如月デッドエンド

音音てすぃ

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009.2/18 刀仮面と太刀川和彌

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「高丘真敷という幽霊に頼まれた。よろしく頼む死人太刀川和彌だ」

 見上げた男は見覚えのある人物『樹谷幹也』その人のはずだった。あの温厚な性格で友達のために復讐を果たした彼の面影はなかった。

「樹谷幹也ではなく太刀川和彌……話に聞いた人物だ。まずありがとう」
「死人に出来ることはまだあったってことよ。幹也は助け損なったが結局お前たちが助けてくれたからこれは借りを返してるに過ぎねぇよ」

 ひょっとこが話し出した。
 急な助っ人の登場で酷く動揺しているようだ。

「太刀川和彌、文献にて情報は得ている。まだ人の体に固執していたとは」

 というか高丘真敷と言ったかこの男は。彼女はまだこの世にいるということか。

「高丘真敷、真敷ちゃんに会ったのか?」
「丁度昨夜な。半年くらいに知り合った人体模型先輩からの紹介だった。なにやら音希田廻が危ない気がするから助けて欲しいと」
「気が利きすぎだろ……」

 しばらく姿を見せなかった高丘真敷は太刀川和彌という幽霊を見つけ出し今夜僕のところへ向かわせた。こんなの感謝しきれない。

「ほらさっさと立て」
「分かってる……」

 生まれたての小鹿とまではいかないが、こんにゃくのような体幹に笑われた。

「ははは!オーケー時間を稼いでやる。少し下がってな」
「あ、ありがとう」

 太刀川和彌は鉄パイプで刀仮面と同じ構えをとった。そのまるで挑発のような行動に刀仮面は乗ってしまった。

「憑依ごときで助太刀出来るとは驕ったな」
「正解正解。あんたと違ってこっちは体を借りてるだけだ。寒さもしっかり感じてる。俺の方がよっぽど人間らしいと思うけどな……ん?いやこれは訂正」

 太刀川和彌の視線は刀仮面の足元へ向いていた。それは巫女服に隠れた彼女のブーツ。下駄かもしくは裸足だと思っていたがこれは可愛いとこもあるなと思った。

「意外とオシャレさんだな」
「……」
「は?」

 僕は何も分からなかった。
 最初の攻撃は刀仮面。雪を散らし踏み出すその突きは空気を切り裂きながら頭部へ。片腕とは思えない一閃だった。
 太刀川和彌は活きのいい鰻のように回避した。刀の腹を振り上げた鉄パイプで殴り落とす。

「ははは!」

 楽しそうなのは太刀川和彌だけだった。両者攻めては引きを繰り返しているうちに音希田廻の体は動くようになった。

「音希田!」
「お、おう!」

 太刀川和彌は刀の軌道を読み力を完璧に受け流していた。僕だったら体はバラバラだっただろう。周囲の木を幾つか切り倒していた。汗と謎の痛みがしてくる。

「太刀川和彌、貴方はどこでその技術を身につけた?自分の太刀筋を寸分たがわず読まれるのはこれ程腹の立つことだとは思わなかった。剣の腕だけで言えば貴方は葛城優乃を遥かに凌ぐ」
「葛城優乃?知らないな誰だ?まぁ褒められたのなら嬉しい」
「生前の貴方にお会いしてみたかった。剣の腕なら上だがの体はそろそろ限界だろう?」
「……ははは!ヒーローは弱音を吐かねぇ」

 体は樹谷幹也のものだ。僕の記憶を辿っても今の太刀川和彌の動きは出来なかったはずだ。

「体のリミッターを解除したような動きは憑依されている本人に大きな負担をかける。貴方の場合、樹谷幹也の体はすでに悲鳴を上げているのではないか?」
「太刀川……僕は……」
「ははは!それくらいアイツは許す!」

 太刀川和彌は樹谷幹也の胸を叩いて怒号した。その息は荒く手と足は震え顔色が青に近くなっいった。

「俺は俺の出来る全てを全うする!これは本人樹谷幹也の願いの一つでもある……はずだ!恩返しくらい俺にもさせてくれるさアイツは!」
「あんた男だな」

 カッコよすぎだぜ太刀川和彌。

「よし太刀川和彌、あいつの右手を壊せるか?」
「ぶっちゃけ初手のがなければ防ぎ切るのはキツかった。あぁお前がスキを作れるなら可能だ」
「……わ、わわわわわわわわわかった!」
「大丈夫か……?」

 太刀川和彌の覚悟を捨てない、死者の意思を思えるのは生者だけなんだから。
 今度は僕が覚悟を決める番だ。葛城麗乃との日常を取り戻す、それよりももっと、僕の存在価値を証明する戦いなんだから。

