72 / 130
第六章 エルメス奴隷商会と獣人奴隷
第72話 子の刻の話し合い
しおりを挟む
夜の12時少し前、静寂が商店街を包み込む。ユリーとの待ち合わせ場所は、古びた暖簾が目印の”タコマンボウ”。
昼間の賑わいが嘘のように、夜の商店街はひっそりと静まり返っている。風俗関連の店が無いためか、午前0時に差し掛かろうとする商店街は人影もまばら。街灯の淡い光が路面のアスファルトを照らし、遠くから聞こえる猫の鳴き声が静寂を一層際立たせる。
ユリーとの待ち合わせ場所である”タコマンボウ”は、そんな商店街の一角にひっそりと佇んでいる。店内から漏れる暖かな光が、夜の冷たい空気を和らげているようだ。
ガラガラガラ~
”閉店”と書かれた下げ札がぶら下がっている扉を気にせず、「岩ちゃん、こんばんわ~」と言いながら扉を開け、暖簾をくぐって中に入る。扉の軋む音が静かな夜の空気に溶け込んでいく。
この扉は友三爺さんが通い詰めた頃から変わらない。木目が擦り切れており、古びた取っ手が手に馴染む。
友三爺さんが”タコマンボウ”に来た時も、こんな風に入って来たのかな...。
この店には、友三さんが足しげく通っていた時代から変わらないものがたくさんある。友三さんとの思い出が詰まった場所だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
天空と大五郎は、お袋が床に就いたのを確認してから、そっと俺の部屋に引き入れた。一人と一匹は、まるで長い旅路の果てにたどり着いた安住の地で身体を休めるかのように、ぐっすりと眠りについた。
人間の身体になって初めて感じる”眠い”という感覚に、天空は心から喜んだ。そして、俺の部屋に着くなり、まるで重い荷物を下ろしたかのように、そっと瞼を閉じた。
天空は、満面の笑顔を浮かべながら寝ている。その表情は、見ているこちらまで幸せな気持ちになる。大五郎も、まるで”だれパンダ”のように、無防備なうつ伏せで短い手足を伸ばして気持ちよさそうに寝息を立てている。
たぶん...朝方前には帰って来れるとは思うが、何かあったら俺に念話で伝えてねと源さんに頼んで、タコマンボウに向かう。源さんは眠そうな目をこすりながらも、「あいだわん!」と元気よく返事をしてくれた。
本当に頼りになる黒豆しばだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺が”暖簾をくぐって”タコマンボウ”の店内に入ると、ユリーはすでにカウンター席でワインを楽しんでいた。
ユリーは暖かそうなウールのクリームホワイトのタートルネックセーターを身にまとい、その上にキャメル色のロングコートを優雅に羽織っていた。
そして、ダークグレーのスリムフィットパンツが彼女の引き締まったスタイルを一層際立たせ、足元にはブラックのレザーアンクルブーツがアクセントを加えていた。
彼女のシックな装いは、美しい美貌をさらに引き立て、まるで一枚の高級な絵画のようだ。
美人て奴は...何を着ても絵になるものだ。
ユリーに見とれていると、「三代目、座って下さい」と、彼女が自分の横のカウンターチェアーを後ろに引いた。
「太郎、なんか食べるか?」と、”タコマンボウ”の店長である岩ちゃんが気さくに話しかけてきた。岩ちゃんの声は温かく、まるで長年の友人のような親しみを感じさせる。こんな夜中に店を開けてくれていることなど、まったく気に留めていないようだ。
「なんか余っていれば欲しいけど、わざわざ作るならいらないよ」と岩ちゃんに伝えた。
店を空けてくれているだけでもありがたいことなのに、今から何か作ってもらうのは気が引ける。
しかし、岩ちゃんは「余っている鮭とご飯でチャーハンなら作ってやるよ」と言ってくれた。そして、にっこりと笑いながら「俺も食いたいからな!」と付け加えた。
「じゃあ、鮭チャーハンとビールを頼むよ」と伝えると、岩ちゃんは「あいよ!」と威勢よく応え、その声が店内に響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな俺と岩ちゃんのやり取りを、チーズとハムをつまみにワインを飲みながら微笑んで見つめるユリー。
