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プロローグ
ゆめのおわり
色とりどりに咲き誇る花々と、整然と生い茂った緑の中に佇む白亜の城。
城の中に誂えられた庭園の四阿では、桃色の髪を風に靡かせた少女が落ち着かない様子で椅子に腰掛けていた。
「今日は、ユーリ様が、来られる日だわ」
少女は赤く染まった頬を隠そうともせず、期待に満ちた瞳をきらきらと輝かせていた。彼女が座っている席からは、庭師達が丹精込めて育てた花々がよく見える。
まるで、その一つ一つに見惚れるかのように彼女はうっとりとした表情を浮かべた。
そんな彼女の視線に応えるように一陣の風が吹き抜けていく。
「きゃっ!」
突然の出来事に驚いた少女は、思わず目を瞑り身体を強張らせる。
しかし、次に瞼を開いた瞬間には目の前に一人の青年の姿があった。
眩く輝くふわふわとした金髪に透き通る海を思わせる碧い瞳はまるで絵本から出てきた王子様のよう。
「久しぶりだね、セラフィーネ」
「ユーリ様!」
その姿を認めた瞬間、嬉しさを隠しきれずに満面の笑みを浮かべた少女セラフィーネを見て、ユーリと呼ばれた青年もまた甘やかな微笑みを湛える。下がり気味の目尻が溶けるように細まる。
そして、彼はいつものように優しく彼女を抱き締めると、そのまま流れるような動作で頬に口づけを落とした。
それは一瞬のことではあったが、まだ十一歳のセラフィーネの顔を熱く火照らせるには充分だった。
「……っ! ゆ、ユーリ様、何を……」
慌てる彼女をよそに、ユーリは悪戯っぽく笑う。
「ふふ、ごめんね。でも、愛しい婚約者に口付けするくらいは許してほしいな」
唇はまだ早いからね、とユーリの指先がそっとセラフィーネの唇に触れるとセラフィーネの顔はこれ以上ないほど真っ赤に染まった。
「きょ、今日は来てくださってありがとうございます……。わたくしはもうすぐ十二歳の誕生日を迎えてしまうので、その前にユーリ様に会いたかったのです」
「ああ、そうだね。十二歳を迎えたらきみは修道院に行ってしまうのだよね」
寂しげに呟いたユーリの言葉を聞き、セラフィーネは胸の辺りがきゅっと縮こまるような感覚を憶えた。
一度修道院に入ってしまえば、出るまでは彼に会えないどころか手紙のやり取りすら許されない。今後のことを考えるだけで切なさが込み上げてきて、涙が出そうになる。
「……はい。だから、ユーリ様を覚えておきたくて」
「大丈夫だよ」
ユーリは、俯きかけたセラフィーネの両肩に手を置くと真剣な眼差しを向けた。
「きみが十六歳になったとき、必ず迎えに来るよ。だから待っていてほしい」
「嬉しいです!わたくし、ユーリ様のことを思い出しながら頑張ります。も、もちろん王女としても精一杯頑張ります!」
胸の前で両手を握りしめるセラフィーネの姿を見てユーリは柔らかく笑む。その眼差しはただしく愛しい相手にむけるものだった。
「ぼくからもひとつ、セラフィーネに伝えたいことがあるんだ。これは約束じゃなくてお願いだけれど」
そこで言葉を区切ると、ユーリはセラフィーネの手を取り自分の小指と絡ませる。
そして、彼の澄んだ碧い双玉が真っ直ぐにセラフィーネを見つめた。
「何があっても、絶対にぼくのことを覚えていて」
それは懇願にも似た言葉だった。
彼がこんなことを言うなんて珍しいと思いながらも、セラフィーネは彼の願いに応えようと強く誓うように絡めた手に力を込める。
「忘れません。わたくしはたとえなにがあっても、あなたのことを想い続けています」
セラフィーネの答えを聞いたユーリは安堵したように表情を和らげた。
突如、この場に不釣り合いな——馬の嘶き、蹄の音。そして男たちの怒声。
セラフィーネは突然のことに恐怖を感じ、思わず辺りを見渡した。鼻に何かが燃えた臭いが纏わりつく。
一体、なんなのかしら? セラフィーネは不安げに眉を寄せた。
すると次の瞬間、庭園の木々が激しく揺れたかと思うと、城に向かって兵士たちが駆けてくるのが見えた。
どうすることもできず立ちすくんでいると突然何者かに腕を強く引かれる。
驚く間もなく気づけばセラフィーネはユーリに背後から首に手を掛けられていた。
「ユーリ、様……?」
「可哀想なセラフィーネ。ぼくはきみのことなど少しも愛したことはなかったよ」
先ほどまでの穏やかな表情とはうってかわり、嘲りを含んだ碧い瞳がセラフィーネの心を切り刻んでいく。
「うそ、うそでしょう」
愛する人の残酷な言葉に年端もいかぬ少女はぽろぽろと涙を流す。首を掴まれたまま動けないセラフィーネの目の前で城下の庭園は兵士たちに蹂躙されていく。花も、緑も燃やされていく。白亜の城が灰色に染まりゆく。
「いやあああああああっ」
————————ッ‼︎
喉がカラカラに乾いている。全身は汗でぐっしょりと湿っており非常に気持ちが悪い。
「また、あんな夢……」
自らの悲鳴で飛び起きるという最悪の寝覚めを迎えた少女は忌々しげに顔を歪める。
この七年間、夜毎夢に現れる彼のせいで精神は疲弊していた。
彼女は実際に庭園が焼かれたところなど見ていない。
知っているのは祖国が滅んだという話だけ。
そして祖国を滅ぼしたのはかつて愛した相手だということだけ。
甘い夢はいつも最後には裏切りへと変わる。
今日もセラの鬱屈とした一日が始まった。
城の中に誂えられた庭園の四阿では、桃色の髪を風に靡かせた少女が落ち着かない様子で椅子に腰掛けていた。
「今日は、ユーリ様が、来られる日だわ」
少女は赤く染まった頬を隠そうともせず、期待に満ちた瞳をきらきらと輝かせていた。彼女が座っている席からは、庭師達が丹精込めて育てた花々がよく見える。
まるで、その一つ一つに見惚れるかのように彼女はうっとりとした表情を浮かべた。
そんな彼女の視線に応えるように一陣の風が吹き抜けていく。
「きゃっ!」
突然の出来事に驚いた少女は、思わず目を瞑り身体を強張らせる。
しかし、次に瞼を開いた瞬間には目の前に一人の青年の姿があった。
眩く輝くふわふわとした金髪に透き通る海を思わせる碧い瞳はまるで絵本から出てきた王子様のよう。
「久しぶりだね、セラフィーネ」
「ユーリ様!」
その姿を認めた瞬間、嬉しさを隠しきれずに満面の笑みを浮かべた少女セラフィーネを見て、ユーリと呼ばれた青年もまた甘やかな微笑みを湛える。下がり気味の目尻が溶けるように細まる。
そして、彼はいつものように優しく彼女を抱き締めると、そのまま流れるような動作で頬に口づけを落とした。
それは一瞬のことではあったが、まだ十一歳のセラフィーネの顔を熱く火照らせるには充分だった。
「……っ! ゆ、ユーリ様、何を……」
慌てる彼女をよそに、ユーリは悪戯っぽく笑う。
「ふふ、ごめんね。でも、愛しい婚約者に口付けするくらいは許してほしいな」
唇はまだ早いからね、とユーリの指先がそっとセラフィーネの唇に触れるとセラフィーネの顔はこれ以上ないほど真っ赤に染まった。
「きょ、今日は来てくださってありがとうございます……。わたくしはもうすぐ十二歳の誕生日を迎えてしまうので、その前にユーリ様に会いたかったのです」
「ああ、そうだね。十二歳を迎えたらきみは修道院に行ってしまうのだよね」
寂しげに呟いたユーリの言葉を聞き、セラフィーネは胸の辺りがきゅっと縮こまるような感覚を憶えた。
一度修道院に入ってしまえば、出るまでは彼に会えないどころか手紙のやり取りすら許されない。今後のことを考えるだけで切なさが込み上げてきて、涙が出そうになる。
「……はい。だから、ユーリ様を覚えておきたくて」
「大丈夫だよ」
ユーリは、俯きかけたセラフィーネの両肩に手を置くと真剣な眼差しを向けた。
「きみが十六歳になったとき、必ず迎えに来るよ。だから待っていてほしい」
「嬉しいです!わたくし、ユーリ様のことを思い出しながら頑張ります。も、もちろん王女としても精一杯頑張ります!」
胸の前で両手を握りしめるセラフィーネの姿を見てユーリは柔らかく笑む。その眼差しはただしく愛しい相手にむけるものだった。
「ぼくからもひとつ、セラフィーネに伝えたいことがあるんだ。これは約束じゃなくてお願いだけれど」
そこで言葉を区切ると、ユーリはセラフィーネの手を取り自分の小指と絡ませる。
そして、彼の澄んだ碧い双玉が真っ直ぐにセラフィーネを見つめた。
「何があっても、絶対にぼくのことを覚えていて」
それは懇願にも似た言葉だった。
彼がこんなことを言うなんて珍しいと思いながらも、セラフィーネは彼の願いに応えようと強く誓うように絡めた手に力を込める。
「忘れません。わたくしはたとえなにがあっても、あなたのことを想い続けています」
セラフィーネの答えを聞いたユーリは安堵したように表情を和らげた。
突如、この場に不釣り合いな——馬の嘶き、蹄の音。そして男たちの怒声。
セラフィーネは突然のことに恐怖を感じ、思わず辺りを見渡した。鼻に何かが燃えた臭いが纏わりつく。
一体、なんなのかしら? セラフィーネは不安げに眉を寄せた。
すると次の瞬間、庭園の木々が激しく揺れたかと思うと、城に向かって兵士たちが駆けてくるのが見えた。
どうすることもできず立ちすくんでいると突然何者かに腕を強く引かれる。
驚く間もなく気づけばセラフィーネはユーリに背後から首に手を掛けられていた。
「ユーリ、様……?」
「可哀想なセラフィーネ。ぼくはきみのことなど少しも愛したことはなかったよ」
先ほどまでの穏やかな表情とはうってかわり、嘲りを含んだ碧い瞳がセラフィーネの心を切り刻んでいく。
「うそ、うそでしょう」
愛する人の残酷な言葉に年端もいかぬ少女はぽろぽろと涙を流す。首を掴まれたまま動けないセラフィーネの目の前で城下の庭園は兵士たちに蹂躙されていく。花も、緑も燃やされていく。白亜の城が灰色に染まりゆく。
「いやあああああああっ」
————————ッ‼︎
喉がカラカラに乾いている。全身は汗でぐっしょりと湿っており非常に気持ちが悪い。
「また、あんな夢……」
自らの悲鳴で飛び起きるという最悪の寝覚めを迎えた少女は忌々しげに顔を歪める。
この七年間、夜毎夢に現れる彼のせいで精神は疲弊していた。
彼女は実際に庭園が焼かれたところなど見ていない。
知っているのは祖国が滅んだという話だけ。
そして祖国を滅ぼしたのはかつて愛した相手だということだけ。
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