魔王は勇者がお好き

そらうみ

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城の中に、慌ただしい足音が響き渡っていた。

1人の勇者が、ある部屋へと向かい走っている。
次々に現れる魔物を剣で倒しながら、勇者はとうとう、目指していた扉の前に辿り着いた。
けれどその扉の前にも、一体の魔物が立っている。

青白い肌に、頭から2本の角を生やしている魔物は、薄ら笑いを浮かべながら勇者を見ている。
剣を構えた勇者が、魔物にゆっくりと話しかける。

「その扉の先に、魔王がいるのだな」

「だったら何だというのだ? ここまでやって来たことは褒めてやろう。
だがお前は・・・ここで終わりだ」

そう言って魔物が勇者へ飛びかかる。
しかし勇者は軽く身をかわし、体勢を立て、構えていた剣を魔物の体へ真っ直ぐに突き刺した。

「ぎゃあぁぁぁああああああ」

叫び声を上げる魔物。
勇者が刺した剣を引き抜くと、魔物はその場にばたりと倒れ、動かなくなった。
勇者は動かなくなった魔物を一瞥し、そして魔王がいる部屋へ向かうと、扉を開けて部屋の中へと入っていった。




勇者が部屋に入り、しばらくしてから、先ほどまで倒れていた魔物がゆっくりと動き始めた。

「痛っ・・・毎回毎回やってらんねー」

するとどこからか、別の魔物が現れた。

「お疲れカイル。まあ今回も見事にやられたね。お手本のような悲鳴すぎて、裏では皆、大爆笑だったよ」

「ロイ・・・今回も最優秀は俺だろ?」

「間違いなく。よくもまあ、見事に心臓へ剣を刺させてあげられるね」

「切られるよりも、穴を開けられる方が治癒範囲が少ないから、個人的には助かる。
魔物は心臓を刺されたくらいでは死なないから、心臓を止めれば死んでいると思うんだな」

「ははっ。勇者も、そろそろその事に気付くんじゃない?」

ニヤリと笑ったロイは、扉の方へと近づいて行く。
先ほど勇者に剣を刺されたカイルは、自分の体を見下ろし、傷が癒えているのを確認してから、同じように扉へ近づいた。
2人は扉の外から耳を立て、中の様子を確認する。
すると部屋の中からは先ほどの勇者の、とても魔王と戦っているとは思えない、勇者の喘ぎ声が、部屋の外まで響漏れていた。

「あっ、あっ、あっ、んっ、やめ・・・ろっ・・・いっっっつつ・・・」

魔物2人は、勇者の声を確認して扉から離れた。

「はい、ご愁傷様。これでしばらく魔王様は部屋から出てこない」

「魔王様にも困ったもんだ。自分に挑んでくる勇者を襲うのが好きだなんて。趣味悪」

「本当に。まあ今回の勇者がしばらく時間を稼いでくれればそれで良いよ。次の勇者を探すまで時間がかかるし。
ではこれから、今回魔王討伐にやってきた勇者の影武者を用意して、魔王が封印されたように細工をし、その他諸々の後処理を・・・しばらく忙しくなるな」

カイルはじっとロイを見つめる。

「どうしたカイル? 魔王様の部屋覗きたいのか?」

「その頭の角折ろうか?
なあ・・・魔王様は勇者に魔力を与えながらやっているから、勇者も長い間生き続けているんだよな?」

「そうだけれど? 勇者の体が魔力に耐えられなくなるまで、こうして喘ぎ続ける訳だ。
今回の勇者はどれくらい保つかな?」

ロイがそう答えると、部屋から勇者の声が響き渡った。

「やっ・・・はなせっ…何だこれはっ・・・だっめだっ・・・くっ、っっ」

ロイはチラリと、部屋の方へ視線を投げる。

「魔王様、あのスライム使ったのか・・・早くも盛り上がってらっしゃる。
今回は勇者が来てくれるのが遅かったから、魔王様も待ち焦がれていたしな。
・・・カイルも混ざりたいんじゃないのか? “元”勇者として」

ニヤリと笑うロイに、カイルが冷たい視線を向けた。

「そうか、そんなに退治されたいのか。お望みならば、今すぐ退治してやるぞ」

「冗談冗談。まぁ魔物はそう簡単には死なないし、ましてや魔王様となるとなかなか難しいだろうね」

「・・・ロイも他の魔物達も、元は勇者や人間ではないんだな?」

「あり得ない。魔王様の魔力を受け続けて魔物になったのは、後にも先にもカイルだけだ。
いやほんと奇跡だよ。カイルは人間に戻りたいのか?
カイルが魔物になった瞬間、魔王様はカイルを解放したな。
もしかして、また人間に戻って、魔王様に可愛がられたいのか?」

「二度とごめんだ。
今はもう魔物として、こうして魔王様に仕えているしな」

「仕えている内容が、魔王様好みの勇者を探す事だけれど・・・。
魔王様って無敵だし、護衛もいらないし、俺たちの仕事ってこれくらいしかない。でも命令だから仕方ない」

「魔王様には・・・弱点が無いのだろうか?」

「ある意味、勇者が弱点なのでは?」

「・・・確かに」

そう言ってカイルは扉を見つめ、そのままその場を後にした。




ロイは去っていくカイルを見送り、その場に1人となった所で、また別の魔物が現れる。

「ロイ・・・カイルはどうだ?」

「うーん。まだ魔王様へ向かう気はないな」

「もう十分待っただろ? 早くしないと、俺達が魔王様に殺されちまう」

「まだ大丈夫だよ。こうして時間稼ぎとして他の勇者を連れて来ているし。
魔王様も、ああ見えて焦らされるの好きだからさ」

「いくら勇者のカイルを気に入ったからと言って、わざわざ魔物にまでして・・・。
でも魔物になっても、最初はカイルに殺意を持って自分に向かって欲しいって・・・何じゃそら」

「カイルは魔物になった時ショックが大きすぎて、しばらく無気力状態だった。よくここまで回復したよ。
そして今ではちゃんと、自分を魔物にした魔王様を恨んでいる。
今でもどうやって魔王様を倒そうか考え続けてるしね。
魔王様が無敵なのは分かっているけれど、きっといつかカイルは魔王様へ向かっていくよ」

「どうやったって魔王様を倒せる事なんで出来ないんだ。
ロイ、早くカイルが魔王様を倒せると思い込ませて、魔王様に向かわせてくれ。
全く、俺たちは一体何の茶番に付き合わされているのやら」

そう言って、魔物も何処かへと去っていった。


「仕方ないね。魔王様は、無敵の自分に向かってくる勇者が好きなんだから」

ロイが小さく呟き、カイルの後を追いかけ、その場を去っていった。
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