15 / 184
第四章
14.濡れたジャージ
しおりを挟むキンモクセイの香りが街に漂い始めた、10月中旬。
先生一筋な私の心に小さな変化を齎す事件が起こった。
5時間目の体育の授業に向けて昼休み中に更衣室へ移動して、着替え終えてから体育館へ向かうと……。
プシューッ……
突然、横から噴水のように噴き出してきた水が私のジャージの上着を直撃して、あっという間にずぶ濡れになった。
水が飛んできた方向に目を向けると、体育館手前の水道前には花音の姿が。
花音は水道の蛇口のハンドルを最大限に捻って噴出している蛇口を半分指で塞いで私が居る方向を目掛けていた。
花音は私の上着がずぶ濡れになったところを確認すると、ハンドルを捻り返して水を止めた。
色が変色してしまうほど濡れたジャージからは、水がポタポタと滴っている。
「あっはっはっは~。ごめーん、水かかっちゃったぁ? なんかさぁ、水の出が悪くていじっていたら、急に吹き出して来ちゃってぇ」
花音の瞳は言動とは裏腹に嘲笑っている。
明らかに私を狙っていたと思われる。
こんな低レベルな嫌がらせは今日が初めてじゃない。
花音は、私が蓮と付き合ってる頃から度重なるストレスを与えてきた。
キーン コーン カーン コーン……
「あ~っ、予鈴だ。もう体育館に行かなきゃ」
花音は嫌がらせに満足すると、軽やかな足取りで体育館へと向かって行った。
ビショビショになったままその場に取り残された私はショックで言葉を失う。
「絶対わざとだよね。花音ったら本当に最低。……梓、ジャージ思いっきり濡れちゃってるけど大丈夫?」
「相変わらずだよね。花音は……」
平静を装いながら上着に付着している水滴をパッパと手で振り払う。
どうしてこんな幼稚なイタズラをするんだろう。
蓮と付き合ってる当時ならまだしも、今はもうただの友達なのに。
「今日は風が冷たいから他のクラスの友達にジャージを借りた方がいいんじゃない? このままだと風邪引いちゃう」
「そうだね。隣のクラスの美玲にジャージを借りてくる」
「予鈴が鳴っちゃったから早く行っておいで」
「じゃあ、行って来るね! 先に体育館で待ってて」
梓は濡れたジャージのまま、体育館と逆方向の校舎へ走り向かった。
棟の出入り口に差し掛かると、ちょうど建物から出て来たばかりで一人きりの蓮と目が合う。
蓮はすれ違いざまに梓の腕をガシッと掴んで引き止めた。
「……まさか、授業サボるつもり?」
「違うよ。……ちょっと、急いでるから手を離して。」
「何をそんなに急いでるの? もう体育の授業が始まるけど」
「ジャージの上着が濡れちゃって……。急いで美玲にジャージを借りに行かないと本鈴が鳴っちゃう」
「どうしてジャージが濡れてるの? まさか、一人で水遊びをしたんじゃ……」
「もーー! 頼むから手を離して。時間がないの~~!」
梓の切羽詰まった表情に、黒っぽく変色するほど濡れた紺色のジャージ。
蓮は異変に気付いて5秒ほど口を黙らせると、進行方向とは逆の体育館の方へ力強く手を引っ張って走り出した。
「なら、そっちじゃない……」
「えっ……。美玲の教室は反対側だよ」
体育館を目掛けて走り出す蓮の背中に声は届いていない。
今にも転びそうなくらいのスピードで手が引かれている。
「ねぇーっ、蓮! 蓮ってばぁ」
後ろから幾度となく名前を呼んでも、蓮はひと言も話さない。
ただただ、手を強く握りしめながら体育館に向かって走るだけ。
「あれ……。梓?」
既に体育館に到着して他の友人とおしゃべりしていた紬は、美玲の教室に向かったはずの梓が体育館入口で蓮に手を引かれている姿を目撃してキョトンとする。
0
あなたにおすすめの小説
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
俺様系和服社長の家庭教師になりました。
蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。
ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。
冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。
「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」
それから気づくと色の家庭教師になることに!?
期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、
俺様社長に翻弄される日々がスタートした。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
お嬢様は地味活中につき恋愛はご遠慮します
縁 遊
恋愛
幼い頃から可愛いあまりに知らない人に誘拐されるということを何回も経験してきた主人公。
大人になった今ではいかに地味に目立たず生活するかに命をかけているという変わり者。
だけど、そんな彼女を気にかける男性が出てきて…。
そんなマイペースお嬢様とそのお嬢様に振り回される男性達とのラブコメディーです。
☆最初の方は恋愛要素が少なめです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる