その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)

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都合の良い夢を見る少女

ガタガタ揺れる荷馬車の上で高鼾をかく小娘ベネット。
麦と豆がたっぷり詰まった麻袋の山の上で寝腐っている、食料を足蹴にするとは罰当たりなと豪農の主は馭者の隣で愚痴っている。

「バカ息子が絆されおって!没落した我儘姫のどこが良いんだ!」
どこか途中の田舎道で捨ててやろうかと何度も思った農夫である。

その息子はといえば荷台の上で荷物番をしながら、ベネットの寝姿をチラチラ気にしていた。
腐っても元伯爵令嬢である、田舎に染まりつつあっても顔立ちは田舎娘より華やかさがあって目を引く。
夏の日差しを浴びてやや小麦色になってはいるが、可愛いらしさは保っていた。

あくまで田舎町レベルであるのだが。

その田舎町から荷馬車で半日かけて漸く王都前の町に着いた、荷をみっちり積んだ馬車はゆっくり停車する。
それでも多少は揺れて、荷の一部が崩れた。
運悪くそれはベネットの腹に直撃した「ぐぇぇ!」と踏まれたカエルのようなダミ声を発して目を覚ます。

「ゲッホゲホ!なによもう!素敵な夜会の夢が台無しよ!」
涙と涎を垂らしたベネットは元貴族の娘には到底見えない、農夫の息子ルダに手を借りて馬車から脱出する。

「ふぅ、やっと着いたのね。あら?まだ壁の外じゃないのよ!」
「ここで麦を下ろして商人と取引すんだよ、大きな備蓄倉庫は街にないから」
ルダの説明にベネットはガッカリした、てっきり賑やかな中央マーケットかと思っていたのだ。


「ならば私はここでサヨナラするわ、ここから王都までなら歩けるし。じゃあね!」
ベネットは碌に礼も言わずさっさと王都を囲む壁へ向かって歩きはじめた。

「ま、待って!王都なら俺も」
「あら?荷下ろしの仕事はどうするのよ」
至極当然の疑問をベネットにかけられたルダは頭をかきながら護衛をかねてとかモゴモゴとゴネた。

さっさと王都へ入りたいベネットは苛立つ、ここまで連れてきてもらった恩など微塵も感じていないのだ。
「身勝手なヤツは放っておけ!」馭者台から降りてきた農夫が吐き捨てた。

ベネットは「ふん」と鼻を鳴らし再び歩きだした。
背後でルダがごちゃごちゃ言っていたが振り向かない。

彼女の頭には自分の都合の良い物語が出来上がっていて、誰の声だろうが受け付けないのだ。
「はやく公爵邸へ帰らなきゃ!ロディがきっと待っているわ、ずっと私に会えなくて悲しんでるはずだもの」

城壁を通過するには通行証が必要だがその辺りはベネットはぬかりがなかった。
かつてここを出る時に交付されたものをしっかり握っていたのだ。

東門を護る兵士が一人で現れた平民娘を睨む。
「止まれ、何用だ?通行証を見せろ」
「なによ偉そうに!私は公爵令嬢よ!」

ベネットは相変わらず身分を勘違いしたまま居丈高に振る舞い、通行証をずいっと見せつけた。
そのまま通ろうとしたベネットを二人の兵士が拒否した。

「待て、これは外壁へ出るためのものだ。しかも期限切れだぞ」
「なんですって!じゃあどうすんのよ!すぐ発行してよ!」
ギャンギャン喚く娘に兵士は言う。

「発行には料金が必要だ、一番安い平民のものでも銀貨1枚5年有効のものだ」
「……持ってないわ、ならばこれでどう?」
いつもつけて自慢していた公爵から貰った指輪を差し出す。

鑑定と換金をするから待てと年嵩の兵士が言う。
外門詰所には諸事情で立ち寄る者が多いので換金業者は常駐しているのだ。よほどの荒くれ者でない限り通行証は発行される。


30分待っても戻らない兵士にネコババされたかと憤慨したベネット。それからさらに10分後、鑑定書と小さな袋を持って兵士が戻った。

「鑑定書通りに換金した、銀貨5枚と小銅貨30枚だ」
「なんだ意外と安いのね……ガッカリ」

彼女は公爵がくれたものにしては安価だと落胆した、金貨数枚くらいにはなると思っていたのだ。
それから、銀貨一枚を払い通行証を受け取ると足早に王都へ駆けだした。

とんだ足止めをくらった彼女は不機嫌になりつつも、公爵邸に帰りたい一心で耐えて走った。
乗合馬車が門から出ていたが、平民などと同乗なんてできるかと矜持を貫いた。


門から1時間ほど小走りに向かってやっと公爵邸に辿り着いた。
「やっと帰れた!……はぁ部屋に入ったらすぐに湯浴みの用意させなくちゃ!ドレスも用意させましょう」
田舎町から荷馬車に揺れてきた彼女の服装はヨレヨレで、汗と埃と藁が付着していた。


門の前に見知った門兵を見つけ駆け寄り声をかけた。
「ベネットが帰ったと伝えなさい、それからメイドを数人寄越して!歩き疲れてヘトヘトなの」
だがしかし、門兵は胡散臭いものを見る目でベネットを睨むばかりで動かない。

「ちょっと!聞いてるの?公爵令嬢のおかえりなのよ!早くなさい、首にされたいの?」
お義父様に言いつけてやると、なおも騒ぐが兵士の態度は変わらない。

業を煮やしたベネットは無理矢理門を通ろうと門兵を押し除けようとする。しかし相手は屈強な兵である、まったく微動だにしなかった。

「この!いい加減にしなさいよ、歯向かうなんて許されないことよ!」
ベネットは粗末なワーンピースを捲ると短剣を取り出し威嚇する。太腿に帯刀していたのだ。
それを公爵家への敵意とみなした兵は警笛を高く鳴らした。

「な、なによ!?止めなさい!その笛は敵襲の合図でしょ、私は令嬢なのよ!この家の娘に対して・・」
「誰が公爵息女だって?うちには息子しか存在しないのだがね」

怒りを孕んだ低い声がベネットの金切声を止めた。

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