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第九章
56.発覚
しおりを挟む「先生。借り物競走始まっちゃったから、もう戻るね」
「梓、……実は話があるんだけど」
「えっ? なぁに?」
梓は教室から離れようとして足を廊下の方に向けていたが、呼び止められて振り返った途端……。
廊下から物凄い勢いでバタバタと足音を立てながら自分達の方へ向かって来る音がした。
ーーそれは、少しだけと割り切るはずが思いの外長居してしまった矢先に起きた出来事だった。
「えっ、嘘っ……」
梓と高梨は緊迫した空気に包まれると、冷や汗混じりの表情で互いの目を合わせた。
どうしよ……。
先生と二人きりでいた所がバレちゃう!
梓は危機感と恐怖によって足がすくんでしまい、離れなきゃいけないと思う意思とは対照的に思うように動けなくなっていた。
ーーすると、教室の前で足音が止まったと同時に、勢いよく教室の扉が開いた。
バーン……
扉の音が鳴り響いた瞬間、絶望感に陥った。
暴れ狂う鼓動に額に滲む冷や汗。
扉を直視する事が出来ずにギュッと目を閉じた。
もうダメだ……。
先生との関係がバレたかもしれない。
安易にここへ来るんじゃなかった。
あと少し我慢すれば、卒業後に堂々と会えたのに、どうしてそのあと少しを耐え抜かなかったんだろう。
怖い。
怖いよ……。
梓は後悔の波に押し寄せられながら覚悟を決めて身構えしていると……。
「ハアッ……ハアッ……梓っ……」
ビクビクと震えている背中から聞こえてきたのは、普段身近で聞いてる声。
恐る恐る扉の方へ振り返ってみると、そこには前方扉に手をかけて息を切らしている蓮の姿があった。
「柊……」
先生は蓮に発覚された瞬間、驚愕した様子を見せた。
既に私達の関係が蓮にバレている事を知らないから、余計驚いたと思う。
私は教室に現れたのが蓮だと知ると、ホッとするあまり全身の力が抜けた。
蓮は先生の心境など気にも留めずにズカズカと教室に入り込むと、私の手をギュッと強く握りしめた。
「……ほら、行くぞ」
「えっ?」
「今年の借り物競争のお題が【大切なモノ】だから。……先生、梓を借りていくよ」
「ちょ、ちょっと……蓮」
「柊……」
蓮は私の手を引いて廊下へ足を進ませた。
扉の前で一旦立ち止まってゆっくり振り返ると、高梨先生に不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「まぁ……、梓は元々俺の女だし、そう簡単には返さないけどね」
吐き捨てるように戦線布告をした後、ステージへ向かう為に外へ全力で走った。
蓮……。
バカなんじゃないの?
私は先生と付き合ってるって言ったじゃん。
蓮とは付き合えないって、この前伝えたばかりでしょ。
どうして、借り物競争なんて参加するの?
どうして、私を迎えに来たの?
どうして、先生に戦線布告なんてしたの?
どうして、私を【大切なモノ】として借り物競争のステージに連れて行こうとしているの。
一体、どうして……。
去り際に見えた先生は、理性を失わせてしまったように右手を前に突き出していた。
だけど、声を上げられない。
どんなに辛い状況であっても教師という立場上、気持ちを押し殺さなければならない。
秘密の恋愛は想像以上にハードルが高いから。
先生……。
私達の関係が誰にもバレていないと思っていたから、驚いて当たり前だよね。
交際がバレていた上に、目の前で私が連れ去られたんだもんね。
しかも、元彼宣言した蓮が『簡単には返さない』と言って戦線布告してきたんだもんね。
ステージ上に真っ直ぐに向かう蓮の手に引かれた梓の頭の中は、色んな思いが駆け巡った。
逃げようとしても、手を強く握られていて逃げられない。
一人教室に取り残された高梨は、予想外のライバル出現によって、平穏だった日々にピリオドを打った。
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