箱庭の魔導書使い

TARASPA

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第011話 浄化作戦

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「う~ん……ん?」

 昼寝から起きたシュウの目に入ったのは赤い日差しだった。

(もう夕方か?)

 シュウが背中を伸ばしながら外に出ると、空はすっかり赤く染まっていた。
 病み上がりだというのにすでに今日から仕事を始めていた村人たちは、農作業や鍛冶などの片付けをしているところである。

 そして、その中には普通の村人とは明らかに違う動きをする集団があった。

「兵士たちか? ありゃ何をしてんだ?」
(テキパキと精力的に動いてるから、目的があって動いてるんだろうけど……駄目だ、さっぱりわからん)
「おそらく戦場跡を"浄化"するための準備ではないでしょうか」

 シュウの疑問に答えたのはワイズだった。

「戦場を"浄化"?」
「はい。戦場跡にはセリアンやデモニア、それに彼らに使役されていた魔物の死体などがいまだ大量に残っています。戦いで死んだ者が大量に放置されると、ほぼ確実にスケルトンやゾンビなどのアンデッドが生まれるので、そうならないようにそれらを適切に処理するのですよ」
「はー、なるほどな」

 自分の常識とはかけ離れすぎていたため、シュウはそんな反応しかできなかった。
 そもそも日本から来たばかりの彼が真面目に考えたところで、この世界のことをすぐに理解できるはずもない。 

(何というか……もう、そういうもんだと思うしかねえな)
「そういや、お前も元はデモニアって言ってたよな? もうワイズって呼び慣れちまって今更だけど、人だった頃の名前がよかったりするか?」

「いえいえ、そんなことはありません。記憶や自我は転生前と変わることなく残っておりますが、魔物になるということは別の存在に生まれ変わるということです。ですので名前もリセットされると思っていただいて結構ですよ。もちろん同じ名前を変えることも可能ですが、私は今の名前を気に入っております。故に私には不満など一切ございません」

「そうか? でもまあ、気を遣ってくれたのかもしれんし、一応ありがとうと言っておくわ」
(それにしてもアンデッドか……アンデッドはワイズと同様、食事や睡眠も必要ない上、排泄はいせつもしねえよな?)

「なあ、ちなみにそのスケルトンってのは配下に出来んのか?」
「本来アンデッドとはありとあらゆる生者を襲う存在です。自然発生で自我を持つ者はほとんどいないため、アンデッドを配下にというのはかなり難しいかと」

「自我を持っていなければ交渉もできないか……」
「自我を残す場合も強烈な感情や素養を持つ場合がほとんど……それはもう一癖も二癖もあると考えた方が無難ですな」

 シュウは配下にするなら生前の記憶はない方がいいと思っていた。
 戦争で死んだのなら、うらつらみの黒い感情が少なからずあるはずで、それは簡単に消えるものではないし、ましてや抑え込んだりできるものでもない。

 強い感情は時として思いもよらぬ力を発揮するが、コントロールするのが非常に難しいと彼は考える。

(不眠不休のアンデッドは労働力と考えるならば最高の存在なんだけど……コントロールができないんじゃ本末転倒もいいとこだ)

 彼の配下たちは全部が全部確実に忠実というわけではないが、彼の命令は一応ちゃんと聞くし少なくとも意味もなく暴走などしたりしない。

(でも不眠不休……労働力……)
「ダメ元で探してみるか……」

「それでは我々も戦場跡に?」
「そうだな。スケルトン程度なら祓魔の鉄剣で何とかなるのは経験済みだし、まあ、そこまでの危険はないだろ」

『戦場に行くのかい? ならアタイも連れて行っておくれよ。死体が転がってるなら、それに群がる雑魚どもいるだろうからね』
『したいころがってるの? たべていい?』

 シュウとワイズの会話に軍曹たちが参戦する。
 彼女たちの目的は完全に自身の欲を満たすことであったが、この二匹にとっては十分な理由であった。

 そして彼女たちの欲と心は戦場如きに臆するほど弱くはない。軍曹は怖いもの知らずと言えるほど気が強く、スフィは純粋であると同時に破天荒な面もあるからだ。
 それにそもそも魔物と人とでは価値観自体が違っている場合が多い。

