魔法少女♂とヤンデリオ

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」

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嫉妬型ヤンデレ、八雲チアキの場合

②-2

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 ――八雲チアキが、闇の魔法使いとして目覚めた翌日の、昼休みのことである。彼はノブユキに呼び出され、人気のない校舎の屋上で、二人きりになってきた。
(ま……まさか先輩と二人きり……しかも先輩から声をかけてくれるなんてっ!! 魔法少女関連の話だってわかってるけど、嬉しくなっちゃう……♡ ほんと、今日も先輩はカッコいいなぁ……♡)
 うっとりと見惚れられていることには気付かずに、ノブユキはすまなさそうに頭を下げる。
「……すまんな、八雲。突然呼び出したりして」
「い、いえいえ!! 全然大丈夫ですよ、おれ、先輩の頼みならいつでも大歓迎なんで……!」
「そうか……? そう言ってもらえるとありがたい。話というのは、予想できていると思うが。昨日の……魔法少女についての話だ」
 周囲に人がいないことを確認してから、真剣な眼差しで、ノブユキは続ける。
「巻き込んでしまったからには、おまえにきちんと説明する必要があると思った。聞きたいことがあるなら、俺が話しても問題のない範囲になってしまうが、できる限りは答えたいと思う」
「先輩……、気遣わせちゃってすみません……」
「謝るな、むしろ謝罪するのは巻き込んでしまった俺の方なんだから。……ええと、なにから説明しよう。そうだな……魔法少女とは何か、というところからだろうか?」
 それは、チアキも聞きたいと思っていた情報だった。こくりと頷いたのを確認し、ノブユキは口を開く。

「……俺はある日、怪我をして行き倒れている女の子を助けた。彼女は光の国からやってきた妖精さんで、この世界に封印されている『闇の神』っていう悪者の手先に、故郷を滅ぼされかけたそうだ。その闇の神の封印を解こうとしてるのが、昨日戦った、ヤンデリオ……闇の魔法使いたちで、俺は妖精の子に代わって、この世界と光の国を守るために戦うことにした」
(闇の神……妖精……、ボスから聞いた話と、立場と言い分は逆だけど同じ話だ……)
「俺が妖精から魔法の力を借りて、変身したのが『魔法少女』。なんで女装だったのかは……俺にも、妖精の子にもわからんが、光の女神様の力を借りたせいかもしれないな」
 そこで、少し恥ずかしそうにノブユキは笑う。強靭なメンタルの持ち主な彼であっても、やはり女装して戦うのには少々躊躇いもあるらしい。
「……すまんな、八雲。魔法少女の正体が、俺みたいなムサい男で。幻滅しただろう?」
「い、いえっ!! そんなことないです、先輩は魔法少女でも先輩らしくてカッコよかったっていうか、いや、あの、決して変な意味じゃなく……!!」
「ははっ、おまえは優しいなあ」
 チアキが彼の女装姿のギャップに興奮していたなどとは露知らず、単に、自分を慕う後輩の不器用なフォローだと思ったらしいノブユキは、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。そんな些細な仕草にさえ、チアキの心は罪悪感で締め付けられる。
(……先輩は、こんなに俺のこと信じてくれてるのに。無害な後輩だと思ってくれてるのに。俺は……先輩に勝手に片思いして、闇の魔法使いにまでなって……)