少し傷んだテーブルと椅子、年季の入った店内。どことなくくすんだ雰囲気が漂う空間でも、ユリーの輝きは色あせない。本当に何度も言うけど、絵になるよな...。
ユリーをまたまたぼーっと見つめていると、彼女がふと「さて、三代目...」と話しかけてきた。そうだった、ユリーに話があると呼ばれて、俺は“タコマンボウ”に来たんだ...。
どんな話だ⁉怒られる内容でなければいいのだが...。心配が募るが、ユリーの柔らかな微笑みが俺の不安を少し和らげてくれた。
しばらくしてから、ユリーは...。
「三代目、この前のイベントお疲れさまでした。大盛況に終わりましたね。お見事でした」と優しく微笑みながら俺に伝えてきた。その声には、心からの称賛と尊敬が込められていた。
「あ、あれはユリーや柴さん、それにみんなの協力があったからこそだよ...」
まさか褒められると思っていなかったので、顔が赤くなり、余計に照れくさくなってしまう。
「いえ、そんなことはございません。みんなさんの気持ちを一つにまとめたのは三代目の力があったからこそです。その証拠に、商店街の皆さんだけでなく、リンカさんや優ちゃん、ジョイフルの皆さんも、イベントが終わった今も変わらず商店街の力になって下さっています」
ユリーは少し間を置いて、長い脚をゆっくりと組み直した。その仕草は優雅で、美しい舞を見ているかのようだった。
ジョイフルは商店街から少し離れた場所にあるが、営業が終わった明け方には商店街の清掃を手伝ってくれる。以前は敬遠されがちだった古参のメンバーたちとも仲良くなり、えいさんや寅さんも、「初めておかまクラブってもんを体験したが、もっと若いうちから行っておけばよかった」と笑っていた。
えいさんやマリーママの顔が頭に浮かぶ中、「はいよ、ビールだ!」と岩ちゃんがビールと枝豆を持ってきてくれた。その元気なかけ声に、現実世界へと引き戻された気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ぼーとしていたのをごまかすために、ビールを一口飲んだ後、枝豆をつまんでいると、ユリーが話を再開させた。
「さらに、山岩高度医療センターからは、"どすこい弁当"と"貴婦人弁当"の発注が毎日50食ずつあります。しかも向こうがわざわざお弁当を取りに来てくれるので、とても助かります」と言った。
そう、優ちゃんがうちで働いている云々を抜きに、”どすこい弁当”を食べた山岩理事長が「大変美味しかった」と言って決まったらしい。何でも、職員の福利厚生の一環として半額補助を付けて販売しているらしく、飛ぶように売れているという。
まあ、”どすこい弁当”を患者さんに販売したら、カロリーオーバーになるから絶対無理だろうな。
ユリーの言葉を聞きながら、ビールの冷たさと枝豆のほのかな塩気を感じつつ、優ちゃんがパパとママにお弁当を勧めてくれたことに感謝した。
本当にありがたい話で、毎日10時半になると根津精肉店前に配送車がやってくる。うちの商品以だけではなく、田中寿司のちらし弁当やベーカリーミンミンのパンも売店に並べてくれる。
どれも好評らしい。
リンカは自身のラジオ番組”Wonderful Day”の中で、”リンカの突撃、風雅商店街”というコーナーを立ち上げ、風雅商店街の魅力を紹介している。
まあ、いわゆる街ロケだ。
リンカは「風雅商店街、全部の店を制覇するんだ!」と意気込んで、放送ごとに1店舗ずつ詳しく紹介している。前回の放送では、寅さんのお店、”フルーツパーラー海老蔵”で楽しそうに果物の紹介をしていた。
寅さんはリンカにデレデレとなり、店の高級な果物をお土産に持たせようとしたが、その様子を見ていた奥さんの”きりさん”と放送中にもかかわらず言い争いになっていた...。
あの後、大丈夫だったのだろうか...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
確かに、リンカや山ちゃん、それに優ちゃんのパパやママ、さらにジョイフルの面々との絆がイベントを通して深まった。いや、もしかすると、自分が気づいていないだけで、もっと多くの人々との絆が増しているのかもしれない。
様々な要素が重なり合って、商店街はこれまでに感じたことのない活気で満ち溢れている。
瀬風雅商店街では、SMRから卸された新鮮で美味しい肉や魚を求める人々が増えており、その食材を使ったオリジナル料理を提供する店で楽しむお客様も増えている。
