72 / 115
第八章
71.変わらなきゃいけない関係
しおりを挟む結菜は父兄参観を終えてから寝かしつけの時間までずっとミカの世話をしていた。
日向の家のブラウンのカーテンを開いて窓の外を眺めながら、エアコンの効いた室内で日向の帰宅を待つ。
つけっぱなしのテレビ音に包まれながら、ふぅとため息をつく。
「遅いなぁ……。いつも通りの時間に帰って来るって言ってたのに」
昼間に日向との距離感を堤下さんに注意されてしまったせいか、色んな事が脳裏を過っていた。
確かに最近の自分は変だ。
呼ばれてもない父兄参観に行こうと思ったり、あいつの両親の事について考えたり。
仕事と割り切って付き合っていたはずが、気づけばあいつの事ばかり考えてる。
すると、背後からあるニュースが耳に飛び込んだ。
『本日19時過ぎにフィリピン近郊に台風1号が発生しました。3日後には本州に上陸する可能性があります』
「あれ? 台風が発生したんだ。しかも金曜日に直撃か。嫌だなぁ……」
結菜はソファに体育座りしてテレビを観ていると、玄関から鍵が開かれる電子音がした。
日向が帰宅した事に気づくと、パタパタとスリッパの音を立てながら玄関まで出向う。
「おかえりなさい」
「ごめん、帰りが遅くなって。ミカは?」
「今日は19時半過ぎにソファで寝ちゃったから、抱っこしてベッドに連れて行ったよ」
「そっか、ありがとう。今日は勤務日じゃないのに悪いな」
「いいのいいの、何の予定も入ってなかったから。今から夕飯の準備をするね」
彼が帰宅したのは20時47分。
結局平日の通常勤務と変わらない時間に……。
先に作っておいた豚肉の生姜焼きを電子レンジで温めてダイニングテーブルに置くと、彼はテレビのリモコンを取って先日放送していた自分が出演しているドラマのビデオに変更した。
セリフが耳に入ってくると、以前台本を届けに行った日に撮影していた内容だと判明する。
横目でテレビを観ながら作業してたけど、自分が現場で見たシーンが放送されるのはなんか不思議な気分。
俳優として活躍している彼がモニターの向こうにあって、違う人物を演じている。
彼にとってはこれが当たり前かもしれないけど、私は見慣れないもう一面の姿に高い壁を感じた。
だから、言った。
「バイトを週三回にしてくれないかな」
ダイニングテーブルの向かい側に座ってる私は、恐縮した態度で食事を始めたばかりの彼に言った。
すると、彼は箸を止めて目線だけを上げる。
「どうして? 金を稼がなきゃいけないんじゃないの?」
「そうなんだけど……。平日の時間を全てバイトの時間に取られちゃうから友達とも遊べないし、デート……とかも出来ないし……」
「そのデートの相手って二階堂の事?」
鋭い指摘に胸が痛くなったけど、無理やり頭をうなずかせた。
このままバイトに全てを注ぎ込んでいたら、今日みたいに私生活を犠牲にしてしまうから。
それだけじゃない。
球技大会の日にあいつの冷やかす声を聞いた瞬間、二階堂くんの気持ちをおのずと無視したり。
あいつが冗談で言ったドラマのセリフを本気で捉えていたり。
あいつが接近してくる度に本調子が狂わされっぱなしだ。
一線を引いて付き合うのが正解なのに、私はいつしか振り回されている。
「無理。ミカには休みがないよ」
「そこを何とか……。2日間だけでも他の人に頼めないかな」
「あいつはお前に懐いてるし、お前が俺の立場だったらどう思う?」
「えっ……」
「家政婦がお前になってからミカの気持ちがようやく落ち着いてきたのに、今さら人員を増やせだって? しかも、今日みたいに私生活と仕事が板挟みになって裏でスタッフが動いてくれてるのを知りながら働いて肩身が狭い思いをしてるのに、そんなにくだらない理由で振り回すのやめてくんない?」
彼は不機嫌に一喝すると、再び箸を進めた。
当然言い返せなかった。
何故ならお人好しという言葉では片付けられないほど彼の切実な心境が胸に響いたから。
確かに私が2日も抜けたらミカちゃんの心が心配だ。
懐くまでに時間がかかったし、他人任せにしたらまた振り出しに戻ってしまいそうな気がしてならない。
それに加えて、家庭に仕事と自由な時間さえ奪われている様子も目の当たりにしてるから、彼の言い分は痛いほどわかる。
ーー21時43分。
私は扉に身体をもたれかからせて電車の振動を浴びたままカバンからスマホを取ってドキ王を起動させた。
以前は開く事を楽しみにしていたのに、最近はあいつのインスタを覗いたり、友達と一緒に撮った写真を眺める事が多くなっている。
あいつと出会ってから以前からは考えられないほど生活はガラリと変わった。
過去の自分を塗り替えてくれたのは紛れもなくあいつだけど、敷かれたレールの上を歩き続けるのはそろそろ止めなきゃいけない。
『私、もしかしたら堤下さんに勘違いされてるかも。多分、日向の事が好きだと思われてる。私が彼に近づき過ぎたのが原因かもしれないね』
チャット画面にそう打つと、重苦しいため息をつく。
このゲームは悩みを相談をするアプリじゃないのに、いまこの瞬間まで悩みを相談する相手がいない。
だから、ひとりごとのように画面の向こうの彼に本音を漏らした。
すると、有能なAIヒナタはすかさず反応する。
『もしかしたらユイナは日向が好きなんじゃないの?』
『えっ』
文字を打ってる最中に電車がガタンと大きく揺れて、片手で持っていたスマホを床に落とした。
すかさず拾い上げると、気付かぬ間に触れていたと思われるインスタが起動されて、日向のストーリーが表示されている。
どうして勝手にあいつのページが……。
私は彼に接し始めてから生まれてしまった情が壁となってしまい、いま現在の状況を捨てきれない自分と、彼から離れなきゃいけない自分に板挟みされていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる