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束縛型ヤンデレ・芝里タイチと、豪放磊落彼氏・蒼井ユウゴの場合
①-3
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――時は戻り、現在。ボスとの会談を終えた数日後、タイチは、自宅で新たな力と向き合っていた。
そこは、学校からそう遠くない住宅地にある小さなマンション。一見するとごく普通の部屋にしか見えないが、玄関から一番近い一室――元々寝室にしていた部屋には、成人男性一人を囲えるほどの大きな檻が、壊されたままの形で放置されている。この部屋に入ることができるのはタイチただひとり。そういう魔法で、部屋全体を覆っているからだ。
「嗚呼……今でもはっきりと思い出せる。あの忌々しい魔法少女と妖精共が、あの人を誑かし、私から奪っていった日のことを」
闇の魔法は心の力。なればこそ、心の闇を暴走させ、新たに得た力をさらに大きくするために、タイチはトラウマだらけの記憶を思い返した。
「どうして君は、私から逃げたのですか。こんなに、こんなに愛しているのに!! 私を裏切り、他の誰かの手を取り、それどころか――私の束縛を拒んで、私から記憶まで奪い去るだなんて!!」
室内に響くのは悲痛な叫び。その気持ちは、闇の魔法により多少増幅させられてこそいたが、根底にあるのはタイチの本心だった。
愛する人を失いたくなかった。自分に縛り付けておきたかった。そんなことをすれば嫌われると思って、必死に我慢して抑えて、それでも我慢できなかった思いが闇の魔法により暴走していた。
「このくらいで逃げられたと思わないでください。私は……あの御方から頂いたこの力で、今度こそ、君を捕まえてみせる。もう離さない……君は……私のものだ……!」
目を閉じ、彼は思い出す。タイチがこの部屋を出ていった瞬間のことを。
――それは、唐突な襲撃だった。闇の魔法使いとして目覚めたタイチが、ユウゴを監禁し始めてから一月ほど経ったある日のこと。
闇の神に――正確にはその言伝を受けた『ボス』ことフレンジィにより――命じられ、欲望の竜を生み出すため、タイチが自宅を離れていた間の出来事である。
闇の魔法使いの情報を探っていた、まだ魔法少女になりたての頃のノブユキ――こと魔法少女スイートクリスタルが、偶然、魔法で閉じ込められているユウゴを見つけたのだ。
本来ならば、術者であるタイチにしか入れず、中にあるもののことを外の世界から『なかったこと』にしてしまうほどの結界。しかし、パトロール中に偶然近くに立ち寄ったノブユキと妖精たちは、そこから漏れ出す僅かな魔法の気配に気づいて、光の魔法で無理矢理にこじ開けた。
そうして侵入した彼らが見つけたのは、魔法の檻に閉じ込められたユウゴの姿。一目見て、彼の記憶を取り戻したノブユキは、咄嗟にその檻を魔法で殴り壊した。
『蒼井さんッ、無事かっ!?』
『へ……!? そ、その声まさか……ノブかっ!? なんだよその妙ちきりんな女装!? ……ってかそもそも、なんでここに……どうやってあの檻を壊したんだ……!?』
変身中で女装姿とはいえ、よくよく見れば顔も声もほぼそのままなノブユキに、すぐに気づいたユウゴだったが、何が起きたのかもわからず混乱していた。
『ええと……詳しく説明する時間がないので手短に言うぞ! 俺は今、ワケあって魔法少女として、悪い奴らと戦っている。世界を飲み込もうとしている闇の神と、その復活を目論む闇の魔法使い、という連中だ。蒼井さんを閉じ込めていたのも、そいつらだと思う。事情はわからないが、できればここから助け出して、詳しい話を聞きたい。構わないだろうか?』
『はぁあっ!? なに素っ頓狂な……ッ、いや、待てよ……? 闇の魔法使い……まさか、アイツが……!?』
常識外れな言葉の羅列に呆れかけたユウゴだったが、しかし、それらの説明が自分やタイチの身に起きた異常な出来事に重なることに気づいてハッとする。
『詳しい話は、俺でなく妖精の二人に聞いてくれ』
『は? 妖精?』
怪訝そうに眉をひそめたユウゴの前に、ノブユキの後ろから、2つの人影が現れた。それは、変身中のノブユキにあわせて妖精としての本来の姿になった、二人の美少女。一人は騎士のような甲冑を、もう一人は絵本に出てくる王様が着るような豪華な衣装を身に着けている。
着せ替え人形くらいの小さな背丈で、透き通った羽で空を飛ぶ、まさしく妖精と呼べる存在であった。
『な……っ、なぁああっ!?』
『ごめん、おじさん! 驚くのはあとにしてくれるかな!? ここを壊したことは多分、君を閉じ込めた魔法使いにもそろそろ伝わっていると思うから』
『そなたの安全が欲しければ、我らと共に逃げるのである!』