また、”鍛冶職人、抜刀少女AYANO”のテナントショップも好評で、他県からも多くのファンが訪れる。
これで廃ビルの跡地に複合型アミューズメントパークが建てば、一気に“柳ケ瀬風雅商店街”の復活に近づくだろう。
だが...。
確かに、商店街に活気が戻り、多くのお客が訪れるようになったのは嬉しいことだ。しかし、それに伴い大きな懸念材料が生じている。
それは...深刻な働き手の不足だ。
そんな俺の気持ちを見透かすように、ユリーは俺の目を見つめながら「商店街全体で働き手が足りていませんよね」と断言した。
以前にもましてお客様が大勢訪れるようになり、対応する商店街全体の従業員が圧倒的に不足している。うちの店でも配達要員をもう一人雇いたいぐらいだ。
寅さんのフルーツパーラーや喫茶まちなか、ベーカリーミンミン、それに田中寿司も従業員の補充を検討しているようだ。
ただ、今は働き手を確保するのが非常に難しい時代。人材を集めるのは容易ではなく、切実な問題となっている。
現状、商店街で働く人手が足りていない。今後、SMRが手掛けるアミューズメント施設が建設される予定だが、このままではもっと人手が足りなくなるだろう。
だけどな...。
俺たち...特にSMRや根津精肉店には秘密が多い。このため、お金を積んで解決する問題でも無いし、限度がある。
信用できる、口の堅い人材をできるだけ多く集める必要がある。
となると...どこから人材を集めてくるかが問題となってくる。
お金を積んで、口止めをしても、情報が漏れるのは一瞬だしな。
うーん...。
当初の予定通り、商店街に来るお客さんの数は増えた。しかし、今度はそれを迎え入れる側の人手が足りなくなってしまった。皮肉なことに、商店街に活気が戻ったことで新たな問題が生まれてしまった。
今まで軽快に食べていた枝豆を口に運ぶ手が、いつの間にか止まっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな俺の様子を見て、ユリーが「SMRから人材を派遣する案も考えましたが、それよりももっと良い方法が見つかりました。三代目だからこそ可能な案です」と言ってきた。
まるで、この展開を予測していたかのように話しかけてくる。
ユリーの表情にはどこか余裕がある。岩ちゃんも同様だ。
2人は今日、俺にこれから話す内容を提案するためにこの場を作ったのだろう。
しかし、”俺だから可能な方法”とは何なのだろうか?
だが、秘密を共有できる者たちを雇えば、もっと大胆な展開が可能となるはず...。
それにしてもこの枝豆、本当に美味しいな...。これもサーマレント産なのかな?
俺が枝豆に夢中になっていると、「お話は少し変わりますが、三代目は魚や豚や牛を生きたままアイテムボックスに入れて異世界から運んできますよね?」とユリーが確認するかのように尋ねてきた。
「そうだよ。ユリー―や岩ちゃんだから言うけど、魔法で願えば大体のことはできるよ。壊れたモノの修復も可能だし」
そう言ってビールを一口飲むと、岩ちゃんが「はいよ、鮭チャーハンお待ち!」とチャーハンを持ってきた。そしてテーブルに置くと同時に、「そうそう、この前太郎に壊れた椅子や皿、友三様が愛用していたひび割れたグラスまで直してもらって...。本当に嬉しかったよ」と満足そうに言った。
岩ちゃんの言葉を聞いたユリーは、嬉しそうな表情を浮かべて「三代目、でしたら...回復魔法なども得意ですか?」と尋ねてきた。
どこか体調のすぐれないところでもあるのかと思い、「どこか悪いところでもあるなら治そうか?」と尋ねた。するとユリーは「ありがとうございます、三代目。私は元気ですよ」とにこやかに微笑んで返してきた。その流れから、バロンの足を回復した時の話をした。
俺がバロンの傷を治した話を聞いたユリーは、「それならぜひ、お話したいことがあります」と言ってきた。
「三代目、人材確保において一ついい妙案がございます。この案が実現すれば、柳ヶ瀬風が商店街の人材確保の問題だけでなく、雇われる側の者たちにも希望や未来を与えることができます。ですから三代目、奴隷、犯罪奴隷をサーマレントで買いましょう!」
はぁ...⁉ゲホ、ゲホゲホゲホ!
