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そして歯車は動き出す
そして歯車は動き出す②-1
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「おいおいおい……何がどーなってんだよ、コレ……」
阿神ケイは、焼け落ちた校舎を眺めて呆然とする。昼休み、原因不明のボヤ騒ぎがあったのだ。幸いなことに炎はすぐに鎮火され、大事には至らなかったようだが、魔法使いとなった彼はこの出火の異様さを感じ取っていた。
(焼け跡からほんのりだけど、八雲のケハイ? 魔法の残り香? みたいなのが感じられる……。アイツ、たしか最初に暴走したときも炎の魔法使ってなかったか? 火事を見つけたのは晶水センパイらしいし……八雲に連絡してんのに既読つかねーし。ひょっとして、センパイとの間でなにか……?)
今は放課後。午後の授業にチアキの姿は無く、しかも、教師やクラスメイトはそのことに一切気づいていなかった。まるで最初から彼が存在していなかったかのように。
寮の自室にもチアキの姿はなく、それどころか、彼の部屋はがらんどうになっていた。
(失踪した人間の記憶が消されてる……ってのは、こないだ八雲から聞いた、先生の彼氏サンの失踪事件と同じ。まさか、八雲がいなくなったのには、ボスや先生も関係してんのか? 失踪の理由は多分、あの火事の原因になった魔法の暴走だ。噂じゃセンパイも火事に巻き込まれてたらしい。あいつが危険な目にあった晶水センパイをほっぽってるとかぜってーおかしいし……いったい、二人の間に何が……?)
なにか、自分では太刀打ちできないほどの陰謀が動いているのではないか。あの鈍感でヘタレな友人が、きな臭いことに巻き込まれているのではないか。そんな不安が頭をよぎる。
ヤンデリオの「ボス」こと闇の魔法使いフレンジィの指示があったとはいえ、最初に、チアキに闇の魔法使いにならないかと声をかけたのはケイ――闇の魔法使いファナティックだ。
あのときケイがやらなければ、ボス自身なりタイチなりが動いただけなのはわかっている。それでも、彼をこちら側に引き込んだ者の一人として、どうしようもない罪悪感と責任を感じていた。
(アイツは……八雲は、オレの恋心を知っても嘲笑ったりしなかった、はじめてのダチだ。なんかヤベーことになってんのに、放っとくわけにはいかねえだろ……)
何をするにも情報が少なすぎた。そもそもチアキが今どこで何をしているのかさえわからないのだ。
先日の、チアキとの通話で気付いた可能性――ボスが洗脳の魔法を使っていたかもしれない、ということを考えると、あまり大っぴらな情報収集は得策ではないように思われた。
(クソッ……そもそも八雲は無事なのか? オレに何ができるんだ? 闇の魔法がなんなのかもわからず、ただボスの言いなりになって力を使ってたようなオレに……何ができる? 下手したらオレも暴走させられて、最悪、コウヤ様を傷付けることだってありえるのに……?)
ふと頭に浮かんだ恐ろしい想像――魔法を暴走させた自分が、神のように慕う最愛の人を傷付ける可能性に思い至り、ケイは、震える拳を握りしめる。
「っ……、いや、ビビってる場合じゃねえ、よな。コウヤ様……、オレに勇気をください……」
恐怖に呑み込まれてしまいそうな心を奮い立たせるのは、いつだって、想い人の存在だ。コウヤと直接関わり合いになるずっと以前――彼を初めて知った瞬間から、その歌声は、ケイの心の奥底を揺さぶり勇気を与えてくれるのだ。
いつも、不安なときはそうしているように、イヤホンをつけて大音量でコウヤの曲を聞こうとした――瞬間。
こんな状況でも頭の片隅で発動していた盗聴魔法が、こちらに呼びかけるコウヤの声を拾った。
『もしも~し。ケイちゃん、聞こえてる? たしかこの時間って仕事休みだよね?』
「ッ……!」
ケイの声を届けることはできない、あくまで一方通行仕様の魔法だが、確実に声を聞いているものとしてコウヤは続ける。
