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愛があれば身分差なんて……。
という夢物語の歌劇が大流行りしています、現実ではありえないのですが。

ただ愚かにもそれを実行したオバカさんがいたりします、わたしの目の前に。
婚約者のアシジオ様と浮気相手のメルという平民娘です。


「レイルア、許してくれ!俺は愛のある結婚をしたいんだ!父の……陛下にも許可は頂いている」
「はぁ」
「レイルアさんごめんなさい、私達は愛し合ってるの!真実の愛なの!」
「……」

例の歌劇の台詞そののままに言葉を連ねる二人に頭痛がします。
もうちょっと捻りなさいな、馬鹿丸出しじゃありませんか。

「わかりました、おふたりの覚悟しかと見聞しました。お幸せにね」
「やけに物分かりがいいな?」
「ゴネても仕方ありませんでしょう。平民の家に婿入りは大変でしょうけど大丈夫ですわよね、真実の愛があれば」
「は?王子の俺が平民になるわけないだろうが!」

「アシジオ様は王の愛妾の息子なので一応城に居室がありますが王子ではありません。せめて爵位を持つためにと私レイルア・バモット侯爵令嬢と婚約して入り婿予定でした。ですが、きょうをもって婚約破棄されましたので平民(仮)から平民確定ですわ」
「そ、そんな聞いてない!聞いてないぞ!母上は側室じゃなかったのか!?」
「えぇ~?アシーは王族じゃないのぉ?わたしは御姫様になれないのぉ?やーだー!聞いてない!」


私はバカップルに侮蔑の目を向けてから、ホホホホと高らかに嗤い飛ばし茶番劇からおいとまさせていただいた。

***

その日からアシジオ様、いいえ平民アシジオは毎日のように侯爵邸へ現れては門兵に排除されています。
門前払いしてるのですが、ほんとうに諦めの悪い人です。

愛妾の息子に甘い王が侯爵家と縁を結ばせようと画策したというのに浮気なんてするから……。
正妃、側室あわせて4人の王子と1人の王女がいるのです、継承権がややこしくなるため平民愛妾の子は王子になれませんでした。国王の下半身は緩いのでキリがないですからね。
ちなみに最近も侍女に手をだして懐妊したとかしないとか。
いい加減にしろよ、エロジジイ。

アシジオの母親が平民でなければ王子だったかもしれませんが、どっちにしろ王にはなれなかったでしょう。
だって第6子でしたから……。

しばらくしてアシジオが姿を現さなくなり安堵した頃でした。
「レイルアにアシジオから慰謝料請求が来ている」と父上が渋面で裁判所からの通知を読み上げた。
わたしは憤慨したが訴訟をおこせば裁判所は一応事務処理をしてくる、とても厄介である。

不貞をして婚約破棄したのはアシジオだというのに呆れたものだ。

「とうぜん異議申し立てをいたしますわ!スルーしたら同意したとみなされてしまいいますから!」
「うむ、まことに腹立たしい……、裁判所の申立書にサインしておきなさい。後は私が処理しよう。法務には友人がいる二度とこのような事が無いよう穏便に通しておく、穏便にな」

父が悪い顔をして微笑む……。
アシジオ、あなた浅はか過ぎるわ。

私に対する慰謝料請求はあっさり棄却された、とうぜんなんだけど。
それでも「取り下げない」とアシジオ側はゴネたらしい。
婚約時に大人の事情的なことを教えなかったとか、破棄後の末路を教えなかったとか……。
んなわけないわ、婚約を交わした時に陛下と宰相様、それから我父から説明があったでしょう?

***

「くそ!くそ!金が金がない!」
王宮から追い出された時、支度金としてそれなりの額を貰ってはいたが数カ月で使い果たしていた。
平民のメルの実家は薄汚くて厩舎とさして変わりがない有様だった。

「うう、汚い!臭い!こんな所に住めるか!俺は家畜じゃないんだぞ!」
そう悪態を言い、飛び出して王都の高級ホテルに寝泊まりしていれば、あっと言う間に金がなくなった。
慎ましい生活さえしていれば4~5年は普通に暮らせたというのに。

爵位もなく金も無くなったアシジオにメルはあっさり真実の愛を捨てていった。
今頃は金持ちの商家の嫡男あたりにコビを売っているだろう。
王宮暮らしに慣れているアシジオには働くという意識がまったくない、衣食住の心配もなく月に一度は御手当が貰えた。なんにもしなくても「愛妾の息子」というだけで。

