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第十三章
91.知らぬが仏
しおりを挟む梓は全速力で教室を目指してゼーゼーと息を切らしながらも教室に到着。
壁掛け時計で現在の時刻を確認。
ーー昼休み終了まで残り8分。
これだけ時間が残されていれば、まだまだイケる。
後方扉から教室の中をヒョイと覗き込むと、蓮は後方の窓際に腰をかけて、鼻の下を伸ばしながら推定Dカップと思われる花音の胸元とお話しをしている。
何を喋っているのかわからないけど、とってもとっても楽しそう……。
そんなイケてない表情を見た瞬間、先日少しでもカッコ良いと錯覚した自分を恨んだ。
「あ! 梓、おかえり~。進路相談長かったね」
「あっ、うん……」
私が教室に戻った事にいち早く気付いた紬。
だが、蓮の身体を心配していた彼女も今回の被害者に。
一体、誰が紬に真実を告げるんだ。
確かに、本人に確認もせずに病気だと繰り広げたのはこの私だけど、私の気持ちを弄んだ蓮も同罪なはず。
紬は普段から控えめで心配性な性格。
先生との関係も思い切って打ち明けたばかりなのに、ダブルショックを与える勇気なんてない。
そもそも蓮の言い方が紛らわしかった。
『俺には時間がない』と言ってからも、不審な言動が相次いでいたから勘違いに拍車がかかった。
終いには、私が勘違いしてるところをつけ込んで、『具合が悪い』など嘘をついて先生とのデートを邪魔してきたから。
多分、紬に真実を告げるのは私の口ではない。
梓は今にも花音の胸を掴みかかりそうな勢いの蓮の右腕を振り払うかのように掴み取り、ヒクヒクとひん曲がった口角に力を入れて前屈みに腹を抱え込んだ。
「蓮……。あいたたたた……。お腹が痛い……」
「えっ! 腹のどの部分が痛いの? 今から保健室に連れて行こうか?」
「こっ、この辺りが……。早く……時間がないから」
お腹が痛いと言うのはもちろん嘘。
若干汚い方法ではあるが、花音の前から蓮を連れ出すにはこの作戦が一番有効的だと思った。
単に教室から連れ出すだけではなく、日常的に嫌がらせを繰り返す花音に対しても、同時に仕返しが出来るから。
蓮は焦って腕時計で現在の時刻を確認する。
その姿を見た瞬間、私は悟った。
きっと、『時間がない』と言う意味を、昼休み終了までと解釈したのだろう。
残念ながら、そーゆー意味ではない。
「ほら、早く行こう。あと7分しかない」
「蓮……時間がないよ。早く……」
これから始まりを迎えようとしている話し合いのテーマのヒントを二度に渡ってチラつかせつつも、教室から連れ出す事に成功。
目には目を、歯に歯を。
先生と交際するまではほとんど嘘をつかなかった。
でも、蓮のせいで私はすっかり嘘つきに。
だからその代償を払ってもらわなければならない。
だが、私の思惑など知る筈もない蓮は身体を片腕で支えながら本気で心配している。
真剣な目つきで『大丈夫?』と声をかけ続ける姿を見るなり、胸がチクリと痛んだ。
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