「あー、どうだろうな。聞いといてやるよ」
(軍曹とスフィの食事シーンは迫力があるからな。けどまあ、その光景を見た兵士たちの反応は面白そうだ)



 シュウが朝と同じように酒場で夕食を食べていると、今朝と同様にカイルが対面の席へとやって来た。
 
「お疲れ……というほど疲れては見えないな」
「アンタの言った通り今日は軽い治療しかしなくて済んだからな。おっとそうだ、ちょうどアンタに話があったんだよ」

「話? いったい何だ?」
「今日兵士たちが戦場を浄化するための準備をしてただろ? それで話ってのは、俺たちもそれに同行させて欲しいんだ」

「それは構わないが……"浄化"はできるのか?」
「当然。それに俺の手下はいろいろと役に立つと思うぞ? 具体的には……いや、食事中だから今はやめておく」

「ふむ……まあ、"浄化"の手が増えるに越したことはないか。いいぞ、同行を許可しよう」
「話が早くて助かるよ」
(変に勘繰られなくてよかった。これはそれなりに信頼を得られたと考えてもいいか?)

「ただ、危険がともなうことも忘れないでくれ。デモニアと遭遇する可能性も無いわけではないからな」
「充分気を付けるよ。それで予定はいつなんだ?」

「明日だ。"浄化"は早いに越したことはないからな。我々の準備はもう完了している」
「俺たちは大丈夫だけど……兵士たちは大丈夫なのか? まだ病み上がりの奴も多いだろうに」

「それは問題ない。セリアンは体の強さと回復力に定評のある種族だ。優れた治療を受ければ、回復までそう時間は掛らない」
「そりゃ良かった。治療した側としては何よりだ」

「ああ、あとの問題はお前に裏がないかどうかだけだ」
「い、意外と疑り深いな」
(確かに裏はあるけど、悪いことじゃないからそんなに警戒しないで欲しいもんだ)

 そろそろボロが出そうだったシュウは、皿に残っていたシチューを一気にかきこんだ。

「そんじゃ俺は戻って明日の準備をするかな。朝食の時間は今日と同じなのか?」
「いや、移動の時間も考慮してかなり早めになる。日が昇り始める頃には出発する予定だから、朝食をとるならばそれまでには済ませてくれ」
「りょーかい」



 テントに戻ったシュウは、すぐに配下たちと明日のことについて話をする。

「俺は明日、戦場の浄化作戦に同行することにした。目的はアンデッドの配下を探すため。それで連れて行くメンバーだけど……実はもう決めてある。ソフィ、スフィ、軍曹の三人だ」

「まっ、私は当然よね!」
『おー』
『了解だよ』

「私は同行しなくてもよろしいのですか? 恐れながら、マスターの配下の中では上位の強さであると自負しておりますが……」

 ワイズの言うことはもっともであった。それはシュウもわかっている。
 多彩な魔法と頭脳明晰なワイズであれば、どんな環境や状況でも間違いなく頼りになるだろう。しかし──

「ん~、確かに俺はお前がいると助かんだけど……アンデッドがいる場所にお前がいると中には間違う兵士もいるかもしれんからな。混乱を避けるという意味で明日はここにいてくれ」
「そういうことでしたら、了解しました。コチラのことはお任せください」

「ヤバい時は"召喚"で呼ぶかもしれんから、その時はよろしく。それとダリアは治療の経過観察の意味で待機だ。村人たちの健康と信頼を守ってやってくれ」
「ほーい」

 明日は祓魔の鉄剣をメインで使うことになる。そのため、シュウは今までの魔法使いのようなゆったりとした服ではなく、森で狩りの時に使った動きやすい服を魔導書から取りだして枕元に置いた。

「アンデッドかぁ……仲間にできる奴がいるといいね!」
「そうだな。だがまあ、あくまでもアンデッドはついでだ。どうせダメ元だし、いなくても問題はないから気楽に考えとけ」

「えっ、ついでってどういうこと?」
「俺の狙いは他にもあるんだよ。まあ、楽しみにしとけ」
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