「なんでだ、俺はただ愛しい女と結婚したかっただけなのに」
彼は気づかない(したかっただけ)がダメだという事に。

愛で腹は満たされない、これが真実だ。

宿なしでパンを買う金もない、ダメ元でかつての友人やレイルアの屋敷に縋ったが相手にされなかった。
襤褸を纏い饐えた臭いの浮浪者アシジオは門兵にさえ無視された。
「母上……あなたは王宮でいまでも寵愛をうけて贅沢に暮らしてるんだろ……助けろよ。父上、可愛い息子が死にそうなんだぞ、なぜ迎えに来ない」
父王の薦める婚姻を反故にしておいて、身勝手な言い分ばかり吐いては王城に向かって泣きごとを言う。
「どうして、俺は王子じゃないんだ。王の息子なのにこんなのおかしい」

最後の悪あがきでレイルアに慰謝料請求をしたが訴状に虚偽ありと棄却されてしまう。
どうしようもなくなり繁華街の路地裏で生ゴミを漁るまでに落ちた。
腹は減るが仕事をしない。ただただ暇でひもじい。
アシジオは娯楽の代わりに薪の炭を掴み煉瓦壁に絵を描いた、浮浪者仲間ではけっこう評判で時々パンを対価に描いてやっていた。時々酒場からも絵の依頼がきて僅かな硬貨と食事を貰って暮らした。

空腹がきついがこんな日々も悪くないと思い始めていた。
ある冬の日、酒場の裏で絵を描いて震えていたらゴロツキに目をつけられた。

「なぁおい、絵描きでパンを貰うより金が欲しくねぇか?ちょっと荷運びをしてくれりゃ金貨2枚だ」
「……!?ほ、ほんとうか?やる、やらせてくれ!」
持たされたのは小さな箱2個だった、これを宰相邸と王城へ運べば良いと指示される。

「王城へ行く理由ができた!やったぞ母上に助けを請える!」
汚い身なりを申し訳程度整えて城への道をアシジオは急いだ。
「もう少し、もう少しで俺は……!」

何を持たされたかも聞かず、疑いもしないで世間知らずの彼はただ走る。
栄養失調でガリガリな痩躯と思えない俊足だった。
小高い王城の第一外門の目前へきてアシジオが叫んだ。
「王への届け物だ!畏まって門を開け!俺は寵妃の息子アシジオだ!」
薄汚い平民がやって来たと門兵は警笛を鳴らし身構えた。

「不敬だぞ!王の息子アシジオだぞ……ぁっ」
門の手前で足が縺れてアシジオは無様に倒れた、そして……。

手から落ちた箱が閃光を放ち破裂した、王城周辺に爆音が轟く。

***

【放逐された愛妾の息子、爆発物でクーデターか】
貧民街の反政府武装団が先導していたが、失敗に終わり一網打尽にされたとある。
王都新聞の一面を読みバモット侯爵は眉間に皺を作る。

「あら、お父様なにか大事でもありましたか?」朝食後お茶を優雅に嗜んでいたレイルアが尋ねる。
「いや、なんでもないさ。それより今日は休日なのだが、家族で絵画展へ行かないか?」
「まぁ素敵、ねぇお母さま!新進気鋭の印象派展は大盛況らしいですわ」
「そうね、良いものがあれば購入しましょうか」
芸術家のパトロンもしている母子は浮かれていた。


ウィンターローズが咲き乱れる庭園の先に展示会場がある。入場すると外気との差に身震いしてしまう。
モコモコの毛皮を羽織った貴婦人方が絵画を見ながら噂話を咲かせている。
「聞きまして奥様、下町の絵描きの噂。壁に炭だけで見事な風景を描くとか」
「ええ、上品な物腰で平民らしくないとか。拾ってあげようかしら」
ホホホホと楽しそうに笑っている。

「下町の絵描き……どんな絵かしら」
「これレイルア、噂に聞き耳だなんてはしたない」
「でもお母さま、壁に美しい風景画だなんて見たくありません?」
「そうねぇ、帰りに馬車内から見るなら……」
絵画展を堪能した昼下がり、下町へ向かいゆっくりと馬を歩かせ止まらずに迂回する。
酒屋の壁に黒い染みらしいのが見えた、目の前にくるとそれはどこかの森を描いた絵だった。

「素敵!黒の濃淡だけで奥行きのある絵に仕上がってる」
「ほんとねぇ、キャンバスでないのが残念だわ」
路上で声を拾った酒屋の従業員が会釈してきた、何事か話している。

「そこのあなた、この絵を描いた方知っていて?」
「え、はい。この辺りで寝泊まりしてた浮浪者ですよ、でも大怪我をして死んだって聞きました」
「……そうなの、残念だわ。お話してくれてありがとう」

それから何点か絵をみつけて遠目で楽しむとバモット家は帰って行った。
ほんの数日差でアシジオは運を逃した。

end
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