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14 新年に向けて「殿下の御心は」

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政務関連で幅を利かせていたレイゲ伯爵が、失脚したと耳に入れた大叔父ことザクウェル公爵は「こんな愉快な報せは始めてだ」と肩を揺らして嗤った。
「ふふ、狸オヤジらしい幕引きではないか。なぁお前」
サロンに招いた客へそう語りかけるザクウェルは上機嫌でブランデーを落とした紅茶を嗜む。
だが客はさして面白いニュースでもあるまいと興味なさそうだ、紅茶より絞った林檎ジュースが飲みたいと愚痴る。

「しかし、暫く見ない間にずいぶん野性味が出たな。そして逞しくなった」
珍しく褒めてくる公爵にチラリと一瞥して「そりゃどうも」と短く返事した。そっけない態度の客人だが公爵はそれを咎めるつもりはないらしい。
「私はお前に期待しているのだよ、奔放に生きていると見せかけてはいるが誰よりも国の民を愛している事を知っているからな。生真面目だけのサムとは違って王の器に相応しい」
腹黒さを隠した好々爺な顔を客に見せて微笑む、生まれついての優雅さはさすが王族の血を引いている。

ずっと押し黙って聞いていた客が口を開いた。
「大叔父が何を考えているのか知らないが、女王は健在だし狸一家がやらかしたことを引いても国は安泰だ。なにを急いているのかな?」
肘をついて渋面気味なその人物は飲み残しの茶を匙で弄んで問いただす。
「お前、レイゲが大人しく逃げたと思うのか?私はな女如きが国の長に治まっているのが腹立たしい、しかも外交が下手な長男を次代の王に推している。それだけではない!」

彼は茶器を乱暴にテーブルへ置いて続ける。
「私欲の為にあの女はライトツリーなどと田舎の国の者を嫁に引き入れ、剰え条約まで交わしよった!巫山戯た話ではないか?」
泡を飛ばして怒鳴る大叔父に、何度聞かされたかわからない言葉を遮って客が反論する。
「ライトツリーは小国だがそれだけではないよ、散々話してあげたじゃないか。各国を遊学して回ったボクが言うんだ。間違いない」
淡い金髪をサラリと掻きあげたその表情には複雑な胸中を物語っている。

「レックス!余の言葉と考えを拒絶するというのか!?許さんぞお前こそが王に相応しいのに」
「は、ボクは後ろ盾を頼んだ覚えもないし、妙なモノを城へ寄越さないで頂きたい。狸娘を飼い殺すのは勝手だけどね。それと叔父上……」
「な、なんだ?」
「アンタは王じゃないし成れない、政務に口を出すには歳を取り過ぎだ。引退する齢だと思うよ」
「クッ!」
亡き祖父と瓜二つな顔をした大叔父に「狩猟会で会いましょう」と捨て台詞を残してレックスは公爵家を後にした。

「いつまでも強欲なジジィだ、アイツこそが狸じゃないか」
レックスは大叔父が欲しいのは都合の良い傀儡であることをとっくに見抜いていたのだ。

***

多忙な日々を送る城の事情を余所に、王都民たちは刻一刻と迫る新年へ期待に膨らませ大晦日を過ごしていた。
街は祝賀ムードで湧き、色とりどりの造花を家屋に飾り付けている。
穏やかな春を迎え、豊かな年を送れるようにという願掛けをしているのだ。特に国色の赤い花が目立っている、どの家にも必ず赤が映えていた。

それらは王城から見下ろしても目に留まるほどである。
「素敵ね、なんて華やかなのかしら」
執務室の窓を開いて眺めていたシャロン妃殿下は冷風が吹くのも構わずに城下の景色を楽しんでいた。
「寒いですよ~シャロン様ぁ」
侍女のネアが諌言するが「空気の入れ替えは大事でしょ」と主は聞く耳を持たない。

「た、確かに暖炉を焚き続けていれば空気が悪くなりますが、開放に30分は要らないでしょう?」
「え~そんなに経った?では休憩は終わりね」
シャロンの言葉を聞いた侍女と文官たちはホッと胸を撫でおろした。冷え過ぎて縮こまっていた彼女らは各々仕事に戻る。
まだまだラクシオン国には雪が降っている時期だ、降雪量が減ったとはいえ寒いものは寒い。
侍女のネアは彼女らのために薪を追加しなければと廊下へ出た。するとドア近くに立ち尽くしていたサムハルドを見て悲鳴をあげそうになる。

「お、王子殿下……なにをされているのですか?まさか休憩中ずっとそこに」
「いや、あのタイミングを計っていたら……ついな」
冷え切った彼の姿はとても寒そうで白い顔が更に白くなり鳥肌を立てていた。そして持参した何かの包みを侍女へ託す。
「これは先ほど仕上げたタルトだ、林檎を飴色に焼き上げたものでとても美味しい皆で食べてくれ」
「殿下……」
不器用過ぎて愛を伝えられないサムハルドに侍女ネアは泣きそうになったが、同時に笑いがこみ上げる。

「殿下、シャロン様に関わるとても重要なお話がございます。どこかお話出来る場所を提供いただけませんか?」
「なんだと!妻の重要な話とな!?」
すぐに食いついてきた殿下を見て呆れるやら笑いたいやらでネアは肩をヒクヒクさせた。
執務室が並ぶ間の談話室に入ると早速「用件はなんだ」とせっつくサムハルドであった。

「ぷっ……んんっ失礼しました。実は年明けすぐにシャロン様は誕生日を迎えられます」
「う、うむ!知っているぞ!妻のことだからな!」
能面顔に興奮を見たネアはちょっと狼狽してから「いっしょにお祝いの席を設けませんか」と相談する。
「それは、良い考えだ!しかし、国をあげて祝うべきかと」
「ちょ、女王陛下ならともかく……妃殿下の誕生日ですから新聞にとりあげる程度ですよ」
「しかしだな」

大袈裟にあれこれしたがる殿下の顔を見て「ほんとうにシャロン様にメロメロなのですね」と軽口を利いてしまう。
「そんな!ど、どどどどどうして」
一介の侍女に見抜かれていたと知ったサムハルドは羞恥のあまり床に頽れてしまう。
「見ておればわかります、溺愛されてますよね。殿下の御心はだだ漏れですもの」
「だだ漏れ……そんなに態度に出ていたのか?」
「はい、気が付いてないのはシャロン様だけですね。あの方は鈍いから」

一番察して欲しい人物が気付いてくれない現実を知り、サムハルドは頭を抱える。
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