愛という毒を撒く貴方

音爽(ネソウ)

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”あぁ、私の貴方いまどこにいるの?近頃はすっかり冬になってとても寒いの、身も心も余計に冷えて寂しいわ。”

そんな言葉から始まり愛を綴った手紙が宛先不明でとある侯爵家に戻ってきた、悲しい表情で受け取る主に駆ける言葉がないと申し訳なさそうにメイドが退室していく。送り返された手紙は10通を超えていた。

オルグレン侯爵家の未亡人ミシェルは己の手紙をくしゃりと潰して火にくべようか迷った、散々悩んだ末にはその勇気がなく引き出しの奥へと隠すのだった。11通目の手紙は封を開けられることなく眠るのだ。

「私の心も眠ってくれたらどれほど楽なことか……恋はなんて苦しいのかしら?わかっているのよ、横恋慕は叶わないものだと……でも、あの方の奥様だって置いてきぼりなのでしょう?僅かでも隙があるのなら諦めたくないわ」
彼女はそう言って思い人の名を小さく呼ぶ。

「レイフ、愛しているわ」

ミシェルが嫁いだオルグレン侯爵家は国内屈指の富豪だ、品質の良いダイヤを含有する鉱山を持ち装飾と衣服の製造販売を生業にして財を築いた名門家である。仕事人間のニック・オルグレンは40歳を前にしてようやく伴侶を得た。それがミシェルだった。しがない男爵家の末娘だった彼女は玉の輿だと周囲に大騒ぎされたものである。

歳の差は22歳もあるが珍しいことではない、仕事一辺倒だったニックは、見合いで紹介された若く愛らしいミシェルに夢中になり心から愛した。父ほど離れた彼に若妻ミシェルは躊躇いはあったが、夫の献身的な愛に心を開くようになる。もちろん、贅を尽くした生活も彼女の心を動かした要素である。

やがて二人の間に息子が誕生した、ミシェル21歳の頃である。
夫ニックに瓜二つな息子は実直で真面目な性格まで受け継ぎ、勤勉で賢い子供だった。王都学園を首席で卒業し事業運営を学んで父親の右腕となって貢献した。

なにもかもが順当で幸せな侯爵家だった、――あの男が現れるまでは。


息子も成長して有閑を持て余すようになったミシェルは小さな宝飾店を開いた、自分用の装飾品をデザインすることが好きだった彼女の才能が開花したのは42歳。遅咲きだったが彼女のデザインジュエリーは人気になって社交界でも話題に上るほどになる。


とある日、恋人の為に一点物の指輪が欲しいと少年が店やってきた。
ませた行為をする貴族の子息は少なくない、淡い金髪を揺らすその少年も同様だろうと店員は微笑んで対応した。

「ボクは侯爵夫人がデザインするジュエリーが素晴らしいと聞いてきたんだ。直接お会いできないかな?ボクの名はレイフ・ウォールだよ」
少年はその美貌をフル活用して女店員に夫人との面会を懇願した、若い店員は頬を染めて少し待って欲しいと言うと店の奥へ走っていった。

数分後、奥から現れたミシェル夫人は優雅にお辞儀して彼の来店を歓迎した。40代とは思えない美魔女の夫人は20代後半にしか見えない。洗練された所作が美しさに拍車をかける。

「ようこそ、社交界の青薔薇の君。直接お話しするのは初めてですわね」
「ふふ、オルグレン侯は夫人を溺愛されてますから、ガードが固くて何度ダンスを断れたかわかりませんよ」
社交辞令をスラスラ言い放つレイフ少年に夫人は”食えない人物”と認定した。とても15歳になったばかりとは思えない世渡りをする。


デザインを請われた夫人は彼を応接室に招き入れた。

「さて、贈る方の髪と瞳は何色でしょうか?誕生石を中石に選ばれても似合わないことがありますのよ」
「そうかぁ、ボクの青を使って貰おうかと思ったけど……なるほど!恋人はまだ子供っぽいからな。ちなみに髪は黒で瞳は濃い茶色なんだ」

それを聞いた夫人はいくつかの見本を天鵞絨を貼った箱をテーブルに置き話を進める。
黒髪ならば明るい色が映えるだろうと、淡い青と赤い石を選び吟味するレイフの顔は真剣だった。やがて指輪と髪留めのセットを贈ることになる。

「黒髪ですから銀細工にしたほうが良いでしょうね、ご予算にもギリギリ合います」
「そうか、夫人に相談して良かった!ありがとう」
レイフはそうお礼を述べつつ夫人の白い手を両手で包み込んだ、急に握られた夫人は小さく悲鳴をあげてしまう。

「あ、ごめんなさい。あまりに嬉しくて、夫人の手はとても美しいですね。恋人はまだネンネで何もかも小さいんだ、ボクは常々物足りなさを感じている。」
「ま、まぁ……そうですの」

夫人の豊満に膨らんだ胸元を少し見て少年レイフは恥ずかしそうに俯く。
そうかと思えば蠱惑な笑みを浮かべて手の甲を撫でるレイフは夫人の狼狽する様子を眺めて満足そうだ。夫人は蒼い怪しく輝く瞳に見つめられて動けなくなった。

「ねぇ、オルグレン夫人。ボクは色々と未熟でね、指導してくれる年上の女性に焦がれているんだよ。恋人は可愛いけどそれだけさ、魅力的な貴女が友人になってくれたら嬉しいのだけど」
「わ、私は四十過ぎたオバサンですわ。若いあなたと話が合うとは……」

するとレイフは大袈裟に嘆いてこう言った。
「ダンスの相手すらボクはなれないのですね……叶わない恋はなんて切ないんだ。苦しい、苦しいよミシェル様は遠く届かない花、女神なんだ」
「んな!?……女神だなんてそんな」

夫人は小刻みに震えだして、されるがままになった。気を良くしたレイフは撫でていた手を止めると夫人の手にキスを落とした。瞬間、夫人の中にあった理性に亀裂が走った。

「ねぇ、ミシェル様。貴女の優しさと愛をほんの少しだけ哀れなボクにわけてくれない?」
上目遣いに夫人を見つめるレイフは初な少年ではなく、ただの飢えたオスになっていた。


夫人の理性はミシミシと罅が広がり、割れていく。それが粉々になるのは時間の問題だった。
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