驚きすぎて食べていた鮭チャーハンが気道に入ったのか、むせてしまった。
しまった!むせた拍子に咳込んで、ユリーの近くに米粒を飛ばしてしまった...。
し、しかし突然ユリーは...何てことを言い出すんだ...?
なんか...とんでもない話になった。奴隷を買う...?しかも犯罪奴隷を...。
犯罪奴隷って、罪人...だよな?
そんな奴隷を雇って大丈夫なのか?商店街の商品を根こそぎ持ってかれてしまわないか?
いやいやその前に、突然襲い掛かってきそうだが...?
子の刻の話し合いは...まだまだ続くようだ。
昼間の賑わいが嘘のように、夜の商店街はひっそりと静まり返っている。風俗関連の店が無いためか、午前0時に差し掛かろうとする商店街は人影もまばら。街灯の淡い光が路面のアスファルトを照らし、遠くから聞こえる猫の鳴き声が静寂を一層際立たせる。
ユリーとの待ち合わせ場所である”タコマンボウ”は、そんな商店街の一角にひっそりと佇んでいる。店内から漏れる暖かな光が、夜の冷たい空気を和らげているようだ。
ガラガラガラ~
”閉店”と書かれた下げ札がぶら下がっている扉を気にせず、「岩ちゃん、こんばんわ~」と言いながら扉を開け、暖簾をくぐって中に入る。扉の軋む音が静かな夜の空気に溶け込んでいく。
この扉は友三爺さんが通い詰めた頃から変わらない。木目が擦り切れており、古びた取っ手が手に馴染む。
友三爺さんが”タコマンボウ”に来た時も、こんな風に入って来たのかな...。
この店には、友三さんが足しげく通っていた時代から変わらないものがたくさんある。友三さんとの思い出が詰まった場所だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
天空と大五郎は、お袋が床に就いたのを確認してから、そっと俺の部屋に引き入れた。一人と一匹は、まるで長い旅路の果てにたどり着いた安住の地で身体を休めるかのように、ぐっすりと眠りについた。
人間の身体になって初めて感じる”眠い”という感覚に、天空は心から喜んだ。そして、俺の部屋に着くなり、まるで重い荷物を下ろしたかのように、そっと瞼を閉じた。
天空は、満面の笑顔を浮かべながら寝ている。その表情は、見ているこちらまで幸せな気持ちになる。大五郎も、まるで”だれパンダ”のように、無防備なうつ伏せで短い手足を伸ばして気持ちよさそうに寝息を立てている。
たぶん...朝方前には帰って来れるとは思うが、何かあったら俺に念話で伝えてねと源さんに頼んで、タコマンボウに向かう。源さんは眠そうな目をこすりながらも、「あいだわん!」と元気よく返事をしてくれた。
本当に頼りになる黒豆しばだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺が”暖簾をくぐって”タコマンボウ”の店内に入ると、ユリーはすでにカウンター席でワインを楽しんでいた。
ユリーは暖かそうなウールのクリームホワイトのタートルネックセーターを身にまとい、その上にキャメル色のロングコートを優雅に羽織っていた。
そして、ダークグレーのスリムフィットパンツが彼女の引き締まったスタイルを一層際立たせ、足元にはブラックのレザーアンクルブーツがアクセントを加えていた。
彼女のシックな装いは、美しい美貌をさらに引き立て、まるで一枚の高級な絵画のようだ。
美人て奴は...何を着ても絵になるものだ。
ユリーに見とれていると、「三代目、座って下さい」と、彼女が自分の横のカウンターチェアーを後ろに引いた。
「太郎、なんか食べるか?」と、”タコマンボウ”の店長である岩ちゃんが気さくに話しかけてきた。岩ちゃんの声は温かく、まるで長年の友人のような親しみを感じさせる。こんな夜中に店を開けてくれていることなど、まったく気に留めていないようだ。
「なんか余っていれば欲しいけど、わざわざ作るならいらないよ」と岩ちゃんに伝えた。
