箱庭の魔導書使い

TARASPA

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第012話 戦場跡へ

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 まだ日が昇る前の暗い時間──そんな早朝にもかかわらず、酒場の食堂は朝食をとる兵士でごった返していた。

「後ろがつかえているぞ! 食事が済んだ者はさっさと出発に備えろ!」

 早朝であるというのに、シバ村の指揮を執っているカイルは部下たちの尻を叩いている。

(こんな朝っぱらからご苦労なこった。まあ、俺は兵士じゃないしのんびり朝食をとらせてもらおう)

 のんびりと言ってもシュウの食べるスピードはどちらかと言えば早い方であり、食事の量自体も大したことがなかったため彼の皿はそれほど時間を要さずに空になった。

「ごちそうさん」
「はいよ。怪我しないように気を付けて行きな!」

 食事を済ませたシュウは恰幅かっぷくのいい酒場の女将にトレイを渡して足早に食堂を出る。
 出発の準備はすでに終わっているため、あとは集合場所である村の入口へと向かうだけだ。

 彼は同じタイミングで食堂を出た兵士たちの後を付いて行くことにした。



 歩きながら村の様子を眺めていると、家々に淡い明かりが徐々にともり始め、村の住人たちもポツポツ起き出していることがわかる。

 集合場所では、準備を整えた兵士たちが焚き火を囲っていた。
 兵士たちには盾と剣を装備した者と、大きな白蛇を従えている者の二種類がいる。

(蛇は全部で……一、二、三、四……全部で五匹か)
「ソフィ、あの蛇を"鑑定"してくれるか?」
「オッケー。ふんふん……なるほどなるほど」

 鑑定した結果が魔導書に表示される。

「シャイン・ナーガ……"光魔法"と"浄化"の技能を持つ魔物か」
「"光魔法"と"浄化"の組み合わせがアンデッドにはよく効くからね。でも兵士の数に対しては数がちょっと少ないような……」

「確かにその通りだ」

 ソフィの呟きに答えたのは、いつの間にかすぐ真横に立っていたカイルだった。

("探知"を使ってなかったとはいえ全く気配を感じなかった……やっぱワイズの言った通り、コイツだけは油断ならねえな)
「"浄化"できるのはあの蛇だけなのか? 他に"浄化"持ちの兵士や、"浄化"効果のある武器は?」

「残念ながら"浄化"持ちも"浄化"武器もない。大体こんな辺鄙へんぴな村に"浄化"を持つ貴重なものがそうそうあるわけないだろう。まさかそれを知らぬわけではあるまい?」
(いや、この世界の常識なんか知らんし)

「俺の知識はどうにも偏りが酷いらしくてな。常識がないとかその辺は大目に見てくれると助かる。ああ、ちなみに俺はこの祓魔の鉄剣で"浄化"するつもりなんでよろしく」
「魔導書使いとやらは皆常識がないのか? ……まあ、それはいいとして珍しいものを持っているな。それに剣か……魔導書使いにしては随分と身軽な格好をしていると思っていたが、剣の心得もあったのか?」

「いやいや、そんな大層なもんじゃない。俺ができるアンデッド対策の中じゃ、コレが一番効果的だったってだけだ」
「ふむ……まあ、それが謙遜かどうかはすぐにわかるだろう。さて、準備が整ったようだ。そちらも準備はいいか?」

「いつでもどうぞ」
「よし。それでは出発だ!」

 彼らが歩き出すのと同時に山陰から太陽がその輪郭を見せ始める。それはまるで始業の合図のようであり、シュウは自然と気持ちのスイッチが入った。



 戦いから数日ほど経った戦場跡には、すでに鼻を突くような死臭が漂い始めていた。
 腐肉を漁る魔物もチラホラ見られ、うじはえなどに至ってはそこいら中で蔓延はびこっている。
 ただ、そんな虫たちは死肉と一緒に野生のらスライムに溶かされてるものも多い。

「こりゃひでえ……カイル、死体は回収したりするのか?」
「いや、流石にこれだけの数があると我々の手には余る。口惜しいがまとめて火葬するつもりだ」

 シュウも戦泥の最中に死体は見ていたが、この有様は悲惨の一言に尽きた。
 静かに横たわる亡骸なきがらたちが、戦場跡に言葉で表せない何とも退廃的な空気を漂わせている。

