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第九章
55.現実
しおりを挟む梓が教室に到着した頃、二番目の催し物のバンドのライブがスタートしていた。
校庭に大音量が鳴り響く熱狂的なライブで盛り上がりを見せる会場。
軽音部を始め一般生徒も参加可能なライブは、何度も練習を重ねてきたような熱い歌声と、汗を滲ませながら慣れた手つきで各々の楽器の音を奏で合わせている。
男女関係なく大きく腕を振りながらリズムに乗って盛り上がる生徒達。
まるで本物のライブ会場のように。
活気ある声援が、ステージ近辺で後夜祭を見守っている教師達をアッと驚かせていた。
教室に到着すると、足音に注意を払いながら高梨先生にそっと近付いて、首を傾けてニコッと微笑みながら声をかけた。
「先生っ!」
高梨は声に反応して振り返った。
すると、校庭からの光をうっすらと浴びている梓の姿が目に映る。
「菊池……。ここまで一人で来たの?」
「うん。校庭から先生の姿が見えたから来たんだ」
「誰にも見られてない?」
「大丈夫だよ。今はライブで盛り上がっているから、ここには誰も来ないはず」
「じゃあ、二人で一緒に後夜祭を見よっか」
静寂に包まれる教室で、先生とは2メートルほどの距離を置いて遠目からライブを眺めた。
秘密の恋愛はドキドキワクワクしてスリル満点だけど、発覚と同時に地獄へ突き落とされてしまう。
リスクを伴う恋愛はこれが現実。
日常会話ですら制限の山。
先生は学校で私の呼び方を間違えないように十分注意を払っている。
私達はこうやってこっそりと愛を育んできた。
でも、こんなにコソコソした関係が自分にとって本当に幸せな姿なのか、たまに分からなくなる時がある。
ライブが終わって壇上は片付けに入ると、メイン会場をキャンプファイヤーへと移して、毎年恒例の告白タイムが始まった。
告白タイムとは……。
本校の生徒達が見守る中で、キャンプファイヤーの前に立って好きな人に告白するというイベント。
私がこの後夜祭で一番楽しみにしていたイベントでもある。
『一年生の頃から、ずっと由梨ちゃんの事が好きでしたー。俺と付き合って下さ~い』
『……お願いします』
『キャーッ』
パチパチパチ……
黄色い声援と拍手が鳴り響いて盛り上がる告白タイム。
見事に結ばれたカップルはその場でハグをする。
それが、このイベントのお決まりルールだ。
カップルになった人達は、顔を見合わせながら照れ笑いしていてとても幸せそう。
だけど、当然失敗した人達もいてがっくりと肩を落とす。
だけど、生徒達が見守る中で堂々と告白されるなんて羨ましい。
私の恋愛は人に祝福された事なんて一度もないから。
蓮と付き合ってた頃は人に妬まれたし、先生との恋愛はイケメントリオ以外誰も知らない。
いいな……。
今カップルになった人達は、みんなに祝福されながら恋人として時を刻んでいくんだろうな。
梓はぼーっとした目で物思いにふけっていると、高梨は横からボソッと呟いた。
「若いっていいね。背負うものがないから自由で思いのままに行動ができて」
「そうかもしれないね……」
誰も知らない、誰からも祝福されない制限だらけの恋をしている私達にとって、熱い声援を受けながら祝福されている告白タイムが羨ましく感じた。
告白タイムが終わると、スポットは再びステージへ。
次は毎年恒例の借り物競争。
お題は毎回違うけど、後夜祭実行委員が仕切っているこのイベントは毎年生徒達に大好評だ。
最後は笑顔で締め括りたいという実行委員側の想いも伝わってくる。
借り物競争とは……。
お題に沿った物を5分以内に誰かから借りて、ステージ上に持って行かなければならない。
先着十名様限定でステージに上がれるというルール。
このイベントは基本早い者勝ち。
誰でも気軽に参加出来るので、生徒達もここぞとばかりに気合いが入っている。
借り物競走は生徒達の視線が一旦ステージから外されるので、この場から離れる事に決めた。
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