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聖教国バルテフォレス
隣国バルテフォレスから親善大使名目でやってきていた司教達が密かに合議していた。結界まで張り行うそれは良からぬ議題であることは明白だ。
「面白いほどに順調のようですな、アンクタンが属国になるのは時間の問題でしょう」
「左様、西の国も落としましたが中々に骨が折れたものだが。アンクタンはモラルの欠如が著しい、国民性とでもいうのでしょうかな。まったく理性を感じない」
たった数カ月で聖女の毒が国を瓦解するまでに影響が広がったことに司教達は呆れつつも喜ぶ。
聖教国バルテフォレスは聖女信仰が熱いと世界に名を知られているが、実は黒い噂が絶えない一面を隠し持っているのだ。教示をもって布教活動を行い、勢力を拡大しているように見えるが実は聖女を祭り上げて諸国を蹂躙せんと暗躍していた。
娼婦のような聖女べアトリスは彼ら教団が作り上げた虚像なのである。
「改良した魅了香水は見事な効力を発揮したな、その分扱いには注意せねばならん」
「そうだな、うっかり深く嗅いでしまえば我らとて精神を犯されかねない」
魅了耐性を身に着けて解毒薬を用いているらしい司教らは下卑た笑みを浮かべて「怖や怖や」と嘯く。
魅了の力を持つ類のものは世界中で禁忌とされているが、改良されたその秘術は静かに蔓延していたのである。
***
アドルナート帝国の皇子来訪にも驚いたバダンテール一家であったが、それ以上の情報を聞いた彼らは驚愕した。
皇子が訪ねて来たのは外務省勤務をしている卿に真実を告げ警告をするためである。卿は聖女に影響を受けていない数少ない人材だった。
「な、なんてこと……友好国だと思っていたバルテフォレスがそのような悍ましい計画を……」
バダンテールの当主は頭を抱えて魅了で浸食されてしまった国の中枢のことを思って嘆く。彼だけではなく家族全員がその脅威に震えた。
その様子を黙って見ていた皇子ロディエンは「解毒さえすればまだ間に合う者がいるかもしれない」と言った。
しかしながら、それは予測であって確実な効果が期待できるわけではないと説明する。
「かの国の悪事を私が潜伏して探っておりましたが、後手に回ってしまいました。力になれず申し訳ない」
「いいえ、そもそも色香に惑わされやすかった我が国の王族に非があります。思えば警戒心が緩すぎるのですよ」
聖女の誘惑に乗らなければ解けない魅了ではなかったのだ、どちらかと言えば自ら罠に嵌りに行ったようにロズアンナの目には映っていた。
「王族は常に敵に対して気を張り剛健でなければならない立場ですわ。なるべくして成った、私にはそう感じました」
薔薇園での王太子の醜態を目にした時、彼女はそう思ったものだ。少しでも理性が働いたのならば悪女の手に落ちることなどなかったかもしれない。
皇子は話を続ける。
「実は宰相殿が魅了にとても強いとの事、他言は控えて戴きたいのだが……彼は男色家のようで余計に惑わしに抗えたのだそうで解毒作業に協力をあおぐことになっています心強いことです」
「まぁ、独身を貫いていらっしゃる堅物とばかり思ってましたわ!」
バダンテール夫人がその情報に飛びつきやや大声で発した、はしたないと夫に窘められる。夫人は顔を赤らめて「失礼」と詫びた。どうやらこの手の話がかなり好きなようだ。
「んんっ!とにかく生国を丸ごと投げ出すことにはならずに済みそうなのは僥倖ですわ!皇子殿下には感謝に耐えません」
場を取り繕うようにロズアンナが言葉を紡いだ、すると皇子はちょっと苦笑を浮かべて「それは良かった」と言う。
どの道、国の頭を挿げ替えて立て直すのは容易なことではないだろう。例え、帝国の力添えがあったとしても何年かかるかわからない。
バダンテール卿はとても難しい顔をして、金碧の城の方向へ視線を向けていた。敵は世界全土に影響を及ぼしている聖教国バルテフォレスなのだから。
***
白熱した家族会議をいったん終了して、猛った心を沈めようとバルコニーへ出たロズアンナと皇子。
外はすっかり夜の帳が落ちていた、夜空には何も知らない星々がキラキラと美しく輝いている。
「いろいろなことが一気に起きて心が追い付きませんわ」
「うん、心中を察するよ。キミは王太子妃になるはずだったのだよね」
国に仕えるためにと、様々な努力をしてきたであろう彼女のことを慮ってロディエンは慰めの言葉をいう。
「ふふ、滑稽ですわ。幼くして婚約者に認定され尽くしてきたのに大損しましたわ。友人を選ぶのさえ許可が必要でしたのよ。面倒になって親しいものを傍に置くのを諦めましたの。厳しい妃殿下教育にずっと耐えて頑張って、ぜんぶ無駄に終わってしまった……」
青春のすべてを捧げて生きていたロズアンナは虚無の中にいた。今目に映る美しい景色さえ彼女の心を癒しはしない。
皇子はほんの少しだけ距離を詰めて言った。
「壊れかけた国など捨て去って貴女を攫って国へ帰ったほうが簡単なのにな……失礼、本音が」
「え、皇子殿下?」
薄暗がりで表情は読み取りにくかったが、ランプの灯りに半分だけ浮かび上がったその顔には薄っすら紅が射していた。
「一目惚れしたと言ったらキミは信じるだろうか、あの月明かりの下で見つけた初恋は燃えあがるばかりなんだ。ここへ来たのは外務省に勤める卿に進言するためだったが、同時にこの気持ちをキミに伝えるためでもあるんだ」