『……はっ!? ま、待ってくれ!! 黙って出ていくわけにはいかねえんだよっ!! そもそも俺を閉じ込めたのは、俺の恋人なんだ! んな危ねえことに巻き込まれてんなら、ますます、アイツを置いていくわけには……!』
怒涛の出来事に混乱しながらも、ユウゴは、最愛の人を思い逃げ出すことを選ばなかった。その言葉に、妖精の一人――ノコは苦しげに顔を歪める。
『……恐らくだが、そなたの大切な者は、闇の神に洗脳され、利用されておる。あのゲスはそういった卑怯な手で手下を増やすのが昔っから得意なのだ。ただの人間であるそなたが関わっても、奴らの魔法の餌にされるのがオチだぞ』
『だったらっ!! 俺もノブみてえに闘わせろっ! 妖精なんてファンタジーな存在ならできるだろ!? 女装でもなんでもやってやらぁ!! アイツを元に戻してやるのは、恋人の俺の役目だろうが……!!』
なおも食い下がる彼が叫んでいた――そのとき。異変を察知したデヴォーションが、部屋の中へと戻ってきたのだった。
砕かれた檻、その場にいる魔法少女と妖精、そして縋るように妖精の手を取るユウゴ――。その光景を目にした途端、タイチの魔法が暴走を始めていた。
『ッッ!! 魔法……少女……!! それに、妖精までもが! その人は私のモノですッ、よくも、よくも勝手に近づいて……!!』
『やめろ馬鹿野郎ッ!!』
攻撃のための魔法の鎖を生み出し、ノブユキたちめがけて振払おうとした瞬間。ユウゴはふらつく体を無理に動かし、タイチを睨みつけて叫んでいた。
『テメェは本来……こんなガキンチョを傷つけるような男じゃねえはずだ。妖精の嬢ちゃんから聞いたぜ。闇の神、闇の魔法使い……だったか? そいつがテメェをそそのかして、おかしくしちまったんだ、ってな』
説得の声は、狂気に飲まれたタイチの心には届かない。こんなことをしでかしたのだ、自分はとうに嫌われているに違いないと――ならば逃げ出せないように縛り付けてしまうほかないのだと。冷静さを欠いた思考で考える。
『ああ……やはり……やはり! 私から逃げていくのですね……!! 許さない、許しませんとも、ええ! もう二度と、君を離してなるものか……!!』
『ちっ……、やっぱりマトモな会話は無理か!? 俺の声ちゃんと聞こえてねえな!?』
ユウゴは軽く舌打ちをすると、改めて、妖精――近くにいたノコの方へと手を伸ばす。
『おい、妖精の嬢ちゃん、力を貸してくれッ!! 俺は……俺はコイツを正気に戻してやりてえ!! ほんとは優しいヤツなんだ、こんな、ガキに暴力ふるうような真似して……正気に返ったとき、本当に傷つくのはコイツ自身だ……!!』
『駄目、駄目、駄目です、ユウゴ……!! 私から離れるなど、私を捨てるなど!! そんなこと、許されない! 許してはならない……!!』
『馬鹿野郎ッ!! 俺はてめえを裏切るためじゃねえ、ちゃんと、真っ当に愛するために! てめえを正気に戻すために! 俺達二人の幸せのために!! ……魔法使いになってやるッ!!』
その、魂からの叫びに応じるように、妖精・ノコルディウスはユウゴの手を取った。
『……そなたの覚悟はわかった。それほどの勇気を見せられては、応えぬわけにもいくまい。ワタシが――サファイアの覇王、ノコルディウスが、力を貸そう!! 目覚めよ――《サファイアパワー! ミラクル★チャージ》!!』
ノコが呪文を唱えた途端、ユウゴの体に、不思議な力が満ち溢れていった。サファイアのように深い青の光が彼を包み込み、バチバチと輝く雷電が、その体へと吸い込まれていく。
光が晴れた瞬間、その場に立っていたのは、ユウゴが思い描いた「ヒーロー」の姿。悪を倒し、障害物を払いのけ、恋人との幸せな未来を取り返すという願いの形。筋肉質な体がよくわかる、動きやすくピッチリとした全身スーツに、目元を隠すような青のゴーグル。昭和の特撮めいたその姿は、中年オヤジである彼なりの「ヒーロー像」の体現であった。
『ったく……この馬鹿野郎!! 俺とおまえの問題に、他所のガキンチョ巻き込む奴があるか!!』
目をカッ開いた彼は、雷撃を放ってタイチの鎖を砕いていく。その雷が壊すのは闇の魔法だけ。大切なものを傷付けず、悪だけを砕くための力だった。
魔法にあっさりと対抗されてしまったタイチは、顔を青ざめ、半狂乱になりながらもさらなる魔法を打ってくる。ユウゴの自由を奪うべく、その身に巻きつけるように新たな鎖が放たれた。
『嫌、嫌です、ユウゴ!! 君は私のモノだ、逃さない……絶対に、逃してなるものか……!!』
『甘ぇ!! 捕まえ――うぐっ!?』
動きを見切り、鎖を掴んで逆にタイチを引き寄せようとしたユウゴだったが――その鎖に触れた瞬間に、胃の中をひっくり返すような衝撃が襲ってきた。
光り輝くゴーグル――ノコにより与えられた魔法の力が、すかさず、今触れている魔法を分析する。
(多分、だが……弱体化の魔法か!? ……ならっ!!)