「どうした?それでは殺してしまうぞ音希田廻」
「いいや、これが刀仮面、お前を唯一倒す方法だ」

 僕は太刀川和彌の前に出た。そして手を広げ頭上へ置いて構えた。これこそかの有名な真剣白刃取りだ。

「私の剣を止めるつもりか」
「でなければ死ぬのみ」
「ははは!馬鹿だ!こいつは馬鹿だ!コイツの何を見てきたんだ!」
「うるさい!」

 僕だって真面目なんだ。死ぬつもりなんて……確率は八割以上で死ぬだろうな。

「だが俺は好きだ。乗った。お前が数コンマでも止めてくれれば仕留める」

 太刀川和彌は笑いながら鉄パイプを上段に構えた。僕はキャッチャー、太刀川は審判、ならば刀仮面はピッチャーだ。

「貴方には止められない」
「うるせぇ早く来い!」

 刀仮面の正々堂々した剣は僕の頭上へ振り下ろされた。片腕をハンデとしない一振は音速を超えた。
 音希田廻の心臓は死を告げる。そして同時に全身の血を熱くひたすら燃やす。それは完璧なタイミングで刀をキャッチした。
 マズイマズイ!手が擦り切れる!

「うわあああ!」
「止めたか」
「ははは!もらったぜ!」

 両手でとった刀の余波は僕の頭部へ向かう。そして遂に手から刀が離れた瞬間、太刀川和彌の鉄パイプが刀仮面の右手を捉えたのだった。

「っしゃー!」
「死ぬかと思った」
「クソっ……」

 太刀川和彌が僕の肩を叩いた。

「マジでやりやがったな」
「……やれば出来るもんだ」
「おうよくやった。そして……これでアンタの両手は砕いた。俺たちの勝ちってことでいいな?」

 刀仮面は両腕をブランと下ろして厭そうな声を出した。
 仮面は『ひょっとこ』から『おかめ』へ変化した。

「手が動かなければ足を使うだけだ」
「うひゃーちっとも懲りてないぜ」

 再び刀仮面が踏み出し、僕が構えた時、無音で葛城優乃が現れた。

「葛城」
「うわっ!」

 刀仮面の足は葛城優乃によって止められていた。一方僕はひたすらに離れた。

「もういい刀仮面。両手を潰されたのだろう?今回は引いてくれ」
「だがまだ足がある!」

 僕は安堵とともに、ここに葛城優乃がいるのならば、ここで決着をつけるのではと身構えた。

「まぁまぁ音希田廻、そう構えるな今日はもうおしま……」

 敵の動きは止まっている。それを見逃さなかったのは太刀川和彌。刀仮面の頭部を狙った鉄パイプ。それは何かに切り裂かれ雪の上に刺さった。

「完璧な不意打ちだったな」
「アンタにとってだろ。その真剣はなんだ?」

 鉄パイプを切断し刀仮面を守ったのは葛城優乃。彼女は刀身が薄く青い刀を得物としていた。そして僕はそれに見覚えがあった。

「葛城優乃、それはもしかして……」
「おやおや君は知ってるんだったね。そうこれは……」

 その刀はかつて僕の友達の所有していた『水刀』だった。十二月の決戦の後屋上に探しに行った時無かったのは葛城優乃が回収していたからか。

「『水刀』なんでもかんでもスパッと切ってしまう何かさ」
「優麗高校の屋上に刺さってたはずだ。優乃さんが抜いたのか」
「正解。鞘は無かったが思わぬ収穫。君たちにもってられるのも困るものでね……というわけで第2回戦はこれにて終了、今日は休みたまえ、そして明日は休日なのでそこでまた休みなさい。そしてそして明後日は……千代古神社に来い。決着をつけよう」

 葛城優乃は刀仮面をおんぶして山を降りていった。姿が見えなくなったところで緊張を解き放ち息を吐いた。

「お疲れ様、音希田」
「ふぅー……ありがとう太刀川和彌。そして真敷ちゃんにも」
「体を張った幹也もな!」
「起きたら体バキバキか……こりゃ感謝しきれないな」
「じゃあそろそろ限界なんでな、俺は降りる。さすがにこの体じゃ決戦には行けない。すまないが頑張れ」
「どうにかするよ、ありがとうヒーロー」
「おう!くれぐれも気をつけてな。特にあの刀……いいやお前は知ってるんだったな。それではさらば!」

 太刀川和彌は笑いながら山を降りていった。

「いててて……」

 火傷に打撲を重ねた体は悲鳴をあげて雪の上に倒れ込んだ。

「そういえば今日って土曜日なんだよな。なんで午前中学校やってんだよふざけんなよ。休ませろ」

 寒さが体の芯に染みてきたとろこで立ち上がり家に帰ることにした。
 
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