
少し気の弱い所がある卿は相手の事を見縊っていた。




「初めまして、私はベイトンです。可愛らしい御嬢さん」
「まぁ、初めまして……」
金髪に青い目のベイトンは彼女が好きな絵本の中の王子様そのものだった。一目で気に入ったしまったポラーナは彼になら嫁いでも良いと思ってしまう。

「そうか、キミは選んだんだね。おめでとう」
沈痛な面持ちを隠して笑顔でそう言うライネルだ、この時になって初めて自分の気持ちを自覚した。張り裂けそうな心中を隠して彼女を送り出す。

「今はまだあの方に愛されてないけれど、きっと幸せになってみせるわ。見てて兄様」
「……あぁ、そうだね」
幸せそうに頬笑む妹はとても眩しかった。



そして、記憶喪失と嘘をついてまでベイトンは裏切る。愛の種は最初から無かったのだと思い知るポラーナなのだ。蒼い果実が過ぎた後悔の日々を送る事になる。


「あの方が私を忘れたのなら、私も忘却するしかないのだわ」





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