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山のように積まれた報告書を前に、エイジャー伯爵は娘ミラベルにどう真実を伝えるべきか苦悶する。遠回しにしようが、言葉を濁そうがレイフの爛れた恋愛遍歴は彼女の心を壊す要素が濃すぎた。
「いつまでも逃げおおせると思うなよ愚かなレイフとウォール伯爵……己らが作った醜聞は身が朽ちるまで付きまとうだろう」
エイジャー伯は抜粋した箇所を精査して、なるべく穏便な言葉を選んで文書に起こす。愛娘ミラベルには手紙を通して伝えることにした。父親と対面して夫の愚行を聞かされるよりはマシだろうと思ったからだ。経緯を直接知り親の前でまで淑女の仮面を被せさせるのは酷だと父親なりの配慮だった。
「人目を気にせず素直に怒り、飽きるまで慟哭するといい……。心の傷は時間だけが薬なのだ。不甲斐ない父を許しておくれ」伯爵はそう言って手紙の最後に己の謝罪を綴って封をした。
夕食後、いつになく厳しい顔をした父親が退室間際にミラベルへ手紙を渡した。彼は「すまない」と小さく詫びの言葉を言うと先に食堂から出て行った。
「お父様……ご配慮を感謝いたします」
ミラベルは息を吐くと意を決した顔をして退席した、自室に向かう彼女を母と兄は心配そうに見送った。憐憫な視線を向けられていると気が付いていたミラベルは廊下の途中から悲しみで視界が歪みだしていた。今は泣くべきではないと己を叱咤してなんとか部屋へ戻る。
侍女を部屋の外へ待機させゆっくり手紙を開けた。
無骨だが几帳面に並んだ字を目で追う、そして夫レイフの巫山戯た恋愛観に眩暈がした。結婚後の不貞どころではなく婚約前から裏切られていた現実がジワジワと彼女の心を苛める。
「あぁなんてこと……恋人が5人、体だけの関係が3人……レイフあなたは何を考えて生きているの?とても正気な行動とは思えないわ!」
ミラベルは自分が怒りの感情に染まって震えているのに驚いた、なにより先に悲しみで泣き崩れるだろうと予想していたのだ。しかし、湧いてくる感情は怒りばかりだった。
「女をなんだと思っているのバカにして!冗談ではないわ、どれもこれも愛などないじゃない!優しく近づいて手籠めにした女性は富豪で名を知る方ばかりだわ。……レイフ、貴方が失踪した理由が漸く読めたわ」
父からの手紙を丁寧に閉じると引き出しの最奥へとしまった。
目を閉じて深く息を吸い、再び開いた彼女の瞳には悲しみではなく強い決意が宿っていた。
「レイフ、お望み通り離縁して差し上げる、でもそれはたっぷりと罰を与えてからよ、覚悟なさい。私はこう見えて泣き寝入りするような弱い人間ではなくってよ?」
手紙を読んですぐに行動にでたミラベルであったが、父の執務室へ出向いたものの「冷静さを欠いたのではないか」と思われ明日にしなさいと窘められる。
「もう!お父様は心配性なんだから!逸ったわけではないのに、事は早めに進めてこそでしょう?」
納得いかないミラベルはプリプリ怒りながら自室へと戻る。途中で兄と出くわし少し顔を歪めた。兄ブレンドンは妹の顔をマジマジと観察すると泣いた形跡がないことを見て驚いた。
「俺はてっきり箱入り乳飲み人形はピーピー泣いていると思ったのだが」
「まぁお兄様、お口が悪い事。」
だが両頬を兄の大きな手で優しく包まれたミラベルは目を見開いて固まる。心配した悲し気な色とどこか違う感情がブレンドンの瞳に宿っていた。
「お兄様?」
「やぁごめん、涙の筋はないかとつい探してしまったのだよ」兄は少しバツが悪そうに笑うと手を離した。ほんの少し温もりが残る両頬に名残惜しさを感じるミラベルである。
「ほんと無駄に優しいのだもの、嫌になってしまうわ」