『昨日の今日で悪いんだけどさ、今からウチ来てくれたら嬉しいなあ♡ オジサンのお願い……聞いてくれるかい?』
今はそれどころではないとわかっていた。けれど、この世の何よりもコウヤを優先しているケイが、その誘いを断ることなんてできなかった。
今の精神状態で、コウヤが望むような行為ができるかどうかは自信がないが――できないにしても、彼本人に直接断りを入れねば気が済まない。
人気のない場所に移動し、自分以外の魔法使いに監視されている気配がないことを念入りに確認してから、ケイは変身し転移魔法を唱えた――。
*
阿神ケイが初めて歌風コウヤを知ったのは、今から10年前――彼が小学一年生の時だった。
彼の家はかなりの大金持ちで、祖父はとある大企業の創業者、父もその跡を継ぎ社長をしている。母は早くに亡くなっており、仕事で忙しい父の代わりに、家庭教師や家政婦たちに育てられたようなものだった。
ケイ自身も後継者として厳しい教育を受けていたが、仕事ばかりでろくに家族としての情を見せないくせに、「我が家の後継者として恥じない男になれ」と生活態度や趣味嗜好さえ厳しく管理しようとする父や祖父には、幼いうちから不満や寂しさを感じていた。
まだ小学校に上がったばかりだというのに塾に通わされ、やりたくもない習い事を掛け持ちさせられていた彼は、孤独だった。見識を深めるために、と公立校に通わされていたせいで、周囲の子供たちとの価値観の溝は深まるばかり。なにせ、同年代の子供が好むようなゲームやマンガは『阿神の後継者には相応しくない』と取り上げられていた。
家政婦や家庭教師の中には、ケイの境遇を憐れみ、親切にしてくれる人もいたが、彼らも雇い主であるケイの父には逆らえない。
父の目の届かないところでこっそりと、見ては駄目だと言われているマンガを貸してくれるような人もいたのだが、父にバレたその人が解雇されたと知ってからは、そういった年相応の娯楽に興味を持つことすら諦めていた。
そんなケイはある日――偶然、小学校からの帰り道で。通り道にある家電量販店の、店頭モニターの、たまたま流れていた音楽番組で。この世の者とは思えないほどに美しいひとを、孤独な心に寄り添う優しい歌声のひとを、彼が生涯神のように崇めることになるひとを――歌風コウヤを、知った。
(――すごい、すごいすごいすごい!! このひと、アイドルなんだ! こんなにカッコよくて、キラキラで、それに……このお歌を聞いてたら、パパやおじいちゃんの怖い顔も、学校の皆に仲間はずれにされちゃってイヤだった気持ちも、ぜーんぶどっかにいっちゃうみたいだ……!!)
当時のコウヤは、まだ大手アイドル事務所に所属していた。ケイが初めて聞いたその曲は、彼が初めて自分で作詞作曲したという曲だ。一人ぼっちで思い悩む若者を、甘く優しく口説きながらも励ます……といったテーマの楽曲で、中華風の衣装でのダンスパフォーマンスも華麗だった。
思わず足を止め、テレビ画面に見入ってしまったケイ。画面の中では、曲の披露を終えたコウヤに、番組の司会者が軽く質問している。
『いやぁ、さすがはコウヤ様! 圧巻のパフォーマンスでしたね~! この曲はなんでも、ご自身が作詞作曲をなさったとか?』
『はい、おれも十代からずっとアイドルをやってきて……そろそろ新しいことに挑戦してみよう、と思って。ずっとおれのことを応援してくれてる子猫ちゃんたちに、おれ自身の言葉と音楽で、大好きだよ、一人じゃないよ、ってエールを伝えたかったんだよね。……って、ちょっと真面目すぎちゃったかな?』
へらりと笑う顔は、歌っていたときの妖艶さとは打って変わり、人懐っこく愛嬌を感じさせる。ケイは、その一挙手一投足に釘付けになっていた。
(あのひと、コウヤ様……歌風コウヤ、って言うんだ。かっこよくて、キレイで、キラキラしてて……もっとあのひとのこと、知りたい! コウヤ様のお歌があれば、ボク……つまんないお勉強も、習い事も、きっと頑張れる……!)