店を空けてくれているだけでもありがたいことなのに、今から何か作ってもらうのは気が引ける。
しかし、岩ちゃんは「余っている鮭とご飯でチャーハンなら作ってやるよ」と言ってくれた。そして、にっこりと笑いながら「俺も食いたいからな!」と付け加えた。
「じゃあ、鮭チャーハンとビールを頼むよ」と伝えると、岩ちゃんは「あいよ!」と威勢よく応え、その声が店内に響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな俺と岩ちゃんのやり取りを、チーズとハムをつまみにワインを飲みながら微笑んで見つめるユリー。
少し傷んだテーブルと椅子、年季の入った店内。どことなくくすんだ雰囲気が漂う空間でも、ユリーの輝きは色あせない。本当に何度も言うけど、絵になるよな...。
ユリーをまたまたぼーっと見つめていると、彼女がふと「さて、三代目...」と話しかけてきた。そうだった、ユリーに話があると呼ばれて、俺は“タコマンボウ”に来たんだ...。
どんな話だ⁉怒られる内容でなければいいのだが...。心配が募るが、ユリーの柔らかな微笑みが俺の不安を少し和らげてくれた。
しばらくしてから、ユリーは...。
「三代目、この前のイベントお疲れさまでした。大盛況に終わりましたね。お見事でした」と優しく微笑みながら俺に伝えてきた。その声には、心からの称賛と尊敬が込められていた。
「あ、あれはユリーや柴さん、それにみんなの協力があったからこそだよ...」
まさか褒められると思っていなかったので、顔が赤くなり、余計に照れくさくなってしまう。
「いえ、そんなことはございません。みんなさんの気持ちを一つにまとめたのは三代目の力があったからこそです。その証拠に、商店街の皆さんだけでなく、リンカさんや優ちゃん、ジョイフルの皆さんも、イベントが終わった今も変わらず商店街の力になって下さっています」
ユリーは少し間を置いて、長い脚をゆっくりと組み直した。その仕草は優雅で、美しい舞を見ているかのようだった。
ジョイフルは商店街から少し離れた場所にあるが、営業が終わった明け方には商店街の清掃を手伝ってくれる。以前は敬遠されがちだった古参のメンバーたちとも仲良くなり、えいさんや寅さんも、「初めておかまクラブってもんを体験したが、もっと若いうちから行っておけばよかった」と笑っていた。
えいさんやマリーママの顔が頭に浮かぶ中、「はいよ、ビールだ!」と岩ちゃんがビールと枝豆を持ってきてくれた。その元気なかけ声に、現実世界へと引き戻された気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ぼーとしていたのをごまかすために、ビールを一口飲んだ後、枝豆をつまんでいると、ユリーが話を再開させた。
「さらに、山岩高度医療センターからは、"どすこい弁当"と"貴婦人弁当"の発注が毎日50食ずつあります。しかも向こうがわざわざお弁当を取りに来てくれるので、とても助かります」と言った。
そう、優ちゃんがうちで働いている云々を抜きに、”どすこい弁当”を食べた山岩理事長が「大変美味しかった」と言って決まったらしい。何でも、職員の福利厚生の一環として半額補助を付けて販売しているらしく、飛ぶように売れているという。
まあ、”どすこい弁当”を患者さんに販売したら、カロリーオーバーになるから絶対無理だろうな。
ユリーの言葉を聞きながら、ビールの冷たさと枝豆のほのかな塩気を感じつつ、優ちゃんがパパとママにお弁当を勧めてくれたことに感謝した。
本当にありがたい話で、毎日10時半になると根津精肉店前に配送車がやってくる。うちの商品以だけではなく、田中寿司のちらし弁当やベーカリーミンミンのパンも売店に並べてくれる。
どれも好評らしい。
リンカは自身のラジオ番組”Wonderful Day”の中で、”リンカの突撃、風雅商店街”というコーナーを立ち上げ、風雅商店街の魅力を紹介している。
