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1.『元』王女セラフィーネ
①
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「セラ、あなたにはここを出ていってもらうことになりました」
執務机の前で腕を組んだ中年の修道女がそう口にした。
髪の一本も漏れぬようにと頭巾でしっかりと纏められた頭部と首の一番上まできちんと止められた修道服はこの修道女の神経質さを如実に表していた。
この女は私のことを大層に嫌っていたな、とセラと呼ばれた少女はしかつめらしい顔をしながらも内心舌打ちをする。
「シスター・アマリア。それはあなたの独断でしょうか」
セラは表情を崩さず淡々とした声色で問うが、実際のところ今すぐ暴れだしたい気持ちでいっぱいだ。
「いいえ。教団で正式にあなたの処遇が決まった、ということです。境遇はどうであれ、今やあなたはただの一修道女。いつまでも優遇措置はとっていられません。解ったのならとっとと部屋に戻り荷物の整理をなさい。『星の間』は明日にはあけておくように」
セラの内情を知ってか知らずか、アマリアは威丈高に言い放つ。
彼女は修道女たちの中でもとりわけ気難しい女性であり、しょっちゅう辛辣に当たられることからセラもあまり好ましく思ってはいなかったのだが――まさかこんな形で放り出されるとは思わなかった。
「……はい。わかりました。今までお世話になりました」
セラはうやうやしい素振りで深く頭を下げる。アマリアはそのしおらしい姿を見て気分を良くしたのか、修道女に似つかわしくない満面の笑顔を見せた。
そのまま今後の赴任先の話などを続けていたが、その話の半分もセラの耳には届いていなかった。
(ここで逆らっても仕方ないし、どうせ今まで私に選べたことなんて一つもない。じゃあもうどうなろうが構わないじゃない)
「話は以上です。では部屋の片付けを始めておくように。明日の朝にはそのまま引き継げるようにしておくのですよ」
わかりました、では失礼します、とだけ声をかけセラは踵を返し部屋を出る。修道院内に誂えられた木の扉は軽く、腹立たしさを込めながら扉を閉めた。
いつかこんな日が来ることはわかっていたが、自分自身より自分の使っている部屋である「星の間」の方がよほど価値があるような態度を取られたことは少なからずセラにとって気に食わない話であった。
大陸の中央に位置する聖ローレウス大修道院。アステア大陸の主教であるローレウス教の総本山であり、周囲の国家からも干渉できない不可侵の地とされる。
セラがこの大修道院に来てから既に九年が経っていた。
元々は三年、長くとも四年ほどで〝おつとめ〟からは解放されるはずだった。
そもそもセラは望んで修道女になりたかったわけでもなく、醜聞にまみれ修道女になるしか道が残されていなかったわけでもない。
ただ生まれた家のしきたりとしてここに預けられただけだ。
セラは苛立ちを隠せないまま、二つに括った桃色の髪をたなびかせ回廊を闊歩する。
かつては夢見がちにくるりと上を向いていた睫毛はすっかり萎びて、宝石のようだと讃えられた瑠璃色の瞳もすっかり曇ってしまった。
少女らしくつんとした鼻と小ぶりな口も相俟って大層な美少女と言える雰囲気を纏っていたはずだったが、不遜な態度と目つきの悪さによっていまや見る影も無く、あどけない容姿でありながら濁った瞳の不釣り合いさだけが際立つ。
そして何より、彼女は大修道院に来て九年の日々を過ごしていたはずだが、その見た目はまだ十代半ば程にしか見えない。――セラの身体はある日を境に成長を止めた。
硝子張りになった回廊から差し込む光は眩しく、普段は部屋に引きこもっているセラの瞳をじりじりと刺していく。そして明るさはセラの異常な見た目を浮き彫りにする。
(だから、私は部屋から出たくないのに)
セラの考えなど知らぬとばかりに、回廊を行く修道女たちは彼女の姿を一瞥する。哀れみ、嘲り、憤り、そんな感情のこもった眼差しで。
そのような視線を気にするのも煩わしいとセラの足はまっすぐに自室こと星の間へと向かっていたが、ふと前方を歩く修道女たちの会話が耳に入る。
「ねえ、『星の間』の話聞いた?」
「聞いた聞いた、ベルセリウスから王妃候補の方がご滞在されるんでしょう!」
ベルセリウス。皇妃候補。二つの単語がセラの足を重くする。聞いたって碌なことないのに。理性は歩みを進ませようとするが、耳は周囲の話し声を遮断してくれない。
「ってことはセラは出て行くのかしら」
「そうみたいよ。シスター・アメリアが赴任地を探してたわ」
突然自分の話が始まりセラはビクリと身体を震わせる。前方を歩く二人はセラから背を向けているから、きっと後ろで本人が話を聞いていることなど露にも思わないのだろう。
「いつまでもセラがこの修道院にいるのもおかしいと思ってたのよね」
「全くだわ。ろくに部屋から出なければ奉仕活動にも顔を出さないような子なのに。まあ、院長が代わってからは依怙贔屓もなくなってすっきりしたけど」
くすくすと漏れ聞こえる声とともに修道女たちは意地悪く笑む。セラの脳にじくじくと血が循環し、思わず駆け足になる。
「邪魔よ」
早足のまま、二人の間に割って入り相手を押しのけ前へ進む。通り過ぎる瞬間に頭上で叫び声が聞こえたが、面と向かって顔を打ったりしていないだけ優しいと思ってほしい。
本来なら私は陰口なんかを言われるような立場じゃないのに!
ひたすら駆けるように自室へと向かう。後ろで喚き声が聞こえるが今のセラにはそんなものどうでも良かった。立ち止まった瞬間に怒りで涙がこぼれそうだった。
執務机の前で腕を組んだ中年の修道女がそう口にした。
髪の一本も漏れぬようにと頭巾でしっかりと纏められた頭部と首の一番上まできちんと止められた修道服はこの修道女の神経質さを如実に表していた。
この女は私のことを大層に嫌っていたな、とセラと呼ばれた少女はしかつめらしい顔をしながらも内心舌打ちをする。
「シスター・アマリア。それはあなたの独断でしょうか」
セラは表情を崩さず淡々とした声色で問うが、実際のところ今すぐ暴れだしたい気持ちでいっぱいだ。
「いいえ。教団で正式にあなたの処遇が決まった、ということです。境遇はどうであれ、今やあなたはただの一修道女。いつまでも優遇措置はとっていられません。解ったのならとっとと部屋に戻り荷物の整理をなさい。『星の間』は明日にはあけておくように」
セラの内情を知ってか知らずか、アマリアは威丈高に言い放つ。
彼女は修道女たちの中でもとりわけ気難しい女性であり、しょっちゅう辛辣に当たられることからセラもあまり好ましく思ってはいなかったのだが――まさかこんな形で放り出されるとは思わなかった。
「……はい。わかりました。今までお世話になりました」
セラはうやうやしい素振りで深く頭を下げる。アマリアはそのしおらしい姿を見て気分を良くしたのか、修道女に似つかわしくない満面の笑顔を見せた。
そのまま今後の赴任先の話などを続けていたが、その話の半分もセラの耳には届いていなかった。
(ここで逆らっても仕方ないし、どうせ今まで私に選べたことなんて一つもない。じゃあもうどうなろうが構わないじゃない)
「話は以上です。では部屋の片付けを始めておくように。明日の朝にはそのまま引き継げるようにしておくのですよ」
わかりました、では失礼します、とだけ声をかけセラは踵を返し部屋を出る。修道院内に誂えられた木の扉は軽く、腹立たしさを込めながら扉を閉めた。
いつかこんな日が来ることはわかっていたが、自分自身より自分の使っている部屋である「星の間」の方がよほど価値があるような態度を取られたことは少なからずセラにとって気に食わない話であった。
大陸の中央に位置する聖ローレウス大修道院。アステア大陸の主教であるローレウス教の総本山であり、周囲の国家からも干渉できない不可侵の地とされる。
セラがこの大修道院に来てから既に九年が経っていた。
元々は三年、長くとも四年ほどで〝おつとめ〟からは解放されるはずだった。
そもそもセラは望んで修道女になりたかったわけでもなく、醜聞にまみれ修道女になるしか道が残されていなかったわけでもない。
ただ生まれた家のしきたりとしてここに預けられただけだ。
セラは苛立ちを隠せないまま、二つに括った桃色の髪をたなびかせ回廊を闊歩する。
かつては夢見がちにくるりと上を向いていた睫毛はすっかり萎びて、宝石のようだと讃えられた瑠璃色の瞳もすっかり曇ってしまった。
少女らしくつんとした鼻と小ぶりな口も相俟って大層な美少女と言える雰囲気を纏っていたはずだったが、不遜な態度と目つきの悪さによっていまや見る影も無く、あどけない容姿でありながら濁った瞳の不釣り合いさだけが際立つ。
そして何より、彼女は大修道院に来て九年の日々を過ごしていたはずだが、その見た目はまだ十代半ば程にしか見えない。――セラの身体はある日を境に成長を止めた。
硝子張りになった回廊から差し込む光は眩しく、普段は部屋に引きこもっているセラの瞳をじりじりと刺していく。そして明るさはセラの異常な見た目を浮き彫りにする。
(だから、私は部屋から出たくないのに)
セラの考えなど知らぬとばかりに、回廊を行く修道女たちは彼女の姿を一瞥する。哀れみ、嘲り、憤り、そんな感情のこもった眼差しで。
そのような視線を気にするのも煩わしいとセラの足はまっすぐに自室こと星の間へと向かっていたが、ふと前方を歩く修道女たちの会話が耳に入る。
「ねえ、『星の間』の話聞いた?」
「聞いた聞いた、ベルセリウスから王妃候補の方がご滞在されるんでしょう!」
ベルセリウス。皇妃候補。二つの単語がセラの足を重くする。聞いたって碌なことないのに。理性は歩みを進ませようとするが、耳は周囲の話し声を遮断してくれない。
「ってことはセラは出て行くのかしら」
「そうみたいよ。シスター・アメリアが赴任地を探してたわ」
突然自分の話が始まりセラはビクリと身体を震わせる。前方を歩く二人はセラから背を向けているから、きっと後ろで本人が話を聞いていることなど露にも思わないのだろう。
「いつまでもセラがこの修道院にいるのもおかしいと思ってたのよね」
「全くだわ。ろくに部屋から出なければ奉仕活動にも顔を出さないような子なのに。まあ、院長が代わってからは依怙贔屓もなくなってすっきりしたけど」
くすくすと漏れ聞こえる声とともに修道女たちは意地悪く笑む。セラの脳にじくじくと血が循環し、思わず駆け足になる。
「邪魔よ」
早足のまま、二人の間に割って入り相手を押しのけ前へ進む。通り過ぎる瞬間に頭上で叫び声が聞こえたが、面と向かって顔を打ったりしていないだけ優しいと思ってほしい。
本来なら私は陰口なんかを言われるような立場じゃないのに!
ひたすら駆けるように自室へと向かう。後ろで喚き声が聞こえるが今のセラにはそんなものどうでも良かった。立ち止まった瞬間に怒りで涙がこぼれそうだった。
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