「怒らないで、この度の事は俺も協力を惜しまないつもりだ。レイフ一家を断罪して地獄を見せてやろう」
「ええ、もちろんですわ!」
「いつまでも逃げおおせると思うなよ愚かなレイフとウォール伯爵……己らが作った醜聞は身が朽ちるまで付きまとうだろう」
エイジャー伯は抜粋した箇所を精査して、なるべく穏便な言葉を選んで文書に起こす。愛娘ミラベルには手紙を通して伝えることにした。父親と対面して夫の愚行を聞かされるよりはマシだろうと思ったからだ。経緯を直接知り親の前でまで淑女の仮面を被せさせるのは酷だと父親なりの配慮だった。
「人目を気にせず素直に怒り、飽きるまで慟哭するといい……。心の傷は時間だけが薬なのだ。不甲斐ない父を許しておくれ」伯爵はそう言って手紙の最後に己の謝罪を綴って封をした。
夕食後、いつになく厳しい顔をした父親が退室間際にミラベルへ手紙を渡した。彼は「すまない」と小さく詫びの言葉を言うと先に食堂から出て行った。
「お父様……ご配慮を感謝いたします」
ミラベルは息を吐くと意を決した顔をして退席した、自室に向かう彼女を母と兄は心配そうに見送った。憐憫な視線を向けられていると気が付いていたミラベルは廊下の途中から悲しみで視界が歪みだしていた。今は泣くべきではないと己を叱咤してなんとか部屋へ戻る。
侍女を部屋の外へ待機させゆっくり手紙を開けた。
無骨だが几帳面に並んだ字を目で追う、そして夫レイフの巫山戯た恋愛観に眩暈がした。結婚後の不貞どころではなく婚約前から裏切られていた現実がジワジワと彼女の心を苛める。
「あぁなんてこと……恋人が5人、体だけの関係が3人……レイフあなたは何を考えて生きているの?とても正気な行動とは思えないわ!」
ミラベルは自分が怒りの感情に染まって震えているのに驚いた、なにより先に悲しみで泣き崩れるだろうと予想していたのだ。しかし、湧いてくる感情は怒りばかりだった。
「女をなんだと思っているのバカにして!冗談ではないわ、どれもこれも愛などないじゃない!優しく近づいて手籠めにした女性は富豪で名を知る方ばかりだわ。……レイフ、貴方が失踪した理由が漸く読めたわ」
父からの手紙を丁寧に閉じると引き出しの最奥へとしまった。
目を閉じて深く息を吸い、再び開いた彼女の瞳には悲しみではなく強い決意が宿っていた。
「レイフ、お望み通り離縁して差し上げる、でもそれはたっぷりと罰を与えてからよ、覚悟なさい。私はこう見えて泣き寝入りするような弱い人間ではなくってよ?」
手紙を読んですぐに行動にでたミラベルであったが、父の執務室へ出向いたものの「冷静さを欠いたのではないか」と思われ明日にしなさいと窘められる。
「もう!お父様は心配性なんだから!逸ったわけではないのに、事は早めに進めてこそでしょう?」
納得いかないミラベルはプリプリ怒りながら自室へと戻る。途中で兄と出くわし少し顔を歪めた。兄ブレンドンは妹の顔をマジマジと観察すると泣いた形跡がないことを見て驚いた。
「俺はてっきり箱入り乳飲み人形はピーピー泣いていると思ったのだが」
「まぁお兄様、お口が悪い事。」
だが両頬を兄の大きな手で優しく包まれたミラベルは目を見開いて固まる。心配した悲し気な色とどこか違う感情がブレンドンの瞳に宿っていた。
「お兄様?」
「やぁごめん、涙の筋はないかとつい探してしまったのだよ」兄は少しバツが悪そうに笑うと手を離した。ほんの少し温もりが残る両頬に名残惜しさを感じるミラベルである。
「ほんと無駄に優しいのだもの、嫌になってしまうわ」
「怒らないで、この度の事は俺も協力を惜しまないつもりだ。レイフ一家を断罪して地獄を見せてやろう」
「ええ、もちろんですわ!」
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