まあ、いわゆる街ロケだ。
リンカは「風雅商店街、全部の店を制覇するんだ!」と意気込んで、放送ごとに1店舗ずつ詳しく紹介している。前回の放送では、寅さんのお店、”フルーツパーラー海老蔵”で楽しそうに果物の紹介をしていた。
寅さんはリンカにデレデレとなり、店の高級な果物をお土産に持たせようとしたが、その様子を見ていた奥さんの”きりさん”と放送中にもかかわらず言い争いになっていた...。
あの後、大丈夫だったのだろうか...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
確かに、リンカや山ちゃん、それに優ちゃんのパパやママ、さらにジョイフルの面々との絆がイベントを通して深まった。いや、もしかすると、自分が気づいていないだけで、もっと多くの人々との絆が増しているのかもしれない。
様々な要素が重なり合って、商店街はこれまでに感じたことのない活気で満ち溢れている。
瀬風雅商店街では、SMRから卸された新鮮で美味しい肉や魚を求める人々が増えており、その食材を使ったオリジナル料理を提供する店で楽しむお客様も増えている。
また、”鍛冶職人、抜刀少女AYANO”のテナントショップも好評で、他県からも多くのファンが訪れる。
これで廃ビルの跡地に複合型アミューズメントパークが建てば、一気に“柳ケ瀬風雅商店街”の復活に近づくだろう。
だが...。
確かに、商店街に活気が戻り、多くのお客が訪れるようになったのは嬉しいことだ。しかし、それに伴い大きな懸念材料が生じている。
それは...深刻な働き手の不足だ。
そんな俺の気持ちを見透かすように、ユリーは俺の目を見つめながら「商店街全体で働き手が足りていませんよね」と断言した。
以前にもましてお客様が大勢訪れるようになり、対応する商店街全体の従業員が圧倒的に不足している。うちの店でも配達要員をもう一人雇いたいぐらいだ。
寅さんのフルーツパーラーや喫茶まちなか、ベーカリーミンミン、それに田中寿司も従業員の補充を検討しているようだ。
ただ、今は働き手を確保するのが非常に難しい時代。人材を集めるのは容易ではなく、切実な問題となっている。
現状、商店街で働く人手が足りていない。今後、SMRが手掛けるアミューズメント施設が建設される予定だが、このままではもっと人手が足りなくなるだろう。
だけどな...。
俺たち...特にSMRや根津精肉店には秘密が多い。このため、お金を積んで解決する問題でも無いし、限度がある。
信用できる、口の堅い人材をできるだけ多く集める必要がある。
となると...どこから人材を集めてくるかが問題となってくる。
お金を積んで、口止めをしても、情報が漏れるのは一瞬だしな。
うーん...。
当初の予定通り、商店街に来るお客さんの数は増えた。しかし、今度はそれを迎え入れる側の人手が足りなくなってしまった。皮肉なことに、商店街に活気が戻ったことで新たな問題が生まれてしまった。
今まで軽快に食べていた枝豆を口に運ぶ手が、いつの間にか止まっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな俺の様子を見て、ユリーが「SMRから人材を派遣する案も考えましたが、それよりももっと良い方法が見つかりました。三代目だからこそ可能な案です」と言ってきた。
まるで、この展開を予測していたかのように話しかけてくる。
ユリーの表情にはどこか余裕がある。岩ちゃんも同様だ。
2人は今日、俺にこれから話す内容を提案するためにこの場を作ったのだろう。
しかし、”俺だから可能な方法”とは何なのだろうか?
だが、秘密を共有できる者たちを雇えば、もっと大胆な展開が可能となるはず...。
それにしてもこの枝豆、本当に美味しいな...。これもサーマレント産なのかな?