転がり落ちるようにコウヤのファンとなった彼は、今まで貯めていたお年玉貯金やお小遣いで、コウヤのCDを買い集めた。幸いなことにCDプレーヤーは持っていた。富豪の息子とはいえ、小学生にはなかなか痛い出費だが、元々使う宛もなかったのだから不便はない。
もちろん、テレビ番組の出演予定がないかもくまなくチェックし録画した。アニメやマンガのときのように禁止されないよう、ファンになったことを父に悟られないよう細心の注意を払い行動していた。
コウヤの経歴、今までの楽曲、アイドルとしての活動、思いつく限りの情報を、使い方を覚えたばかりのパソコンを使い収集した。知れば知るほどに彼を好きになっていった。ファンレターという文化を知り、子供の文字でも読めるだろうかと不安になりながらも、丁寧に丁寧に思いの丈を綴った手紙を事務所に送った。
親しくなった家政婦や家庭教師の中に、コウヤの所属するアイドル事務所を箱推ししている人がいたおかげもあり、しばらくは、父に隠れてのファン活動は上手くいっていた――が。所詮は子供のやることで、誤魔化しきるにも限度があった。
ある日、彼の部屋に隠していた、コウヤのCDやライブDVD、それに雑誌の切り抜きたちを見つけた父は、烈火の如く怒り狂った。
『こんな軟弱なものをどこで覚えた!? 男のくせにアイドルなどと、チャラチャラと女に媚びてみっともない!! おまえもおまえだ、ケイ。こんな男の追っかけなど、女のような真似をするなど……!!』
『ッ――!?』
孤独を埋めてくれた大切な存在を、幼いケイの日々の希望だった存在を否定され、彼はブチギレた。父に従順な『良い子』だったはずの彼は、コウヤのことを馬鹿にされ、完全に理性を失った。
(いくらパパでも……コウヤさまを馬鹿にするのは許さないっ!! コウヤさまのお歌は、ダンスは、ボクにいっぱい元気をくれる……。うるさいだけでなんにもしてくれないパパなんかが、コウヤさまを悪く言うなんて……絶対、絶対絶対絶対、許せない……ッ!!)
怒りで頭が真っ白になり――気づいたときには、父に殴りかかっていた。不意打ちだったからなのか、それとも、怒りのあまり子供とは思えない怪力を発揮していたのだろうか。
ケイがようやく理性を取り戻した頃には、顔面をボコボコに殴られ、鼻血を出して気絶する父と、その血で手を汚した己の姿があった。
――その日以来、父は、ケイに干渉をしなくなった。厳しい教育もない代わりに、怯えたように、ケイに近寄ろうともしない。あの日の彼の荒れ狂いぶりを見た家政婦たちも、どこか腫れ物に触れるように扱った。
そうして、家の中でさえ孤独を深めていった彼は、よりいっそうコウヤの存在にのめり込んだ。コウヤの優しい歌声が、妖艶で華麗なダンスが、軽妙なトークが、時折見せる抜群の演技力が、華やかな笑顔が、その存在そのものが。ケイに生きる希望を与えてくれた。
知れば知るほどに思いは深くなり、けれど、真っ当に愛されずに育ったケイにはその感情の行き場がわからなくて。テレビドラマで『ストーカー』の存在を知ったときに――これだ、と、思ったのだ。
それは、無意識のうちに誰かから愛されることを期待しなくなったせいなのかもしれない。寂しさを埋めるように、コウヤの存在を追い求めることにのめり込んでしまったせいかもしれない。はたまた――何もなくとも開花していた、ケイ自身の性質の問題、かもしれない。
ともかく彼は、ストーカー行為に手を染めはじめた。ファンレターやプレゼントに盗聴器を仕込んだり、自宅の場所を特定したり。
ときには自分がまだ子供であるということや、ケイの豹変を詳しく知らない祖父さえも利用して、できる限りの手段を尽くしてコウヤのことを調べ尽くした。
投資などで、働かずとも稼ぐ手段を身に着けたのもこの頃だ。ファン活動をするにも、ストーカー行為をするにも、子供の小遣い程度では資金が底を尽きるのは明白だったから。
全寮制の高校に進学したのは、あの居心地の悪い実家を出るためだった。集めに集めたコウヤのCDやポスターなどのコレクションは、さすがに寮に持ち込むわけにもいかず、貸倉庫にまとめて預けている。
コウヤのことを、恋愛的な意味で好きだと気づいたのはいつだったろうか。少なくともストーキングを始めた頃にはぼんやりと自覚していたはずだし、あとから思い返せば、彼を知ったその瞬間に一目惚れをしていたことは間違いない。
これほど狂気的な愛に身を焦がしながらも、ケイは、この愛情に見返りを求めない。神を信じる経験な教徒のように、ただ崇拝し、一方的にその存在を知り、崇めていられればそれで幸福なのだ。
それは、ひょんなことからコウヤと直接接点を持ち、体を交えてしまった今でも変わらない。
だから彼は――いつでもコウヤの呼び出しに応じる。自分がどんなに追い詰められていようとも、そんな些事で、コウヤを煩わしたくはないと思うからだ。
阿神ケイは、焼け落ちた校舎を眺めて呆然とする。昼休み、原因不明のボヤ騒ぎがあったのだ。幸いなことに炎はすぐに鎮火され、大事には至らなかったようだが、魔法使いとなった彼はこの出火の異様さを感じ取っていた。
(焼け跡からほんのりだけど、八雲のケハイ? 魔法の残り香? みたいなのが感じられる……。アイツ、たしか最初に暴走したときも炎の魔法使ってなかったか? 火事を見つけたのは晶水センパイらしいし……八雲に連絡してんのに既読つかねーし。ひょっとして、センパイとの間でなにか……?)
今は放課後。午後の授業にチアキの姿は無く、しかも、教師やクラスメイトはそのことに一切気づいていなかった。まるで最初から彼が存在していなかったかのように。
寮の自室にもチアキの姿はなく、それどころか、彼の部屋はがらんどうになっていた。
(失踪した人間の記憶が消されてる……ってのは、こないだ八雲から聞いた、先生の彼氏サンの失踪事件と同じ。まさか、八雲がいなくなったのには、ボスや先生も関係してんのか? 失踪の理由は多分、あの火事の原因になった魔法の暴走だ。噂じゃセンパイも火事に巻き込まれてたらしい。あいつが危険な目にあった晶水センパイをほっぽってるとかぜってーおかしいし……いったい、二人の間に何が……?)
なにか、自分では太刀打ちできないほどの陰謀が動いているのではないか。あの鈍感でヘタレな友人が、きな臭いことに巻き込まれているのではないか。そんな不安が頭をよぎる。
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あのときケイがやらなければ、ボス自身なりタイチなりが動いただけなのはわかっている。それでも、彼をこちら側に引き込んだ者の一人として、どうしようもない罪悪感と責任を感じていた。
(アイツは……八雲は、オレの恋心を知っても嘲笑ったりしなかった、はじめてのダチだ。なんかヤベーことになってんのに、放っとくわけにはいかねえだろ……)
何をするにも情報が少なすぎた。そもそもチアキが今どこで何をしているのかさえわからないのだ。
先日の、チアキとの通話で気付いた可能性――ボスが洗脳の魔法を使っていたかもしれない、ということを考えると、あまり大っぴらな情報収集は得策ではないように思われた。
(クソッ……そもそも八雲は無事なのか? オレに何ができるんだ? 闇の魔法がなんなのかもわからず、ただボスの言いなりになって力を使ってたようなオレに……何ができる? 下手したらオレも暴走させられて、最悪、コウヤ様を傷付けることだってありえるのに……?)
ふと頭に浮かんだ恐ろしい想像――魔法を暴走させた自分が、神のように慕う最愛の人を傷付ける可能性に思い至り、ケイは、震える拳を握りしめる。
「っ……、いや、ビビってる場合じゃねえ、よな。コウヤ様……、オレに勇気をください……」
恐怖に呑み込まれてしまいそうな心を奮い立たせるのは、いつだって、想い人の存在だ。コウヤと直接関わり合いになるずっと以前――彼を初めて知った瞬間から、その歌声は、ケイの心の奥底を揺さぶり勇気を与えてくれるのだ。
いつも、不安なときはそうしているように、イヤホンをつけて大音量でコウヤの曲を聞こうとした――瞬間。
こんな状況でも頭の片隅で発動していた盗聴魔法が、こちらに呼びかけるコウヤの声を拾った。
『もしも~し。ケイちゃん、聞こえてる? たしかこの時間って仕事休みだよね?』
「ッ……!」
ケイの声を届けることはできない、あくまで一方通行仕様の魔法だが、確実に声を聞いているものとしてコウヤは続ける。
『昨日の今日で悪いんだけどさ、今からウチ来てくれたら嬉しいなあ♡ オジサンのお願い……聞いてくれるかい?』
今はそれどころではないとわかっていた。けれど、この世の何よりもコウヤを優先しているケイが、その誘いを断ることなんてできなかった。
今の精神状態で、コウヤが望むような行為ができるかどうかは自信がないが――できないにしても、彼本人に直接断りを入れねば気が済まない。
人気のない場所に移動し、自分以外の魔法使いに監視されている気配がないことを念入りに確認してから、ケイは変身し転移魔法を唱えた――。
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阿神ケイが初めて歌風コウヤを知ったのは、今から10年前――彼が小学一年生の時だった。
彼の家はかなりの大金持ちで、祖父はとある大企業の創業者、父もその跡を継ぎ社長をしている。母は早くに亡くなっており、仕事で忙しい父の代わりに、家庭教師や家政婦たちに育てられたようなものだった。
ケイ自身も後継者として厳しい教育を受けていたが、仕事ばかりでろくに家族としての情を見せないくせに、「我が家の後継者として恥じない男になれ」と生活態度や趣味嗜好さえ厳しく管理しようとする父や祖父には、幼いうちから不満や寂しさを感じていた。
まだ小学校に上がったばかりだというのに塾に通わされ、やりたくもない習い事を掛け持ちさせられていた彼は、孤独だった。見識を深めるために、と公立校に通わされていたせいで、周囲の子供たちとの価値観の溝は深まるばかり。なにせ、同年代の子供が好むようなゲームやマンガは『阿神の後継者には相応しくない』と取り上げられていた。
家政婦や家庭教師の中には、ケイの境遇を憐れみ、親切にしてくれる人もいたが、彼らも雇い主であるケイの父には逆らえない。
父の目の届かないところでこっそりと、見ては駄目だと言われているマンガを貸してくれるような人もいたのだが、父にバレたその人が解雇されたと知ってからは、そういった年相応の娯楽に興味を持つことすら諦めていた。
そんなケイはある日――偶然、小学校からの帰り道で。通り道にある家電量販店の、店頭モニターの、たまたま流れていた音楽番組で。この世の者とは思えないほどに美しいひとを、孤独な心に寄り添う優しい歌声のひとを、彼が生涯神のように崇めることになるひとを――歌風コウヤを、知った。
(――すごい、すごいすごいすごい!! このひと、アイドルなんだ! こんなにカッコよくて、キラキラで、それに……このお歌を聞いてたら、パパやおじいちゃんの怖い顔も、学校の皆に仲間はずれにされちゃってイヤだった気持ちも、ぜーんぶどっかにいっちゃうみたいだ……!!)
当時のコウヤは、まだ大手アイドル事務所に所属していた。ケイが初めて聞いたその曲は、彼が初めて自分で作詞作曲したという曲だ。一人ぼっちで思い悩む若者を、甘く優しく口説きながらも励ます……といったテーマの楽曲で、中華風の衣装でのダンスパフォーマンスも華麗だった。
思わず足を止め、テレビ画面に見入ってしまったケイ。画面の中では、曲の披露を終えたコウヤに、番組の司会者が軽く質問している。
『いやぁ、さすがはコウヤ様! 圧巻のパフォーマンスでしたね~! この曲はなんでも、ご自身が作詞作曲をなさったとか?』
『はい、おれも十代からずっとアイドルをやってきて……そろそろ新しいことに挑戦してみよう、と思って。ずっとおれのことを応援してくれてる子猫ちゃんたちに、おれ自身の言葉と音楽で、大好きだよ、一人じゃないよ、ってエールを伝えたかったんだよね。……って、ちょっと真面目すぎちゃったかな?』
へらりと笑う顔は、歌っていたときの妖艶さとは打って変わり、人懐っこく愛嬌を感じさせる。ケイは、その一挙手一投足に釘付けになっていた。
(あのひと、コウヤ様……歌風コウヤ、って言うんだ。かっこよくて、キレイで、キラキラしてて……もっとあのひとのこと、知りたい! コウヤ様のお歌があれば、ボク……つまんないお勉強も、習い事も、きっと頑張れる……!)
転がり落ちるようにコウヤのファンとなった彼は、今まで貯めていたお年玉貯金やお小遣いで、コウヤのCDを買い集めた。幸いなことにCDプレーヤーは持っていた。富豪の息子とはいえ、小学生にはなかなか痛い出費だが、元々使う宛もなかったのだから不便はない。
もちろん、テレビ番組の出演予定がないかもくまなくチェックし録画した。アニメやマンガのときのように禁止されないよう、ファンになったことを父に悟られないよう細心の注意を払い行動していた。
コウヤの経歴、今までの楽曲、アイドルとしての活動、思いつく限りの情報を、使い方を覚えたばかりのパソコンを使い収集した。知れば知るほどに彼を好きになっていった。ファンレターという文化を知り、子供の文字でも読めるだろうかと不安になりながらも、丁寧に丁寧に思いの丈を綴った手紙を事務所に送った。
親しくなった家政婦や家庭教師の中に、コウヤの所属するアイドル事務所を箱推ししている人がいたおかげもあり、しばらくは、父に隠れてのファン活動は上手くいっていた――が。所詮は子供のやることで、誤魔化しきるにも限度があった。
ある日、彼の部屋に隠していた、コウヤのCDやライブDVD、それに雑誌の切り抜きたちを見つけた父は、烈火の如く怒り狂った。
『こんな軟弱なものをどこで覚えた!? 男のくせにアイドルなどと、チャラチャラと女に媚びてみっともない!! おまえもおまえだ、ケイ。こんな男の追っかけなど、女のような真似をするなど……!!』
『ッ――!?』
孤独を埋めてくれた大切な存在を、幼いケイの日々の希望だった存在を否定され、彼はブチギレた。父に従順な『良い子』だったはずの彼は、コウヤのことを馬鹿にされ、完全に理性を失った。
(いくらパパでも……コウヤさまを馬鹿にするのは許さないっ!! コウヤさまのお歌は、ダンスは、ボクにいっぱい元気をくれる……。うるさいだけでなんにもしてくれないパパなんかが、コウヤさまを悪く言うなんて……絶対、絶対絶対絶対、許せない……ッ!!)
怒りで頭が真っ白になり――気づいたときには、父に殴りかかっていた。不意打ちだったからなのか、それとも、怒りのあまり子供とは思えない怪力を発揮していたのだろうか。
ケイがようやく理性を取り戻した頃には、顔面をボコボコに殴られ、鼻血を出して気絶する父と、その血で手を汚した己の姿があった。
――その日以来、父は、ケイに干渉をしなくなった。厳しい教育もない代わりに、怯えたように、ケイに近寄ろうともしない。あの日の彼の荒れ狂いぶりを見た家政婦たちも、どこか腫れ物に触れるように扱った。
そうして、家の中でさえ孤独を深めていった彼は、よりいっそうコウヤの存在にのめり込んだ。コウヤの優しい歌声が、妖艶で華麗なダンスが、軽妙なトークが、時折見せる抜群の演技力が、華やかな笑顔が、その存在そのものが。ケイに生きる希望を与えてくれた。
知れば知るほどに思いは深くなり、けれど、真っ当に愛されずに育ったケイにはその感情の行き場がわからなくて。テレビドラマで『ストーカー』の存在を知ったときに――これだ、と、思ったのだ。
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ともかく彼は、ストーカー行為に手を染めはじめた。ファンレターやプレゼントに盗聴器を仕込んだり、自宅の場所を特定したり。
ときには自分がまだ子供であるということや、ケイの豹変を詳しく知らない祖父さえも利用して、できる限りの手段を尽くしてコウヤのことを調べ尽くした。
投資などで、働かずとも稼ぐ手段を身に着けたのもこの頃だ。ファン活動をするにも、ストーカー行為をするにも、子供の小遣い程度では資金が底を尽きるのは明白だったから。
全寮制の高校に進学したのは、あの居心地の悪い実家を出るためだった。集めに集めたコウヤのCDやポスターなどのコレクションは、さすがに寮に持ち込むわけにもいかず、貸倉庫にまとめて預けている。
コウヤのことを、恋愛的な意味で好きだと気づいたのはいつだったろうか。少なくともストーキングを始めた頃にはぼんやりと自覚していたはずだし、あとから思い返せば、彼を知ったその瞬間に一目惚れをしていたことは間違いない。
これほど狂気的な愛に身を焦がしながらも、ケイは、この愛情に見返りを求めない。神を信じる経験な教徒のように、ただ崇拝し、一方的にその存在を知り、崇めていられればそれで幸福なのだ。
それは、ひょんなことからコウヤと直接接点を持ち、体を交えてしまった今でも変わらない。
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