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第三章 | 酒問屋の看板娘、異端児になる

酒問屋の看板娘、異端児になる 其ノ什

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喜兵寿の言葉に、つるはさらにずるずると鼻水をすする。

そんな皆の姿を見て、なおはそりゃあ大変だ、と頷いていたが、ふと思ったことが口をついて出た。

「あのさ、よくわかんないんだけど、なんで女は酒造りをしちゃいけないわけ?
別に造りたかったら造ればいいのに」

ひゅっとその場が凍り付くのがわかる。

その瞬間、なおは「しまった」と思ったが、言ってしまったものは仕方がない。
空気が読めない、と言われるのは昔からのことだ。

「禁止されてる理由とか、俺バカだからわからないけどさ。
うちのブルワリーにも女はいるし、他にもビールを造っている女はたくさんいるぜ?
好きなことやるのに、性別なんて関係ないだろ」

なおの言葉に3人は驚いたように目を見開いていたが、しばらくするとつるがくすくすと笑いだした。

「……たしかになんで女だからって酒造りができないんだろうね。
ダメなことが当たり前すぎて、近づくことすらしちゃいけなくて、だからダメな理由なんてちゃんと考えたことなかった。

やりたかったのに、ずっとやりたかったことのはずなのに。

『それが決まりだから』とか『蔵の神様が怒るから』とかそんな理由で当たり前のように諦めてた」

そういって笑いながら涙をこぼす。

「女が酒造りできる国なんてあるんだ。
いいなあ、なおの国に行ってみたいな……」

もちろん「行こうぜ」なんて気軽に言えるはずもなく、なおはグッと言葉を飲み込んだ。

どうやってタイムスリップしてきたのかわからない以上、自分でさえも元の時代に帰れるかわからないのだ。

それでも、「やりたい」という大きな気持ちを腹に抱えたつるに、なおは何かをしたかった。

酒を愛し、酒を醸す。

酒を造りたいという想いがある以上、つるとなおは同士だ。

「そうだ!つるも一緒にビールを造ろうぜ!
日本酒ではないけどさ、下の町一、いやこの世界一のビールを造って、ビール職人になったらいいじゃんか。

ビールの歴史はここからはじまるんだ、男だろと女だろうと関係ない酒造りの世界をつるが作ったらいい」

なおの言葉に、つるは「でも……」と言いかけ、ぐっと言葉を飲む。

「……そんなこと、できるのかな?源兄ちゃんとの約束の日まであと3か月しかないのに」

躊躇する様子のつるに、なおはぐいっと手を差し出した。

「3か月あれば十分うまいビールが出来るはずだ。
やろうぜ!ま、そもそも3か月以内にビール造れなきゃ喜兵寿とおれは殺されるわけだからさ。

どうにかして造るっきゃないだろ~」

「たしかにそうだな」

喜兵寿が煙管をくゆらせながら言う。

「俺となおはどうしたってびいるを造らなきゃならない。
そこにつるが手を貸してくれるというのならば、これ程心強いことはないよ。

俺も頭が固いな、びいるも女人禁制だと思い込んでいた。
なあつる、一緒にびいる造りを手伝ってもらえないか?」

「つるちゃん、良かったね!わたしもつるちゃんが造ったびいる、飲みたい!」

皆の声を俯きながら聞きつつ、つるは静かに息を吐いた。

そして大きく頷くと、ゆっくりとなおの手をとる。

「よろしくお願いします。びいるを造らせてください」

芯の通った、強い声だった。

「よっしゃ!」

なおはそんなつるの手を強く握り返すと叫んだ。

「皆で最高のビール造ろうぜ!」
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