「で、殿下……畏れ多いことですわ」
あの日の晩に良く似た月が、二人を照らして怪しく輝いていた。
「面白いほどに順調のようですな、アンクタンが属国になるのは時間の問題でしょう」
「左様、西の国も落としましたが中々に骨が折れたものだが。アンクタンはモラルの欠如が著しい、国民性とでもいうのでしょうかな。まったく理性を感じない」
たった数カ月で聖女の毒が国を瓦解するまでに影響が広がったことに司教達は呆れつつも喜ぶ。
聖教国バルテフォレスは聖女信仰が熱いと世界に名を知られているが、実は黒い噂が絶えない一面を隠し持っているのだ。教示をもって布教活動を行い、勢力を拡大しているように見えるが実は聖女を祭り上げて諸国を蹂躙せんと暗躍していた。
娼婦のような聖女べアトリスは彼ら教団が作り上げた虚像なのである。
「改良した魅了香水は見事な効力を発揮したな、その分扱いには注意せねばならん」
「そうだな、うっかり深く嗅いでしまえば我らとて精神を犯されかねない」
魅了耐性を身に着けて解毒薬を用いているらしい司教らは下卑た笑みを浮かべて「怖や怖や」と嘯く。
魅了の力を持つ類のものは世界中で禁忌とされているが、改良されたその秘術は静かに蔓延していたのである。
***
アドルナート帝国の皇子来訪にも驚いたバダンテール一家であったが、それ以上の情報を聞いた彼らは驚愕した。
皇子が訪ねて来たのは外務省勤務をしている卿に真実を告げ警告をするためである。卿は聖女に影響を受けていない数少ない人材だった。
「な、なんてこと……友好国だと思っていたバルテフォレスがそのような悍ましい計画を……」
バダンテールの当主は頭を抱えて魅了で浸食されてしまった国の中枢のことを思って嘆く。彼だけではなく家族全員がその脅威に震えた。
その様子を黙って見ていた皇子ロディエンは「解毒さえすればまだ間に合う者がいるかもしれない」と言った。
しかしながら、それは予測であって確実な効果が期待できるわけではないと説明する。
「かの国の悪事を私が潜伏して探っておりましたが、後手に回ってしまいました。力になれず申し訳ない」
「いいえ、そもそも色香に惑わされやすかった我が国の王族に非があります。思えば警戒心が緩すぎるのですよ」
聖女の誘惑に乗らなければ解けない魅了ではなかったのだ、どちらかと言えば自ら罠に嵌りに行ったようにロズアンナの目には映っていた。
「王族は常に敵に対して気を張り剛健でなければならない立場ですわ。なるべくして成った、私にはそう感じました」
薔薇園での王太子の醜態を目にした時、彼女はそう思ったものだ。少しでも理性が働いたのならば悪女の手に落ちることなどなかったかもしれない。
皇子は話を続ける。
「実は宰相殿が魅了にとても強いとの事、他言は控えて戴きたいのだが……彼は男色家のようで余計に惑わしに抗えたのだそうで解毒作業に協力をあおぐことになっています心強いことです」
「まぁ、独身を貫いていらっしゃる堅物とばかり思ってましたわ!」
バダンテール夫人がその情報に飛びつきやや大声で発した、はしたないと夫に窘められる。夫人は顔を赤らめて「失礼」と詫びた。どうやらこの手の話がかなり好きなようだ。
「んんっ!とにかく生国を丸ごと投げ出すことにはならずに済みそうなのは僥倖ですわ!皇子殿下には感謝に耐えません」
場を取り繕うようにロズアンナが言葉を紡いだ、すると皇子はちょっと苦笑を浮かべて「それは良かった」と言う。
どの道、国の頭を挿げ替えて立て直すのは容易なことではないだろう。例え、帝国の力添えがあったとしても何年かかるかわからない。
バダンテール卿はとても難しい顔をして、金碧の城の方向へ視線を向けていた。敵は世界全土に影響を及ぼしている聖教国バルテフォレスなのだから。
***
白熱した家族会議をいったん終了して、猛った心を沈めようとバルコニーへ出たロズアンナと皇子。
外はすっかり夜の帳が落ちていた、夜空には何も知らない星々がキラキラと美しく輝いている。
「いろいろなことが一気に起きて心が追い付きませんわ」
「うん、心中を察するよ。キミは王太子妃になるはずだったのだよね」
国に仕えるためにと、様々な努力をしてきたであろう彼女のことを慮ってロディエンは慰めの言葉をいう。
「ふふ、滑稽ですわ。幼くして婚約者に認定され尽くしてきたのに大損しましたわ。友人を選ぶのさえ許可が必要でしたのよ。面倒になって親しいものを傍に置くのを諦めましたの。厳しい妃殿下教育にずっと耐えて頑張って、ぜんぶ無駄に終わってしまった……」
青春のすべてを捧げて生きていたロズアンナは虚無の中にいた。今目に映る美しい景色さえ彼女の心を癒しはしない。
皇子はほんの少しだけ距離を詰めて言った。
「壊れかけた国など捨て去って貴女を攫って国へ帰ったほうが簡単なのにな……失礼、本音が」
「え、皇子殿下?」
薄暗がりで表情は読み取りにくかったが、ランプの灯りに半分だけ浮かび上がったその顔には薄っすら紅が射していた。
「一目惚れしたと言ったらキミは信じるだろうか、あの月明かりの下で見つけた初恋は燃えあがるばかりなんだ。ここへ来たのは外務省に勤める卿に進言するためだったが、同時にこの気持ちをキミに伝えるためでもあるんだ」
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