俺が枝豆に夢中になっていると、「お話は少し変わりますが、三代目は魚や豚や牛を生きたままアイテムボックスに入れて異世界から運んできますよね?」とユリーが確認するかのように尋ねてきた。
「そうだよ。ユリー―や岩ちゃんだから言うけど、魔法で願えば大体のことはできるよ。壊れたモノの修復も可能だし」
そう言ってビールを一口飲むと、岩ちゃんが「はいよ、鮭チャーハンお待ち!」とチャーハンを持ってきた。そしてテーブルに置くと同時に、「そうそう、この前太郎に壊れた椅子や皿、友三様が愛用していたひび割れたグラスまで直してもらって...。本当に嬉しかったよ」と満足そうに言った。
岩ちゃんの言葉を聞いたユリーは、嬉しそうな表情を浮かべて「三代目、でしたら...回復魔法なども得意ですか?」と尋ねてきた。
どこか体調のすぐれないところでもあるのかと思い、「どこか悪いところでもあるなら治そうか?」と尋ねた。するとユリーは「ありがとうございます、三代目。私は元気ですよ」とにこやかに微笑んで返してきた。その流れから、バロンの足を回復した時の話をした。
俺がバロンの傷を治した話を聞いたユリーは、「それならぜひ、お話したいことがあります」と言ってきた。
「三代目、人材確保において一ついい妙案がございます。この案が実現すれば、柳ヶ瀬風が商店街の人材確保の問題だけでなく、雇われる側の者たちにも希望や未来を与えることができます。ですから三代目、奴隷、犯罪奴隷をサーマレントで買いましょう!」
はぁ...⁉ゲホ、ゲホゲホゲホ!
驚きすぎて食べていた鮭チャーハンが気道に入ったのか、むせてしまった。
しまった!むせた拍子に咳込んで、ユリーの近くに米粒を飛ばしてしまった...。
し、しかし突然ユリーは...何てことを言い出すんだ...?
なんか...とんでもない話になった。奴隷を買う...?しかも犯罪奴隷を...。
犯罪奴隷って、罪人...だよな?
そんな奴隷を雇って大丈夫なのか?商店街の商品を根こそぎ持ってかれてしまわないか?
いやいやその前に、突然襲い掛かってきそうだが...?
子の刻の話し合いは...まだまだ続くようだ。
95
あなたにおすすめの小説
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
不死王はスローライフを希望します
小狐丸
ファンタジー
気がついたら、暗い森の中に居た男。
深夜会社から家に帰ったところまでは覚えているが、何故か自分の名前などのパーソナルな部分を覚えていない。
そこで俺は気がつく。
「俺って透けてないか?」
そう、男はゴーストになっていた。
最底辺のゴーストから成り上がる男の物語。
その最終目標は、世界征服でも英雄でもなく、ノンビリと畑を耕し自給自足するスローライフだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
暇になったので、駄文ですが勢いで書いてしまいました。
設定等ユルユルでガバガバですが、暇つぶしと割り切って読んで頂ければと思います。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
勇者召喚の余り物ですが、メイド型アンドロイド軍団で冒険者始めます
水江タカシ
ファンタジー
28歳独身、一般事務の会社員である俺は、勇者召喚に巻き込まれて異世界へと転移した。
勇者、聖女、剣聖――
華やかな肩書きを持つ者たちがもてはやされる中、俺に与えられたのは聞いたこともないスキルだった。
【戦術構築サポートAI】
【アンドロイド工廠】
【兵器保管庫】
【兵站生成モジュール】
【拠点構築システム】
【個体強化カスタマイズ】
王は落胆し、貴族は嘲笑い、俺は“役立たず”として王都から追放される。
だが――
この世界には存在しないはずの“機械兵器”を、俺は召喚できた。
最初に召喚したのは、クールな軍人タイプのメイド型戦闘アンドロイド。
識別番号で呼ばれる彼女に、俺は名前を与えた。
「今日からお前はレイナだ」
これは、勇者ではない男が、
メイド型アンドロイド軍団と共に冒険者として成り上がっていく物語。
屋敷を手に入れ、土地を拠点化し、戦力を増強しながら、
趣味全開で異世界を生きていく。
魔王とはいずれ戦うことになるだろう。
だが今は――
まずは冒険者登録からだ。
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
追放料理人とJKの異世界グルメ無双珍道中〜ネットスーパーは最強です〜
音無響一
ファンタジー
わーい、異世界来ちゃった!
スキルスキル〜何かな何かな〜
ネットスーパー……?
これチートでしょ!?
当たりだよね!?
なになに……
注文できるのは、食材と調味料だけ?
完成品は?
カップ麺は?
え、私料理できないんだけど。
──詰みじゃん。
と思ったら、追放された料理人に拾われました。
素材しか買えない転移JK
追放された料理人
完成品ゼロ
便利アイテムなし
あるのは、調味料。
焼くだけなのに泣く。
塩で革命。
ソースで敗北。
そしてなぜかペンギンもいる。
今日も異世界で、
調味料無双しちゃいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる