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8 毒女
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レイフ・ウォールが様々な詐欺行為により断罪され、揚げ句は変死体で発見されたと知った未亡人ミシェル・オルグレンは深い悲しみと不安が重なり憔悴の日々を過ごしていた。心労がたたったのか輝いていた美貌は見る影もなく衰えて目は落ち窪み、深い皺まで出来ていた。
塞ぎこんだ彼女は社交に出ることもなくなり自室に籠って寝込むことばかり続いている。
そこへ執務を片付けた息子ニールが見舞いに尋ねて来た。
「ニール、私のことは放っておいて……近頃は一人で過ごすのが楽なのよ」
「見た目を気にしているのですか、年相応の姿になっただけでしょう?母上……いままでが異常だったのですよ、年若い男と浮名を流すのもこれっきりにして落ち着いてください。」
落ち込む彼女に追いうちの言葉を掛けるのは長男のニールである、彼は少年の頃は自慢の美しく聡明な母だったがいつからか彼女に侮蔑の視線を投げるようになっていた。
長男ニールが家督を継いだのは19歳の時だった。
父親ニックが60歳で心臓発作で突然他界し、悲しむ暇もなく新侯爵として多忙の日々を過ごした。気が付けば母は屋敷を開けることが増えていて不信感を抱いた。人を使い動向を調べてみれば若く美しい男に骨抜きにされ私財のほとんどを貢いでいると知った。
「母上は酷い人だ、父上の葬儀でもろくに涙を見せなかった癖に、得体の知れない男の為には全身全霊で嘆くのですね。レイフはボクとほとんど年齢差がないのでしょう?……汚らわしい売女だ!今すぐにでも屋敷から追い出したいほど嫌悪を感じる……でもボクは優しいから我慢してあげます、貴女が相応しい死を迎えるまでわね」
急に語気荒くなった息子に驚いて、ミシェルは狼狽した。
寝具から立ち上がり親に対する不遜な言いようを正そうとした、――だがそれは出来ない。
床に足を付くのもままならない、まして数歩歩く事も出来なかった。
「どうしました母上、幼い頃のように窘めたら如何か?ボクが悪戯した時のお尻ペンペンは痛かったよ」
「……ぐ……ぅ、はぁはぁ。陽の光を浴びてないせいか……食欲もないし力が入らないの、近頃は手足も痺れて辛いわ。医者を呼んで頂戴」
話を逸らし、青白い貌を歪ませてそう請う母にニールは悲愴な表情で見つめ返した。
「母上、父が病床にいる時貴方はどこにいた?どこで笑っていた?あぁ、答えずとも良いですよボクは不都合な真実を全部知っているから。医者を呼ぶのは無理ですが後で見舞いの花を届けましょう。」
「花?そんなもの……」
ゼェゼェと苦し気に息をするミシェルは訝しく息子を見る。自分によく似た瓜実の顔からは哀れと憎悪の色が見えた。彼はゆっくり口を開くとこう言った。
「母上によく似た美しい花です、一見は華美のようで清楚な色をしている。紫の花はとても綺麗なのです。是非母上に見て貰いたいものだ」
「紫……そう私が好きな色だわ」
僅かに見せた息子の慈愛に縋ったミシェルは微笑みを見せた。だが息子ニールの態度は冷たいままだった。
「花の名はたしか面白いものでした、鳥の頭に似ているのが由来とか。あぁ母上のほうがずっと詳しいですよね?これは失礼なことを言ってしまったハハハハッ」
「ひぃ!?」
顔を歪めて笑うニールに悪意が満ちていることにミシェルは慄き、慌てて後退するも背後の堅いベッド板がそれ以上の動作を阻む。
「知ってますよね、トリカブト……美しい貴婦人が紫のドレスを纏って佇んでいるようにも見える。その美しさの陰には恐ろしい毒が潜んでいる。まさに今の母上のようだ。恐ろしい……その毒は父上を殺した、美しい殺人鬼ミシェル、ボクは貴女に倣って最期まで愛しんでさしあげよう」
「ひ……た、助けて……だれか」
ミシェル慌ててサイドボードに手を伸ばし、呼び鈴を掴んだが音が鳴ることはなかった。器を叩く玉が外されていたからだ。
「疲弊している母上にひとつだけ朗報がございますよ、聞きたいですか?聞きたいだろうなぁだって愛してやまないレイフの情報だもの、クククッ」
