愛という毒を撒く貴方

音爽(ネソウ)

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7 狂喜の夜

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雷鳴轟く夜半過ぎ、旧ウォール邸に女の愉快そうな笑い声が薄暗がりのホールに響く。
壁際に設置された蓄音機からは時代遅れな音楽が流れている、それに合わせてステップを踏む彼女は上機嫌である。

「ふふふ、私だけの貴方……さぁ足が棒になるまで踊りましょうね。誰にも邪魔させないんだから」
恍惚とした瞳は愛しい人物を捉えて離さない、彼女が回転する度にギィギィと不快な木の軋音と衣擦れの音が交互に鳴る。彼女のダンス相手は上等なスーツで身を包んでいるが、とても不格好で似合わず、その手足は自力で動くことは出来ない。


例えそれが粗末な木材で作られた案山子であろうとそれは”レイフ・ウォール”なのである。少なくともローナ・フィンチにはそう見えているのだ。人毛の高級鬘が頭部に被せられて金色に輝いて揺れる。物言わぬそれは他人からは逆さのモップのように見えるだろう。

「あらあら、激しく踊り過ぎたかしら?少し御髪がずれているわよ」ズルリと床に落ちかけた鬘をローナは慌てて抑えると無機質な丸い頭に微笑む。するとそのタイミングで蓄音機のゼンマイが力を失って間延びした音を奏でた。

「……なによせっかく盛り上がって来たところなのに、メイドを一人くらい連れて来れば良かったかしら。でも駄目ね二人きりの甘美な夜に水を注されてしまうから、ねぇそうでしょレイフ」

ローナは顔のない相手に向かって話しかけては嬉しそうに抱きしめ、そして口づける。何度も何度もそれを繰り返し、彼女は幸せだと言って目を閉じた。

「ねぇ、覚えてる?貴方と出会ったあの夜会を……朧月夜の怪しげな空だったわね。私は怖いと言うのに貴方は神秘的だと言って……それから、うふふ……私の大切なものを奪ったでしょう?ううん、後悔はしていないわ。だって優しく愛してくれたもの……あの女より先に愛してくれたもの。うふふふ……幸せだったわ」

そして彼女は蓄音機のゼンマイを巻くために、ズリズリと木組みのレイフを引き摺って壁際の椅子へ座らせた。
「ちょっと待っててね、すぐ終わるから。そうだわ用意したシャンペンでも飲んでいらして」
鼻歌を歌いキリキリとゼンマイを巻き上げるローナの姿には哀愁は見えない。あくまで案山子を人扱いする彼女は覚めない夢の中で幸せなのだろう。

「ほら!次の曲も素敵でしょう?流行りの歌劇の曲なのよ、なかなか入手できなくて苦労したわ。さぁ踊りましょうか」
再び案山子を抱いてホールの真ん中へ移動するローナは幸せに微笑む。

時折外から轟く雷鳴すらもダンスを盛り上げる刺激でしかない。

「ふふふ、あぁ幸せ……あの女はとうとう諦めて離縁状を出したのですって!これで憂慮することはなくなったわ。私達は結ばれるのよ、永遠にね……アハハハッこんな愉快なことはないじゃない!貴方の生家は私が買い取って正解だった誰かの手に渡るくらいなら……ふふ、そうよ。お屋敷もレイフもみーんな私のもの私だけのものになった!」


踊り狂いながら飲んだシャンペンの酔いも手伝って、気分が高揚していたローナは気づかない。
巻き上げ続けなければ音が止ってしまう蓄音機が時間を過ぎてもずっと曲を奏でていたことを――。


***

「旧ウォール邸で凄惨な事件……被害者は数日行方不明だったローナ・フィンチ嬢と見られる、か。」
朝刊の記事を目にしたブレンドンは嫌そうに顔を歪める、暇を持て余し気味の貴族御用達の新聞はセンセーショナルな話題を一面にしたがるし、愛好者は喜んで欲する。

「社交の話題を知るためとはいえ朝から読むものではないな、不愉快だ!」
彼は少し乱暴に新聞を畳むと食べかけの朝食を除けて両肘をつき顎を乗せた。やや遅めに起きてくる妹に聞かせるべきか悩んだ。

「だが、いずれ知ることだな……彼女も大人なのだ甘やかすことはあるまい」ブレンドンは自分に言い聞かせるように呟いて大きくため息をはいた。そこへ癖のある重い足音がやってきた。


「ブレンドン、それほど悪い報せが新聞にあったのか?」
「……おはようございます父上、先に目を通してすみません。どうしても気になりまして」

「ふむ、たかが新聞だ気にするな世間を知ることは重要だ。やがて家督を継ぐ者としての当然の義務で権利だからな」
「はい、ありがとうございます」

そんなやり取りをしてエイジャー伯は畳まれた新聞を開いた。薄く皺を刻んだ顔に、ほんの少しばかり動揺を見せたがすぐに平静に戻る。そして「さして大した記事ではない」と唾棄した。
冷淡なその反応に、ブレンドンはまだまだ父には敵わないと貴族らしい感想を抱く。


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