ざまぁされた小悪党の俺が、主人公様と過ごす溺愛スローライフ!?

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」

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「……なら、好都合だわ。ねえ、セイン・シャーテ。あんた……この家を出るつもりはないかしら?」
「ッ……!?」

 睨みつけるような視線がセインに突きささる。
 散々ラノベや漫画を読みまくっていた征時セインはピンと来た。これはおそらく、ある種の断罪イベントなのではないか、と。

(こ、これって……、つまり、あれか!? 『おまえはヒイロにふさわしくないから出ていけ』的な……、そ、そういう話か!? ……そりゃそうか。こいつらから見たら、いきなり冒険者辞めた仲間がなぜか犯罪者拾って、匿ってんだもんな……)

 征時の記憶の中にあるラノベでも、心優しい主人公に変わって、その仲間が悪役を断罪するというような展開はたまに存在していた。
 恋愛系の話だと、主人公に寄生して搾取するばかりのクズな恋人から、正ヒーローや正ヒロインが主人公を守る……というような展開も見たことがある。

 自身を『ざまぁされた噛ませ犬転生者』だと思い、ヒイロを『本当の主人公』だと思っているセインにとって、今のマジカは『悪役をざまぁする正ヒロイン』の姿に見えて仕方がなかった。

 だって、そもそもがおかしいのだ。主人公ヒイロ悪役セインを好きになるなんて。
 彼の隣にいるべきなのは、彼の献身的な愛を受け取るべきなのは、きっと、自分のような卑屈で根暗なハリボテ男じゃない。原作キャラであるマジカのほうが、よほど、ヒイロにとってのヒロインに向いている。
 セインは本気でそう思っていた。

「ま、マジカちゃん、言い方……」
「だって! 絶対おかしいわよ! あのセイン・シャーテが、ヒイロと一緒に暮らしてるなんて……!」
「マジカ殿! 語弊が! 語弊があるでござるよ!?」

 マジカの言葉に、パーティーメンバーの二人はあたふたと慌てている。どうやらセインとヒイロを引き剥がしたいのはマジカの独断のようである。
 そんなところすら、ゲームやラノベの正ヒロインムーブに思えてきてしまい、セインは自嘲する。

(た、たしかに……、俺なんかより、こいつらのほうが、ヒイロには相応しいはずなんだ……。こいつらと一緒にいれば、ヒイロは『主人公』に……魔王を倒す英雄になるはずなんだから。俺は……所詮、主人公にもなれなかった、『ざまぁされた勘違い野郎』でしかないんだから……)

 ぐるぐると、陰鬱な思考ばかりが頭を巡る。

 ――本当は、ずっとわかっていた。自分がヒイロに愛されるのは、間違っている。
 転生チートがなければ何もできない自分がヒイロに愛されるなんて、どう考えても不公平で、不釣り合いだと思っていた。
(……だから、家のことだってやるようになった。あいつに釣り合う俺になりたかった。……けど。いざ主人公パーティーあいつらを目の当たりにすると、嫌でもわかる。わかっちまう。……俺なんか、ホンモノのあいつらには届きっこないって)

 かつての佐出征時だったなら、すべてを諦め、一人きりの世界に引きこもることを選んだだろう。
 罪人に堕とされる前のセイン・シャーテならば、手に入らないものに手を伸ばすなんて愚策は取らなかっただろう。

 ……けれど。

「……悪いけど、それは聞けない相談だな。俺はヒイロと離れる気はないよ」

 ヒイロに愛された、愛されまくったセイン・シャーテは。佐出征時は。
 どんなに不釣り合いだとしても、それが間違いだとしても、他の誰かから妨害されても。ヒイロという一人の男からの愛を、手放すことなどできなくなっていたのである。

「俺にはヒイロが必要だし……ヒイロには俺が必要なんだ。外野は黙っていてくれないかな」
「あんた……本気で言ってるの? そもそもあんたは、ヒイロのこと殺したいくらい憎んでたはずでしょ!? それが、どうして……!」
「ヒイロのこと、愛してるんだ」

 ほとんど無意識に、ぽろりと口から飛び出た言葉。それに一番驚いたのは、セイン自身だ。

(え……、え!? 俺、いま、なんつった!? ヒイロのことっ、あっ、愛してるって……!?)
 自分で言っておきながら、セインの内心は大荒れだった。言葉の意味を理解し、反芻して、動揺して――同時に。
 ずっと、言葉にできずにいただけで、それが自分の本心なのだと、すとんと腑に落ちてしまったのである。
(……そうか。そう……だったのか。俺、あいつのこと、好きに……なっちまってる……? こ、ここここれって、いわゆる両思いってヤツじゃねーの!? ……俺が!? 両思い!? それも、あのヒイロと……!?)

 前世を含め、恋人いない歴イコール年齢のセインにとって、それは嬉しくもあり気恥ずかしくもある響きだった。
 まさか自分が、誰かと思い合うことになるなんて。しかも相手はあの、一度は殺したいくらいに憎んだヒイロだ。事実は小説よりも奇なり、という言葉がしっくりくる。

 ……けれど、不思議と嫌ではなかった。むしろ、ヒイロの愛に応えられるのだと思うと、どこかくすぐったいような気持ちになる。

 ヒイロがこの世界の主人公なのだとしたら、彼の隣にいるべきは、マジカのような可憐な美少女に違いない、とセインの理性は告げている。
 けれど……ヒイロが自分以外に情熱的な愛を向けるところを想像したら、いても立ってもいられなかった。ヒイロの隣にいるのは自分がいいと、他の誰にも譲りたくないと、彼の心は叫んでいたのだ。


 気づけばセインは、外面を維持しながらも高慢さを隠しきれない口調で、マジカに挑発の言葉を吐いていた。

「……たしかに君は可憐だし、冒険者としての実力も優れてる。ヒイロの隣に立つべきは、君のような女性なのかもしれないね?」
「は、はぁっ!? ちょっと待ちなさいセイン・シャーテ!! あんた、なんか誤解して……」
「しかし、残念だけど……ヒイロが愛してるのは俺なんだ。で、俺もヒイロのことが好き。俺たちは両思い、ということさ。……邪魔しないでくれるかい?」

 自信満々の愛されているマウントに、マジカは言葉を失った――かと、思えば。

「ッ~~!! こ、こ、この……すっとこどっこいっ! ばかばかばか!! おたんこなす~っ!! 人を! ヒイロみたいな最悪野郎に横恋慕したみたいな言い方!! しないでくれるかしら!?!?」
 彼女は、そこそこ本気でキレ散らかしていた。その顔にははっきりと『心外だ』と書いてあり、セインのマウントに怒ったり、ヒイロに気があったりするような素振りは見受けられない。

「……え? ち、違う……のか? てっきり……マジカ……さん、が、ヒイロに惚れてて、俺が邪魔になったから、引き剥がそうとしてるのかと……」
「ちっがぁ~~う!! 全然違うっ!! あんなちんちくりんのド変態野郎、誰が好きになるもんですかっ!!」
「え……、えぇえええ~~ッ!?!?」

 ――まさかの、セインの勘違いによる空回りであった。
 どうやらマジカは、ヒイロに一切の恋愛的興味を持たないらしく、セインの言葉に『そんなわけがあるか』と怒り心頭である。

(え? え!? か、勘違い……ってことは……、俺、別にヒイロを狙ってるわけでもないマジカ相手に、愛されマウント取って、偉そうに惚気たイタいヤツってこと? ……バカじゃん!? う、うっっわぁあ……!! は、ハズすぎる……!! 穴があったら入りてぇええ……!!)

 思わず頭を抱えて逃げ出したくなるセインだったが、『セイン・シャーテ』としての外面がそれを許さない。
 しばらく気まずそうに黙ったのち、絞り出すような声で謝罪を告げる。

「…………ごめん。少し……先走ったみたいだ」
「ホントよ!? もうっ、勘弁してよね!? あんなやつに惚れてるなんて思われるとか、じんましん出ちゃいそうだっつーの……!!」
(うぇえ……? ゲームだとマジカって、ツンデレだけどそこそこ主人公のこと好きそうだったのに……。こ、ここまで拒否ることあるか……!?)

 マジカの徹底的すぎる拒否反応に、セインはちょっとばかし引いている。いったいヒイロは何をどうして、ここまで拒まれているのだろうか。
 しかも、嫌われているというわけでもなく、彼にわざわざ会いに来る程度には慕われているらしいのに、恋愛対象としては徹底拒否なあたりが謎だった。

 不思議そうな顔を隠しきれないセインに、マジカは言う。

「あたしはただ、純粋に、あんたの身が心配だっただけよ!! ヒイロみたいなイカれ野郎に軟禁されて、いくらあのセイン・シャーテとはいえ、大丈夫なのかって……」
「……? な、軟禁?」

 セインからすれば、ヒイロには拾ってもらった恩こそあれど、軟禁などという物騒な話になるのが理解できない。
 どういう意味だろうと首を傾げていれば、今まで黙って見ていたマジカの仲間……リョウとシノブが、気まずそうな顔で切り出した。

「あ~……セインさんは知らないかもしれないけど、ヒイロくんって、なんていうか……昔からすごくセインさんに執着してたんだよねえ……」
「その……拙者たちも咎めたのでござるが。ええと、セイン殿の泊まる宿を調べて追いかけたり……偶然を装って待ち伏せしたり、ですな……」
「はっきり言ってあいつ、あんたのストーカーなのよ!! そ、そんなヤバいのに捕まったなんて、あんたが可哀想じゃない!? だから……もし無理矢理軟禁されてるなら、あいつの元仲間として、責任とって助けてあげなきゃと思って……」

 ……どうやらこの三人、ヒイロのストーカーぶりに危機感を抱き、セインの身を案じてここまでやってきたらしい。
 そもそもセインはヒイロの命を狙い、犯罪者に落とされたにも関わらず、である。

(こ、この三人……、いい人すぎねえか……!? 元仲間のセインより、俺のこと心配してくれるってどういうことだよ!? 一応俺、あいつのこと消そうとしてたんだけど……!?)
 どうしてそこまで、と唖然とするセインに、マジカたちは言う。

「……ああ、言っとくけど。あたしたちもヒイロと一緒で、あんたの逮捕には納得してないの」
「え……? で、でも、俺は……ヒイロの命を……」
「言いづらいけど……セインさん、あの犯罪組織の連中に乗せられたっていうか。騙されてたんじゃないかなって思うんだよねえ……」
「被害者であるところのヒイロ殿が、セイン殿に殺されるならば本望……などとのたまっていたのでござるよ? おまけに刺客はすべて返り討ち。この程度、冒険者同士ならばよくある揉め事であろうに……こんな騒ぎになったのは不自然でござる」
「で、でも、俺……実際、ヒイロを殺せって依頼したし……。え、冤罪系主人公とは程遠いっつーか……」

 とはいえ、いくら他人からフォローされたとて、セインの自己認識は変わらない。
 なまじヒイロに絆されてしまったからこそ、彼に殺意を向けて、犯罪組織に襲撃を依頼したという事実は、ずしりとした罪悪感となってのしかかっている。
 ヒイロ当人がいくら気にしないとしたって、気まずいことに変わりはないのだ。

 マジカたちも、この話をこれ以上深掘りするつもりはないらしい。呆れたようにため息をつくと、言葉を続ける。

「まあ、今はそんなことはどうでもいいのよ! それよりあんた……ヒイロは、あんたが思ってるよりだいぶヤバいわよ!? シンプルに頭イカれたストーカーよ!? ……このままヒイロのとこにいて、本当にいいのね?」

 マジカの声色は、本気でセインの身を案じている様子だった。仲間たちにそう言われてしまうほど、ヒイロのストーカーぶりはひどかったらしい。
 なんともヒイロらしいな、と思いつつ、セインは答える。

「あ、あー……。たしかにあいつ、ちょっとキモいとこ、あるよな……? やたらと俺に尽くしたがるというか……やめろっつってんのに寝顔覗き込みに来たりするし……」
「ちょっとセイン・シャーテ!? なに受け入れちゃってんのよ!?」
「い、いや、まあ、害もないし。ヒイロのすることだからな……」

 語りながらも、セインの顔には隠しきれないニヤニヤ笑いが浮かんでいる。

 ……実際、キショイだのキモいだのと散々に言いながらも、セインはヒイロのストーカー言動に慣れていた。なんなら、慣れを通り越して親しみさえ抱いているくらいだ。
 大型犬のように無邪気に、元気いっぱいに、ちょっと重たすぎる愛をぶつけてくるヒイロを見ていると、大切にされているのだという実感が湧いて嬉しかった。プライドが高いくせに、自分に自信のないセインにとっては、ヒイロの過剰な愛情アピールはちょうど良いものだったのかもしれない。

 なお、セインの表情から何かを察したマジカたちは、呆れ混じりに軽く引いている。

「まあ……あんたたちが、俺を心配して来てくれたのはわかったよ。でも大丈夫。俺は、ヒイロのちょっとどうかしてるとこを含めて……、その、好ましく思ってるし、俺たち順風満帆だから」

 惚気そのものな発言を受けて、苦虫をかみ潰したような顔でマジカは返す。

「……どうやら、そうみたいね」
「だから、マジカちゃんは心配しすぎなんだって~。あのヒイロくんが選んだ人だよ?」
「そもそも、人の恋路に口出ししてもろくなことにはならぬでござるよ……」
「うるさいうるさいうるさーい!! そこは、アホのヒイロに監禁されてる被害者がいなくてよかったね、でいいじゃないっ!!」
 仲間たちの軽口にマジカがぷりぷりと可愛く怒り返す。場の空気がなんとなく緩んだ――瞬間、だった。


「……誰が、アホのヒイロだって?」

 いつもよりも低い声で、どこかピリピリした空気をまとわせて、セインとマジカの間に割って入るようにして――買い出し中のはずのヒイロが、転移魔法で戻ってきた。

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