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第四章
15.優しい蓮
しおりを挟む蓮は体育館内のある部屋に入ると、扉を閉めてから鍵をかけた。
ーー梓を連れ出した先。
そこは、梓と高梨が密会を重ねている用具室だった。
蓮は用具室の扉から離れて梓の目の前に立つと、ジャージのファスナーのスライダーをつまんでシャーッと下にスライドさせた。
すると、あっという間に白い体操着が顔を覗かせる。
「バカっ! ……正気? いきなり服を脱がせて今から何をするつもりなの?!」
早口で怒り狂う声が届いていないのか、蓮は冷静な表情で躊躇いもなくジャージを身体から剥がしていく。
「やめっ……っ」
「シーっ。騒ぐなって」
ジャージを脱がせないように引っ張って抑えるが、さすがに男性の力には敵わない。
蓮ったら、今から何をしようとしているの。
服を脱がせたら次は何を?
私、いま先生と付き合ってるんだけど。
蓮とは今さらどうこうなる気なんてないから。
ドックン…… ドックン……
全身が揺れ動くくらい暴れ狂う心臓。
額に滲む冷や汗。
音を立てながらゴクリと飲む息。
用具室は私と蓮の二人きり。
そして、扉の一つ向こうには体育の授業待ちのクラスメイトが。
浮気の二文字が頭を過ぎった瞬間、過去に経験した事のないほどのスリルが襲いかかった。
「お前の身体ならもう見飽きてるよ。大した身体になってから言えよ」
蓮は口を尖らせながら嫌味を言うと、梓のジャージの上着をひっぺがした後に、自身が着ているジャージの上着も脱ぎ始めた。
まさか。
違うよね……。
いくらエロでバカの蓮でも、扉越しにクラスメイトがいる用具室で私に変な事しないよね。
梓はジャージを脱いで体操着姿になった蓮を横目に、信じられない気持ちで塗り固められたまま胸の前で腕をクロスさせた。
だが、蓮は身固めしている梓の身体に自分が今さっきまで着ていたジャージの上着を被せた。
「俺のジャージを貸してやる。今から美玲んトコ行ってたら授業に間に合わないし」
「あっ、えっ……?」
蓮は呆気に取られている梓の片方の腕をとり、まるでマネキンに服を着せるかのようにジャージの袖を通し始めた。
最後にスライダーを首元まで締め上げると、ちょうど本鈴が鳴り響いた。
キーン コーン カーン コーン……
「ふぅ……。何とか時間内に間に合ったな」
蓮はふと見上げるように用具室の扉に目を向けた。
その時、梓は蓮が用具連れて来た理由を知る。
もしかして蓮は最初から私にジャージを貸すつもりで……。
それなのに、私ったらエッチな事ばかり妄想していた。
うわ……、最悪。
梓は反省しながら体操着姿の蓮に申し訳なさそうに上目遣いをした。
「あ……、うん。でも、私にジャージを貸したら蓮が寒いかも」
「俺はいいよ。お前が風邪引いたら困るから」
「それに、ジャージの左胸に【柊】って名前が書いてあるし」
「だから、何?」
「先生に蓮との仲が誤解されちゃう」
「そんなんで誤解するくらいなら、俺には一石二鳥だな」
蓮はニヤリと微笑むと、大きな背中を向けて用具室の扉を開けた。
恥ずかしい誤解と蓮の気遣いの嬉しさで気持ちがかき乱された梓は、照れ臭い表情を隠す為に唇にキュッと力を入れた。
思い出した。
私は蓮のさりげない優しさが好きだった。
そして、ちょっと強引でいつもドキドキさせてくれたところ。
「そういえば、さっきジャージを脱がせる時に軽く抵抗してたよね。……ねぇ、何考えてたの?」
「シーっ! 何でもないからっっ!」
蓮は相変わらずイジワルだ。
体操着姿の蓮と、柊という名前入りブカブカのジャージを着ている梓が、軽くふざけ合いながら体育館の端を並んで歩いていると……。
用事があってたまたま体育館を訪れていた高梨は、そんな二人の様子を偶然目撃していた。
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