「昨日も軽く話したとおり、闇の魔法使い……ヤンデリオたちは、人の心のスキに付け込んでジャネープと呼ばれる怪物を生み出してる。あれが暴れて人々の『欲望』を発散させることで、闇の力が強まって、闇の神の封印が解けてしまうらしいんだ。だから俺は、ジャネープが現れるたびに倒しに行く。そもそも、暴走した欲望のせいで、他のたくさんの人たちが困ってしまうのは……見過ごせないからな」
(心のスキに付け込む悪いヤツ……、俺も、本当はそんな悪者なのか? ボスは、ヤンデリオの活動は慈善事業みたいなものだって、先輩が騙されてるんだって言ってた……。どっちが本当なのかはわかんねえけど、でも、なんにせよ先輩の正義感を利用して無茶させてる、妖精とかいうヤツは信じられない……!!)
 どこまでが己の思考で、どこまでが洗脳による誘導なのかもわからないまま、チアキは使命感に駆られて口を開く。
「あの……おれ、一晩考えたんですけど。あれって、どうしても先輩がやらなきゃ駄目なんですか? おれ、先輩が心配なんです。あんな危険なことやって、先輩に何かあったらと思うと見てられないです……! どうしても誰かがやるべきなら、他の、警察とか消防とかに任せちゃだめなんですか……!?」
「……見ての通り、昨日の怪物による被害はすっかり元通り、何事もなかったように修復されている。それが俺の……魔法少女の力なんだ。俺があの怪物ジャネープと戦い、浄化することで、街の被害は元通りに修復できている。この力を扱えるのは、妖精に認められた者だけだ。俺にしかできないことなんだ」
「でも……!」
「八雲。心配してくれるのは嬉しい。でも……こればっかりは俺の戦いだ。俺自身が、妖精たちの話を聞いて、自分の意思でやりたいと思ったことなんだ」
 ノブユキを、片思いする人を危険から遠ざけたい。その一心での訴えを、彼はしっかりと受け止めた上で断った。その目には決して揺らがぬ決意が――世界を守るヒーローとしての自覚のようなものが宿っている。
「最初は、たしかに成り行きだった。でも今は、皆の笑顔と平和をこの手で守れることに、楽しさというか……やりがいみたいなのも感じてるんだ」
 優しさを感じさせる穏やかな声で、ノブユキは言う。
「八雲は俺の夢、知ってるだろう?」
「え? はい……、お花屋さん、ですよね」
「ああ、皆を笑顔にするお花屋さんだ」
 彼の夢も、そのために多くの部活勧誘を断ってまで花屋でバイトをしていることも知っていたチアキは、その真剣な表情に息を呑む。
「俺は、誰かを笑顔にしたい。それはお花屋さんでも魔法少女でも同じことだ。不器用な俺でも、誰かを笑わせるお手伝いがしたい。それに……町が平和じゃなければ、皆、お花を育てたり、自然を愛でたりもできないだろ?」
 優しい声でそう言う彼に、チアキの心臓がぎゅっと締め付けられる。
 そうだ――晶水ノブユキはこういう男だった。自分が損をしたとしても、誰かのために笑っていられる。他人の幸せのためになら傷つくことも厭わない。彼の、そういう優しさに、チアキは惚れ込んだのだ。
「先輩……。やっぱ先輩って、ヒーローみたいなんですね……」
「そうか? このくらい普通だろう。おまえ、俺のこと持ち上げすぎじゃあないか?」
 困ったように苦笑して、ポンポンと、やさしく頭を叩かれる。それだけでチアキは泣きたいくらいに嬉しくて、そして、恋慕を隠して彼を欺き続ける自分への嫌悪に満たされる。
 彼の優しさを目の当たりにして、醜い嫉妬心が湧き上がるたび、自分とノブユキとは別の世界の人間なのだと思ってしまうのだ。

 表情が崩れそうになるのを必死にこらえて、良い後輩に見えるよう取り繕いながら、チアキは食い下がる。
「……でも、やっぱ俺は心配です。尊敬する先輩に何かあったらって思うと……」
「ふふ、心配症なんだな、八雲は。大丈夫だよ、俺は男だし、頑丈だし。そりゃちょっと無茶もするが、命に関わるほどじゃない。怪我したって魔法で治せるしな」
「そんなの……!」
 思わず語調を強めたチアキへ、ノブユキは、真剣な顔をして切り出した。
「……なあ、八雲。俺を心配してくれるおまえに、こんなこと、言うべきじゃないのかもしれないが……」
「へっ!? な、なんですか……?」
「おまえも、俺と一緒に戦うつもりはないか。魔法少女になってはくれないだろうか……!?」
「お……おれが!? 魔法少女に……!?」
 驚きのあまり言葉を繰り返してしまった彼へ、ノブユキは、淡々とした調子で語りかける。
「昨日、おまえはヤンデリオたちに姿を見られてしまった。俺の後輩ということもバレているだろう。一般人のおまえを戦いに巻き込んでしまうよりは、まだ、変身して身を守る力を得たほうがいいんじゃないかと思ってな……」
「ま、魔法少女って、そんな簡単になれるもんなんですか……?」
「詳しい条件は俺もわからないが……清らかな正義の心を持つ人ならば、誰でも光の魔法を使う資格はあると、俺のパートナー妖精は言っていた。おまえは優しいし、気遣いもできる良いヤツだ。きっと、魔法少女に……俺の仲間になれると思う」
「ッ、そ、それは……」
 一切の疑念を抱かず、純粋に、『後輩としての』チアキを信じているからこその言葉は、無自覚に彼を追い込んでいた。隠し事ばかりしている、こっそりと片思いをしているという罪悪感がチアキを満たす。
 自身の信頼がチアキを追い詰めているとは気づかずに、ノブユキは、切実な調子で仲間になってほしいと訴えかける。
「奴ら――ヤンデリオも新たな仲間を増やしているようだしな。おまえが逃げたあと、俺のストーカーを名乗る新たな闇の魔法使いも現れた。得体のしれない男だったが、おまえに危害を加えないとも限らない」
「っ……!!」
「それに俺は、八雲のような、信じて背中を預けられる人が仲間になってくれたら嬉しい。……これは俺のワガママだから、おまえを振り回すのは良くないと、わかっているんだが……」
(違う……違うんだ、先輩……。おれは先輩が思うような立派な人間じゃない……。こうして親切なただの後輩のフリをしてたって、先輩を怖がらせちゃったストーカー野郎は、ほんとはおれなのに……!)
 いっそのこと、真実を吐き出してしまいたいと思った。けれど、チアキの心の片隅にある『ノブユキが妖精に騙されているのかもしれない』と言う疑念が、彼こそストーカー呼ばわりされた新たな『ヤンデリオ』の刺客であると告げることを躊躇わせる。それだけではなく、ノブユキに嫌われてしまうことへの恐怖が、彼の心を固く閉ざしてしまっていた。
 自分の心の弱さを恥じながらも、チアキは、真実を隠しながらも首を横に振った。
「……お、おれも、叶うなら、先輩の仲間になりたかったです。でも……おれに正義の味方なんて、無理ですよ……。おれ、先輩みたいに優しくないですし……」
「……そうか。嫌なら、無理強いはできないな」
「い、嫌じゃないです! 先輩に誘ってもらえたの、ほんとに光栄で……!!」
 わずかにしょんぼりとしたノブユキを見て、とっさに、否定の言葉が出てしまう。魔法少女云々はともかくと、ノブユキからの信頼自体は嬉しかった。嬉しかったからこそ、断らねばいけないと思ってしまった。
「でも……光栄だからこそ、おれは相応しくないって思います。おれなんかには、先輩の隣は不釣り合いなんです。それに……先輩にこんな危ないことさせてる、その、妖精って人たちのこと、素直に信じられません。ごめんなさい、先輩……」
「な、おまえが謝ることはない! 俺の勝手なワガママなんだから。こちらこそ、急に誘ってしまいすまなかった。不安に思うのは仕方ないと思うし……俺の秘密を知っている人が増えただけでも心強い。あまり、気に病まないでくれ」
 勧誘を断られても、ノブユキは気を悪くすることもなく、むしろチアキを気遣っていた。そういう優しいところも好きなのだと、心の中でチアキは呟く。
(おれは……先輩とは違う。先輩みたいな、清らな正義の心なんかない。身勝手な欲望で、独りよがりの愛で、闇の魔法使いなんかになっちゃうんだから。……あれ? でも、先輩が、魔法少女の力が正義なら……騙されてるって話はおかしくないか? 間違ってるのはおれじゃないのか? そもしもなんでおれ……ボスに協力することにしたんだっけ――)
 愛するノブユキの話を受けて、己の思考に疑問を持った――瞬間。チアキの脳内に激痛が走る。まるで、直接頭の中に手を突っ込んで握りつぶされているかのような不快感。間違いなく、ヤンデリオの親玉――闇の魔法使いフレンジィが仕掛けた罠だった。洗脳したチアキが、己の言い分を疑わないよう、もしも疑うことがあれば苦痛を与えながら再洗脳するための魔法を、フレンジィが施していたのである。

 ノブユキは、急に黙り込んでしまった彼に気がつくと、その顔を覗き込んでハッとする。
「……八雲? 大丈夫か、顔色が悪いが……」
「だ、いじょぶです……。急に、頭が痛くなった、だけで……」
「ッ、具合が悪いのか……!? 落ち着け、俺がいる、大丈夫だ。まずは保健室に連れて行く。……すまん、抱き上げるぞ!」
 チアキの様子がおかしいことに気付いた彼は、その、平均体重よりもだいぶぽっちゃりとした体を軽々と姫抱きで持ち上げると、慌てた様子で駆け出した。痛みに遠のく意識の中、チアキが認識できたのは、己を気遣うノブユキの存在だけだった。
(あ……、先輩の、体温……♡ あったかくて気持ちいい……。痛みが、和らいでく……。ごめんなさい先輩、おれ、先輩のやさしさを利用してる……ほんとは先輩に片思いしてる、卑劣なクソ野郎なのに……)

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