「な、なんですか!?もったいぶらず仰いな!」ミシェルは病み始めた震える体を抱きしめながら問う。
「レイフの妻ミラベル様が検死に立ち合いこう言ったそうです。”これは夫ではない”とね、本物の悪漢レイフはどこへ消え失せたのでしょうね」
塞ぎこんだ彼女は社交に出ることもなくなり自室に籠って寝込むことばかり続いている。
そこへ執務を片付けた息子ニールが見舞いに尋ねて来た。
「ニール、私のことは放っておいて……近頃は一人で過ごすのが楽なのよ」
「見た目を気にしているのですか、年相応の姿になっただけでしょう?母上……いままでが異常だったのですよ、年若い男と浮名を流すのもこれっきりにして落ち着いてください。」
落ち込む彼女に追いうちの言葉を掛けるのは長男のニールである、彼は少年の頃は自慢の美しく聡明な母だったがいつからか彼女に侮蔑の視線を投げるようになっていた。
長男ニールが家督を継いだのは19歳の時だった。
父親ニックが60歳で心臓発作で突然他界し、悲しむ暇もなく新侯爵として多忙の日々を過ごした。気が付けば母は屋敷を開けることが増えていて不信感を抱いた。人を使い動向を調べてみれば若く美しい男に骨抜きにされ私財のほとんどを貢いでいると知った。
「母上は酷い人だ、父上の葬儀でもろくに涙を見せなかった癖に、得体の知れない男の為には全身全霊で嘆くのですね。レイフはボクとほとんど年齢差がないのでしょう?……汚らわしい売女だ!今すぐにでも屋敷から追い出したいほど嫌悪を感じる……でもボクは優しいから我慢してあげます、貴女が相応しい死を迎えるまでわね」
急に語気荒くなった息子に驚いて、ミシェルは狼狽した。
寝具から立ち上がり親に対する不遜な言いようを正そうとした、――だがそれは出来ない。
床に足を付くのもままならない、まして数歩歩く事も出来なかった。
「どうしました母上、幼い頃のように窘めたら如何か?ボクが悪戯した時のお尻ペンペンは痛かったよ」
「……ぐ……ぅ、はぁはぁ。陽の光を浴びてないせいか……食欲もないし力が入らないの、近頃は手足も痺れて辛いわ。医者を呼んで頂戴」
話を逸らし、青白い貌を歪ませてそう請う母にニールは悲愴な表情で見つめ返した。
「母上、父が病床にいる時貴方はどこにいた?どこで笑っていた?あぁ、答えずとも良いですよボクは不都合な真実を全部知っているから。医者を呼ぶのは無理ですが後で見舞いの花を届けましょう。」
「花?そんなもの……」
ゼェゼェと苦し気に息をするミシェルは訝しく息子を見る。自分によく似た瓜実の顔からは哀れと憎悪の色が見えた。彼はゆっくり口を開くとこう言った。
「母上によく似た美しい花です、一見は華美のようで清楚な色をしている。紫の花はとても綺麗なのです。是非母上に見て貰いたいものだ」
「紫……そう私が好きな色だわ」
僅かに見せた息子の慈愛に縋ったミシェルは微笑みを見せた。だが息子ニールの態度は冷たいままだった。
「花の名はたしか面白いものでした、鳥の頭に似ているのが由来とか。あぁ母上のほうがずっと詳しいですよね?これは失礼なことを言ってしまったハハハハッ」
「ひぃ!?」
顔を歪めて笑うニールに悪意が満ちていることにミシェルは慄き、慌てて後退するも背後の堅いベッド板がそれ以上の動作を阻む。
「知ってますよね、トリカブト……美しい貴婦人が紫のドレスを纏って佇んでいるようにも見える。その美しさの陰には恐ろしい毒が潜んでいる。まさに今の母上のようだ。恐ろしい……その毒は父上を殺した、美しい殺人鬼ミシェル、ボクは貴女に倣って最期まで愛しんでさしあげよう」
「ひ……た、助けて……だれか」
ミシェル慌ててサイドボードに手を伸ばし、呼び鈴を掴んだが音が鳴ることはなかった。器を叩く玉が外されていたからだ。
「疲弊している母上にひとつだけ朗報がございますよ、聞きたいですか?聞きたいだろうなぁだって愛してやまないレイフの情報だもの、クククッ」
「な、なんですか!?もったいぶらず仰いな!」ミシェルは病み始めた震える体を抱きしめながら問う。
「レイフの妻ミラベル様が検死に立ち合いこう言ったそうです。”これは夫ではない”とね、本物の悪漢レイフはどこへ消え失せたのでしょうね」
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