「わかった。それならまず俺のスライムと蜘蛛に腐肉や虫の除去をさせる。回収するなら綺麗になった奴から拾っていってくれ。その方が兵士たちも辛くはねえだろうからな」

 シュウはスフィに肉から骨まで全て"分解"させた方が早いと思ったが、セリアンたちの心情に考慮して原型を留めて残すことを提案する。

「助かる。だがその前に……あのアンデッドたちをなんとかしないとな」

 カイルがあごで指した方向には、すでに発生し戦場跡を徘徊している骸骨やゾンビたちの姿があった。

「盾兵、前へ! アンデッドを足止めしろ! ナーガは盾兵が足止めをしている間に"浄化"だ! 慎重かつ迅速に殲滅することを意識しろ!」

 戦場跡にカイルの声が響く。

「盾兵は絶対にナーガを傷つけさせるな! そして自分も傷を負うな! アンデッドの攻撃には"呪刻"がある! 盾で確実に防ぐんだぞ!」

 カイルの指示の下、兵士たちが動き出した。

「俺はそっちの邪魔にならないように、はぐれた個体を処理しとくわ」
「了解した。そちらも充分に気を付けてくれ」

 セリアンたちの組織だった動きを邪魔しないために、シュウは別行動をとり始める。そして、彼はまず魔導書から三匹の配下を"召喚"した。

「ソフィは上空から周辺の警戒をしつつ仲間にできそうなアンデッドを探せ。スフィと軍曹は敵のいない場所の死体をなるべく綺麗にして一カ所に集めるんだ。あー、それとソフィは危険そうな奴を見つけたら最優先で知らせるんだぞ。わかったな?」
「了解!」
『は~い』
『任せな』

「よし、そんじゃ行動開始だ」



(さて、戦況はどんなもんか……)

 一人になったシュウは、手始めに"探知"を使い、戦場にいる敵と味方の位置を把握する。
 味方側は盾部隊でアンデッドの動きを止めてナーガで確実に浄化していっており、そのおかげで敵の視線はナーガたちに釘付けであった。

(ありがたい。これでこっちがやりやすくなった)

 シュウが遊撃として取れる有効な戦法は奇襲である。そのため、味方が敵の注意を引きつけてくれるのはこの上ない支援と言えた。
 彼は孤立したアンデッドを一体ずつ確実に仕留めるべく、自身に向けて補助魔法を発動させる。

「【追風】」

 補助の"風魔法"【追風】──敏捷性を一時的に強化するバフ効果がある。

 彼は魔法のバフを掛ける時、筋力か敏捷性で迷ったが長期戦を考えて今回は機動力を選んだ。
 両方──というより、全てのステータスを強化できれば一番良いのだが、彼の知力と魔法Lvではバフはまだ一度に一つが限界だった。

 この世界で魔法を使うには、技能の一つである各属性魔法を習得だけでは足りない。
 その技能使うにあたっての型を作り、それに魔力を注ぐことで魔法として発動する。つまり、魔法において重要なのは想像力──そして、それを実現するための魔法的技量ということだ。

 それ故、その型は千差万別──使用者の数だけあり、例え人の真似をしようとも全く同じことができるとは限らなかった。

 今回シュウが使用した補助魔法は、敏捷性を司る風属性の性質を活かした魔法で、名前も彼自身が考えたオリジナル魔法である。

 補助魔法を掛けたシュウは、次に"隠蔽"で気配を薄め"不可視化"でその姿を消した。
 魔法と違って技能の複数同時発動には、技能のLvと技巧の値が関係する。もともと技巧が高めだった彼は、最初から三つの技能を同時に使うことが可能だった。

 "不可視化"は攻撃を行うと効果が切れるためその都度張り直す必要があるが、姿が消えるという恩恵に対してならかなり安い手間だと言えるだろう。

(ほんとヤバい技能だよな、"不可視化"って)

 透明になった自分の体を見ながら彼はしみじみと思う。

(固有技能でもおかしくない破格の性能……だけど使えるのはごく一部の存在。ワイズから取得できた俺はかなり運が良かったな)
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