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第六章 | クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花
クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花 其ノ漆
しおりを挟む「にっしー、あれで喜んでるのか。まじ表情に出ないのな!」
直がけらけらと笑っていると、「何を笑っておる」と険しい顔をした小西が厠から戻ってきた。
「おお怖や怖や。余分なことは何も言うてませんよ」
そういって厨房へと戻ろうとする店主に、小西は声をかけた。
「おい、鰻があっただろう?あれを何かつまみにして食わせてやってくれ」
「鰻?!」
喜兵寿がその言葉に思わず立ち上がる。
「鰻って……あの鰻か?!」
「鰻は鰻だ。ほかに何があるというんだ」
小西はぶすっとした表情のまま答える。
「この酒には鰻もあう。ただそれだけだ」
それだけ言うと、また小西は黙々と酒を飲み始める。鋭い眼光に、しっかりとした鷲鼻。そして全身からびりびりと放たれている威圧感。なるほどこれが道修町薬種屋仲間の頭か、と喜兵寿は小西の様子を横目で観察した。
鰻と聞いて咄嗟に浮かれてしまったが、決して気軽に接していい人物ではない。
何者かがわかった今、先ほどのように話せるとは到底思えなかった。びいるに必要なほっぷを入手するには、どうしたってこの人物が要になる。
(先ほどは「持っていけばいい」と言ってはいたものの、今はまた能面のような顔に戻っている。確実に手に入れるためには、ここからどのように持ち掛ければいいか……)
喜兵寿が逡巡している横で、直は小西の肩をガシリと組んだ。
「なんだよ、にっしー!実はすごいやつなんじゃん!」
(おいいいいいいいいい!!!)
心の中で叫ぶ喜兵寿をよそに、直は頬ずりしそうな勢いで小西に話しかける。
「さっきのホップくれるって話、よろしく頼むな!明日取りに行ってもいい?」
(おいいいいいいいいい!!!)
喜兵寿は再び心の中で叫ぶ。これだから酔っぱらいは!いやこいつはそもそもこういうやつか。先ほどは「知らなかった」で許されたかもしれないが、身分の違いを分かった上でこんな対応は、首を切られたっておかしくはない。
(ここで相手の気分を損ねたらどうするんだ!!!)
しかし小西は気にした様子もなく、「かまわん」と答えた。
(おいいいいいいい!!!いいのか!)
盛大に心の中で突っ込みをする喜兵寿。そしてその横で直は小躍りをし始めた。
「にっしーありがとう!やったぜーーーーついに念願のホップゲット!さすがにっしー!よっ男前!」
喜兵寿は気を取り直し、小西に聞いた。
「しかしほっぷは唐物で高価な品。価格はいかほどになるのでしょうか……まずはわたしたちに買えるものかどうかお伺いさせていただければと……」
「だから好きなだけ持っていけ、といっただろう」
小西は喜兵寿の言葉を遮るように、スパンと言いのけた。
「えっと……それはつまり……」
「だから金などいらん、といっておる。ほっぷが必要なのだろう?ほっぷは薬草だ。本来薬とは必要な人のもとにいくべき代物。必要な分だけ持っていくがいい」
小西はまっすぐに喜兵寿を、そして直を見た。
「お前たちはワシの造った酒をうまいと言ってくれた。それだけで十分だ」
そう言ってにっこりとほほ笑む。
「それにワシは人を見る目だけには自信があるつもりだ。酒を愛するお前たちの旅に一枚噛んでみたくなってな。そのびいるとやらをぜひ飲ませてくれ」
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