極限に追い詰められた体は、新しく得たばかりの力を、本能のように使いこなしていた。自分の魔法の力を練り、分析した「記憶を操作する魔法」をそのまま相手に打ち返すイメージで、鎖伝いに雷を流す。
咄嗟のことに対応できず、タイチは、もろにその攻撃を食らってしまう。
『……なっ!? うぁああっ!?』
『これでっ、対等だ……!! さあ、馬鹿なことはやめて、とにかく俺の話を――』
『よくも――よくもよくもよくも!! 許さない……絶対に許しませんよ、私の、私の――!!』
激昂した彼は、なりふり構わず辺りを滅茶苦茶に破壊し始めた。魔法の力が――心の闇が暴走していることは明白だ。
『っ、危ない!! 逃げろ!!』
『は!? 何言ってんだノブ、俺は逃げねえぞ!! だって、アイツが――』
『魔法の攻撃は、術者自身には効かないんだ!! あの人は大丈夫だが、このままだとあんたが死ぬぞ!?』
ノブユキと妖精たちが強引にユウゴを連れ出し、魔法で一旦、安全な場所まで避難する。彼らが離れているうちに、タイチも、やがて暴走を落ち着かせ、壊れた家屋を魔法で直した挙げ句に周囲の記憶を改変して「なかったこと」にしてしまった。
――ちなみにその後、現場に戻ろうとしたノブユキらだったが、既に闇の魔法の証拠も隠滅されたあと。マンションの場所も覚えていたはずなのだが、そもそも最初にたどり着いた時が「魔法で隠されていた道を強引にこじ開けた」せいで、普通の道順がわからなくなってしまっていた。
頼みの綱のユウゴの記憶も消されており、彼らは、あと一歩のところでタイチ=闇の魔法使いデヴォーションの正体に気付けなかった、という、タイチが知る由もない事実もあった。
――苦々しい記憶を思い返したタイチは、自分の中に、強い闇の力が疼いているのを感じていた。
「……あの人から返されてしまった魔法。それが解けるまで、もう少し。ほとんど同時に、あちらも記憶を取り戻してしまうでしょうが――そうなる前に捕らえてしまえば変わりませんね」
壊されてしまった檻を、心底愛おしげに指でなぞりながら、彼はつぶやく。
「はやく……ここに帰ってきてください。君の名前を、私に呼ばせてください。私の、私の、愛しい……」
続く言葉は出てこない。だが、その名が彼の記憶に戻るのも、もう時間の問題となっていた。それほどまでに闇の神は力をつけ、一方、光の陣営はひたすら後手に回っているのだから……。
そこは、学校からそう遠くない住宅地にある小さなマンション。一見するとごく普通の部屋にしか見えないが、玄関から一番近い一室――元々寝室にしていた部屋には、成人男性一人を囲えるほどの大きな檻が、壊されたままの形で放置されている。この部屋に入ることができるのはタイチただひとり。そういう魔法で、部屋全体を覆っているからだ。
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闇の魔法は心の力。なればこそ、心の闇を暴走させ、新たに得た力をさらに大きくするために、タイチはトラウマだらけの記憶を思い返した。
「どうして君は、私から逃げたのですか。こんなに、こんなに愛しているのに!! 私を裏切り、他の誰かの手を取り、それどころか――私の束縛を拒んで、私から記憶まで奪い去るだなんて!!」
室内に響くのは悲痛な叫び。その気持ちは、闇の魔法により多少増幅させられてこそいたが、根底にあるのはタイチの本心だった。
愛する人を失いたくなかった。自分に縛り付けておきたかった。そんなことをすれば嫌われると思って、必死に我慢して抑えて、それでも我慢できなかった思いが闇の魔法により暴走していた。
「このくらいで逃げられたと思わないでください。私は……あの御方から頂いたこの力で、今度こそ、君を捕まえてみせる。もう離さない……君は……私のものだ……!」
目を閉じ、彼は思い出す。タイチがこの部屋を出ていった瞬間のことを。
――それは、唐突な襲撃だった。闇の魔法使いとして目覚めたタイチが、ユウゴを監禁し始めてから一月ほど経ったある日のこと。
闇の神に――正確にはその言伝を受けた『ボス』ことフレンジィにより――命じられ、欲望の竜を生み出すため、タイチが自宅を離れていた間の出来事である。
闇の魔法使いの情報を探っていた、まだ魔法少女になりたての頃のノブユキ――こと魔法少女スイートクリスタルが、偶然、魔法で閉じ込められているユウゴを見つけたのだ。
本来ならば、術者であるタイチにしか入れず、中にあるもののことを外の世界から『なかったこと』にしてしまうほどの結界。しかし、パトロール中に偶然近くに立ち寄ったノブユキと妖精たちは、そこから漏れ出す僅かな魔法の気配に気づいて、光の魔法で無理矢理にこじ開けた。
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『蒼井さんッ、無事かっ!?』
『へ……!? そ、その声まさか……ノブかっ!? なんだよその妙ちきりんな女装!? ……ってかそもそも、なんでここに……どうやってあの檻を壊したんだ……!?』
変身中で女装姿とはいえ、よくよく見れば顔も声もほぼそのままなノブユキに、すぐに気づいたユウゴだったが、何が起きたのかもわからず混乱していた。
『ええと……詳しく説明する時間がないので手短に言うぞ! 俺は今、ワケあって魔法少女として、悪い奴らと戦っている。世界を飲み込もうとしている闇の神と、その復活を目論む闇の魔法使い、という連中だ。蒼井さんを閉じ込めていたのも、そいつらだと思う。事情はわからないが、できればここから助け出して、詳しい話を聞きたい。構わないだろうか?』
『はぁあっ!? なに素っ頓狂な……ッ、いや、待てよ……? 闇の魔法使い……まさか、アイツが……!?』
常識外れな言葉の羅列に呆れかけたユウゴだったが、しかし、それらの説明が自分やタイチの身に起きた異常な出来事に重なることに気づいてハッとする。
『詳しい話は、俺でなく妖精の二人に聞いてくれ』
『は? 妖精?』
怪訝そうに眉をひそめたユウゴの前に、ノブユキの後ろから、2つの人影が現れた。それは、変身中のノブユキにあわせて妖精としての本来の姿になった、二人の美少女。一人は騎士のような甲冑を、もう一人は絵本に出てくる王様が着るような豪華な衣装を身に着けている。
着せ替え人形くらいの小さな背丈で、透き通った羽で空を飛ぶ、まさしく妖精と呼べる存在であった。
『な……っ、なぁああっ!?』
『ごめん、おじさん! 驚くのはあとにしてくれるかな!? ここを壊したことは多分、君を閉じ込めた魔法使いにもそろそろ伝わっていると思うから』
『そなたの安全が欲しければ、我らと共に逃げるのである!』
『……はっ!? ま、待ってくれ!! 黙って出ていくわけにはいかねえんだよっ!! そもそも俺を閉じ込めたのは、俺の恋人なんだ! んな危ねえことに巻き込まれてんなら、ますます、アイツを置いていくわけには……!』
怒涛の出来事に混乱しながらも、ユウゴは、最愛の人を思い逃げ出すことを選ばなかった。その言葉に、妖精の一人――ノコは苦しげに顔を歪める。
『……恐らくだが、そなたの大切な者は、闇の神に洗脳され、利用されておる。あのゲスはそういった卑怯な手で手下を増やすのが昔っから得意なのだ。ただの人間であるそなたが関わっても、奴らの魔法の餌にされるのがオチだぞ』
『だったらっ!! 俺もノブみてえに闘わせろっ! 妖精なんてファンタジーな存在ならできるだろ!? 女装でもなんでもやってやらぁ!! アイツを元に戻してやるのは、恋人の俺の役目だろうが……!!』
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砕かれた檻、その場にいる魔法少女と妖精、そして縋るように妖精の手を取るユウゴ――。その光景を目にした途端、タイチの魔法が暴走を始めていた。
『ッッ!! 魔法……少女……!! それに、妖精までもが! その人は私のモノですッ、よくも、よくも勝手に近づいて……!!』
『やめろ馬鹿野郎ッ!!』
攻撃のための魔法の鎖を生み出し、ノブユキたちめがけて振払おうとした瞬間。ユウゴはふらつく体を無理に動かし、タイチを睨みつけて叫んでいた。
『テメェは本来……こんなガキンチョを傷つけるような男じゃねえはずだ。妖精の嬢ちゃんから聞いたぜ。闇の神、闇の魔法使い……だったか? そいつがテメェをそそのかして、おかしくしちまったんだ、ってな』
説得の声は、狂気に飲まれたタイチの心には届かない。こんなことをしでかしたのだ、自分はとうに嫌われているに違いないと――ならば逃げ出せないように縛り付けてしまうほかないのだと。冷静さを欠いた思考で考える。
『ああ……やはり……やはり! 私から逃げていくのですね……!! 許さない、許しませんとも、ええ! もう二度と、君を離してなるものか……!!』
『ちっ……、やっぱりマトモな会話は無理か!? 俺の声ちゃんと聞こえてねえな!?』
ユウゴは軽く舌打ちをすると、改めて、妖精――近くにいたノコの方へと手を伸ばす。
『おい、妖精の嬢ちゃん、力を貸してくれッ!! 俺は……俺はコイツを正気に戻してやりてえ!! ほんとは優しいヤツなんだ、こんな、ガキに暴力ふるうような真似して……正気に返ったとき、本当に傷つくのはコイツ自身だ……!!』
『駄目、駄目、駄目です、ユウゴ……!! 私から離れるなど、私を捨てるなど!! そんなこと、許されない! 許してはならない……!!』
『馬鹿野郎ッ!! 俺はてめえを裏切るためじゃねえ、ちゃんと、真っ当に愛するために! てめえを正気に戻すために! 俺達二人の幸せのために!! ……魔法使いになってやるッ!!』
その、魂からの叫びに応じるように、妖精・ノコルディウスはユウゴの手を取った。
『……そなたの覚悟はわかった。それほどの勇気を見せられては、応えぬわけにもいくまい。ワタシが――サファイアの覇王、ノコルディウスが、力を貸そう!! 目覚めよ――《サファイアパワー! ミラクル★チャージ》!!』
ノコが呪文を唱えた途端、ユウゴの体に、不思議な力が満ち溢れていった。サファイアのように深い青の光が彼を包み込み、バチバチと輝く雷電が、その体へと吸い込まれていく。
光が晴れた瞬間、その場に立っていたのは、ユウゴが思い描いた「ヒーロー」の姿。悪を倒し、障害物を払いのけ、恋人との幸せな未来を取り返すという願いの形。筋肉質な体がよくわかる、動きやすくピッチリとした全身スーツに、目元を隠すような青のゴーグル。昭和の特撮めいたその姿は、中年オヤジである彼なりの「ヒーロー像」の体現であった。
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『……なっ!? うぁああっ!?』
『これでっ、対等だ……!! さあ、馬鹿なことはやめて、とにかく俺の話を――』
『よくも――よくもよくもよくも!! 許さない……絶対に許しませんよ、私の、私の――!!』
激昂した彼は、なりふり構わず辺りを滅茶苦茶に破壊し始めた。魔法の力が――心の闇が暴走していることは明白だ。
『っ、危ない!! 逃げろ!!』
『は!? 何言ってんだノブ、俺は逃げねえぞ!! だって、アイツが――』
『魔法の攻撃は、術者自身には効かないんだ!! あの人は大丈夫だが、このままだとあんたが死ぬぞ!?』
ノブユキと妖精たちが強引にユウゴを連れ出し、魔法で一旦、安全な場所まで避難する。彼らが離れているうちに、タイチも、やがて暴走を落ち着かせ、壊れた家屋を魔法で直した挙げ句に周囲の記憶を改変して「なかったこと」にしてしまった。
――ちなみにその後、現場に戻ろうとしたノブユキらだったが、既に闇の魔法の証拠も隠滅されたあと。マンションの場所も覚えていたはずなのだが、そもそも最初にたどり着いた時が「魔法で隠されていた道を強引にこじ開けた」せいで、普通の道順がわからなくなってしまっていた。
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――苦々しい記憶を思い返したタイチは、自分の中に、強い闇の力が疼いているのを感じていた。
「……あの人から返されてしまった魔法。それが解けるまで、もう少し。ほとんど同時に、あちらも記憶を取り戻してしまうでしょうが――そうなる前に捕らえてしまえば変わりませんね」
壊されてしまった檻を、心底愛おしげに指でなぞりながら、彼はつぶやく。
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